作品タイトル不明
738 クマさん、スズランさんと会う
わたしたちはサクラの屋敷の門を通るとノアとミサが驚嘆した顔をする。
「わたしたちの国の家とは根本的に違いますね」
「なんというか、自然が家の中にある感じです」
「ふふ、そう言っていただけると嬉しいです」
わたしたちは玄関に向かい、靴を脱ぎ、建物の中に入る。
「あらゆるところに木材が見えます」
「まるで、芸術のようです」
「そんな、大袈裟です」
「そんなことないです」
「このまま、持ち帰りたいぐらいです」
「流石に、家は持って帰れないよ」
クマボックスなら入るかもしれないけど。
出した瞬間、壊れると思う。
当たり前だけど、クマハウスと違って、持ち運ぶように作られていない。そもそも土台も必要だし。
わたしたちは渡り廊下を歩く。
ノアとミサ、それから、フィナとシュリも庭園に広がる風景に見蕩れながらため息を吐く。
「わたしの家にある庭園とは全然違います。わたしの家の庭園は華やかさがありますが、こちらは落ち着いた感じです」
「いろいろな形の大きな石や小さい石が庭に置かれています」
「普通に置かれているだけなのに、なんとも言えない感じです」
「わたしたちの国では、このように石を使いません」
「そうなのですか?」
「はい、綺麗に加工された石を置くことはありますが」
確かに、ノアの屋敷や王都のお城では、和の国のように自然にできたままの石は置かれていない。加工された石を見かけることが多い。
ノアとミサが庭園を褒めるので、サクラは嬉しそうだ。
「こちらが客室ですので、ゆっくりとおくつろぎください」
和室に通される。そのまま座ろうとすると、シノブが隅に重ねた座布団を持ち、部屋の真ん中にあったテーブルの前に置いていく。
「座布団っす、座ってくださいっす」
「ありがとうございます」
みんな座布団に座ると、再び庭を眺めている。
「なんででしょうか。とても落ち着きます」
「花が咲いているわけではないのですが」
ノアやミサの家の庭園には花壇に花がたくさん咲いている。それはそれで綺麗だと思う。
でも、こちらの庭園は別の美しさがある。
「お茶を淹れたっす」
わたしたちが庭を見ている間に、シノブはお茶を淹れてきた。
「ありがとうございます」
「お団子を食べたときに、普通に飲んでいたっすが、お茶はノアたちのところにもあるっすか」
「はい。わたしが住む街に、こちらの国の食材を使った料理を提供してくださるお店があるんです。そこで飲むことができます」
アンズの店ではおにぎりを注文すると緑茶が出る。
ちなみにわたしも飲みたいと思うときがあるので持っている。
「わたしの街でも、珍しいですが飲んだことはあります。紅茶とは違いますが、とても美味しかったですよ」
ミサはそう言って、お茶を一口飲む。
「それなら、よかったです」
「お腹が大丈夫なら、せんべいがあるっすが、食べるっすか?」
お腹がいっぱいだから、休憩するためにサクラの家に来たのに、シノブはまだ食べさせようとする。
「えっと、少しなら」
「わたしも」
「食べる〜〜」
フィナ以外の三人が申し出る。
誰も止める者がいない。
ここはわたしが止めるしかない。
「夕食が食べられなくなるから、ダメだよ」
それに食べ過ぎは体によくない。
「はい、分かりました」
三人とも、残念そうにするが納得してくれる。
「残念っす。いろいろなおせんべいがあったっすが」
「明日、食べればいいでしょう」
わたしたちがまったり休んでいると、カガリさんがやってきた。
後ろに二十歳ぐらいの女性が一緒にいる。
「戻ってきたと聞いたから来てみれば、だらけているのう」
まあ、休むために来たのだから、だらけてもいいと思う。
「カガリ様、こちらの方々は?」
カガリさんの後ろにいた女性が尋ねる。
「そのクマの格好をしている娘は、妾の友人じゃ」
カガリさんはわたしを見ながら紹介し、フィナたちに目を向ける。
「他の者たちは、そのクマの友人たちじゃ」
女性の顔が驚きの表情に変わる。
「カガリ様……友人がいらっしゃったんですか!?」
「お主、失礼じゃろう。妾だって友人ぐらいおるわ」
「ですが、カガリ様の友人にしては、幼いですね」
本来のカガリさんの姿を知っていれば、わたしは幼いように見えるかもしれない。
でも、今はカガリさんのほうが幼い見た目をしているから、ノアたちには意味不明の会話に聞こえるかもしれない。
女性はあらためてわたしたちのほうを見る。
「わたしはスズランと申します。カガリ様のお世話をさせていただいています」
彼女が噂のスズランさんか。
名前だけは、何度も聞いている。
「わたしはユナ。カガリさんの友人って言っていいのか分からないけど、何度も助けてもらっているよ」
「お世辞はよせ。妾のほうが助けてもらった」
「そんなことないよ。カガリさんがいなかったら、いろいろと大変だったことがあるんだから」
大蛇のこともそうだけど。スライムの件もカガリさんがいてくれて助かった。
それに、あの屋敷に住んでくれていることも助かっている。
「わたしが知らないカガリ様のことを知っているのですね」
「そうですね。カガリさんは、わたしの知らないユナさんのことを知っているのですね」
なにか、スズランさんとノアは通じ合ったのか、しみじみと頷いている。
「わたしはもっと、知りません」
「わたしも知らないよ」
ミサとシュリが、そんなことを言い出す。
途端にみんなの視線がフィナに向けられる。
「わ、わたしも、ユナお姉ちゃんの全部を知っているわけじゃないよ」
「そうですが、一番、ユナさんのことを知っているのはフィナです」
「いつも、お姉ちゃんだけユナ姉ちゃんと一緒に出かけている」
シュリがトドメを刺してくる。
でも、ここは助け舟を出す。
「別にフィナといつも一緒にいるわけじゃないよ。ほら、ノアとはシアの学園の交流会で応援に二人で行ったし、こないだ出かけたときもノアと一緒で、フィナはいなかったでしょう」
「ユナお姉さまと二人で……。そうなのですか、ノアお姉様?」
ミサの目が今度はノアに向けられる。
「えっと、その、確かにユナさんと二人でお出かけしました」
「ノアお姉様も、フィナちゃんも羨ましいです。シュリちゃんもあの島に連れていってもらったと聞きましたし」
ミサ一人、どこにも連れていってもらったことがないので、少し拗ねる。
「別にのけものにしたわけじゃありません。学園のときはお姉様の応援で、こないだのときは緊急事態だったので。でも、今回はちゃんとミサを誘いました」
「そうですが」
珍しくノアが慌てて、ミサをなだめている。
「ふふ、ユナ様は人気者ですね」
サクラが微笑みながら言う。
「ユナはきっと、いつか刺されて死ぬっすね」
シノブが真面目な顔で言う。
なにをバカなことを言っているんだか、フィナたちがそんなことをするわけがない。
「ふふ、あなたが噂のクマの格好した女の子なんですね」
スズランさんが微笑みながら尋ねてくる。
「わたしのことを知っているの?」
「はい、お噂はかねがねお聞きしています。前にサクラ様が家にお連れになったことや、カガリ様からも少しだけ」
わたしはカガリさんを見る。
「……少しだけじゃ」
「これからも、カガリ様の友人でいてください」
スズランさんが、少しだけ真面目な顔で言う。
もしかして、カガリさんのことを知っている数少ない人なのかもしれない。
「うん、カガリさんが嫌じゃなければね」
「いつでも、訪ねてこい。それで、お主たちは城下街を見て回るのではなかったのか?」
「それが、いろいろと見ていたのですが、みなさんが珍しい食べ物に目が行き、少しばかり食べ過ぎてしまったので休みに……」
「それと、サクラ様の服をみんなで着ることになっているっす」
シノブがサクラの言葉に付け足す。
「服じゃと?」
「はい、ノアとミサが、わたしたちの国の服を着てみたいと言いましたので」
話を聞いたカガリさんは軽くため息を吐く。
「まあ、そういうことなら、スズランも手伝ってやれ。サクラとシノブだけじゃ大変じゃろう」
「わたしにはカガリ様のお世話が」
「ここで世話なんて不要じゃ」
そう言われて、スズランさんはノアたちの着替えを手伝ってくれることになった。
「それでは、そろそろお腹も大丈夫そうですね。わたしの部屋に行って着替えをしましょう」
わたしたちはサクラの部屋に移動する。
サクラは部屋に入ると箪笥から服を出し、シノブとスズランさんは他の場所から 葛籠(つづら) を運んで来る。
その間、ノアとミサは部屋を見渡している。
そして、ノアが箪笥の上に置かれているものに気付く。
「あれは?」
ノアが箪笥に近づき、箪笥の上に乗っているものをジッと見る。
「ああ、それは前回、フィナちゃんとシュリちゃんが来たときに、ユナ様が描いてくださったものです」
ノアが見ていたのは、豪華な額縁に入ったわたしが描いたサクラの絵だった。
「サクラと……」
絵はサクラの隣にもう一人女の子が描かれている。
エルフのルイミンだ。
「隣にいる彼女は遠い場所にいる友人です」
「遠い場所……」
「でも、ユナさんが絵を描いてくださったので、寂しくはありません。この絵はわたしの宝物です」
そこまで大切にしてくれるのは嬉しいけど、恥ずかしい。
ノアは「そうなんですね」と言うとなんとも言えない表情をする。
そして、服の準備もできあがる。
畳の上に和装の服が並ぶ。
「気に入った色や柄などはありますか?」
みんなが服を見る。
「どれも綺麗です」
「これ、前に着た服だ!」
「こっちは、わたしが着た服です」
シュリとフィナが赤い着物を指さす。
姉妹で赤い着物を着ていた記憶があるけど、よく覚えているね。
「フィナとシュリも着ますか?」
「いいのですか?」
フィナが嬉しそうにする。
黙って見ていたけど、フィナも着てみたかったみたいだ。
「そういうことなら、ユナも着ないとダメっすね」
シノブがそんなことを言い出す。
「いや、わたしは」
逃げようとするが、誰かがわたしの体を掴む。
「ユナさんも着ましょう」
「ユナお姉さまと一緒に着たいです」
「ユナ姉ちゃん」
ノア、ミサ、シュリがわたしのクマ服を掴んでいる。
「フィナ……」
わたしは助けを求めるようにフィナに目を向ける。
「ユナお姉ちゃん、一緒に着よう」
フィナは笑顔で言う。
サクラとカガリさんを見るが、サクラは微笑んでおり、カガリさんは興味がなさそうにあくびをしている。
ここにはわたしの味方が誰もいない。
誰か、助けて……。