軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10 馬車の中で

貴族学院の一年間の履修中には校外での実習がある。

任意での参加であるが、ファリティナは参加することにした。

行き先はサイリウム領。

隣国との国境に近く、国内有数の港がある。今回は最も有名な港に実習場所が設けてあった。

この半年、ろくに登校しなかったファリティナがこの実習に参加することに、セリオンは驚いていた。

「何を企んでいるんですか?」

サイリウムまではそれぞれで向かう。

公爵家の馬車は大きいので、セリオンは友人を誘うかと思っていたが、意外にも同乗者はいなかった。

お友達がいないのね。わたしのことを嘲笑えないじゃない。

ファリティナは内心ニヤリと笑った。

「王子は執行部の方々と向かわれるそうですよ。」

セリオンが言った言葉の真意がわからず、ファリティナは、だから?と、首を傾げた。

セリオンは相変わらずバカにし切った目でファリティナを見返した。

「あの、男爵令嬢も同じ馬車で向かうそうです。王家の馬車でね。」

ああ。

とやっと得心がいく。

「いいんですか?あなた、婚約者でしょう?」

「よろしいんじゃないかしら。」

煽るようなセリオンに、わざととぼけて返した。

「だってお友達なんでしょう。それに男爵家から馬車を出してサイリウムまで行くなんて、移動だけでも負担になるわ。王子はお優しいから見過ごせなかったのではなくて。」

「へえ、随分冷静なんですね。」

「あら?嫉妬でハンカチでも噛みちぎるかと思った?」

まあ、やりかねないと思ってましたよ、とセリオンは返した。

相変わらず失礼だわ。人のことをなんだと思ってるのかしら。

ムッとした感情を隠しもせず、ファリティナはセリオンをにらんだ。

「わたくしだって立場はわきまえてます。執行部は殿下の側近になる方たちですもの。いちいち目くじらを立てたりしません。」

「それでも、気にはなるんですね。」

「・・・・・・どうかしらね。」

かまをかけるようなセリオンの言い方に、ファリティナは相手にしないことにした。

ギデオンのことはなるべく考えないようにしていた。

悪夢を見るまでは、確かに恋い焦がれていたのだ。あの様子を知っているセリオンからすれば、今のファリティナはいつか必ず爆発する火薬のようなものだろう。

その時の被害を最小限に抑えるために、ファリティナを探っておきたいのかもしれない。

「・・・・・・この婚約はあくまで政略のもの。」

ファリティナはセリオンを見ずに小さく、だが、はっきりと呟いた。

「王家からしたらガゼリの頒布権が手に入れば、成婚などあってもなくても構わないのよ。」

ガゼリとは王国独特の風土病に効く特効薬だ。グランキエースの領地の一部分でしか育たない特殊な植物から取れる。

この薬の薬効が広く知れ渡ったのは、奇しくもファリティナの母がこの薬で助かったからだ。結局、ファリティナの母は別の持病で亡くなってしまったが、ファリティナとは縁のある薬だ。

「・・・・・・王子のことを慕っていたのでは?」

「私が慕っていたからって、婚姻が成り立つわけじゃない。私たちはそんなこと言える立場じゃないでしょ。」

どこか投げやりにファリティナは言った。

そうですね、とセリオンが無機質に答えた。

そういうところが、やはり公爵家だ。

生まれて初めて、セリオンとの妙な紐帯を感じた。

もしかして、少し前まで王子に焦がれていたあの気持ちは偽物だったのかもしれない。

ファリティナは冷静に思った。

あの優しい王子の伴侶になれば、愛されるかもしれない。そんな期待だけで彼を慕っていたのかもしれない。

そう思うと納得がいくと同時に、とても虚しくなった。

あの王子は誰にでも優しいだけだ。

婚約者の自分にも、夜会で群がる令嬢たちにも同じだけの熱量の優しさを与える。

独り占めしたいと思ったこともあった。だけど、与える側がその気がなければ、与えられるはずもない。

「ジェミニに会いたいわ。」

ねえさま、ねえさまと慕ってくるジェミニの愛着を思い出して、ファリティナは呟いた。

「来なきゃよかったじゃないですか。相変わらずブラコンですね。」

「モドリ港に用があったのよ。」

「何の用です?」

「皇国の公館があるでしょう。向こうの学校のことを聞きたかったの。」

「コリンのことですか?」

ファリティナは頷いた。

「ついていったのは、男の子の侍従だけでしょう?若いし、気が利かないこともあるでしょう。なにか不自由してないかしら。学校でどんなことをしているのか、気になって。話が聞けないかしらと思って。」

ファリティナの目的はその先だ。

女子学校がないか聞きたいのだ。

そこにセアラを送りたい。

母親の横領がいつ明るみになるかわからない。そうなったら、セアラにまともな縁談など無理だろう。

爵位返上となれば、平民として生き抜かなければいけない。

こちらの事情が届きにくい皇国であれば、没落したとしても一年、もしかすると卒業までは、金銭の続く限り教育を受けられるかもしれない。

はあ、とセリオンは呆れたようにため息をついた。

「ジェミニの次はコリンですか。」

「あなたは心配ではないの?セリオン。」

「全く。なんとかするでしょうよ。その覚悟で国外に出たんだ。」

そうだろうけど。とファリティナは眉を寄せた。

コリンと繋がっておけば、いざとなった時に皇国に逃げ込めるかもしれない。

すでにデビューを果たした自分とセリオンはこの国の貴族の一員なので、責任放棄は難しいが他の兄弟なら。

「人のことより、自分のことをなんとかしたらどうですか。このままじゃ卒業まで執行部入りどころか、卒業延期もあり得ますよ。」

「登校はしてないけど、課題はちゃんと出してるのよ。」

「施策に関わらないと学院に籍を置く意味がない。」

「私が提案した施策は全く採用されないもの。」

「あなたって人は。」

セリオンの声に苛立ちが混じった。

「そんなんでよく留年しなかったですね。」

「だから、課題は出してるのよ。」

出席していない分、罰のように課題は出されている。多分、罰だろう。

ジェミニが寝ている間や、屋敷にいる時に大方のことは書けるので、出席の代わりに論文で済ませてくれるなら、むしろありがたかった。

「どうして、そう、協調性がないんだか。」

セリオンの言い草にファリティナは身を乗り出した。

「なんです?」

「セリオン、あなたには協調性があるの?」

「何を言ってるんですか。施策を実行するのに協調性がなければ進まないじゃないですか。」

まあ、とファリティナは心底驚いて、セリオンを見た。

セリオンはムッとしてにらんだ。

「失礼な人ですね。」

「ええ、まあ、うん。そうね、失礼だったわ。ごめんなさい。だってそんな風に見えないんだもの。」

「はあ、姉でなければ馬車から叩き出してるところだ。」

不機嫌に足を組み直して鼻を鳴らすセリオンを、ファリティナは扇の下から覗き見るように見た。

どうやら自分が思っていたより、セリオンは人間らしさがあるらしい。

思わず笑いがこみ上げて、くす、と吹き出したのを見咎められた。

「何ですか。」

「ううん。なんでもない。ごめんなさい。」

殊勝に謝るが、込み上がってくる笑いは止まらず、セリオンに睨まれながら笑い続けた。