軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

156 s

真夜中の荒野を駆けるふたつの人影。

ひとりは美しい弓を背負った少女。

ひとりは大きな盾を背負った男。

「誠さんも夜通し訓練してるじゃないですか」

「意識だけは高くってね」

軽口を叩きながら――

しかし二人の表情に余裕はない。

「ダメだな、誰も繋がらねえ!」

焦ったように舌打ちをする誠。

最前線攻略を控え、みな早めに就寝したのだろう。ワタル達含めた紋章精鋭部隊と連絡がつかない。

時刻は深夜3時半――普通なら誰しも寝ている時間である。誠は諦めたようにメニュー画面を閉じ、眼前にそびえる巨大な塔を見上げた。

「シオラ大塔かよ!」

「まだ反応はあります!」

「おし、もうすぐ着く!」

そのプレイヤーが入って行ったのは明日攻略予定だった「シオラ大塔」。レベル適正でいうと30〜で、ミサキと誠はその最低ラインはクリアしていることになる――その適正はあくまでも「パーティ攻略」を前提とした数字ではあるが。

「でも塔には鍵があるって、前提クエストがあるってワタルさんが……」

「大丈夫、ギルドインベントリにはシオラ大塔の鍵がちゃんと収まってる。大方、フラメさん含む先発組が入手してたんだろうけど」

鍵が無かったら見殺しだったな。

冷や汗をかきながらそう呟く誠。

キレン墓地からのエリアは、イリアナ坑道やウル水門などのチュートリアルエリアとは違い、エリア挑戦のために鍵を入手する必要がある。本来なら鍵を入手するための〝前提クエスト〟というものを受けなければならないのだが、ギルドに所属している特権でそれはパスされている。

門の前へと辿り着くと、堅固な錠穴が光を放ってガチャリと開いた。

ミサキと誠は迷わず中へと飛び込んだ。

*****

月明かりが差し込む塔の内部。

空を見上げるような形で佇む人の影。

「こんな時間に一人で何してるんですか!」

ミサキはその女性を怒鳴りつけた。

彼女の表情を見て、さらに悲しくなった。

この世に未練はない――

寂しげな顔がそう物語っていたから。

「それ、あなたに関係ある?」

と、女は妖艶な笑みを浮かべた。

「(なんつー顔で笑うんだよ)」

月明かりに照らされた 白蓮(女性) に誠は戦慄する。

ゾッとするほどに冷たい瞳だった。

深い絶望を経験した人間の表情だった。

「関係ないなんて、関係ないです!」

ミサキのマップが感知する青点が消えてしまえば、それは そういうこと(・・・・・・) なわけで、ミサキはそれを黙って見過ごすことができない。皆が知らぬ間に消えていく青点を、ミサキだけは全部見えてしまうのだから。

「!」

マップに動く点を見つけるミサキ。

赤点が4つ――それも凄まじく速い。

ミサキは無言で弓を上へと向ける。

はるか上空から滑空してくる鳥型モブを見つけると、素早く矢を番えてスキルに乗せた――

「《連射》」

誠に盾を取らせる間も無く射抜かれた鳥達は爆散し、ポリゴンの欠片を撒き散らせて消えていった。

ミサキは何事もなかったかのように再び弓を背負い、向き直る。

「(同レベル帯モブを一撃で……?)」

誠は戦慄していた。

ミサキの異様な攻撃力も去ることながら、マップ索敵により「皆が知覚できない場所のモブ」をも感知し、洗練された動作で撃ち抜く技術が人間離れしている――彼女の実力はトッププレイヤーと遜色のない。と、誠は直感的にそう思っていた。

「(噂には聞いていたが、一体どれほどの鍛錬を積んだらここまで……)」

誠は今にも消え入りそうな白蓮よりも、言い表せない「危うさ」をミサキに感じていた。

「私はもう、期待されるのも失望されるのも……誰かが死ぬのも見たくないの」

「だからって死ぬのは解決じゃないだろう」

そう言いながら、誠は白蓮を睨む。

ガラス片にも似た モンスターの死骸(ポリゴンの欠片) が舞う中、白蓮はただ上を見つめ黙っている。

ミサキは胸に手を当て口を開く。

「私だって誰かが死ぬのを見るのは怖い。自分のせいで誰かが死ぬのも耐えられない。誰だってそう。皆そんなに強くないよ」

わかった風なことを――と、ミサキの言葉を心の中で否定。憤り、睨み返す白蓮。

ここで初めてミサキと目が合った。

「(この子……)」

強い意志のこもった目の奥に、

なにか自分と近いものを感じた。

この子は相応の修羅場を潜り抜けている。

聞き流していた彼女の言葉に耳を傾ける。

「私、見えるんです。固有スキルの影響でマップ内の人や動物やモンスターの居場所が。だから真夜中の塔に進む貴女を見つけられた」

白蓮は食い気味に聞き返す。

「生命の感知、みたいなもの?」

「はい」

「そう……」

少女の背負ったものの重みは、自分の背負っていたものよりも遥かに重いように感じた。

なんて有用で、なんて残酷なスキルだろう。

「(夜も満足に眠れないだろう。美味しい物を食べていても、好きな人と過ごしていても、彼女には義務と責任が付き纏う。場合によって恨まれる……か)」

黙り込む白蓮。

ミサキは吐き出すように話し続ける。

「私は昔、モンスターに殺されかけました。PKにも殺されかけました。私の命はそこで終わるはずだった――けど、恩人に助けられました」

無意識に弓を撫でるミサキ。

自分でも分からない感情に胸が苦しくなる。

我慢していた何かが込み上げてくる。

「だから今は自分の命を使って一人でも救えるように、一秒でも早くこの世界が終われるように突き進むしかない。だって――だって私は、 そうなる(・・・・) しかなかったから」

がむしゃらに走り抜けてきたミサキ。

ただの女子高生だった彼女にとって、リアルなモンスターを倒すだけでも辛い経験だった。毎日の習慣に耐えきれず体調を壊しても、固有スキルだけは使い続けた。

罪なきプレイヤーがPKに襲われているかもしれない――という「不安」

キングゴブリンのような侵攻が発生するかもしれない――という「恐怖」

いつしかミサキは眠れなくなっていた。

常にスキルを張り巡らせ、警戒する日々。

見過ごすことが怖かった。

見過ごすくらいならと、自分を犠牲にした。

ミサキは自分の事を語らない。

他の人に諭されそうで怖かったから。

決心が揺らぎそうだったから。

説得する中ではじめて「自分を振り返った」ミサキは、ずっと張り続けていた何かがプツンと切れたように大声で泣き出していた。

焦ったように誠を見る白蓮。

誠は複雑そうな顔でただ黙っていた。