軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十五話

魔術学院を卒業したセシリアが、とある貴族家に宮廷魔術師として仕えることになったのは、今より四年前のことだ。

学院を一年留年したセシリアは、その当時まだ十八歳の少女であった。

そんな少女が赴任した貴族の屋敷。

そこでセシリアは、一人の少年と出会う。

自分よりも五歳年下──十三歳の若き少年は、セシリアが仕えることになった貴族家の二番目の 嫡子(ちゃくし) だった。

だが、曲りなりに魔術学院を卒業した 導師(ウィザード) として英才の自負を持っていたセシリアは、その少年──グレン・マクダレンと出会って、肝を抜かれることとなった。

「お前が今度の宮廷魔術師か。なかなかいい女だな。──よし、決めた。お前、俺の女になれ」

初めて訪れた彼の私室で、まだ当時声変わりもしていなかった十三歳の少年からそう言われ、セシリアは呆気にとられた。

何を言っているんだこのクソガキは。

どれだけ甘やかされて育ったのか。

それがセシリアの、グレンに対する最初の印象だった。

確かに顔立ちの整った美少年ではあったが、だからと言ってそんな横暴が許されていいわけがない。

「……恐れながらグレン様。私はこの屋敷に、宮廷魔術師として参りました。グレン様のおっしゃるような立場の者として、こちらに赴任したのではありません」

セシリアもどちらかと言えば癇の強い人間であり、導師としてのプライドもあった。

まだ子供とは言え、地位に 胡坐(あぐら) をかいてそうした要求をする少年に、セシリアは少なからぬ不快感を抱いていた。

だがグレンは、そんなセシリアの不快さをにじませた発言に怯むことなどまるでなく。

「んなことは分かってるよ。その上で言ってるんだ。お前、俺の女になれ」

豪奢な座椅子にふんぞり返り、年上の導師の少女に向かってそう言うのだ。

セシリアはあきれかえった。

彼女は今度は、明確な拒絶の意思を乗せて言った。

「いいえ、お断りします」

「そうか。でも俺がそうすると言ったらそうするんだ」

「…………」

まるで対話にならない。

これはどうにも面倒なところに赴任してしまったなと、そのときのセシリアはそう感じていた。

──ただ、セシリアの見立ては、ある点において間違っていた。

グレンという少年の横暴は、甘やかされてそうなったのではなく、また地位に胡坐をかいているばかりでもなく、それは彼の個人的な才覚によって裏付けられたものでもあったのだ。

グレンは十三歳という若さにして、戦士としての実力は、戦闘のプロフェッショナルである騎士たちの実力をも凌駕していた。

先天的にオーラを操る能力に長け、なおかつ恵まれた肉体を持つ彼に並ぶ実力を持つ者は皆無で──つまり彼は戦士として、セシリアが屋敷で出会うほかの誰よりも頭抜けて有能だった。

また戦士としての実力ばかりではない。

セシリアは家庭教師としてグレンに様々な知識を教えたが、彼は意外なことに勉学を嫌がったりせず、むしろ貪欲に「知の力」を得ようとする姿勢を持ち、一を教えれば十を学ぶ吸収の早さでセシリアを驚かせた。

グレンの兄である第一子も、一を教えて一を学ぶ力を持つ優秀な人物であったが、グレンという神童の前には霞んでしまう──それがセシリアの得た印象だった。

セシリアは赴任してからしばらく、グレンという少年と否応なく一緒の場にいることで、彼の才能をまざまざと見せつけられ続けることになった。

周囲の人物との圧倒的な才覚の差。

それを当たり前のように見続けることで、セシリアは、彼以外の男がとてもくだらないものに思えるようになってきてしまった。

彼が「俺の女になれ」を言うたびに、最初は「はいはい」といなしていたセシリアも、やがては同じセリフを言いながらも、心の内ではそれも悪くないかもと思うようになっていった。

あれだけ嫌っていた相手に対する自らの心情の変化にセシリア自身も戸惑ったが、動物のメスというものは強い子孫を残すために強いオスを好むものだという生物学の見解を思い出し、自分も動物なのだから仕方ないかと納得したりもした。

しかし、だからと言ってグレンという少年の素行の悪さが改善したわけではない。

変わったのは、セシリアの彼に対する見方だけだ。

グレンの素行の中でも特に目に余るのは、彼の女癖の悪さだった。

彼は屋敷に仕える若いメイドや、あるいはマクダレン伯爵家領内に住む町娘など相手構わず、自分が気に入った女性には片っ端から手を出した。

手を出す、というのはもちろん、性的な行為にまで及ぶ。

グレンの異性を惚れさせる能力はその容姿と才覚、地位も相まって相当なもので、一時的には合意の上での行為になる。

ときにはセシリアは、その行為の真っ最中の部屋の前に見張りとして立たされ、中から聞こえてくる喘ぎ声を聞かされ続ける破目にもなった。

勉学に打ち込んできて異性との交際経験がなかったセシリアにとって、それはどうにも強すぎる刺激だった。

しかし、それはまだいい。

問題はその後だった。

グレンは性的な交渉を行った女性に対しても、飽きたらすぐに見向きもしなくなった。

女の側がしつこくつきまとえば、最終的には暴力と権力と金で片付けた。

いかな憎からぬ相手の行為とは言え、その彼の態度は、セシリアにとって看過できるものではなかった。

セシリアはある日、意を決してグレンに問うた──何故そんなことをするのか、と。

するとグレンはこう答えた。

「欲しいモノは力の限りを尽くして手に入れる。いらなくなったら捨てる。それだけだろ? 道徳とか責任とか義務とかってのは、それをされたら都合が悪い連中──つまり弱者が作った弱者のための強者を縛る鎖だろ。俺みたいな強者が、そんな連中の都合に合わせてどうすんだよ」

それはどこまでも身勝手な物言いだとセシリアは思った。

しかし、それでもセシリアは、グレンを嫌いにはなれなかった。

ああ、この子はこういう形なんだと、そう思っただけだった。

セシリアは、自分の中にグレンの存在がとても大きく居座っていることに気付いていた。

そしてセシリアは、グレンに対する想いを募らせていく。

セシリアには、自分はいつもほかのどんな女よりも彼の近くにいて、彼の姿を見続けてきたという自負があった。

そして今後も、そうありたいと思った。

だからセシリアは、こうも思った。

彼に嫌われたくない。

彼に捨てられたくない。

彼のモノになり、そして、彼にとって価値のあるモノであり続けたいと。

ずっとは無理だろう。

いずれ捨てられるのは間違いない。

でも少しでも長く、彼のモノであり続けたい。

彼の邪魔をせず、彼のかたわらでひっそりと、慎ましく──

セシリアは、次にグレンが「俺の女になれ」と言ったとき、「いいですよ」と答えた。

そしてその晩、身を重ねた。

ベッドの中、二人で行為を終えた後、グレンはすぐに眠ってしまった。

その寝顔だけは歳相応に可愛らしくて──ああ、ずるいなぁと思いながら、セシリアは少年の髪をなでた。

──そして、それから二年後。

グレンは屋敷の安穏とした生活に飽きた、刺激が欲しいと言い、屋敷を出奔して冒険者を始める。

セシリアは当然のように宮廷魔術師の地位を捨て、彼に付き従った。

さらに二年という月日を冒険者として過ごせば、二人はBランクという肩書きを得ていた。

Bランクというのは冒険者としては相当な階位であり、アトラティアという中規模都市の冒険者ギルドでは、ほかに並ぶ者のない卓越した実力者を示すものだ。

しかし、とセシリアは思う。

そんなものは、グレンの本当の才覚の前では、飾りでしかないのだと。

セシリアは、ノーバンの街中を無造作に歩く青年の背中を前にして、少し小走りをして彼の横につく。

そして青年の腕に、自らの全身をつかって抱き着いてみせる。

「グレン様」

「なんだ」

「セシリアは、グレン様のことをお慕いしております」

「知ってるよ」

「ふふふっ」

自分はいつまでこの人の隣にいられるのか。

彼に飽きられないよう自分のすべてを尽くし、精進することも続けよう。

ときどき、自分はいったいどうして人生を踏み誤ってしまったのかなどとも思うのだが──それでも今が最高に幸せだからいいかと、そんな風にも考えるセシリアだった。