軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百五十六話

『怖いわー。近頃の若い人間ときたらホント怖いわー。わしの知らん技とか使ってくるんじゃもんなー』

見上げるほどの巨体が、ぶつくさとつぶやいていた。

夕陽が間もなく西の山間に落ちるという頃。

俺たちは、山の斜面に穿たれた巨大な洞穴の前で、 火竜(レッドドラゴン) を打倒していた。

先ほどまで地面に頭を付けて俺に向かって平伏していた 竜(ドラゴン) は、俺に許されたいまは、あぐらをかいたような姿勢でその場に鎮座していた。

何というかこう、竜の偉大なイメージが台無しである。

一方の竜は、そんな俺のがっかり感など知る由もないといった様子でこんなことを言ってくる。

『さて、いずれにせよわしの完敗じゃ。落とし前はつけねばならんな』

……落とし前?

何をする気だろう。

まさか自害などということはあるまい。

こちらの目的が、彼女?に協力してもらうことだとは伝えてあるし、それはありえないだろう。

であるならば、一体……?

俺が疑問に思っていると、竜の巨体が光り輝いた。

少女の姿から竜の姿に 変化(へんげ) したときと同じ光だ。

巨大な光は人間大にまで縮小すると、少女の輪郭を形どった。

そして光がやむ。

現れたのは、最初に見た少女の姿だ。

角や翼、尻尾といった竜を象徴するパーツを宿した幼い少女の裸身。

「じゃあほれ、わしを屈服させた勝者の権利じゃ。好きにせい」

声も少女のそれに変わり──いや、そんなことはいい。

問題はそこではない。

あろうことか、竜の化身たる少女は、その裸身を俺の前にごろんと横たわらせたのだった。

そして仰向けに寝転んだ彼女は、何かを覚悟するようにぎゅっと目をつむる。

…………。

これをどう解釈しろと。

「……あー、竜よ。これは何なんだ?」

「な、何もかにもあるまい。敗者のわしは、勝者であるお主に服従のポーズを見せねばならん。それをどう料理するもお主の裁量じゃ。ほ、ほれ、覚悟はできておるからな。どうとでもせい」

服従のポーズらしい。

犬がお腹を見せて寝転がっているようなものということか。

ちなみにだが、少女の色んな意味で危険な部分の前には、不自然にまばゆい夕陽が不条理な挿し込み方をして、その場所を俺の視界からしっかりと隠していた。

大自然の摂理はきちんと仕事をしているようだった。

だがそうであっても、困りものであることに違いはない。

「いや、こちらとしてはあなたに協力さえしてもらえればそれでいいのだが……」

「それではわしの中で折り合いがつかん。あれだけお主を 虚仮(コケ) にしたのじゃ。わしは報いを受けねばならん」

「そ、そうか」

困った。

困ったので、助け舟を求めて、俺の背後にいる仲間たちのほうを見たのだが──

「「「じとーっ」」」

「うぉっ!?」

俺の背中には、少女たちのジト目の視線が突き刺さっていた。

思わず声を上げてしまう。

……だが待て、それはおかしい。

「ちょっ、ちょっと待て。俺が悪いのでないことは、一部始終を見ていたキミたちなら分かっているだろう」

「うん、そうだね。分かってるよ。ウィルがこういうとき変なことしない人だってことも分かってる。うん、分かってるよ。僕はウィルのことを信じてるから」

「その目は信じているという目ではないと思うのだが……」

「信じてるから」

輝くような笑顔から放たれたアイリーンの言葉に、残りの三人がうん、うんと首肯する。

……理不尽という言葉がこれほど似合う状況も、なかなかないのではなかろうか。

その一方で、竜娘はというと、こちらはこちらでさらに面倒くさいことを言ってきた。

「何じゃ、お主はオスのくせに、屈服させたメスを我が物にしたいという欲求がないのか? 妙なオスじゃのぅ。……む、それとも人化したわしの姿に魅力がないのかの? こんなナリじゃが、わしはお主の十倍は長く生きておるはずじゃ。妙なことは気にせんでよいぞ?」

……頭が痛くなってきた。

「そういう問題ではない。竜族の常識と俺たち人間の常識は違うんだということを理解してほしい」

「……? じゃが、アンドリューの小僧はこの姿のわしと散々交尾したがっておったぞ? 人間のオスはだいたいそういうもんじゃとも言うとった」

「あ、あんのクソ親父ぃ……! 帰ったらただじゃおかない。お母さんにチクってやる!」

アイリーンが拳を握り、わなわなと震えていた。

アイリーンの家の家庭崩壊、すなわち王家の崩壊が見えた一瞬だった。

だが一方で、竜娘の暴走はいまだ止まらない。

「むぅ、いずれにせよお主はわしとの交尾は望まぬということか。後ろの娘たちだけで交尾相手は事足りておると」

流れるような鮮やかさで、次々と 竜の吐息(ドラゴンブレス) のごとき爆弾発言を放ってくる。

これには俺が否定する前に、後ろの四人が過敏に反応した。

「ちちちち違うってば! 僕たちまだウィルと交尾なんかしてないよ! ね、ウィル? ……え、サツキちゃんたちもしてないよね?」

「してるかバカ姫! ……って、してないよな?」

「あなたたちねぇ……も、もちろんしてないわよ」

「そこの 竜(ドラゴン) 、そろそろ黙らせた方がよくないです?」

「えっ……ミィちゃんだけ明言しなかった……?」

「……あん? してねーですよ。アイリーン、あとで裏まで来いです。説教です」

「すすすす、すいません師匠! 出過ぎた真似を!」

……話が進まない。

俺は一つため息をついて、竜娘に言う。

「ひとまず竜よ、起きて服を着てくれ。今後の話をしたい」

「むぅ、そうか? ……いまいち釈然とせんが、お主がそう言うなら仕方ないの。ではわしの心の中で、お主に身も心も蹂躙されたことにしておこう。これよりわしは、お主というオスに屈服したメスじゃ。覚えておくがよいぞ」

竜娘はそう言って起き上がると、自分の服を拾ってきて身に着けなおした。

……俺としても色々と釈然としないのだが、この辺で手を打たないと話が前に進みそうにないので、いまの彼女の発言は聞かなかったことにしようと思った。

***

全員が辺りの岩の上に腰を落ち着けると、俺はあらためて、魔王退治に関する話を竜に説明した。

幼い少女姿の竜は、顎に手を当てて考え込む。

「……なるほどのぅ。つまりその『消魔の指輪』というアーティファクトのせいで、お主ほどの魔法の使い手であっても、その魔王には手出しが敵わぬと。ゆえにわしの 炎の吐息(ファイアブレス) を頼みに来たということか」

その竜の言葉に、俺はうなずいてみせる。

厳密には俺が直接魔王とぶつかって試したわけではないが、事の性質を考えれば、仮に俺が挑んだとしても結果は見えている話だ。

すると竜娘は、少し難しい顔をする。

「ふぅむ……。無論協力はするがの、ひょっとするとそれは、わしの力をもってしても足らぬ相手かもしれんぞ。──物理戦闘を挑んで赤子のように捻られたという騎士の話があったの。そいつはどのぐらいの強さだった?」

魔王の格を測る質問。

これにはアイリーンが答える。

「討伐隊を指揮していた上級騎士バートラムの話だね。ざっくり言って、いまの僕と同じぐらいだと思う。僕が戦闘能力だけなら上級騎士相当だって言われてるから」

「つまり、姫さんでも赤子扱いってことか……」

「むっ。それを言うならサツキちゃんだってだよ」

「分かってるって、んな怒るなよ小っちぇえな。だからそっちも小っちゃいんだよ」

「なっ、小っちゃいって何がだよ! それは関係ないだろ!」

アイリーンとサツキがいつもの仲の良いいがみ合いをし始めたが、それはさておき。

重要なのは、アイリーン級の実力を持った騎士でもまるで歯が立たなかったという事実だ。

それを聞いた竜娘はなおも考え込んだ仕草をし、次いで俺の方へと視線を向けてくる。

「その魔王とやら、どうにも底が見えん。もう一手打っておいた方が良いやもしれぬな」

「もう一手、というのは何か心当たりがあるのか?」

「うむ。ここからしばらく飛んだ秘境に、力のある武器が隠された遺跡がある。そのうちの一振りが、高位の炎の力を宿した剣であったはずじゃ。それを取りに行けば幾分か戦力の足しにはなろう。何ならわしが背に乗せて運んで行くが、どうする?」

竜娘の口から、新しい判断材料が飛び出てきた。

炎の剣……プラスアルファとなる戦力要素か……。

高位の力を持った武器であるなら、ないよりはあったほうが良いに決まっている。

なお 炎熱武器(ヒートウェポン) などの呪文を使っても、その武器を持って接近した段階で消魔の指輪の効果で打ち消されるが、武器そのものに永続的に定着された魔法の力というのは、消魔の指輪の力では打ち消されないはずだ。

なのでその武器が手に入れば、確実に戦力にはなるとは思う。

しかし──

「アイリーン。このミッション、時間的猶予はどのぐらいある?」

俺がそう聞くと、サツキと取っ組み合っていたアイリーンが答える。

「あー、えっと、どうだろう。猶予っていうか、並行して動いてるはずだから……。そうだ、 竜(ドラゴン) さんの協力が得られたことをお父さんに報告して、そのついでに聞いてみるっていうのは?」

「 交信(コンタクト) の呪文か。分かった、準備をする」

俺はアイリーンの提案に乗って、荷物から 交信(コンタクト) 用の魔法の鏡を取り出して、手近な岩に立てかけた。

そしてアイリーンにあらかじめメモさせておいた国王宛てのアクセスナンバーを念頭に置きつつ、呪文を唱える。

居住まいを正したアイリーンたちも、俺に寄りかかるようにして鏡を覗き込む。

すると立てかけた鏡に、どこかの石造りの部屋の様子が映し出された。

次いで、その風景に映されていた国王アンドリュー──精強さが礼服を着て歩いているような銀髪の偉丈夫が、こちらに気付いて近寄ってきた。

『おお、我が愛しの愛娘よ! それにウィリアムと仲間の美女たちも、どうやら無事のようだな。首尾はどうだ? こちらには良い知らせと悪い知らせがあるが、いずれから聞きたい?』

鏡の向こうのアンドリュー王は、通りの良い精悍な声でそう伝えてきたのだった。