軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おかえり異世界

ドクンッと身体中が飛び出すくらいの衝撃が襲い、溺れていた意識が乱暴に引き戻される。

かはっと息を吐いたカルアは、本能のまま酸素を求めて胸を膨らませた。

「やった、呼吸戻ったぞ!」

「こっちも意識あります! 動かさないで!」

まだ耳しか活動していないが、喧騒と近く響く怒声の内容を聞いていると、どうやらカルアは意識を失って救助されたところらしい。

ぜいぜい呼吸をしていると、少々急いた手つきがカルアのあちこちに触れては無事を確かめる。

────ええと。何これ。菊池さんは?

さっきまでカルアは、真白の空間にいたはずだ。大好きな人と一緒に。

なぜか全身がめちゃくちゃ痛いのだが、何事だろう。

疑問を解消すべく、カルアはなんとか重い瞼をこじ開けた。

「大丈夫!?」

「え」

目の前に飛び込んできたのは、前世の同僚。

真っ青の顔色で、泣きそうになりながらペタペタとカルアの頬や額を触る。

「ごめんね、ごめんね。助けてくれてありがとう、立夏」

立夏? それは、カルアの前世の名前だ。冬生まれなのに夏の名だと、よく自己紹介でも口にした。

前世のカルア? あれ、カルアが前世なんだっけ?

混乱しながらも小さく笑みを浮かべると、彼女はついに泣き出してしまった。

「私が階段から落ちそうになって、立夏が庇って……」

ほう。そうだったのか。前世の記憶では覚えがないが、単に忘れているだけかもしれない。

「で、立夏を受け止めようとした本社の方が、一緒に落ちたの」

なんだと。恐ろしいことを聞いた。

慌てて痛む首を動かして見れば、カルアから少し離れた場所に、見慣れた男性がいた。

「菊池さん……?」

「あれ、知り合い? 専務だって聞いたけど」

初耳だ。菊池さんの世界の話など、ほとんど聞かなかったから。

心配して取り囲む人たちに、ほんの少し困ったように笑っているのは、菊池さん。

カルアの世界に召喚された、あの菊池一臣さん。間違いない。

とりあえず、彼を元の世界に戻すという一番の目的は果たされたようで安堵する。

何がどうなっているかは不明だが、カルアは立夏として、前世と同じ世界に存在しているらしい。ややこしいな。

どうやら、同じ世界線の同じ時期に菊池さんもいた。ようだ。

もちろん、カルアの持っていた前世の記憶の中に、菊池さんはまったく登場しない。

菊池さんも、カルアに覚えがあるようには見えなかった。まあ、姿形が違うから当然か。

「もうすぐ救急車が着くから、とりあえず病院に行こ」

「私が付き添うよ。というか、一緒に行くよ」

同僚の言葉に続くように、柔らかい、記憶通りの菊池さんの声がする。

「ええと……立夏さん? ちゃんと受け止められなくてごめんね。こんなおじさんとで申し訳ないけれど、一緒に行こうか」

「行きます」

立夏とカルアが同一人物だと、たぶん菊池さんはわかっている。

こちらを見る焦げ茶色の目には、確かに親愛が込められているから。

だから、カルアは迷わず頷いた。

やっぱり状況はよくわからないし、相変わらず身体は痛むけれど、菊池さんと一緒ならどこへでも行く。

そう決めて、異世界を飛び出して来た。

この世界がどのような場所だって、カルアはいつだって彼と共に行く。

心ごと欲しいと言ってくれた、唯一の人と。

肌身離さず胸元に持ち歩いていた巻物が、誰の目にも留まらず、さらさらと空気に溶けて消えた。