軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話

都市アトラティアに帰還した頃には、空には夕焼け色が広がっていた。

俺たちは街に入ると、まず冒険者ギルドに行ってクエスト完了の報告をし、報酬の後金である金貨二十二枚と銀貨五枚を受け取った。

そして俺たちは、その日は街で一日休んで、翌日に山賊退治に向かうことにした。

ただそうなると、問題はサツキ──ゴーストの少女が取りついたままの彼女である。

眠れる小鹿亭の酒場で、例によってパーティメンバーで寄り集まって夕食のテーブルを囲むのだが、そこでサツキの姿をした少女は、借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。

「なんかサツキがいないと、静かすぎて変な感じです」

「そうね。剣の腕と明るいのと騒がしいのだけが取り柄みたいな子だけれど、いないといないで寂しいものね」

ミィとシリルがそう感想を漏らすと、サツキの姿の少女は恐縮したように肩身を狭くしてしまう。

「す、すみません、私のせいで……。でも、その……この会話も、サツキさんに聞こえているんですけど……」

「そうなのですか。サツキは何か言ってるですか?」

「えっと……『ひっでー、何だよそれー』って拗ねてます……あ、あとえっと、『あたしのことは気にしねぇで、いまだけは飲んで食って楽しんどけよ』……って、これは私へのメッセージですね。あはは……」

そう言って、サツキの姿をした少女は、瞳に涙をためる。

なるほど、サツキはサツキで、彼女と対話をしているらしい。

しかもどうやら、好意的な関係を築いているようだ。

サツキらしいというか……どうにも見上げたものである。

「えっ、あっ、ごめんなさい。楽しみます。せっかくサツキさんの体を借りてるんだから、いまを大事にしないとですよねっ」

またサツキが何かを言ったのだろう。

少女は自分に向かって言い訳するようにそう言うと、目の前にある肉料理をフォークで口に運んで、涙を流しながら嬉しそうに食事を堪能していた。

俺はその少女に向けて、一つ質問をする。

「キミのことをまだ聞いていなかったな。名前は?」

「あ、えっと、フィリアです。ウィリアムさん──ですよね?」

「ああ。サツキはウィルと呼んでいるがな」

「あはは、いきなりそれは無理かな……あっ、えっ、大丈夫です、ちゃんとウィリアムさんって呼びますからっ」

またサツキが何か言ったようだ。

少女が困惑した様子で弁明をしている。

するとそこに、ミィが別な質問を挟んできた。

「ずっと疑問だったですけど、フィリア、です? フィリアはサツキから出ていったり、サツキと表に出てくる人格を交代できないですか?」

「あ、はい。私自身が消滅する以外では、この状態からは変われないみたいで……その、すみません」

「いいです。責めてるわけじゃないです。サツキが喜んで体を貸しているなら、ミィがどうこう言うことじゃないです。むしろ騒がしいのが一日ぐらいいないとせいせいするです」

「えっと、あの……さすがに二人からそう言われると、サツキさんもショックを受けているみたいなんですけど……」

そのフィリアの言葉に、ミィがぷっと噴き出し、シリルもくすくすと笑う。

俺もなんだか、ほほえましい気分になった。

──それからしばらく、笑ったり騒いだり飲んだり食べたりしながら、四人での──いや、サツキを含めた五人での食事を楽しんだ。

そしてしばらくすると、フィリアは酔っぱらったのか笑い疲れたのか、その場ですやすやと眠ってしまった。

シリルとミィが二人掛かりで、彼女を二階の宿の部屋に連れてゆき、やがてシリルだけが戻ってきた。

そして疲れたというように、椅子に身を預けるように座った。

「ベッドに寝かせてきたわ。ミィも今日はもう寝るって」

「そうか」

俺はシリルの報告を聞きながら、ワインを口に運ぶ。

俺は普段、あまり贅沢はしないようにしているのだが、酒だけはそれなりのものを注文することにしている。

安物のワインばかりは、どうにも口に合わない。

「……シリル」

「なに?」

「キミの見解を聞きたい。──客観的な『悪』は、存在すると思うか?」

俺がそう聞くと、シリルは少し驚いたような顔をした。

そして彼女は、自分も給仕にワインを注文すると、あらかた料理の片付けられたテーブルに、寝そべるようにだらしなく身を崩した。

「あなたも意外と酔っている? 珍しいわね」

「どうだかな。……俺は正義とは、基本的には相対的なものにすぎないと考えている。その者の立ち位置、視点によって、何が正義であるかは簡単に変わりうる。……しかしな」

フィリアの村を襲ったという山賊。

それを悪と断じたい気持ちが、俺の中にどうしても消えずにわだかまっている。

その山賊たちにだって、そこに身を堕とすまでに、何らかの事情はあったのかもしれない。

彼らなりに、何か思うところはあるのかもしれない。

しかし、だからと言って──

すると、注文していたワインを数枚の銅貨と引き換えに受け取ったシリルが、身を起こして盃を傾けつつこう言ってきた。

「私はね、ウィリアム、こう考えているの。──正義や悪は、存在するとか、しないとか、そういうものじゃない。正義や悪は『私たちがそうだと決めるもの』だって」

「……それは、正義の女神アハトナの教えか?」

「いいえ、違うわ。言ったでしょ、私はそう考えているって。──女神アハトナの教えはこうよ。『汝、正しき正義を追い求めよ。汝の正義は変わり続けるだろう。暗愚は歪んだ正義を肯定する。汝、世を知の光で照らせ』……意味、分かる?」

「何となくな」

「さすがね。──でもね、正義に関してなら、私たちがずーっと考えて来て、一つの答えになんてたどり着いていないんだから。いくら秀才のあなたにだって、そんな簡単に答えを出されてたまるものですか」

そう言って、シリルは俺にふっと近付いてくると──その人差し指で、こつんと俺の額を弾いてきた。

……少々、痛い。

「……シリル、キミも酔っているだろう?」

「どうでしょうね。──そろそろ私たちも寝ましょう。二日酔いで山賊に殺されましたとか、お話にもならないわ」

「……そうだな」

俺はシリルのその提言を受けて、自らも席を立ち、二階へと向かった。