軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7.勇気の欠片

「いるはずがないと思ったから、私は塔を探さなかった。でも、ロバート様は塔にいた……ミーアと一緒に。使用人の報告を受けたお父様が、ミーアとベッドにいるところを見つけたって。頭の中が真っ白で、何がなんだかよくわかりません……」

ソフィーはぼんやりと宙を見ている。その姿に、ミネルバは胸が締めつけられた。

「きっと空耳だわ。ロバート様が私を傷つけるようなことをするはずが……家名を貶めるようなことをするはずがないもの。ルーファス殿下とミネルバ様がいらっしゃっている日に、あえて危険なことをするだなんて……」

そう言って、ソフィーは震える下唇を噛んだ。

すべてが駄目になったことを認めたくない気持ちはよくわかる。婚約者を奪ったのが、よりによって血の繋がった妹だなんて。

「私、行かないと。じかにロバート様と話さないと……」

小さな声で言って、ソフィーはゆっくりと立ち上がった。風に翻弄される枯葉のようにふらついている。ミネルバはすかさず立ち上がり、彼女の華奢な体を支えた。

次の瞬間ミネルバは、廊下の奥からギルガレン辺境伯が走ってくるのを目にした。

「ソフィー!」

辺境伯は苦しそうに大きく息をついて、ひどく青ざめているソフィーの顔を見つめた。

「ああ、可哀そうに。ミーアもロバートも、一体何が不満であんなことをしたのか、見当もつかない」

娘と同じ灰色の目に涙を光らせ、辺境伯が悲し気な表情を浮かべる。

「お前たちを誰よりも幸せにしたかった。それが私と、死んでしまったお前たちの母ルイーズの夢だったんだ。それなのに、こんなことになって……」

きっと身を切られるようにつらいのだろう、辺境伯は新たに込みあげてきた涙をぬぐった。

「お父様……。じゃあ、本当なのね……?」

ミネルバの腕の中で、ソフィーが身を固くした。

辺境伯は両手をぎゅっと握りしめ、苦しそうに言った。

「どんなに口にするのがつらくても、ごまかすわけにはいかない。あの二人は、すでに肉体関係を結んでいる」

「そんな……」

ソフィーの体ががたがたと震え始めた。心が引き裂かれ、自尊心が粉々に砕け散った音が聞こえるようだ。

妹に婚約者を奪われた衝撃は心の傷となり、いつまでもソフィーを苦しめることだろう。ミネルバは悲しい気持ちで考えた。

(あまりにひどい……)

ミネルバはソフィーをぎゅっと抱き寄せ、慰めるように背中を撫でた。

一瞬で天地がひっくり返るような衝撃を受けたとき、人はすぐには泣けないものだ。ミネルバには彼女の苦しみや悲しみがどれほどのものかわかるだけに、よけいにかける言葉が見つからない。

「ルーファス殿下……申し訳ございません。殿下とミネルバ様をお迎えする、この喜ばしい日が台無しになってしまいました。私はミーアとロバートのしたことを絶対に許しません。これからディアラム侯爵と一緒に二人を尋問し、しかるべき罰を与えます。ですからどうか、歓迎会にはご出席いただきたく……」

辺境伯がルーファスを見て、深々と頭を下げる。

「貴殿がどれだけ骨を折ったかがわかるだけに、私としても残念だ。私たちの歓迎会には多くの労力と費用がかかっているはずだ。いまさら出席を取りやめるつもりはないから、安心するがいい。ミーアとロバートの尋問は、貴殿にとって間違いなく人生最悪のひとときとなるだろうが……親として正面からぶつかるしかないだろう」

ルーファスが静かに、だがきっぱりした声で言った。辺境伯が涙声で「はい」と答える。それからしばらく沈黙が続いた。

「……お父様、私もその場に連れて行って」

ソフィーがか細い声を出した。

「何を言うんだソフィー、そんなに青い顔をして! お前は部屋に戻って休みなさい。そしてロバートなど忘れて、違う男性に目を向けるんだ」

辺境伯は必死でソフィーを説得しようとした。残酷な現実は消し去ることはできないとはいえ、これ以上ソフィーが傷つくような事態は避けたいのだろう。当然の親心だ。

(すべてを忘れて新しい希望を持ってほしいのね。よかれと思って言っているのはわかるけれど……ソフィーには真実を知る権利がある)

まだ体を震わせながら、ソフィーがミネルバの目をじっと見つめてくる。

「私、ミーアとロバート様に会って真実が知りたいのです。それが私のするべきことだと思うのに……怖くてたまらない。ミネルバ様は勇敢で、並外れて気丈だったとお聞きしました。どうか私に勇気を分けてくださいませ」

「ソフィー……」

助けを求められて、ミネルバは胸がつぶれる思いだった。ここで己の経験談を長々と語ったところで意味はないだろう。

(時間が傷を癒してくれるのを待っている暇はない。せめて、体の震えだけでも何とかしてあげたい。少しでも勇気を与えられる方法は……)

ミネルバはドレスのポケットに手を伸ばした。ソフィーを安心させるように微笑みながら、手のひらサイズの巾着袋を取り出す。

「私のお守りを、あなたに分けてあげる。きっと勇気と自信を与えてくれるわ」

中身を取り出し、ソフィーの震える手のひらに載せる。

「これは伝説の魔女の子孫が作った、特別なお菓子であり薬なの。ルーファス様がくださったものだから安心して。気持ちを落ち着けてくれるし、励ましてくれる。それに、とても美味しいのよ」

「綺麗……」

アロ豆のお菓子を、ソフィーはじっと見つめた。

「勇気も意気地もない私でも、ミネルバ様みたいに強くなれますか?」

「なれるはずよ。どんな事実を知っても負けないし、屈することはない」

ソフィーに支えが必要なのは明らかだったから、ミネルバは力強く言い切った。

ソフィーはうなずき、小さなお菓子を口に運んだ。ゆっくりと咀嚼し、やがて泣き笑いのような顔になる。

「本当に美味しい。それに震えが止まったわ。すごいですミネルバ様、心が急に落ち着きました」

たしかに、ソフィーの体の震えはおさまっていた。想像以上の効果があったことに、ミネルバは安堵した。

ソフィーがしっかりと目を見開き、背後に立つ辺境伯を見つめる。覚悟を決めた彼女は毅然としていた。良識と自制心があるソフィーは、元から弱い人ではないのだ。

「お父様、ミネルバ様が私を特別にしてくださったわ。だからミーアとロバート様に会わせてください。取り乱さないと約束します。どんなにつらくても、きちんと話をしないと前に進めません」

「……わかった、お前がそうしたいのなら止めはしない」

辺境伯は名状しがたい苦悩が秘められた声を出した。

「ルーファス殿下、ミネルバ様、どうか立ち会ってくださいませんか。私とて醜態をさらしたくはありませんが、包み隠さずお見せする以外に誠意を示す方法がないのです」

ミネルバとルーファスは素早く視線を交わし、それから同時にうなずいてみせた。