軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十九話

アイリーンに連れられて城館の中へと入り、階段を上って三階へ。

そこから少し歩いた先の一室の前で、彼女は立ち止まった。

「ついたよ、ここが僕の部屋。中に入って待ってて、爺やにお茶を淹れるように頼んでくるから」

そう言って扉を開いて俺たちを中に押し込むと、アイリーンは俺たちを置いてぱたぱたと廊下を駆けて行ってしまった。

仕方がないので、俺たちは彼女の言うとおりに中で待たせてもらうことにした。

通された部屋は、あまり煌びやかな調度品などはない、落ち着いた雰囲気の空間であった。

ベッドやソファ、テーブル、衣装入れなどの家具はどれもしっかりとした質の良いものだ。

だが落ち着いた雰囲気の空間だと言っても、そこに案内された俺たちが直ちに落ち着くというわけでもない。

俺は三人の少女とともに、しばらくそこで手持ち無沙汰な時間を過ごした。

すると少ししたときに、アイリーンとの手合わせ以降ずっとうつむいて一言もしゃべらずにいたサツキが、ついに一言を漏らした。

「……はあー。──いやあ、負けちったわ。お姫様強いのな。あっははははは」

そう言って笑ってみせたサツキだったが、いつものようなからっとした笑顔ではなかった。

その笑顔には、どこかガラス細工のような、何かの拍子にすぐに砕け散ってしまいそうな繊細さを感じた。

俺は一つため息をついて、サツキを諭す。

「──サツキ、無理はするな。泣きたいときには泣くことだ。胸ぐらいは貸すぞ」

俺がそう言って、子どもをあやすようにサツキの頭にぽんぽんと手を置くと、サツキの作り笑顔は一瞬で崩壊した。

俺を見つめるその瞳に涙がたまり、泣き出しそうな顔になる。

だが──サツキはすんでのところで踏み留まり、着物の袖で涙を拭くともう一方の手で俺の手を跳ねのけた。

「……ヤダ。もうすぐあいつ戻ってくんだろ。あいつの前で弱いところは見せたくねぇ」

「そうか、わかった」

サツキはどうやら、アイリーンを自らのライバルと定めたようだった。

あれだけの差を見せつけられてなお立ち向かおうという気概には、素直に感心するところだ。

そしてしばらくすると、アイリーンが戻ってきた。

「お待たせ~! ──ってなんだ、立って待ってたの? そこにソファあるでしょ。座ってて待っててくれれば良かったのに」

彼女は紅茶と茶菓子が人数分乗せられたお盆を持ってきていて、それを数人掛けのソファ前のテーブルに置くと、手早く配膳を始める。

「無茶を言うな。キミは客人を何だと思っている。そういうところはまったく変わっていないな」

「あはは、まあそう言わないでよウィル。ささ、みんな座って座って」

マイペースなアイリーンはこちらの言うことなど意に介しもしない。

俺はため息をつきつつ、勧められたソファへと腰を掛けた。

俺の仲間たちもそれに追従し、俺が座った横長のソファへと横一列に腰かける。

「それで今日は何の用事なの? 僕に相談したいことがあるってことだけど」

全員が着席したのを確認して、早速本題を切り出すアイリーン。

彼女自身の席は、俺たちの対面だ。

俺は彼女の言葉を受けて、荷物袋から件の書類を取り出し、丸めて紐で留めてあったそれをアイリーンへと手渡す。

「……これは?」

「俺たちが山賊のアジトで見つけたものだ。その山賊たちは、近隣のとある村の住人を皆殺しにしていた。この国の中での出来事だ」

俺がそう説明すると、アイリーンの目がスッと細められた。

「読ませてもらってもいいかな」

「ああ」

俺の返事を確認してから、アイリーンは留め紐をほどいて、丸まっている紙を開く。

そして、そこに書かれていることに目を通してゆく。

読み進めるごとに、アイリーンの表情が険しくなっていった。

そして一通りを読み終えると、その紙を元通りに丸めて紐で結ぶ。

「ウィル、届けてくれてありがとう。これはお父さん──国王にも見てもらいたい。いいかな」

「ああ、よろしく頼む」

「うん、ありがとう。……それにしても許せない。この国の中で、僕たちの目の届かないところでこんなことが起こっていたなんて。一体何が目的で……」

アイリーンは、その拳を強く握りしめる。

俺は彼女のその様子を見て、こういうところも変わっていないなと安堵した。

一般に国の運営は、国王がその国土すべてを直接統治しているわけではない。

国王が貴族に領土の一部の統治権限を委譲し、それを受けた貴族たちがそれぞれに与えられた領土を運営するという間接統治の形をとっている。

そして国内の貴族の総数は、小領主まで含めれば実に四桁を数える。

結果として、国土全体に対する国王の統括力はそう大きなものではなくなる。

大枠はコントロールできても、個々の領土内部の出来事のすべてを把握することなどは到底できはしない。

そして国土全体の村落の数はといえば、総数にして五桁近くにも及ぶ。

国内の村が一つ滅びたとしても、その地の領主がそれを隠そうとすれば、そんな「些細な情報」が国王の元まで届かない可能性は十分にあると言える。

また仮にその情報が届いたとしても、村の一つなどは国の統治者にとっては数万分の一の「数字」としてしか捉えられないのが普通だ。

懐が痛むことを嘆く者は幾多あれ、アイリーンのように一人一人の人間のことを思って憤れる王侯貴族というのは、そう多くはないだろう。

アイリーンの性質は、王侯貴族としては特殊なものだ。

そしてだからこそ俺は、アイリーンにならこの情報を託せると考えた。

性格等々いろいろと問題はあるものの、彼女は俺にとって信用に足る人物の一人であると言える。

──と、俺がそんなことを考えていると、俺の横からシリルがアイリーンに向けて質問をぶつけた。

「あの、失礼ですけど……私たちが嘘をついている可能性については、考えないのですか?」

そのシリルの指摘は、もっともなものだった。

領主が自らの領土を滅ぼすなど話の筋が通っていないし、余人がにわかに信じがたい話であることも間違いない。

そしてだからこそ、せめても組織の下部でにぎりつぶされないよう古くからの知人であるアイリーンのところに持ってきたという側面もあるのだが──

だがシリルにそう聞かれたアイリーンは、虚を突かれたというように目をぱちくりとさせる。

「ああー……確かにそうだね。僕も見ず知らずの人からこの情報を届けられたら、真っ先にそれを疑ってたかもね。でもウィルが持ってきたんだからそれはないよ。僕はウィルのことは昔からよく知ってる。この男はそんなやつじゃない。一見冷たく見えるかもしれないけど本当は結構熱いやつだし、何よりそういうくだらない嘘はつかないよ」

……なるほど。

どうやら相手のことを信用しているのは、俺ばかりではなかったらしい。

アイリーンとの思い出は気分の良いものばかりではないが、やはり彼女は俺の良き友人なのであった。