軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15 苦言

王子の誕生会は学院の一年が終わり、長期休暇に入ってすぐに開かれた。

王太子でもないので式典はなく、気安い内輪の茶会形式で行われた。

執行部を中心に学院生が多く招かれた会は、ファリティナにとって針の筵だ。

執行部の令息、令嬢たちはファリティナを横目で見て、あからさまにヒソヒソと侮蔑の笑い声をあげる。

ファリティナは扇を細く広げ、小さくため息をついた。

招待した王子はファリティナに近づくこともなく、学院内と同じように、同じ年の執行部員たちと談笑に興じている。

優しげな顔をしてやはり王子も貴族の一員ね。

婚約者を居心地の悪い場所に放置して、恋人と噂される女を隣に侍らすなど、なんのいびりだ。

これに良く似た話を、少し前に本で読んだばかりだ、と思い出した。

あれは、婚家の義母のいびりに耐えかねた女が復讐を企てるミステリーだった。

人間、追い詰められるとろくなことを考えないわ。そんなに嫌なら出ていけば良かったのに、とファリティナは軽い酒精の入った飲み物で唇を潤しながら思った。

公爵令嬢であり、第二王子の婚約者だと知られながら、ファリティナに話しかけてくる者は誰もいない。

同じ家のセリオンには、あれほど群がっているというのに。

セリオンはファリティナから見ると薄ら気持ち悪いと思われる愛想の良い笑いを浮かべながら、学院生たちと談笑していた。

出て行くにしても、方法を選ばなければいけない。

テーブルについた水滴を指で遊びながら、ファリティナは考えた。

先日、王子直々に招待状を持って来たために、ファリティナが学院に通ってないことを母親から咎められた。

どうやら、茶会でもファリティナの悪評が話題に上がったらしい。

なんでも夜な夜な風紀の良くない社交場に出入りし、卑しい身分の男たちと戯れることで、王子に構われない寂しさを慰めているのだとか。

ファリティナは呆れて根も葉もない噂だと、失笑したが母親は真剣な顔をして言った。

「最近、ジェミニに構っているそうね」

ファリティナはにっこり笑った。

だが、背筋に熱い鉄棒を入れられたように全身が泡立った。

知られてしまったか。

「ええ。可愛くて」

母親の目がすう、と細まる。

あら、セリオンそっくりだわ。

焦る心とは裏腹に、母の美貌にそんなことを思った。

「そんなことをしていないで、まじめにお勉強なさい。学院で姿を見ないからこそそんな噂を立てられるのですよ。」

ファリティナはわざと肩を竦めて見せた。

「言いたい者に言わせておけばよろしいのよ。私が王子の婚約者であることは変わりないんだから。私と結婚しないとガゼリの権益は手に入らない。成婚契約書にそう書いてあるでしょう」

「慎みを持ちなさい。ファリティナ」

どの口が言うか。

心で悪態をつきながら、ファリティナは傲慢な笑顔を崩さない。

「面白くないですわ。お母様。王子は執行部の仲間である男爵令嬢に夢中ですのよ。私が学院に来ていても、彼の方たちとの昼食を優先するくらいです。その噂、きっと王子の不貞を隠すための偽装に違いないわ」

「なんてことを。不敬ですよ」

「事実ですのに。蔑ろにされているのはこちらです。懇ろな様子を毎日見せつけられるなんて業腹ですわ。それが嫌で、私、学院に行きたくありませんの」

ふくれっ面をして、ファリティナは顔を背けた。

「もう、ファリティナったら。高位の貴族であれば、愛人の一人や二人、囲うのは当たり前です。殿下はお若いですから、余計遊びに興じたいお年頃なのです。大目に見てあげなさいな」

「大目に見てますとも。不貞を詰らないだけでも褒めていただきたいくらいですわ。では、お母様。私にあの様子を耐えて、眺めておけと仰るの?それとも、グランキエースとして正式に抗議なさるの?男爵令嬢との仲を改めなければ、婚約を見直すと」

母親がそんなことはできるはずがない、とファリティナは分かっている。

公爵代理となっているが、議会での議事に積極的に参加もできなければ、派閥を形成、維持することもない。

男爵令嬢をダシにして、グランキエースの有利になる条件で婚約解消を目論むこともできないだろう。

かと言って、ファリティナが言うように婚約者に蔑ろにされていることを黙って耐えるなど、公爵家の立場が許さない。

目の前にあって見て見ぬ振りをするより、その場にいない方がやり過ごせる。

我ながら良い言い訳だ、とファリティナは自画自賛した。

「男爵令嬢との関係は本当なの?執行部のお仲間だから、仲が良いだけでなくて?」

「あれが恋人同士の距離でないと、誰が言うのかしら。先日のモドリでの歓迎宴会でも、私ではなく彼女をエスコートしたのよ」

不愉快そうに眉を寄せてファリティナは言った。

これくらいの誇張なら許される。母親を黙らせるための詭弁だ。

噂で貶められるのなら、噂で返してやる。

「正直、王子に恋人がいても構わないですわ。所詮、学院内でのことですもの。そりゃあ、気にならないと言えば嘘になりますけど、遊びを許容できないくらい狭量ではありませんの。最後には私が妃になるのですもの。それくらい認めてあげますわ」

「そ、そうよね。人の心は止められないわ」

ここで王子の恋人を糾弾してしまえば、母親は立場がない。彼女はかつての男爵令嬢なのだ。

「だから、私は私で好きにさせてもらいますわ。今はジェミニが可愛いのです。弟を可愛がることと婚約者の前で恋人を侍らすこと。どちらが醜悪なのか、わかりきってます。私は悪いことなどしておりません」

ふん、とわざと傲慢にファリティナは口を曲げた。

仕方ないわね、と母親は頬を押さえた。

もう一歩。

ファリティナは密かに奥歯を噛み締めた。

「モドリ港はとても気持ちのいいところでしたわ。ジェミニ、お土産の貝殻をとても気に入ってくれて。冬も王都より寒くないのですって。休みに入ったらジェミニを連れていこうと思うのです」

ファリティナが言うと母親は眉を顰めた。

「いけないわ。・・・あの子は」

「潮風は体にいいのですって。港の子供たちは水が冷たくても波打ちぎわで遊んでいましたわ。潮風に当たれば、あの子も強くなるわ。心配なさらないで、お母様。時間もあることだし、ゆっくり移動しますから」

渋る母親を説き伏せて、ファリティナは学年終わりの長期休暇にジェミニと共にモドリ港へ行くことを勝ち取った。

出発は王子の誕生会のこの日の翌日。

ファリティナとジェミニが旅行に行くことを聞きつけた双子の弟妹がファリティナに同行を泣きついてきた。

セアラは特に、最近、ファリティナとジェミニが庭で散歩に出るといっしょに散歩に出たがるようになった。

懐いてくれて嬉しいが、ファリティナは少し警戒している。

ジェミニが飲まされていたミュゲの毒が入った薬は、ファリティナがこっそり中身を入れ替えた。

似たような色の薬を手配するのは大変だった。また、ミュゲの解毒剤となる成分を混ぜ込んだ飴玉を作り、ご褒美と称して一日何回も口に含ませている。

おかげでジェミニの青白かった頬には赤みが差すようになり、起き上がっている時間もだいぶ長くなった。

母親の魔の手から守るそれらのことを、セアラを通じて母親に知られることを警戒している。

今まで必要以上に関わることがなかった弟妹たちが、どのくらい母親と繋がっているのか、ファリティナには読めない。

どこから聞いたのか、ジュリアンとセアラも連れてサイリウムに行くことを聞いて、セリオンが自分も行くと言い出した。