軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十二話

翌朝。

木々の隙間から降り注ぐ朝日のまぶしさを受け、俺は目を覚ました。

包まっていた毛布から這い出ると、周囲を見渡す。

近くではミィが毛布に包まり、すぅすぅと寝息を立てていた。

また、もう一人。

神官衣で地面にひざまずき、胸の前で両手を組んで祈りを捧げている金髪の少女の姿があった。

シリルだ。

サツキとアイリーンの姿はない。

早朝のトレーニングに出ているのだろうか。

木に干してあったアイリーンの服は見当たらず、昨夜俺が貸したローブも綺麗に折りたたまれて俺の荷袋の上に置かれていた。

「さて……」

俺はひとまず、自らの包まっていた毛布をたたんで、荷袋にしまいにかかる。

あたりは静かだ。

夜の間に猛威を振るったと思しき雨もいまはすっかり止んで、あたりには清々しい朝日による木漏れ日が、幾筋もの光の帯となって気持ちよく降り注いでいた。

「……あら、おはようウィリアム。よく眠れた?」

祈りを捧げていたシリルが、俺の活動の気配に気付いてか、立ち上がって声を掛けてきた。

俺はそれに応じつつ、いまだ眠りについている獣人の少女を指し示す。

「おはようシリル。 彼女のおかげ(・・・・・・) でしっかり睡眠をとれた。──サツキやアイリーンは早朝トレーニングか?」

「みたいね。私が起きたときには二人ともいなかったわ。サツキもそうだけど、アイリーン様も相当な努力家みたいね」

シリルはそう言って、苦笑を見せてくる。

なぜ苦笑するのかは疑問だが、彼女にもいろいろと思うところがあるのかもしれない。

「まあ、努力というべきなのかどうか……好きでやっているだけなのかは知れないがな。いずれにせよ、先天的な素質だけであそこまでの実力を得ることは、さすがのアイリーンでもないだろう。日々の地道なトレーニングが実を結んでいるのは間違いない」

「だとするなら、サツキも厄介な人をライバル視してしまったものね。努力する天才ほど手に負えないものはないもの。相手も日々成長していくんじゃ追いつけやしないでしょうに」

「かもしれないな。だがそれでも心折れずに立ち向かっていくのはサツキの凄いところだ。アイリーンを追い抜けるかどうかはともかく、彼女に引っ張られれば相当なところまで引き上げられるだろう。──そして人は、どこで化けないとも限らん。二人の力関係がいつまでも現状のままとは断言できない」

俺がそう答えると、シリルは今度は自嘲気味に笑い、同時に肩をすくめた。

「……はぁ。それにしてもこう周りが怪物ばっかりだと、ちょっと嫌になるわね。私だって神殿では有能で鳴らしていたのに、自分が凡人であることを思い知らされるもの。才能でも、努力をする才能でも」

「そうか? シリルも、それにミィも十分に優秀だし立派だと思うが。それに何より、人の価値は能力の高低だけで決まるものでもない。人と比べて劣る劣らないなどと、あまり気にするべきものでもないだろう。──そもそも人は、ただそこにいるだけでかけがえのないものだしな」

俺がそう持論を述べると、シリルは少し考え込むような仕草をした。

そして──

「──ねぇウィリアム、ちょっと突っ込んだことを聞いてもいい?」

そんな風に前置きをしてきた。

「ああ、構わないが。何だ?」

「それって……そのあなたの考え方って、あなたがお父さんと仲違いをしている原因だったりするの?」

不意を打たれて、少し驚いた。

突っ込んだことを聞くとは言われたが、その話がここで出てくるとは思わなかった。

だが聞いていいと許可をしたのは俺だし、特段拒絶をする理由もない。

なので俺は、彼女の問いに肯定の言葉を返した。

「……まあ、そうだな」

──人の価値は能力の高低だけで決まるものではない。

──人はただそこにいるだけでかけがえのないもの。

これは俺の信念の一つであり、おそらくは俺の父親と大きく見解が食い違っている部分だ。

したがって、シリルの問いに対する答えは「肯定」になる。

「そう……。──でも私ね、あなたのお父さんの考えも分かるの。悪いけど、ウィリアムが言っているそれって、私には中身のない空虚な綺麗事に聞こえてしまうの」

シリルの綺麗な、しかし思慮深い声が、静かな森の中に響き渡った。

「…………」

その場では二人、俺とシリルだけが向かい合い、傍らではミィが毛布に包まってすやすやと眠っている。

そういえば、と思い出す。

シリルはあのとき──王都の城で俺の父親に出会って、俺とあの男とが衝突したとき、何も私見を述べていなかったか。

シリルはさらに、自身の考えを連ねてくる。

「世の中は結局、一部のエリートたちが動かしているわけでしょう? 物事の道理が分からない人たちは、ただ資源を食いつぶすか、ひどければ世界のために尽力している人たちの足を引っ張りもする。……無能を肯定することに正義はあるのかって、そう考えてしまうのよ」

「…………」

そのシリルの考えは、俺の父親のそれにほど近いものだった。

俺が嫌悪する、あるいは唾棄するほどの考え方。

しかしその後に続いたシリルの言葉は、俺がまったく予想だにしていなかったものだった。

「……だから私は、私が、私たちがウィリアムの足を引っ張っているんじゃないかって、それがいつも心配になるの。……私たちは、ウィリアムのそばにいたらいけないんじゃないかって。私たちよりももっと相応しい相棒が、あなたにはいるんじゃないかって」

シリルが発したのは、自虐の言葉だった。

どこまでも有能な俺の父とは違う、葛藤する一人の少女の言葉であった。

いや、自虐だけではないのだろう。

責任だとかプライドだとか願望だとか、色々なものが混然となって、シリルの中で葛藤を引き起こしているように見えた。

憂うような悲しむような、そんな響きの声。

俺はそれに対して、どう言葉をかければいいのかを、にわかには見出せなかった。

世界がどうとか相応しい相手がどうとか、そんなのは馬鹿げていると一笑に付することはできる。

だが俺がそう断じたとして、シリルの心には届かないだろう。

しかしここで何も言わなければ、彼女の考えを半ば肯定することになってしまう。

それは、嫌だ。

断じて嫌だ。

何故なら──

(そうか……)

なぜ嫌なのか。

それを真剣に考えてみたら、自分の中から、意外とスッと答えが出てきた。

(俺はもう、シリルともサツキともミィとも別れたくはない……)

それがいまの俺の、偽らざる本音だった。

彼女らとともにもっと冒険の旅をしたい。

思っていた冒険者と違うだのなんだの言いながらも、いまの環境を手放したくない自分がいるのを否定できない。

それを相応しいとか相応しくないとか、そんなものに邪魔されて失いたくない。

シリルもサツキもミィも、俺にとってはもはや換えのきかないオリジナルの仲間なのだ。

そして、それがもう答えになっている。

一般解ではないかもしれないが、俺とシリルたちとの間柄における個別解としては、間違いなく正解だと言えた。

だがそれを、言葉だけで伝えられるか。

それをただ口にしても、シリルには空虚に聞こえてしまうのではないか。

態度で示さなければ、伝わらないのではないか。

態度で示すというのは、例えば──

いや、しかしそれは卑怯だ。

俺自身が先日サツキに伝えた俺の考えと矛盾する。

だが、それでも──

(心配だというシリルを、そのまま心配させておくよりはマシだ)

それは俺の、俺による、俺のための言い訳だったのかもしれない。

だけどこのときの俺は、その行動を起こしていた。

「──シリル」

「えっ……?」

おもむろにシリルに近付いた俺は──彼女を抱きしめた。

両腕を神官衣の少女の背へと回し、彼女のすべてを抱擁しようと強く抱いていた。

「な、何を……!」

「これが俺の答えだ。俺はもう、キミたちを手放したくない」

「え……」

「卑怯なのは分かっている。矛盾しているのも分かっている。最低なのも分かっている。だがどうやら、これがいまの俺の偽らざる本心らしい。……これでもまだ、自分たちが俺に相応しくないと思うか?」

卑怯。最低。下衆。驕り。傲慢。人間の屑。

自分自身を侮蔑する言葉が脳裏に湧き上がっては、己を正当化しようとする心理と理屈がそれを打ち消してゆく。

同時に恐怖も湧き上がってくる。

シリルに拒絶されるのではないかという恐怖。

だがもう後戻りはできない。

そして、耳元にほど近い場所から、シリルの声が聞こえてくる。

「……私を安心させてくれるために、こんなことまでするの? それとも本当に本心?」

恐怖は消し飛んだ。

すぐさま答える。

「本心だ。自分でも少し混乱している」

「……それを聞いて安心したわ。……もうちょっと、甘えてもいい?」

「甘えているのがどちらかは知れないがな」

シリルも俺の背に腕を回してくる。

朝の木漏れ日の下、俺はしばらくの間シリルと抱き合っていたのだった。