軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

42 お友達から

「セリオン!待ってくれ!」

セリオン=グノール=グランキエースが教室に現れた。ギデオンは人を掻き分けて、セリオンを呼び止めた。

セリオンは怜悧な美貌を困ったように少しだけ眉尻を下げて、ギデオンを見た。

「これは、殿下。」

「少しだけ時間をくれ。五分でいい。」

「執行部のことは関われません。残念ながら。」

「執行部のことじゃない。」

「では、後日…」

「妨害しているのはレミルトンか?」

ギデオンが遮って言った言葉で、セリオンは、すう、と笑った。

今まで優しげに下がっていた眦が上がり、口元だけが綺麗な弓なりになっている。

その酷薄な微笑に、周りの人間が固まった。

「…なるほど、急ぎのお話なのですね。」

低い、威圧の篭った声。

ギデオンの喉がコクリとなった。

虎の尾を踏んだ自覚はあるが、ここで怯んでいる場合ではない。

「すまない、みんな。あとはエイデンに伝えて。こちらから書面でやり取りしよう。エイデンはなるべく毎日登校させる。」

セリオンに寄り添っていた黒髪の少年が頷いた。最近、グランキエースの侍従に採用された子爵家のものだ。

「お待たせしました。殿下。」

セリオンは微笑を収めた。その鮮やかな変化に、ギデオンはゾクゾクする。

怒っている。

明らかに怒っている。

これほど怒っているセリオンは、ファリティナが拘束された時以来だ。

「それで?どこでレミルトンのことを?」

教室から出て廊下の壁にギデオンを押し付けるように、セリオンは立った。

「き、君は気づいていたのか⁈レミルトンが彼女を嵌めたと。」

「無闇なことを言わないでください。レミルトンはコンスル公爵家派閥の二位ですよ。確証もなくそんなことを口にしないでください。」

「彼女から聞いたんだ。面会が許可されないのは、彼女が恨まれているからではないかって。」

セリオンのブルーグレーの瞳が光った。

ギデオンも背筋が怖ばる。

「ファリティナに話させたんですか?」

「…君の面会が許可されないことに心辺りがないか聞いたら、レミルトン家との確執のことを教えてくれた。その、知らなかった。すまない。」

ち、とセリオンが舌打ちした。

冷たい美貌が憎々しげに歪んでいた。

いつものセリオンじゃない。

こんな人を食ったような、美しい鬼のようなセリオンは見たことがない。

「前々から無神経な人だと思っていたんだ。」

セリオンの怒りは頂点にあるのだろう。そこにはギデオンの身分への配慮も、年長者への敬いもない。

「どこの世界に、生まれてきただけで実の祖父母に疎まれていることを自覚したいと思う人間がいるんですか。口に出すことがどれだけ残酷なことか、わからないのか。」

「知らなかった。本当に辛いことを言わせて申し訳ないと謝った。」

「それもだ。三年も婚約しておきながら、彼女の生い立ちも知らないなんて。その無関心ぶりに、腹が据えかねてたんだ。さっさと解消すれば良かった。」

本当のことすぎて、ぐうの音も出ない。

「今更、そんなことを知ってどうするつもりですか。あなたの望みどおり、婚約は解消された。だからといって、ファリティナが釈放されるわけでもない。反証に対しても、面会の申請に対しても梨の礫だ。」

「私は望んでなどいない!」

「表向きはね。あなたの立場ならそう言わざるを得なかったでしょう。ですが、もういいんですよ。無事、解消されましたからね。」

「違う!私は本当に!」

セリオンが手を挙げた。

「お静かに、殿下。貴方達の関係はなくなったんだ。これ以上、ファリティナに無理矢理、話を聞いて何をなさるおつもりですか?」

「私は。」

都合がいいことはわかっている。

本当に今更だ。でも、ファリティナを助けたい。

「君たちの、味方でいたいんだ。なぜ、こんなことになっているのか。ファリティナ嬢が何もしていないのは、話せばわかった。もし、もしやっていたとしても、今の彼女の置かれている状況は尋常じゃない。それほどの罪じゃない。」

むしろ裁かれるべきは自分だ。

ファリティナが嫉妬で凶行を犯したなら、自分は不誠実の罪で裁かれるべきだ。

だが、そんなことを言ってくるところはない。当然だ。噂だけでは罪にならない。それなのに、ファリティナは罪に落とされた。

ファリティナの置かれている異常さが今になって際立つ。

そして、彼女を取り巻く状況の異常さも。

ファリティナを本気で助けたいと思っているのは、セリオンだけだ。

当主代理である母親はなんの行動も起こしていない。

それはある意味、ファリティナの罪を認めることになる。

噂通りでないにしても、なんらかの瑕疵で王家や高位の貴族を怒らせ、彼女に落とし前をつけさせようとしている。

そう見えてもおかしくない。

グランキエースを支えるはずの派閥家も、その成り行きを見守っているだけのように動かない。

「今更だって分かっている。だけど、このままだと、君たちは…。」

ふ、とセリオンが皮肉に笑ったのが分かった。

「ええ、本当に。今更だ。」

侮蔑を隠そうともしない声に、唇を噛んだ。だが、不思議と心地良かった。

過ちを認めてもらえないと、謝罪さえも受け取ってもらえない。

いつまでも救われない贖罪に苛まれそうだった。

「だから、無理なさらないでください、殿下。」

思ったより柔らかい声音に、思わずセリオンを見た。セリオンは優しく目元を緩ませていた。

「慣れないことはするものじゃないですよ。下手に動かれて、こちらが思ってもないものまで手繰り寄せたら、厄介でしょうがない。」

セリオンが肩を竦めた。

いつもあの顔に騙される。

ギデオンは後悔した。

セリオンは最終的には、ファリティナ以外全て切り捨てるつもりだ。

爵位も領地も、母親も、この国も全て切り捨てて、国外に逃げる。

最悪、ファリティナだけを先に皇国にでも送り、自分は全てを焼き尽くして出奔すればいい。

離れるのは辛いので、長くて一年。それくらいなら我慢できる。

財産もできうる限り国外に出せば、少しの間は不自由なく暮らせるだろう。その間に、立て直せばいい。

天から下されたこの才覚と容色を使って、いくらでも悪どく生きてやる。

ファリティナさえ、自分の傍にいてくれれば。

そのために必要なものは何か。今はそれだけに集中して動いている。

一方で、セリオンを引き込もうとする勢力からの誘いが引きも切らない。

パトリシアとの縁を作ろうとするパレルト家。学院卒業後、そのまま後継に育てようとする宰相室。

他にもセリオンの功績を利用しようとする各分野からの要請もある。

その忙しい時間をかいくぐり襲位の準備を進めている水面下で資金と人員を国外に移している。

「セリオン、頼む。」

ギデオンは頭を下げた。

「やめてください、殿下。こんな場所で。」

「ファリティナを助けたい。本当に今更で、恥知らずだって分かってる。だけどこのまま、知らないことにできない。私に関係がある。私を利用して、こんなことになってるんだ。このまま引き下がれない。」

「だからってあなたに何ができるんですか?今までだって、今だって、あなたは当事者だったのに傍観し続けた。成すすべなんかないんでしょう?」

「…私を、利用してくれ。」

セリオンが綺麗に片眉を上げた。

「私にはどうしたらいいかわからない。でも君なら。君ならわたしの立場を利用することができるんだろう?」

暫しの沈黙の後、セリオンが小さく息を吐いた。

「私をなんだと思ってるんですか。」

先ほどまでの覇気が陰った声に、ギデオンは、息を飲んで言葉を待った。

「私は公爵じゃない。国王陛下でもない。ただの一介の学生に過ぎない。」

過分な評判だけが一人歩きして、セリオンを祭りあげる。その砂上の楼閣の脆さに気づいたのはファリティナだけ。

「それに、あなたとは既に切れた縁だ。どんな理由で私たちの味方になろうというのです。」

「…友達として。」

セリオンが意外そうな顔をした。

「本当に今更だ。分かってる、分かってるけど。婚約関係はなくなったけど、三年間、全く知らなかったわけじゃない。今からでも、知りたいと思うんだ。ファリティナ嬢のことも、君のことも。君達、兄弟が何を守ろうとしているのか。誰と戦っているのか。」

セリオンの目が氷のように冷たく光った。

ギデオンは自分を奮い立たせて、言い募った。

「信じてほしい。私は、君たちの味方になりたい。一人で戦っている彼女を守りたいんだ。これ以上、苦しめたくない。」

セリオンが眉を顰めた。

「ファリティナと何を話しているんですか?彼女が誰と戦っていると?」

「話してくれない。誰と戦っているかもわからないと。でも、君達を守りたいんだと言っていた。ほかの誰も望まなくても、彼女だけは君達に生きていてほしいと願っていると。」

ああ、またあの顔だ。

ギデオンはセリオンを見た。

いつか見たときのように、心細そうな、泣きそうな顔。

手を取ってあげたい。振り払われるだろうけど。一人じゃないと言ってあげたい。

こんな自分には助けてあげられるほどの力はないかもしれないけど。それでも。

「私を利用してくれ、セリオン。私にできることはそれくらいしかない。だけど、私は君達の味方になりたい。初めから、友人としてやり直したい。」

初めから、やり直せたら。

あの子を守れるのだろうか。

ふわふわと幸せそうに笑う、あの仮面の下の涙を、拭かせてくれるのだろうか。

あなたが生きることを願っている。あなたが願わなくても

自分だけは

願っているんだ。