軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第21話 イクラに頭と尻尾が生えたような状態である

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十月中旬のとある土曜日と日曜日の二日間をかけて無事文化祭が開催された。

一年一組では予定通りお化け屋敷を実施してそれなりに盛況であったらしい。

らしい、というのは、俺は参加していないからだ。当日は学校を休んだ。

俺が準備に参加できないとクラスメイトたちに頭を下げたホームルーム以降、連日連夜、クラスメイトたちはお化け屋敷を形作るパーツの作成を行い、教室の片隅には段ボールでできた墓場であったり卒塔婆であったり井戸であったり怖そうな何かの模型が沢山積み上げられていった。

けれども、授業時間を割いて行った製作以外で俺は一切のタッチをしていない。

苦労をしなかった人間が本番の楽しさだけを享受してしまうわけにはいかないだろう。

当日、俺にあてがわれていた役割も交代要員がいくらでもいるものであったので俺が休んだところで人数不足による忙しさは生じたかも知れないがそれだけだ。致命傷では全くない。

むしろ手伝いもしなかった人間が本番に参加している姿を見せられて不愉快な気分にさせられるぐらいならば、どんなに忙しくても俺なんかいないほうがクラスメイトたちにとっては良い気持ちであるに決まっていた。

もともと参加するつもりはなかったので文化祭プログラムの詳細は知らないが前夜祭とか後夜祭とか生徒たちにはお客さんが来場する本番以外にも何か楽しみがあったようだ。

翌月曜日と火曜日は代休として学校が休みになった。

笹本らの尽力により月曜日の午後、クラスの有志による打ち上げがカラオケ店で行われた。

一応、文化祭前に俺も笹本から声をかけられていたが手伝いに参加せず本番にも参加しないつもりの人間がまさか打ち上げにだけ参加するわけもなく安定の不参加だ。

俺は文化祭当日の朝、風邪をひいて急遽熱が出たことにして学校へ休みの連絡を入れた。

念のため今日と明日、と言って二日間を休んでいる。

担任は本当の理由を察したようだったが何も言わなかった。

土、日、月、火と俺は実質四連休だ。

もちろん祖父母には俺が行きづらいという理由から文化祭を休んだ話はしていない。

そもそも文化祭がいつあるかすら祖父母には知らせていなかった。

俺が文化祭を休むに至る経緯を知ったら祖父母はいらぬ心配をするだろう。

祖父母には中学校の卒業式には出席してもらったが高校の入学式への出席は遠慮願った。

二人とも、そんなに暇でも元気でもないのだ。

一学期の通知表を見せるか否かも悩んだが祖父曰く、爺さん婆さんは孫を甘やかすのが仕事で成績を見たら良くても悪くても何か言わなくてはならないから見たくない、そうだ。一理あるようなないような。

だから、祖父母は俺の学校での成績や生活を詳しくは知らない。

俺が四連休であることについて土日は黙っていても休みなので問題なかった。

月火は学校の何とか記念日で休みだという話をした。

その月火を利用して俺は漁協の養殖場でヤマメの人工採卵の手伝いを行った。

ヤマメは十月から十一月が産卵期だ。

川を上った鮭が尾鰭で砂利を掘って雌が卵を産み落とし雄が精液をかける、という映像を一度ぐらいは見たことがあるだろう。自然界ではヤマメも同じように産卵をしている。

けれども養魚場で行うヤマメの産卵は人工採卵だ。

暴川上流漁業協同組合では毎年十月中下旬の何日かでヤマメの人工採卵を行っていた。

具体的には成熟した雄と雌を生きたまま用意する。元々養殖場なのでそこは問題ない。

雄のヤマメの体を良く拭いて水気をとり、腹を前から後ろに強くしごくと尾鰭の近くにある生殖孔から牛乳のような精液が飛び出すので小皿に受ける。

雄と同じように雌の体も良く拭いて水気をとり腹をしごくと、やはり生殖孔から次から次へと卵が零れ落ちてくるので料理道具であるボウルで受ける。

ヤマメの卵は秋鮭の卵であるイクラとほぼ同じだが粒が小さい。

秋鮭の卵がオレンジ色であるのに対してヤマメの卵はやや黄色い。

ヤマメの卵で秋鮭の卵と同じように卵の醤油漬けをつくり秋鮭のイクラと半分ずつ丼によそったご飯の上に載せ、色の違いを利用した二色丼を提供するような店もある。

ニジマス等、他のマス類の卵でも卵の醤油漬けをつくって、それぞれの微妙な色の違いを利用して、 七色(レインボー) 丼と欲張る店もあった。

精液や卵を採取する際に気を付けなくてはいけないのは、どちらも水を混入させないことだ。受けた小皿やボウルに水が撥ねて入ったなどという失敗は犯してはならない。

精液も卵も自然産卵では体内から出て川の水に触れた時点で活動を開始する。

川であれば水中に産み落とされた卵に間髪入れず雌に付きまとっていた無数の雄が精子をかけるので、すぐに受精が行われるが、人口採卵の場合、精液と卵は別々に取り出されているので、もしその容器内に水が入り活動を始めてしまうと受精をする前に精液も卵も弱ってしまう。未授精だった卵は死んでカビが生え他の卵も汚染していくので、そうならないよう水濡れには細心の注意が必要だった。

卵が入ったボウルに、ただの水ではなく 等張液(とうちょうえき) を入れて卵を浸す。

この場合の等張液とはヤマメの卵の体液の浸透圧と等しい濃度の食塩水だ。

ただの水はヤマメの卵の体液よりも濃度が薄い。

だから、卵をただの水に入れると卵は水を吸って若干膨らむ。

等張液であれば濃度が同じため水を吸ってしまわないのでヤマメの体内にあった状態の卵のままだ。

等張液に浸した卵に小皿の精液をかけてかき混ぜ、一、二分放置する。

等張液中で精液と卵がまんべんなく混ざり合っているはずのボウルに真水を加える。

真水に触れたことで精液中の精子は活動を開始し、卵と受精する。

二、三分放置し無事に受精が完了した頃、卵を 孵化盆(ふかぼん) と呼ばれる容器に小分けして収容する。

孵化盆とは木材でつくった一辺三十センチメートル程度の正方形の枠に卵が通り抜けない大きさの目合いの網を張った専用の道具だ。底が網で縁が木でできた四角い 御盆(おぼん) である。

孵化盆内に千粒程度ずつの受精卵を重なり合わないように入れた後、蓋代わりに別の孵化盆を載せ、蓋にした孵化盆にも受精卵を入れる。

大体十枚くらいの孵化盆を一組としてバラバラになったり隙間ができないように紐で縛って一体化させてから孵化盆よりも少しだけ幅が広い水路の中に並べて置く。水路には完全に孵化盆が水没する水位で井戸水を流している。

流れる井戸水は孵化盆の網目を通ってヤマメの卵に常時酸素を供給すると共に卵を清潔に保ち続ける役目を持っていた。

水路はヤマメの卵が孵化するまでの管理がしやすいように作った専用の物だ。

俗に孵化槽と呼んでいる。

暴川上流漁業協同組合の養殖場では、通常ヤマメの養殖を行っているコンクリート製の池の一面を空にして中に逆さにしたビールケースを足場として並べて置き、足場の上に木の板で左右の壁と底面をつくった水路を数メートル分並べて孵化槽としていた。

水路の上流側から本来はコンクリート池に流し込むはずの井戸水を流し入れ、水路の下流側からコンクリート池の中に水が流れ落ちる。水路の末端を孵化盆が水没する水位まで堰上げているので水は溢れて零れ落ちる仕組みだ。

自然界のヤマメは砂利に掘った穴の中に産卵した後、卵に砂利をかけて穴を埋める。

孵化盆による孵化は砂利の中に卵がある状態を模した仕組みだ。

自然界の卵は上に砂利をかけられているので孵化するまでの間、常に暗闇にある。

同じ条件を再現するため孵化槽の上に骨組みとブルーシートで覆いをかけ一種の暗室を作って卵が常に暗闇の中にあるようにする。

暗室内には電球を設置して中で人間が作業をする際には明かりをつける仕組みだ。

作業の間だけ明かりに晒されている程度ならば卵に問題はない。

その状態で概ね一か月半ぐらい経つと卵は孵化して 仔魚(しぎょ) となる。

仔魚とは卵から孵化したばかりの状態の魚を指す言葉で、まだ骨格などの体のつくりが整っていない状態だ。具体的にはイクラに頭と尻尾が生えたような状態である。成魚とは似ても似つかない。

いずれにしても孵化まで辿り着くのは一か月半後の話である。

それまで毎日孵化盆の中を確かめて白くなった死卵を取り除く。

だが、それは別の作業の話だ。

俺は文化祭の代休として生まれた十月中旬のある月曜日と火曜日を使って、そんな具合にヤマメの人工採卵を行ったのだった。