軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32 レモンカスタードパイ

セリオンがあんな顔をするなんて。

とても傷ついて、泣きそうな顔だった。置いていかれた子供のように、心細げな。

ファリティナの伝言を伝えたセリオンは、何も言わず手を握りしめた。

その時、見せた表情。

生きて。

ファリティナが託した伝言はとても短いものだった。

それが幽閉されているファリティナから出た伝言にしては、あまりにも不可解だった。

深く聞いても答えてもらえないと思い、不可解に思いながらセリオンに伝えた。

セリオンは軽く瞠目し、歯を食いしばったのが分かった。

その短い伝言で、何が伝わったのだろう。

身の安全が脅かされているのは、ファリティナの方だというのに、どうしてセリオンの無事を祈るのだろう。

たくさんの疑問を抱きながらも、二人の間に立ち入れない何かがあるのが分かって、口にできなかった。

グランキエースの姉弟は、とかく有名だった。

第二王子の婚約者ファリティナと、学院始まって以来の鬼才のセリオン。

この国で貴族の最高位を持ち、華々しい縁戚関係を持つ。

だが、仲が良いとは思えなかった。

ファリティナは成績が振るわないことに拗ねて、不登校気味だった。弟のセリオンに何もかも負けるから、低位貴族のアマンダに婚約者の寵を奪われているから、拗ねて登校しないのだ、と失笑とともに噂されていた。

セリオンは、そんな姉を気にしている風もなかった。

セリオンの口からファリティナの話が出ることはなかった。

セリオンに向かって、直接ファリティナのことをきくツワモノもいなかった。

だから知らなかった。あの二人にこれほどの絆があることを。

××××××××××

ギデオンは再びファリティナの幽閉部屋を訪れていた。

なぜかあれ以来、ファリティナに会わなくてはという焦燥感があった。

聞きたいことはたくさんあった。

どれも彼女が答えてくれるとは思えなかったが、それでも彼女に会って話をしたかった。

ファリティナは相変わらず、黙秘を続けていた。

「まあ、殿下。」

ファリティナの部屋を訪れた時、彼女は何か石らしきものを削っていた。

囚役の仕事で、薬の触媒になる石を削っています、と言って、ファリティナは手慣れた様子で道具を片付けた。

「囚役?これじゃあ、君は罪人のようじゃないか。まだ黙秘しているのに。」

ギデオンが言うと、ファリティナは目をあげて笑った。

「まあ。ふふふ。」

その明るい笑い顔に、ギデオンは驚いた。ギデオンの記憶にあるファリティナは、公爵家の令嬢として規範に則った気位の高い令嬢だった。

いつでも着飾って、煌びやかな夜会に相応しい微笑みを浮かべていた。

今は、垂らした髪を括っただけで、化粧気もなく、メイドたちが着るようなお仕着せを着て、ファリティナはふわふわと笑っている。

「退屈ですもの。ちょうど良い暇つぶしです。」

ファリティナの柔らかな声が耳朶を打った。

ああ、こんな声だった。

ギデオンは改めて婚約者の顔を見た。

彼女と、こんな風に二人きりで落ち着いて話をしたのは、いつだったろう。

学院に入る前は、何度か王宮で親交を深めるために席が設けられた。

学院に入ってからは、お互いの都合の良い時で、と両親に言われていた。一、二度、昼食の席に誘ったが、それきり。

ファリティナが誤解をして、当たり前だ。

あれから、ギデオンはアマンダとの噂を精査した。

曰く、第二王子の寵はアマンダ=リージョン男爵令嬢にある。学院ではつねに一緒に行動し、昼食時のとなりの席は彼女の定位置だ。時には、二人きりで人気のない中庭で逢瀬を重ね、仲睦まじく手を握り合っている。

曰く、夜会には、リージョン嬢にドレスを贈り、グランキエース公爵令嬢を遠ざけている。政略のための婚約であるため、仕方なく礼儀を通してファーストダンスを誘うが、その後はグランキエース公爵令嬢を遠ざけ、近くに寄らせない。

グランキエース公爵令嬢はそのことを妬ましく思い、ある夜会ではリージョン嬢にワインをかけ、追い返したとか。

曰く、グランキエース公爵令嬢がリージョン男爵令嬢に怒り、学院の執行部まで押しかけ、怒鳴りつけた。そのため、王子は怒って、執行部室の出入り禁止を申し付け、また学院内で話しかけるな、と申し渡した。その際、グランキエース公爵令嬢は、リージョン男爵令嬢を平手打ちにしたとか。

ギデオンは頭を抱えた。

半分以上が妄想に脚色された噂だった。

そうじゃない、そういうつもりでしたんじゃない、と言ったが、噂を教えてくれた侍従たちにそれを言っても、空に叫ぶようなもので、噂自体を打ち消すことはできない。

この噂がファリティナの耳に入っていたかと思うとゾッとした。

こんなことを言われて、よく涼しい顔をしていたものだ。

そして、セリオンがやろうとしていた、社会実験を思い出した。

噂だけで一方的な婚約の破棄は可能なのか。

あれは自分を狙っていたものだ、と気づいた。

これだけ婚約者を蔑ろにしていた噂が流布されていたのだ。あの訴えが可能だった場合、必ず、自分も破棄される。

アマンダが被害者だから、など理由にならない。

噂には事実も織り混ざっている。

昼食時、アマンダが定位置のように隣に座っていたことは事実だ。

手元不如意のため、夜会に出るためのドレスが用意できないとこぼしたアマンダのために、執行部員とお金を出し合ってドレスを贈ったのも事実だ。

そして、学院内で話しかけないでくれ、と手紙を送ったのも事実。それもアマンダを守るために。

その間、ファリティナには一切の説明もしなかった。

執行部員同士で親交を深めるために昼食をとっている、と言ったことはない。隣席なのはたまたまで、何故かそのような定位置になった。他の執行部員も定位置があり、その一つだった。

ドレスも友人として気遣ったつもりだった。

そんな風にファリティナに説明し、理解を求めたことなどなかった。

ファリティナが学院に現れないので、説明をする必要も感じていなかった。

ギデオンがファリティナの悪評を耳打ちされるように、ファリティナにもギデオンの噂が耳に入るのだと想像もしていなかった。

それなのに、ファリティナは顔を合わせるたびに、令嬢らしい微笑みを浮かべていた。心の中ではギデオンの不誠実をどのように思っていたのだろう。

怖くて聞けない。

侍従が二人の前に茶器を並べ、ケーキを並べた。

「セリオンに君が好きだと聞いて。王宮のデザートの中で一番気に入っていると。甘いものが好きなんだろう?」

焼いたメレンゲの乗ったレモンカスタードのパイは王宮の晩餐会で出されるデザートの一つだった。