軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5.素晴らしいタイミング

「ちょ、ちょっとカサンドラ。そんなに泣いたら、化粧がひどいことになっちゃうわよ」

ソフィーが近寄ってきて、カサンドラの耳元で指摘した。

「だって。な、泣かずに、いられなくて」

カサンドラがしゃくりあげる。三人の令嬢がはっと我に返り、急いで彼女を取り囲んだ。

「泣き止むのよカサンドラ、ひた隠しにしてきた垂れ目がばれちゃうわ」

ベルベットが小声でささやく。カサンドラは垂れ目をひどく気にしている。令嬢たちは彼女が、隙のない化粧で自分を保護してきたことを知っているのだ。

ミネルバは必死で涙を止めようとするカサンドラを抱きしめ、背中をとんとんと叩きながら途方に暮れていた。

ニューマンを撃退する方法ばかり心で思い描いていたから、これは正直なところ考えもしなかった展開だ。

「カサンドラ、ほんのちょっとだけ顔を上げて。大丈夫、皆でガードしてるから」

カサンドラは「うん」とつぶやいて、くしゃくしゃになった美しい顔を上げた。そしてすぐにミネルバの胸に顔を埋める。

リオナとメイリンが、どうしようもないというように首を横に振る。ナチュラルながら手の込んだ化粧は、涙ですっかり落ちてしまっていた。

「やっぱりまずいわよね。これでみんなにばれてしまうわ……」

カサンドラの声には絶望的な響きがあった。

「自業自得だから仕方ないけど。ごめんなさいミネルバ、せっかくのドレスを汚しちゃって。私ったら女官失格ね……」

「翡翠殿の侍女頭は染み抜きのプロだから問題ないわ。それに私、あなたに心を開いてほしいって毎日思っていたのよ。だから抱きついてくれて嬉しかった」

ミネルバはカサンドラの背中を撫でながら言った。ここは何としても乗り切らなければ。他のことはともかく、カサンドラのコンプレックスを噂話として持ち帰らせるわけにはいかない。

護衛たちに視線を走らせると、エヴァンが前に進み出てきた。彼のこそこそした様子は大変珍しい。

「私たちで壁を形作りましょうか?」

「そうしてくれると助かるわ。全員でカサンドラをガードしながら歩きましょう」

素早く近づいてきたロアンのオッドアイが、いたずらっぽいきらめきを見せる。

「ちょっと面白い歩き方になっちゃいそうですけどねえ。横歩きっていうか、蟹歩き?」

ミネルバは「そういうこと言わないの」とロアンをたしなめた。

こうして互いに小声で内緒話をしていても、下位貴族たちの視線を感じる。ニューマンからの流れで彼らは好奇心を露わにしまくっているし、じろじろ見るなといっても無理だろう。蟹歩きでも何でもいいから、早くカサンドラを誰もいないところへ連れて行ってやりたかった。

「私とグヴィネスが大喧嘩して、目をそらしてあげてもいいけれど」

事情を察したデメトラが、ミネルバにこっそり告げる。テイラー夫人がそっと口をはさんだ。

「おやめなさい、私たちまで出しゃばったら噂話が大渋滞を起こすわ。社交界の人々に肝心なところが伝わらなくなるでしょう」

「皆さん悩ませてすみません、私のせいで……」

カサンドラがくぐもった声で謝った次の瞬間、控え室の扉が勢い良く開く音がした。それから、こつこつという靴音。あえて鳴らしているようでもあるが、その力強さから男性の足音だとわかる。

ミネルバは首をめぐらした。そして息を呑んだ。ルーファスが歩いてくるではないか。明らかに兄弟とわかる二人の青年──ジャスティンとマーカスまで引き連れて。

下位貴族たちも驚きを隠しきれない。口をぽかんと開ける中年紳士、仰天している老婦人、頬を赤く染める既婚女性、ぱっと目を輝かせる青年。ルーファスたちの登場に、誰もが目を奪われている。

ルーファスの人を圧倒する威厳と貫禄、ジャスティンの上品で穏やかな雰囲気、マーカスの持つ荒々しさから滲む男性美。揃って最上級の仕立ての黒い騎士服をまとい、皇弟と顧問官の証である勲章や肩章をつけた姿がまぶしい。

立ち止まったルーファスが控え室を見まわす。長いまつ毛に縁取られた漆黒の瞳が輝いた。

「たくさんの土産話ができたようだが、みんな疲れただろう。いまこちらに、軽くつまめるものとコーヒーを運ばせている。私たちも飲んでいくつもりだから、ミネルバの武勇伝を語って聞かせてくれないか」

下位貴族たちが歓声を上げ、顔を輝かせた。忙しいルーファスと会話ができるのは、かなり珍しいことなのだ。

タイミングを計ったように銀のトレイを持った給仕人たちが入ってくる。ありとあらゆる菓子の並んだワゴンも運び込まれた。

ルーファスがミネルバを見てウインクをした。後は任せろと言うように。ミネルバたちの退室を円滑にするために、ジャスティンとマーカスも接待役を忠実にこなしている。

(ありがとうルーファス、兄さまたち)

さっきまで決して放っておいてくれなかった人々の視線が、いまではルーファスたちに集中している。

ミネルバたちはカサンドラをガードしながら、もう一つの出入り口のあるバルコニーへと急いだ。必死で歩を進め階段を上り切る。

バルコニーの中ほどまで行ってしまえば、もう下からは見えない。

「上手なやり方ね。ルーファス殿下と交流できるのは嬉しいものだし、話題がミネルバ様の武勇伝となれば、事実を捻じ曲げるような無礼は決して働けない。みんな、こちらにとって具合のいい記憶だけを持って帰るに違いないわ。モリッシー男爵辺りは面白おかしく誇張しそうで、危ないと思っていたのよ」

「私はちょうどいいところで助けが入ると信じていましたよ。殿下はミネルバ様に全神経を集中していらっしゃるから。常にミネルバ様の喜ぶこと、助けになることを考えておいでなのよ」

テイラー夫人が当然だと言わんばかりにうなずいた。