軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七十四話

式典が催されたのは、それから数日後のことだった。

その日、宿で朝食をとってから城へと向かうと、城門でアイリーンが出迎えてくれた。

「待ってたよウィル。それにサツキちゃん、ミィちゃん、シリルさんも。案内するからついてきて」

俺たちはアイリーンのあとを追って門をくぐり、城内へと入っていった。

そのまま居館へと通されると、俺は入り口のホールでアイリーンを含む女性陣と一度別れることになった。

「じゃあウィル。またあとでね」

アイリーンがそう言って、女性陣を連れてどこかへ行ってしまった。

一方の俺の案内は、王城付きのメイドが引き継ぐ。

「ウィリアム様、こちらへ」

メイドがそう言ってアイリーンたちが向かったのとは別の方向に歩いていくので、俺はそれに従った。

やがて俺は、小さな個室に通される。

着付けに使う部屋のようで、クローゼットや大鏡などが配置されていた。

メイドはクローゼットから上質の礼服一式を丁重に取り出して、俺のほうへと向く。

「お召し変えのお手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか」

俺は少し迷ってから、うなずいた。

学生時代から脇目を振らず、冒険と魔術、それに学術知識に関しての勉学に没頭して過ごしてきた俺だが、礼服の着付けのしかたなどはよく分からない。

女性に着付けを手伝ってもらうことには抵抗を覚えたが、当たり前にこのような提案してくるからには、こうした場では普通のことなのだろう。

俺は催事のためにおめかしをさせられる子供のような気持ちになりながら、されるがままに礼服を身につけた。

そうして礼服に身を包んでから鏡を見れば、なんとも不思議な気分になる。

まるで貴族の一員にでもなったかのような心持ちだった。

その後応接室に案内され、いくらかの段取りを聞きながら待つことしばらく。

やがて別の案内役がやってきて、再び移動を要求される。

階段を上り、三階へ。

通されたのは謁見の間の奥にあるリビングのような部屋だ。

バルコニーから朝日が斜めに挿し込んでおり、とても明るい。

ティーセットや茶菓子が用意されたテーブルがあり、先客が数人いる。

俺が一礼して部屋に入ると、先にいたうちの一人が俺に声をかけてきた。

「おうウィリアム、来たか。なかなか様になっているな。どうだ、そのままうちの娘の婿に来るというのは」

アンドリュー王だった。

体格の良い彼が礼服の上にいかにも国王らしい赤の外套をまとっていると、なるほど武王という印象になる。

テーブルには王冠も置かれていた。

俺が返事をしようとすると、その前にもう一人の声が割り込む。

「陛下。恥ずかしながら彼は、冗談を解するのが不得手です。そのような冗談も本気と受け取られかねません。お控えを」

そう言ったのは、アンドリュー王の側近であり宮廷魔術師長でもある、ジェームズ・グレンフォード──すなわち俺の父親だった。

ジェームズは俺のことを一瞥しただけで、いつもの無表情に戻る。

一方のアンドリューは、こちらも何食わぬ顔だ。

「冗談でもないのだがな。──さてウィリアム、もうしばらく座って待て。お前の仲間たちもそろそろ来る頃だ」

そう言われたので、俺も席についた。

だがどうにも落ち着かない。

部屋にはアンドリュー王と側近ジェームズのほか、数人の近衛や貴族らしき人物、それに使用人などがいた。

床には精緻な装飾が施された絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリア。

乳白色の壁や柱は、朝日によって美しく彩られている。

場違い感がすごい。

なぜ俺は今、このような場所にいるのか。

さらにバルコニーの外からは、大勢の人々のざわめきがわずかにだが聞えてくる。

あのバルコニーの下には、王城の中庭が広がっているはずだ。

そこにはすでに、多くの市民が集まっているのだろう。

我ながら、柄にもなく緊張しているな、と思った。

人の目など過度に気にしても仕方がないと思うのだが、どうにも。

と、そのとき──

「あ、ウィルもう来てたんだ。お待たせ。みんなも連れてきたよ」

アイリーンが部屋に入ってきた。

俺がおめかしをしているのだから彼女もいつぞやのようなドレス姿かと思ったのだが、予想は外れ、普段通りの男装姿だった。

それを見た俺は、少しホッとする。

その姿は、俺の日常に属するものだったからだ。

だがそれで油断した俺は、その後に入ってきた三人を見て息をのむことになった。

「ううっ……歩きづれぇよぉ……」

「こういうドレスを着るのは久しぶりだわ。子供の頃以来かしら」

「こうヒラヒラしていては動きづらいです。アイリーン、せめて裾を結んではダメなのですか?」

「ダメに決まってるでしょ。サツキちゃんもミィちゃんも、少しの間だけ我慢して」

アイリーンがそう言って嗜めるのだが、さておき。

普段着なのは、アイリーンだけだった。

サツキ、シリル、ミィの三人はいずれも、それぞれに似合うサイズとデザインのドレスを身にまとっていた。

サツキは淡い空色の、シリルは清楚な白の、ミィは可愛らしくも鮮烈な深紅のドレスだ。

ミィのものは子供用のようだが、それでも仕立ての良さやデザインの美しさは一つも劣らない。

髪形も普段とは少し違っていて、横で結ってあったり、まとめ上げていたり。

さらには髪飾りやネックレス、イヤリングなどの装飾品も身につけている。

化粧もしているのだろう。

まるで普段とは別人──というのは言い過ぎかもしれないが、見違えるというぐらいには驚いた。

「綺麗だ……三人とも、とても。普段も魅力的だが、今のキミたちはまるで女神のようだ」

俺の口からスルスルと感想が出ていった。

すると三人の顔がボッと真っ赤に染まる。

「め、女神ときたか……」

「三人まとめての感想なのに、ずいぶんと破壊力あるわね……」

「あぅぅ……ウィリアムのたらしっぷり、またパワーアップしてませんか?」

「いやぁ、前からあんなもんだろ」

「だからタチが悪いのよ、あの人……」

顔を真っ赤にした三人の美少女がひそひそ話をしていた。

その横で聞いているアイリーンはと言えば、困ったような笑みを浮かべていた。

その後さらに王妃がその場に登場したところで、アンドリュー王がパンと手を打って場を仕切る。

「役者は揃ったようだな。ジェームズ、始められるか?」

「はい。ほかの準備はすべて完了しています。定刻より少し早いですが、許容範囲でしょう」

「よし、では始めよう」

アンドリュー王は立ち上がると、王冠をかぶってバルコニーのほうへと向かう。

彼が中庭から見える場所まで進み出ると、人々のざわつく声が少し大きくなった。

ジェームズがひとつ呪文を唱える。

声を大きく響かせ遠くまで届かせる 拡声(ラウドヴォイス) の呪文を、アンドリュー王に使ったようだ。

王の声量ならば使わずとも中庭じゅうに声を届かせることはできるだろうが、こういった王城のバルコニーから人々に声を向けるシーンでは、 拡声(ラウドヴォイス) の使用は定番と言える。

アンドリュー王はバルコニーに威厳たっぷりの姿で立つと、その下の中庭へと呼びかけた。

『諸君。今日みなに集まってもらったのはほかでもない。この国を救った英雄を、みなに紹介しようと思ってな』

拡声(ラウドヴォイス) によって拡大された王の声が、大きく響きわたる。

この声の大きさだと、あるいは中央広場あたりまで──いや、事によると王都中に聞こえているかもしれない。

『なお、英雄は竜を手懐けるほどの豪傑だが、穏やかな心の持ち主だから安心してくれ。彼は腹が減っていても、諸君を取って食べたりはしない』

王がそう言うと、小さな笑いがちらほら聞こえてくる。

そして一拍置いた後、次に聞こえてきたのは、朗々とした吟遊詩人の歌声だった。

これも 拡声(ラウドヴォイス) がかかっているようで、美しく通りの良いテノールの男声があたりに響きわたる。

その吟遊詩人が歌う 詩(うた) は、このような内容だった。

──これから語られるは、ある英雄の物語。

──叡智と魔術を修めたひとりの青年が仲間たちとゆく、偉大なる冒険の一幕。

── 彼(か) の者、王の命を受け、恐ろしき竜の山に挑む。

──襲い来る 数多(あまた) の魔物を打ち倒し、辿り着きしは山の頂。

──竜は現れる。

──竜の炎は大地を溶かし、空をも焼かんばかりだが、英雄の運命の加護を打ち破ることは叶わず。

──反撃の時。英雄が放つは幾重の氷の嵐。竜はたまらず、英雄の前に膝をつく。

──竜は感服し、英雄に忠誠を誓った。

──英雄は竜の背に乗り空を駆ける。

──次なる試練は、果てにある古代の遺跡。

── 古(いにしえ) の炎の魔剣を求め、英雄は遺跡に潜る。

──ところ変われば、王の軍勢。

──竜よりも恐るべき氷の魔王に、王国の勇者たちが挑みゆく。

──されども魔王、あまりにも強大。

──山を砕き、大地をも裂く怪物を相手に、さしもの勇者たちも一進一退の大激戦。

──しかして勇者たちも人の子。

──永劫にも及ぶ戦いの中、ひとり、またひとりと傷つき、倒れていく。

──対する魔王は怪物。

──勇者たちの剣で傷を受けるたび、恐ろしくも奇妙な進化を遂げていく。

──もはやこれまで。勇者たちが決死の突撃を覚悟した、その時。

──英雄が現れた。

──竜の背に乗った英雄は、竜の炎で魔王を焼き、炎の魔剣で魔王を貫く。

──勝機到来。

──英雄と王国の勇者たちは力を合わせ、魔王を撃ち滅ぼした。

──かくて我らの平和は守られた。

──人知れず、ひっそりと。

── 彼(か) の英雄の名は、ウィリアム。

──齢わずか十七にして、すでに英傑。

──魔術学院を首席で卒業するほどの才気を持ちながら、なおも 我(が) を貫き冒険者となった剛毅なる者。

── 彼(か) の英雄の名は、ウィリアム。

──美しき仲間たちとともに、彼は今日も気ままに冒険の旅。

……さて。

だいぶ脚色交じりの内容だったことはさておき、こういった詩曲が流れれば、聴衆も静かになろうというもの。

詩が終わったときには、あたりはしんと静まりかえっていた。

そこに、国王アンドリューが再び声をあげる。

『ではいよいよ、英雄ウィリアムとその仲間たちの登場だ! 皆の者、盛大な拍手で迎えてくれ!』

それに合わせ、俺たちは前もって聞いていた段取りに合わせて、バルコニーへと進み出る。

俺が前に立ち、サツキ、ミィ、シリルがその後ろに並び立つといった構図だ。

なお吟遊詩人の詩もそうだが、こう俺一人を強調することに関しては、少々いかがなものかと思うところはある。

当然のことだが、決して俺一人で事を為しているわけではない。

だがそれをアンドリュー王に伝えると、「こういうのは分かりやすい方がいい。それにお前の仲間たちは賛成してくれたぞ」という話だったので、俺はそれ以上追求しても生産性がないだろうと判断した。

俺たちがバルコニーへと出ていくと、アンドリュー王が横手に退く。

それまで王がいた場所に立てば、俺は眼下に、城の中庭に集まったたくさんの人々を見ることとなる。

数百人──ともすれば千人近くいるかもしれない。

ひとところにこれだけの人々が集まっているのを見ると、圧巻の一言だ。

俺たちの登壇と同時に、おおっ、というざわめきが人々の間からあがった。

吟遊詩人の詩などによる演出に加え、ドレス姿の三人の美少女を背後に連れているのだ。

俺自身がどうあれ、後光効果は抜群だろう。

横手に回ったアンドリュー王が、その手で俺たちを指し示す。

『あらためて紹介しよう。英雄ウィリアムと、その仲間であるサツキ、ミィ、シリルだ。実は後ろの美女たちも、いずれ劣らぬ英傑揃いだ。例えばこのサツキは、我が娘アイリーンや近衛騎士にも匹敵する凄腕の剣士だ。俺も肩を並べて戦ったが、その実力は間違いなく本物だった』

聴衆から再び、感嘆の声があがる。

ちらと後ろを見れば、ドレス姿のサツキが照れくさそうにしていた。

次いで王は、話の矛先を俺へと戻す。

『そして、そんな彼女らが慕い、信頼を寄せているのがこのウィリアムという男だ。その実力は推して知るべし。氷の魔王との戦いでは、 火球(ファイアボール) の呪文を同時に多数発動するという恐るべき秘術を見せた。それがいかに異常なことであるかはうちの宮廷魔術師どもに語らせるとキリがないのだが、それはここでは省くとしよう。──さて、俺の退屈な話はここまでにして、主役の声を聞こうか』

使用人がやってきて、俺に魔術師の杖が渡される。

俺はそれを掲げ呪文を詠唱、自分に 拡声(ラウドヴォイス) を行使した。

自分でちょっとした魔法を使ってみせるというのも、一つのパフォーマンスということだ。

呪文が効力を発揮したのを確認し、俺は声をあげる。

『俺は子供の頃から冒険者に、そして英雄に憧れていた。幾多の冒険物語を読み漁り、冒険者になるため脇目も触れずに魔術を学んできた』

しんと静まりかえった場に、 拡声(ラウドヴォイス) で拡大された俺の声だけが響き渡る。

俺は黙々と、自分の心の内を語った。

『その因果なのか、冒険者になるという目的は満たした。良い仲間にも恵まれ、果てはこうして英雄扱いもしてもらっている。

だがそれをもって俺は夢を果たせたのかと問えば、俺にはいまだ分からない。道半ばとも思えるし、旅は始まったばかりだとも思う。何かになりたいという願望は、ひょっとすると永遠に果たされないのかもしれない。

だがそれでも、確信をもって言えることがある。それは、俺のこれまで通ってきた道のすべてが、経験してきたことの一つ一つが、今の俺を支える財産になっているということ。綺麗事のように聞こえるかもしれないが、本心だ。

そして俺の通ってきた道は、たくさんの幸運と、多くの思いやりある人々の手で支えられてきたことは疑いない。俺は今、以前の俺が思っていた以上に、自分が身勝手な人間だったのだと思い知っている。

だからせめてここで、感謝をしたい。これまで俺が生きてきた道を善意と献身で舗装してくれた仲間たち、友人たち、先生たち──そして、両親に。

このような場で話すことではなかったかもしれない。俺のように恵まれた境遇にない者は、俺の言葉に欺瞞を感じ憎悪の感情を覚えるかもしれない。だが俺は、身勝手な人間の一人として、身勝手に言わせてもらった。気分を害してしまった者たちには、すまない』

俺はそう連綿と言葉をつづった後に、その場で一度頭を下げ、それからおもてをあげた。

やがてちらほらと拍手が鳴りはじめ、それは徐々に大きくなっていく。

最後には、会場全体が大きな拍手に包まれていた。

マジョリティが好む言葉であることは分かっていたし、こうした支持がマイノリティを圧迫するものであることも知っているから、少し微妙な気分ではある。

やはりこのような場で話すべきことではなかったかもしれないが、しかし、やってしまったものは仕方がない。

自分の行動には、責任を持つしかないだろう。

式典はそれからいくらかの流れを踏んで終了となった。

俺はバルコニーから立ち去り際、俺の父ジェームズの前を通る。

ジェームズは相変わらずの仏頂面だった。

だがそれは、俺も大差がないのだろう。

俺はジェームズに言う。

「親父、いろいろと話したいことがある。今晩家に行きたいんだが、予定は大丈夫か?」

「そうか。問題ない、今夜は家にいる。フェリシアにも伝えておこう」

「ああ、頼む」

自分が勘当すると言ったことを忘れたのか、俺が一度だけ敷居をまたぐことを認めてほしいと言ったことを覚えていたのか。

いずれにせよジェームズは、あっさりと承諾した。

今回の一件の報酬で、俺の貯蓄が目標額であった金貨七百枚を突破する。

さて──