軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六十七話

時は進み、場所は変わる。

氷の魔王が捕らわれていた、小都市の中央広場。

極獄(きょくごく) の宝珠が作った障壁は、氷の魔王──騎士団長ディラン命名によるところの氷の魔神──の攻撃を受けても、すぐに破壊されることはなかった。

だが結果としてはやはり、国王アンドリューの予言は的中する。

極獄の宝珠が生み出したエネルギーの檻は、朝が昼になるよりも短い時間を経たのちに、音をたてて崩壊することとなった。

トータルで数千発を数える拳打を、淡々と撃ち果たした氷の魔神。

ガラスが砕け散るような音とともに、彼はゆっくりと檻の外へ踏み出していく。

否。

檻などもうないのだ。

自由を得た魔神は、悠然と、我が物顔で街の中央通りを闊歩する。

氷の魔神の周囲には極寒の吹雪が吹き荒れ、周囲の建物を凍てつかせ、その壁面に次々と霜を張っていく。

しかし──それだけ。

それに人間が巻き込まれることはなかった。

なぜか。

人間のほうも 然(さ) る者だ。

氷の魔神が檻から脱したときには、その周囲には人っ子ひとり見当たらなかったのだ。

「檻」があった中央広場──その周囲はまったく閑散としていて、人の気配がない。

では、人間たちはみな、氷の魔神に恐れをなして逃げたのか?

いや、そうではない──

そう感じるのは、氷の魔神の肌感覚だった。

匂いが違う、温度が違う、ひりつく空気が違う──

人間どもは、姿こそ見せないが、この都市のどこかにひそんでいる。

氷の魔神を打倒しようという、身の程知らずの連中だ。

一度はこの悪夢のような存在を、檻の中に閉じ込めることに成功すらした。

称賛に値しよう。

雑兵では万の軍勢がいたとて、この魔神の歩みを止めることなどできなかっただろうに。

古代の秘宝の力を使いはしたものの、それを百にも満たない寡兵で成し遂げたのだ。

まさに勇者と呼ぶべき者たち。

この街で今、虎視眈々と氷の魔神の首を狙っているのは、そういった連中にほかならない。

──氷の魔神は、さらに中央通りを進む。

まだ誰も現れない。

それでも氷の魔神は、悠然と進む。

不意打ちでも、騙し討ちでも、何でもするがいい。

すべて打ち砕き、ねじ伏せ、踏みつぶす。

それが氷の魔神の態度であった。

──と、そのとき。

氷の魔神の視線の先に、二人の人間が姿を現した。

左右の建物の陰から、中央通りへと進み出てきたのだ。

距離はまだ遠い。

二人はいずれも、立派な軍馬にまたがっていた。

さらには 板金鎧(プレートアーマー) に身を包み、 騎士盾(ナイトシールド) と剣を手にしている。

しかしながら、兜は一般的な騎士が身につけるようなフルフェイスのものではなく、顔がはっきりと見えるオープンフェイスのもの。

兜には、華やかな意匠が凝らされていた。

特に片方の人間のものは、牡牛のごとき二本の角や真っ赤な羽飾りで装飾されていた。

──より派手なほうは、あの人間どもの王と見える。

氷の魔神は、その口を裂けんばかりに吊り上げ、愉悦の笑みを浮かべる。

確かにあの二人、先に交戦した際には、とりわけ精強なあの人間の一団の中にあっても群を抜いた力を持っているようではあった。

だが、だからといって。

氷の魔神を相手にたった二騎で挑もうなどと、笑止千万な腹積もりでいるのか。

いや、そうではないのかもしれない。

だが──

氷の魔神は、愉しさを抑えきれないというように走りだす。

中央広場を、たった二騎の人間の戦士に向かって。

すでにオークのごとき巨躯と化した氷の魔神だが、その敏捷性はいささかも衰えていない。

野生の獣もかくやという勢いで加速していく。

──氷の魔神にとっては、破壊と暴力が何よりのご馳走だった。

己が暴力を存分に振るえるとき、氷の魔神は最高の愉悦を覚える。

そして獲物は、活きがいいほど望ましい。

人間どもが何を企んでいようと、何を仕掛けてこようと構わない。

それをすべて自らの暴力でねじ伏せ、ぶち壊し、蹂躙することこそが彼の望み。

──と、そのとき。

街の中で、一つの声が放たれた。

「── 魔法消去(ディスペル) !」

パン、と何かが打ち破られた。

それと同時に、ずっと静寂に包まれていた場に、「音」が広がる。

多数の馬がいななく声、その蹄鉄が地面を踏む音。

金属同士がぶつかって鳴るガチャガチャという音。

台車が押されるガラガラという音。

人間の声だって、二人分などでは到底ない。

氷の魔神の視線の先──二騎の人間のそばに進み出てきたのは、別の何十もの数の人間たち。

武器と鎧に身を包んでいる者たちは、軒並み馬にまたがっている。

武器は 馬上槍(ランス) を手にしている者が多いが、魔法の輝きを宿した剣や槍などを携えている者もいる。

そうでないローブと杖を身につけた者たちも少数だがいて、彼らは徒歩で、何やら呪文を口ずさんでいた。

その傍らにあるのは、箱型の台車に山と積まれた武器や岩石、鉄球たち。

一様であるのは、彼らのいずれもが、氷の魔神を撃ち滅ぼさんという闘志をみなぎらせていること。

氷の魔神は、人間どもに向かって疾駆しながら、ほくそ笑む。

──そうだ。

そうでなくては面白くない。

さあ、お前たちの底力を見せてみろ。

それをなぎ倒し、完膚なきまでに打ちのめし、そうしてからお前たちの血肉を喰らってやろう。

そうして、氷の魔神と王国軍精鋭部隊との戦いの火蓋が切られたのである。