軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.新しい道

「お父様、本気じゃないわよね? まさか私を一生修道院に閉じ込めたりしないわよね?」

「お前の存在は、ギルガレン家にとってはもはや百害あって一利なしだ。家名に泥を塗り、穏やかだった家族の人生を苦悩に満ちたものに変えてしまった。私はお前も、お前にそそのかされた使用人たちも、断じて許さない」

ギルガレン辺境伯の唇から深いため息が漏れる。

「さあ立ちなさいミーア。荷物をまとめている間に、聞いておかねばならないことがいくつもある」

辺境伯の言葉に心を打ち砕かれ、ミーアの肌はすっかり血の気を失って真っ白になっていた。感情的になって大騒ぎする気力も残っていないようだ。

「コーデリア、お前はソフィーに身支度をさせなさい。ソフィー、歓迎会では冷静に振る舞わなければならないぞ。醜聞の渦中にあるからこそ、誰よりも毅然としていなくては。もうすぐ始まる社交シーズンでふさわしい相手と巡り合いさえすれば、心の傷などすぐに癒えるに違いない」

「お父様、いまは私……」

ソフィーが体をこわばらせた。

ミネルバは彼女の傷ついた表情を見て、口の中に苦い味が広がるのを感じた。心が過去に引き戻される。フィルバートから婚約破棄され、みじめな気持ちで過ごした一年間へと。

自分を取り囲んでいた世界が粉々に壊れ、男性不信に陥り、自尊心を回復するには並々ならぬ努力が必要だった。

両親はミネルバの未来を気遣い、何とかして次の相手を見つけようとした。是が非でも立派な結婚をさせたがった。

本当は、自分の未来は自分で選びたかったけれど。高位貴族の令嬢にとって、心機一転して立ち直るための術は結婚しかない。あまりにも身分が高すぎて、侍女として奉公に出たり、良家の子女の家庭教師になるという選択肢がないのだ。

「ソフィーさん、こちらへいらっしゃい」

そう言って近づいてくる辺境伯夫人の顔には、明らかな遠慮があった。まだ若い後妻に、ソフィーの心の傷を癒す手助けはできないだろう。

ミネルバには三人の兄たちがいた。しかしソフィーは、これから生じる様々な心の問題にひとりで対処しなくてはならない。彼女がいま求めているものは、安全な避難場所であるに違いないのに。

(ギルガレン辺境伯の親心は、ソフィーが求めているものとすぐには重ならない。心の準備ができるまで待ってあげてほしい。できる日がいつくるのかはわからないけれど……)

そう思うものの、部外者であるミネルバが口を出すのは度を越えている。辺境伯にとって大事なのは結婚そのものではなく、ソフィーの幸せなのが伝わってくるから。

「それにしても、ロバートの発言は正気を疑うな」

ミーアを立ち上がらせた辺境伯が、うめきに近い声を出す。

ロバートの名前が出た瞬間、ミネルバの腕を掴むソフィーの指に力がこもった。

「ディアラム一族にも良識はあるはずだ、ロバートは何もなく無罪放免とはいかないだろう。あの男のやったことは遊びの域を超えている。後悔にかられたふりをしてソフィーに接触してくるようなことがあったら、今度こそただじゃおかない」

夫の言葉に、辺境伯夫人が深いため息をついた。

「まともな頭があれば、そんなことはしないはずですけれど。厄介な状況にならなければいいのですが……」

「私自身の手でロバートに制裁を加えたいが、相手は力のある侯爵家だからな。醜聞自体はやむを得ないが、これ以上ソフィーを害したり傷つけたりしてこないよう、しっかり根回ししておかなければ。それにしてもロバートはとんでもない厄介者だった、いまさらながらに人の本性を疑うことを学ばせて貰ったよ」

「思い悩むのはあとにしたほうがいいですわね。さあソフィーさん、行きましょう? ミネルバ様にも身支度をするお時間が必要なのだから」

手を差し出してくる義母に、ソフィーが暗い目を向ける。

諦めたようにミネルバから離れていくソフィーを見ながら、ミネルバは焼けつくような痛みを感じた。行かせたくないと心が叫ぶけれど、無力な自分には何の解決策も提案できない。

胸がつぶれる思いのミネルバの肩に、ルーファスが励ますように手を置いた。

「ギルガレン辺境伯。私とミネルバは少しの間この部屋に残る。二人で話したいことがあるのだ」

「は、はい。ルーファス殿下のお好きなようになさってください」

辺境伯は少し驚いた顔をしたが、ひとつ頭を下げてからミーアとともに扉に向かう。ミーアは魂が抜けたようにふらふらと歩いて行った。

辺境伯夫人とソフィーも立ち去ると、ミネルバはルーファスと見つめあった。

「どうしたの、ルーファス」

「ミネルバが過去のことを思い出したんじゃないかと思ったんだ。少なくとも、ソフィーのことを気に病んでいるだろう。君が困ったり苦しんだりする姿は見たくない」

ルーファスは上体を屈めてミネルバの目を覗き込んだ。

「私、感情を表情に出さないほうなのに。ルーファスはいつだって私の心の動きを読んでしまうのね」

ミネルバは目をぱちくりさせた。ルーファスが優しい笑みを向けてくる。

「ルーファスに出会うまでの一年間のことを思い出していたの。婚約を破棄され、社交界から追放されたことと折り合いをつけるのは難しかったわ。家族はすぐに新しい人を見つけようとしたけれど……あのころ、私の心の一部は死んでいた。新しい希望なんて、そう簡単に持てるものではないから……」

「ソフィーも同じ気持ちになるだろう。しかし心の傷を癒す時間もなく、将来を決めてしまわなければならない」

「ええ。貴族の令嬢としては仕方のないことだけれど。ロバートも不気味だし、ソフィーはしばらく社交界から離れていた方がいいような気がして……」

悲しみに胸を締め付けられ、ミネルバは唇を噛み締めた。

「ソフィーを守りたい、それがミネルバのしたいことなんだね。ひとつだけ、君の心を軽くする方法がある。誰にとっても望み通りの方向に導けるやり方が」

ルーファスはミネルバの手を取って、唇に押し当てた。そしてまたミネルバの肩に手を置く。

「ソフィーをミネルバ付きの女官に任命するんだ。女官職は皇太子妃や皇后、そして皇弟妃だけが授けることのできる特別な名誉。女官には宮廷内で、様々な場に同席する許可が与えられる。社交の場に出なくても、グレイリングの権力の中枢にいる将来を約束された青年と知り合うことが可能だ」

ミネルバは目を見開いてルーファスを見た。胸がどきどきし始める。

「ソフィーを私の女官に……」

それは現時点では最良の選択肢に思えた。宮殿内ならソフィーの身を守れるし、新たな出会いのチャンスを潰したくないという辺境伯の親心も尊重できる。

「ありがとうルーファス。ソフィーがいいと言ってくれれば、彼女を私の女官にしたい!」

ミネルバはいてもたってもいられなくなって、ルーファスの肩を掴んで背伸びをした。上体を屈めているルーファスと額と額がくっつくほどに近づいて、満面の笑みを浮かべる。

ルーファスが顔を赤くしたのと、壁際のロアンが「うひゃあ」と叫ぶのがほとんど同時だった。