軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十六話

俺は仲間たちと一旦別れ、長老の家を出てエルフの集落の中を歩いていた。

時刻は早朝。

静謐で清涼な森の空気と、麗らかに落ちる木漏れ日が気持ちの良い朝だったが、いまの俺にはそれを楽しむ余裕があまりなかった。

状況を整理してみよう。

サツキは俺のことが好き。

ミィは俺のことが好き。

シリルは俺のことが好き。

……自分で考えていて恥ずかしくなってきた。

何だこの桃色お花畑の桃源郷は。

まるで男が求める酒池肉林を具現化した類の冒険物語のようではないか。

いや、確かに冒険物語では、そういった作品群も人気がないわけではない。

だが俺が好きなのはそういった類の作品群ではなく、もっとストイックで厳しい現実の中に妙味を見出す類の物語である。

いや、待て待て、それ以前の問題だ。

そもそもこれは物語ではない。

俺が直面している現実だ。

混乱している。

俺が認識している正常な現実はこうだという観念と、直面している実際の現実との乖離を受け入れられずにいる。

こんなことがあろうわけがないという俺の中の常識が、現実を容認することを拒んでいた。

「……とは言え、受け入れるよりほかはないのか……」

考えた末、そう結論付けるしかなかった。

何事も、現実を受け入れるところから始めなければ、その先の思考が正常に機能しない。

目の前の現実を「こんな世界は間違っている」と言って否定していては、そこから先へは進めないのだ。

まずはいまある現実をありのままに受け止め、その上で自分がどうしていくかを考えることこそが、現実をより良く生きるための秘訣である。

……いや、通常こういった思考法は、厳しい現実に直面したときにこそ必要になるものなのだが。

異常なまでに甘ったるい現実に直面しているいまも、おそらくはこの考え方が妥当するのではないか。

──だが、受け入れた上でどうする?

俺はどうすればいい。

「……分からん」

頭を抱えるしかなかった。

俺の希望と未来。

誠実と不誠実。

彼女らの気持ちとどう付き合っていけばいいのか。

少し考えたぐらいでは、皆目見当もつかない。

今後時間をかけて、少しずつ考えていかなければならないことなのかもしれない。

──と、そんなことを考えていたときだった。

ガサッと草葉の鳴る音が聞こえたかと思うと、前方の茂みから、一人の女性がよろよろと歩み出てきた。

それはエルフの女性のようだった。

見た顔ではない、と思う。

集落のエルフすべてを確認したわけではないし、エルフの顔は人間の俺には見分けをつけづらい部分があるので確実ではないが、おそらくは部外者ではないかと思う。

だが一方で、どこか見覚えのあるような顔つきでもある。

これまでに遭遇したエルフの誰かに似ているのかもしれない。

しかし、そんなことよりもよほど重要なことがあった。

そのエルフ女性は、腹部に大きな手傷を負っているようなのだ。

血に染まった衣服の上から、苦しげに患部を押さえているように見える。

「おい、大丈夫か!」

「はぁっ、はぁっ……人、間……? ……どうして、ここに人間が……うっ!」

手負いのエルフ女性は、よろめくようにして倒れそうになる。

俺は慌てて駆け寄り、その体を抱きとめた。

「しっかりしろ。仲間に 神官(ホーリーオーダー) がいる。呼ぶぞ」

「本当か……それは、助かる……礼はする……頼む……」

「そんなことはあとでいい。近くに敵はいるのか?」

「いや……それはない、と思う……」

「分かった。安静にしていろ」

俺はそのエルフ女性を地面に寝かせると、魔術師の杖を掲げ、呪文を唱える。

使うのは 拡声(ラウドヴォイス) の呪文だ。

これは初級の呪文の一つで、対象の声を拡大しより遠くまで聞こえるようにするものだ。

俺は自身を対象としてこの呪文を行使すると、周囲に向かって大きく声を発した。

『シリル、こちらはウィリアムだ。エルフの重傷者を発見した。治癒を頼みたい。長老宅向かって左手側にしばらく進んだ場所にいる。来てもらえないか』

通常の数倍に拡大された俺の声が、森の木々の間を渡り、集落全体に響き渡っていく。

これでシリルが集落内にいれば、伝わるはずだ。

そうして、待つことしばらく。

「──いた、ウィリアム! その人ね」

ほどなくして、シリルが駆けてきた。

彼女は横たわっている患者の隣で片膝になり、患部に両手をあてて治癒の奇跡を行使する。

「── 軽傷治癒(キュアライトウーンズ) !」

温かみのある光がシリルの両手から生まれる。

そしてしばらくして、その光が収まった。

「大丈夫? 少し楽になった?」

「ああ、随分と楽に──うっ」

「傷が深いし、生命力もだいぶ失ってる。一度じゃ足りないか。もう一回使うわ。じっとしていて」

シリルは重ねて、治癒の奇跡を行使した。

それで重傷を負っていたエルフの顔色は、随分と良くなった。

「これでどう? 起き上がれる?」

シリルがそう聞くと、横たわっていたエルフはゆっくりと上半身を起こし、それからシリルと俺に笑顔を向けてきた。

「ああ、助かった、恩に着る。そちらのキミもだ。……それにしてもキミたちは、どうしてここに? ここはエルフの集落のはずだが……」

「それは──」

と、俺が説明しようとしたとき、サツキとミィ、それにレファニアが現場へと到着した。

俺の 拡声(ラウドヴォイス) による声を聞いて、何事かと来てみたのだろう。

そしてこの場の光景を見たレファニアが、驚きの声を上げた。

「お母さん……!? どうしてここに……」

「レファニア……! ──大変なことが起きたの、すぐにみんなに伝えて。私たちの里にオークが、オークの群れが襲ってきたのよ」

エルフ女性とレファニアとが互いに駆け寄って抱擁を交わし、そうやり取りをする。

そこに横から口をはさむのは、あまり場の空気を読む気のないサツキだった。

「へぇ、別のエルフ集落でもオークか。最近随分とまたオークの大安売りしてるもんだな。──でも、オーク程度が相手なら、ここに心強い用心棒が四人いるぜ? なあ?」

そう言ってサツキがシリル、ミィ、そして俺を見渡して──俺と目が合ったところで頬を赤らめもじもじとした。

が、そんなサツキを気にすることもなく、レファニアの母親と思しきエルフ女性は首を横に振る。

「そんな規模の話ではないのだ! 率いるのはオークの最上位種、オークエンペラー! ただでさえ厄介なオークが、百を超える大軍勢で襲ってきたのだ!」

「は……? ひゃ、百……?」

その言葉を聞いて、さしものサツキも顔を青ざめさせたのだった。