作品タイトル不明
835 マーネ、ユナを心配する
「マーネさん、逃げて!」
反応が遅れたわたしと違って、ユナは動いていた。
普通だったら、恐怖で足がすくんで、動けない。
でも、ユナは違った。
ユナは迷いもなく、あの化け物の大猿に向かって走り出していた。
「くまゆる、くまきゅう、みんなをお願い!」
ここにいても足手纏いになるのは分かっている。
だからと言って、ユナを置いて逃げるわけにはいかない。
でも、くまゆるがわたしを掴むと、軽く上に放り投げ、背中に乗せる。
「待って! あなたたちのご主人様が残っているのよ」
「くぅ~ん!」
わたしの言葉を無視して、くまゆるは走り出す。
その隣にはリディアとゼクトを乗せたくまきゅうが走る。
後ろを振り向く。
ユナが大猿と戦っている。
あの小さい体で。
わたしたちを逃すために。
くまゆるとくまきゅうはご主人であるユナの指示に従って、この場を離れる。
「ユナちゃんを置いて来ちゃったけど、本当にいいの」
「俺たちがいても、足手纏いになるだけだ」
ゼクトの言うとおりだ。
残れば、ユナの負担になる。
離れることが、最善だ。
ここでユナのところに戻っても、わたしにできることはない。
わたしは無力だ。
「でも……」
「今はユナを信じましょう」
わたしの言葉で、リディアも口を閉じる。
リディアも、自分が戻っても、なにもできないことを分かっている。
今はユナを信じるしかない。
しばらく走ると、くまゆるとくまきゅうが止まる。
くまゆるとくまきゅうは魔物が近くにいれば分かる。
止まったってことは大猿が追いかけてきていないってことだ。
つまり、ユナが、わたしたちを逃す時間を作ってくれた。
わたしたちはくまゆるとくまきゅうから下りて、ユナがいるほうを見る。
「これから、どうするんだ」
「マーネさん、どうします?」
ゼクト、リディアの2人がわたしを見る。
わたしは、その質問に対しての答えを持っていない。
でも、一番年上のわたしが決めないといけない。
普通に考えれば、このまま逃げる。
でも、くまゆるとくまきゅうは動かない。走ってきた方向を心配そうに見ている。
この子たちは主人であるユナのところに戻りたいのかもしれない。
でも、ユナの指示に従って、わたしたちを逃がした。
動くときはユナが死んだときかもしれない。
いや、死んだと分かれば、この子たちは大猿に向かっていくかもしれない。
わたしが悩んでいると、
「「くぅ~ん」」
「どうしたの?」
「赤猿がやってくる」
リディアがくまゆるとくまきゅうの代わりに答える。
くまゆるとくまきゅうがわたしたちの前に移動する。
「数は分かる?」
「3、4、5匹だと思う」
リディアが耳を澄ませながら、確認する。
そのぐらいの数だったら。
くまゆるとくまきゅう、それにゼクトとリディアもいる。
「ここで、倒すわよ」
逃げても、追いかけてくる。
それに、これ以上ユナから離れたくない。
ゼクトが剣を抜き、リディアが弓を持つ。
くまゆるとくまきゅうも「「くぅ~ん」」と鳴く。
遠くから、赤猿が駆けてくるのが見えた。
くまゆるとくまきゅうは赤猿に向かって走りだす。
「リディア、くまゆるとくまきゅうの援護を、お願い」
「ゼクトは周囲の確認」
「俺も……」
「ダメよ。もし、他の場所から現れたら、リディアもわたしも対処ができない」
魔法は使えるけど、強くはない。
なにより、わたしには実戦経験が少ない。
クマと猿の戦いが始まる。
くまゆるとくまきゅうが腕を振るうと、爪の先から風の刃が飛び出し、赤猿を襲う。
くまゆるとくまきゅうの攻撃は赤猿を切り刻み、二匹の赤猿が倒れる。
「すげえ……」
「強い……」
わたしたちの心配は不要だった。
ユナが言っていた通りに、くまゆるとくまきゅうは強かった。
追ってきた赤猿はくまゆるとくまきゅうによって、全て倒された。
赤猿を倒したくまゆるとくまきゅうは戻ってくる。
そして、先ほどと同じように、ユナがいる方向を心配そうに見ている。
「ユナが心配なのね」
わたしはくまゆるとくまきゅうを触る。
わたしは決める。
リディアとゼクトを見る。
「あなたたちは逃げなさい。リディアの音を聞く力があれば、森から抜け出すことはできるでしょう」
今まで、そうやって薬草を採取してきた2人だ。森から出ることはできるはずだ。
「マーネさんは……」
「残るわ。この子たちは動かない。わたしだけ、逃げるわけにはいかない。それに、わたしの責任だしね。ギリギリまで引き返すつもり。この子たちは、できるだけユナの近くに行きたいと思っているだろうし」
ユナにもしものことがあれば、紹介してくれたエレローラに伝えないといけない。
それが、わたしの役目だ。
「ごめん。約束を守れないかも」
わたしはリディアとゼクトの妹の薬を作る約束をした。
でも、その約束は守れないかもしれない。
「ユナちゃんは、強いんですよね」
「わたしの信用がおける2人から聞くかぎり、どの冒険者や騎士より強いわ」
「そう言えば、さっきコカトリスとワイバーンを倒したとか言っていなかったか」
「友人曰く、倒したそうよ」
信じられないけど、エレローラが噓を吐く理由はない。
「それじゃ、俺たちも一緒に行くぜ」
「兄さん!?」
「だって、ユナは強いんだろう。本人の話じゃゴブリンキングと戦って、倒したんだろう」
ユナはそう言っていた。
嘘とは思えない口調だった。
「それに、あの巨大スネイクも簡単に倒したんだ。俺が知っている冒険者の中じゃ、一番強い。ユナが勝つことを信じようぜ」
「兄さんが、そう言うなら」
リディアも残るのに納得したみたいだ。
わたしたちは引き返すことにした。
「くまゆる、くまきゅう、気づかれないように近くまで近寄れる? ギリギリまででいいの」
「「くぅ~ん」」
わたしのお願いに、くまゆるとくまきゅうは困った表情をする。
わたしの言葉を理解しているクマ。本当に不思議だ。
「あなたたちもユナが心配でしょう。もし、近くにいれば、ユナを助けることもできるわよ」
「「くぅん」」
わたしの提案にくまゆるとくまきゅうは顔を見合わせる。
くまゆるとくまきゅうの心が揺れているのが分かる。
もう一押しだ。
「もし、ユナに戻って来たことを怒られても、わたしがちゃんと守ってあげるから」
そのぐらいはするつもりだ。
「「くぅ~ん」」
くまゆるとくまきゅうは顔を見合わせて、「くぅん」「くぅん」と鳴き、話し合う。
「クマが会話しているって、本当に凄いわね」
くまゆるとくまきゅうは話し合いが終わったのか、「「くぅ~ん」」と鳴くと腰を下ろす。
つまり、乗せて、近くまで行ってくれるみたいだ。
「ありがとう」
わたしたちはくまゆるとくまきゅうに乗る。
「リディア、音をお願い。大猿とユナの状況、それと赤猿や他の魔物が近くに来たら、教えて」
音が分かれば、状況が分かる。
赤猿が襲ってくる可能性もある。
わたしたちはゆっくりと、ユナのところに向かう。
来た道を戻っていると、リディアが反応する。
「聞こえました。大猿とユナちゃんが戦っている」
まだ、ユナは生きていることにホッとする。
「状況は?」
リディアはすぐに目を閉じ、音を聞こうとする。
「猿の動き回る音が聞こえます。飛び跳ねたり、剣が硬いものか何かにぶつかる音が。金属と金属?」
「金属と金属って、それって、つまり剣と剣で打ち合っているってことか!」
いや、ユナは剣を持っていなかった。ありえない。
……待って、思い出した。
ユナは騎士団長と試合をした。
それは魔法?
いや、違う。
騎士を目指す女子生徒の代わりに戦ったと聞いた。
そして、剣であの騎士団長に勝った。
つまり、ユナは剣も扱える。
「たぶん、ユナが打ち合っているかも」
「ユナは魔法使いだろう」
わたしもそう思っていた。
でも、エレローラの話を思い出した。
「ユナは剣も扱えるわ。話を聞いただけだから、実力の方は分からないけど、王国の騎士団長と副団長を倒す力は持っている」
「いや、王国の騎士団長に勝つって、それは冗談だろう」
「わたしも噂で聞いただけだったから、真相は知らなかったんだけど、友人曰く、ユナは倒したそうよ」
性格は悪かったけど、実力があった騎士団長だった。
「……」
「それが本当なら、ユナは剣と魔法、両方で高い実力を持った人物になる」
でも、ユナの実力を以てしても、大猿は倒せていないってことだ。
くまゆるとくまきゅうが歩みを止める。
どうやら、ここまでのようだ。
ここからじゃ、まだ遠い。
わたしはあるものを持っていたことを思い出す。
アイテム袋から望遠鏡を取り出す。
「マーネさん、そんな物も持っていたの」
「ええ、目的の木を探すのに役に立つかと思って。一応、予備も持ってきているから、見るなら貸してあげる」
わたしはもう2つ、望遠鏡を取り出し、リディアとゼクトに渡す。
わたしはすぐに望遠鏡を覗く。
ユナと大猿が戦っている。
お互いに動き回る。
「おい、ユナが持っている武器って、ナイフか」
大猿が持っているのは、ゴブリンキングが持っていた大剣。それに引き換え、ユナが持っているのはナイフだった。
大猿が振り回す大剣をユナは躱す。
ときには、大猿が持つ剣をナイフで受け流す。
「凄い」
「あんな小さいナイフで、どうして大きな剣を受け流すことができるんだ」
ユナは後ろに跳び、距離を作ると炎の魔法を放つ。
大猿が持つ剣が炎を斬る。
炎は拡散して消える。
火はダメよ。
赤猿は火の耐性を持っている。
まして、大猿だ。
そこらの火の魔法では倒せない。
なのに、ユナは再度、赤猿に炎を放つ。
「なんだ。あの炎の形は」
ゼクトが言うとおりに、ユナが放った火の魔法は、クマの形をしていた。
こんな戦っているときに、クマの形にして遊んでいる場合じゃないでしょう。
やっぱりと言うか、クマの炎は剣によって斬られ、拡散する。
「剣がユナの魔法を吸収している?」
剣が赤くなっている。
ゴブリンキングが持っていた剣。
初めは普通の剣。
長い間、ゴブリンキングが剣を持つことで、魔力によって変質して、ゴブリンキングの剣となると言われている。
あのゴブリンキングが持っていた剣が、ゴブリンキングの剣に変質して、大猿の魔力でさらに変質していたら、どれほどの力を持っているか分からない。
大猿はユナとの間合いを詰めると剣を振り下ろす。
ユナ!