軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話 面倒臭い娘でごめんなさいね

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衝立に隠れていた俺を覗き込むように顔を出した誰かに「ヤマメ先生」と声をかけられた。此花琴音ちゃんだ。

「あれっ、いらっしゃい。お姉ちゃんの教室はここじゃなくて一組だよ。二つ隣」

「知ってる。ここに来れば『先生』がいるから一緒に待ってなさいって、さっき言われたの」

琴音ちゃんの背後にはご婦人が立っていた。此花姉妹が年齢を重ねれば、きっとこのようになるだろうという顔立ちだ。

「此花貴音の母です。いつも貴音がお世話になっております」

母親が俺に頭を下げた。

俺は椅子から腰を上げて挨拶をした。

「相羽麟です。こちらこそいつも貴音さんにはお世話になっております」

此花のクラスである二年一組の内容はメイド喫茶だった。

去年に引き続きクラス委員長になった笹本が、女子たちをうまく誘導して決めたらしい。

どうしても二葉のメイド姿を見たかったのだろう。やるな、笹本。

一組はどうやら大盛況であるらしく商品を買ったはいいが教室内には座る場所がなく食べられない人たちがいるようだった。その余波で三組の『休憩処』まで満席だ。

ちなみに一組で売られている商品は出来合いのドーナツとパックのジュースだ。

俺は自分の教室内を見回した。

あいにくどの島にもお客さんが座っていて満席だ。けれども椅子だけならばいくつか空きがあった。

俺はお客さんに使っていない椅子を借りていいか確認を取って椅子を二つ確保した。

衝立を少しずらして運んできた椅子を置き二人を座らせる。

俺も座った。

「保育園の遠足では私にまでお弁当ありがとうございました。おいしかったです」

「相羽さんにはお世話になっているからお弁当を持っていくんだって普段料理なんか全然しない貴音が珍しくやる気をみせましてね。結局、卵焼きだけ自分でつくっていました。もう少し料理の練習をさせないと」

「あはははは。卵焼きもおいしかったですよ。それ以外はもっとおいしかったですけれど」

「遠足も本当は私が行くつもりだったんですが急に自分が行くって言いだして。二年になってクラス替えで相羽さんと別れたのが寂しいみたいです」

俺は母親の後半の言葉はスルーした。どうして大人は面白半分にそういうことを言うのだろう。揶揄い半分の事実ではない冷やかしにはどう対処したらいいのか、いつも悩む。

「きっと保育園で展示していたヤマメがどうなるか見届けたかったんでしょうね」

俺は適当に話を続けた。

厳密には保育園で飼育していたヤマメの兄弟姉妹だ。保育園で飼育していたヤマメそのものは家で俺が飼っている。

此花、早く来てくれないかな。

「ヤマメじゃなくて相羽さんに会いたかったのだと思いますよ。服も熱心に選んでましたし」

そう言われたが遠足の日の此花はどんな服を着ていただろう? まったく覚えてない。

「お母さん変な嘘つかないでよ。相羽くん、困ってるじゃない」

此花がトレーにドーナツとドリンクを三つずつ載せて運んできた。自分も食べていくつもりなのだろう。

やっぱり母親の言葉は嘘だったか。嘘というか揶揄いだな。

此花はメイドの衣装を身に着けていた。

ディスカウントショップで売っているコスプレ用の玩具のメイド服だがメイド服を着た人間の実物を見た経験はないので新鮮だった。

「お姉ちゃん可愛い」と琴音ちゃんが声を上げた。

俺は室内を見回したが確保できる空いている椅子は、もうなさそうだ。

「ここ使うといい」

此花に声をかけて俺は席を立った。

「ちょっと。せっかく相羽くんの分も持ってきたのにどうして離れようとするかな」

どうやら三つ目のドーナツとジュースは俺への席取りのお礼だった。

此花は昨日と今日でドーナツは食べ飽きたからいらないそうだ。

「ありがとう」

俺は座りなおした。

「よく俺がずっとここにいるって知ってたね?」

「ドーナツ食べに来た三組の知り合いから聞いた。留守番志願したんだって?」

「特に見たいものもないし。どうせ教室しか居場所がないから確実に場所を確保した」

「近いんだから冷やかしに覗きに来てくれてもいいんじゃない?」

「一組混んでたから」

俺は言い訳を口にした。

本当は元々行くつもりはなかった。並んでまで食べるほどのドーナツじゃないだろう。もちろん持ってきてくれたからにはありがたくいただくが。

母親が、ニヤニヤとした顔で此花に言った。

「それで私たちをここで待たせて自分から見せに来る口実をつくったのね?」

此花は一瞬息を呑んでから早口で言い切った。

「違うわよ。相羽くんなら琴音も知っているし多分何とか席を確保してくれるだろうと思っただけ」

「相羽さん、面倒臭い娘でごめんなさいね」

母親が俺に頭を下げた。どういう意味だろう?

「少ししか迷惑はかけられていないから大丈夫です」

「少しはあるんかい!」

此花からの突っ込みだ。

結局、家族が来たという理由でそのまま休憩に入った此花に席を譲り、俺は立ったままドーナツを食べた。

ちらちらと室内の他の人からの視線が此花に飛んでいる。そりゃ、そんな服で他所の教室にいたなら視線も飛ぶだろう。

琴音ちゃんが此花の写真を撮りたがり母親からスマホを借りて撮影していた。

その後、此花と琴音ちゃん、此花姉妹と母親の写真を母親のスマホで俺が撮った。

最後になぜか母親に強く懇願されて此花と俺のツーショット写真を母親が撮っていた。

いつかもこんな経験をした覚えがある。

どうして母親という人種は自分の娘が男と並んでいる写真を撮りたがるのだろう?

という、一連のやりとりが文化祭での俺の一番のイベントだった。

その後は、ひたすら教室で留守番だ。

文化祭実行委員会が後夜祭として生徒を対象にゲームとかアトラクションをやるらしいが希望者だけが出席すればいいそうなので俺は帰った。