軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

030 s

坑道の奥で、三人のプレイヤーがゴブリンの集落を眺めながら、不安げな面持ちで待機していた。

見る限り、どうやらキング・ゴブリンは討伐されたようだ。それに、周りにいた夥しい数のゴブリン達も消え去っている。

「急に消えたが……行くなら今か?」

「ああ。長かったな――」

三人は青白いカンテラを消しながら立ち上がる。

青白いカンテラには魔除の効果があり、しばらく休憩する時や、 潜伏(・・) する時には大いに活躍する。

「やっと見つけました!」

坑道内に元気な声がこだまする。

三人が声の方へ咄嗟に振り返ると、そこには栗色のボブカットを揺らしながら手を振っている初心者防具の女性プレイヤーが立っていた。

三人は顔を見合わせ、安心したように息を吐く。

「どうしたんだ? こんな所で」

「道に迷ったの? それとも人探し?」

三人はゆっくりと女性に近付いていくと、その近くに鎧に身を包んだ黒髪の男も居ることに気が付き――一気に警戒心を高めた。

「紋章の奴らか?」

「ええと、違います。私は個人的にあなた達を助けに来たんです!」

女性の言葉に、再び三人に笑みが戻る。

どうやら 食事前のおやつ(・・・・・・・) が来てくれたらしい、と。

(もう脅威は修太郎さん達によって取り除かれたけど、私は私の勤めを果たさなきゃ)

暗がりからカンテラの下へとゆっくり歩いてくる三人を見て、ミサキは安堵の表情を浮かべていた。よくぞあの激戦区に踏み込まず、この場所で待機してくれたと。

(でも何か変――そういえば元々この人達、二人だったのに三人に増えてる)

坑道に入る前は確かに二人だった青点が、三人に増えている事にミサキは今になって気付く。冷静な普段のミサキならばこの変化に即座に気付けただろう。

三人の顔が照らされる。

ミサキの顔が強張ってゆく。

「はじめましてお嬢さん。ちなみに君、レベル幾つ?」

「いやー女を殺すのは初めてだなぁ」

軽薄そうな笑みを浮かべるのは、フードで顔が隠れた男と、灰色のボロ切れを着た男。

β時代、当選者数わずか100名という非常に狭き門を抜けた幸運のプレイヤーの中に、彼等はいた。

フィールドに出るプレイヤーを見つけては殺して周り、都市に入れないほどのカルマを貯めた狂人。

β時代に猛威を振るったPKキジマと、黒犬だ。

そしてもう一人が燃え盛る刀を抜き放つ。

「俺達の目標はあくまで紋章の奴等だろ? こんな所で道草食ってていいのかよ」

それは、かつて黒犬によって仲間を殺され復讐を誓ったはずのキッドだった。

マイナスへ振り切ったカルマ値によって都市に入れなかった黒犬とキジマは、この坑道内を根城としていたため早い段階からこの侵攻の発生を見て知っていた。

紋章ギルドが侵攻を止めるため躍起になっているのを知ったPK黒犬とキジマは、デスゲーム開始後、坑道内に迷い込んだプレイヤーを殺しながらアイテム群を奪いつつ、成熟した侵攻が都市を食う瞬間を待っていた。

β時代、侵攻により門を破壊された都市は 安全機能(システムブロック) が解除され、フィールドと同じようにPKが可能となった過去がある。PK達は侵攻の混乱に乗じ、アリストラスに乗り込む算段でいたのだ。

全てはアリストラス内部で怯えた35万人を欲望のままに喰らうため――仮初ではなく〝本当の殺人〟に快楽を覚えた二人は、一人の仲間を引き入れることに成功した。

それが、キッドだった。

「お前が千里眼を見落とすから作戦が狂ったんだろうがよ。アルバ単体なら俺たち三人で殺せたのに、使えねえ新人だねえ」

「流石に ワタル(トップ) と アルバ(右腕) を同時には無理だぜ。まぁ今は両方満身創痍みたいだし? 35万人(ビュッフェ) は無理だったが 紋章の精鋭部隊(フルコース) が喰えるなら、結果オーライよな」

軽薄そうな二人組が嗤う。

キッドは鬱陶しそうに頭を掻く。

キッドは坑道内で スカウト(・・・・) されてからは、紋章の内部に入ってスパイ的に動いていた。

『お前、 こっち側(・・・・) だろ?』

『β時代のお前の顔見てたらわかるんだよ』

『面白い話がある。乗るか死ぬか決めろ』

あの時――

坑道内で動けなくなったキッドに黒犬が囁いた。

断れば待つのは死。

しかし、恐怖心とは別の感情に突き動かされ、キッドはその話に乗っていた。

現代日本ではまず味わえない命と命のやり取り。

彼は目の前で仲間を殺されながらも、復讐心以上の〝極上のスリル〟に心が踊っていたのだ。

そして黒犬から告げられた計画を聞き、なによりも好奇心が 勝(まさ) った。

潜在的サイコパス。

彼がまさにその典型である。

キッドはその後、第17部隊が壊滅した時、混乱に便乗してアルバを坑道内に引き込むことには失敗したが、イレギュラーな ミサキ(有能固有スキル持ち) の出現にもいち早く情報を仕入れ、侵攻攻略日に合わせ準備を済まし今日を迎えている。

黒犬がアルバを襲い、 キッド(主戦力) がそれを追う事で戦場は一気に傾いた。その結果、ギリギリの攻防を繰り広げていた紋章ギルドは窮地に立たされている。

それは勿論、この三人の計画のうちだった。

討伐隊がキングを倒せば、その後弱った討伐隊を後ろから食えるから良し。万が一討伐隊が負けても、侵攻によって城門を破壊されたアリストラスの非戦闘民達を蹂躙できるからそれもまた良し。

「本当は奇襲の流れで数人引っ張ってきてもらう予定だったけど、やっぱお前釣りの才能ないわ」

キッドの肩を取りながら黒犬が溜息を吐く。

ミサキは困惑していた、この人達は なんなんだ(・・・・・) と。

先ほどから聞いていれば、紋章を殺すだのと物騒な事を口走っている。坑道に迷い込んだわけじゃないのかと。

置いてけぼりなミサキをキジマが笑う。

「てかさぁ、助けにきたってなんだよ。得体も知れねえ俺達にノコノコ会いに来て殺されるだなんて、お前――正真正銘の馬鹿だろ」

ミサキは声を震わせて叫ぶ。

「手を取り合って前に進むべき人達を殺そうと企むなんて。私達はデータじゃない、ここに生きてる人なんだよ?!」

キッドは嘲笑うように両手を広げた。

「分かりやすい世界でいいだろ? 強い奴が好き勝手できるんだ。なんたって、ここには法がない! 好きに人殺して、金を奪って、好きな物食って、女を抱いて、好きな時に寝て――こんな素晴らしい世界、脱出したいだなんて勿体ないよなぁ?」

三人の男の笑い声がこだまする。

ミサキは血が滲むほど唇を噛みしめ、涙を流す。

(動けなくなっているプレイヤーだと思ったらただの犯罪者だなんて――そこまで考えが及ばなかった自分が愚かで悔しい……!)

三人の男がミサキに襲い掛かる。

その血走った目、表情に恐怖し動けないミサキは短剣を構えて防御するも、ミサキの首、胸、背中にそれぞれの得物が突き立てられた。

死――

それを覚悟したミサキの目には、驚くべき表示が飛び込む。

85,921,506/85,921,506

85,921,506/85,921,506

85,921,506/85,921,506

合計三度、表示された意味はすぐに分かった。

「お、お前……化け物だろ」

「最前線のプレイヤーか?! いや、それにしたって miss(ノーダメ) が出るほどのレベル差は無いはずだろ!」

PK三人の攻撃が全て弾かれたのだ。

三人はその事実に怖気を覚え、驚愕する。

その理由は――ミサキのLPはセオドールと共有されており、そしてセオドールが施した《竜王の庇護》による効果で、ミサキのステータスは一時的にレベル80相当まで底上げされていたからである。

加えてこの装備も破格の品だ。

元々は修太郎に向けて打った物であるため、素材は勿論のこと、セオドールの技術が詰まった至高の一品であり、その ステータス上昇値(性能) も言わずもがな。

この世界の〝硬さ〟の概念までもが数字の並びで決定付けられる。たとえ研ぎ澄まされた真剣を地肌に突き立てようとも、受け手の数字が大きければ刃は届かないのだ。

反撃を恐れた三人は距離を取る。

「っはァ、ハァ……!」

目を見開いたまま、崩れ落ちるミサキ。

ミサキの心臓ははち切れそうなほど脈動しており、三人の動きに全く反応できなかった不甲斐なさと、今の攻撃で本来なら死んでいたという事実によって、戦意を喪失していた。

右手を胸に押しつけるように俯く彼女。

手に持った短剣だけは離さなかった。

「もういいか?」

坑道に再び静寂が落ちる。

背中に携えた邪悪な剣をぬらりと抜き放ちやってくるセオドールを見て、PK達の顔つきが明らかに変わった。

快楽殺人者といえど、元を正せば戦闘狂。

ひと目見ただけで相手が〝どの程度〟なのか、肌で感じる事ができる。

何か来る。

本能がそう告げた。

セオドールは大剣を振り抜いた。

「まっ――」

鋭い斬撃音の後、三つの人型が粒子に変わる。

とても呆気ない、人間の死。

今目の前で、三つの命が消えたのだ。

ミサキは何度目か分からない涙を流し、死んだような目でセオドールを見た。

「すまなかった。ミサキ殿の目的とする場所に 悪しき者(彼等) が居るのは分かっていた。嫌な想いをさせてしまったな」

申し訳なさそうに剣を戻すセオドール。

ミサキは言葉こそ出てこないが、首を大きく振って必死にそれを否定する。

武器まで貰ったのに、何もできなかった自分。

恩人に汚れ役まで任せてしまった後悔。

(この人は分かってたんだ、何もかも。私が何も知らずに犯罪者達の所に誘導していた事も、私が恐怖で動けなくなる事も、全部)

全てを知ったミサキ。

もしも、ここへ連れてきたのがセオドールではなく宿屋にいたプレイヤーだったら。優しく抱いてくれたフラメだったら。アルバだったら、ワタルだったら――自らの足りない知識と偏った正義感だけで動いた結果がこれなのだと、落胆と共に痛感していた。

そして感謝した。

この感情を生きて感じる事ができたのは、紛れもなく セオドール(この人) のお陰だと。

三人の〝命があった場所〟を無言で見つめるミサキ。

セオドールはミサキが自力で立ち上がるまでの間、それ以上は何も語らず、ただ静かに佇んでいた。