軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3.専門家

入ってきたのは、いかにも人畜無害そうな男性だった。小脇に布袋を抱えている。

一見しただけでは、年齢も職業も推測できない。裕福には見えないが、かといってみすぼらしくもない、街中のどこにでもいそうな人だ。

「紹介しよう、ジミー・ルウェリンだ。こう見えて、専門的な能力のある諜報員なんだ」

ルーファスがミネルバたちを見回しながら言った。男性が照れたように頭を掻く。

「ええまあ、どんな人間にもなりすませるのが特技でして。ディアラム家の新しい使用人に扮して、ロバートを内偵してきました。私は鍵を開けるのが非常に上手くてですね、どんな扉も通り抜けられます。その能力のおかげで、色々と面白いものを見つけましたよ」

無害そうに見えるからこそ、ジミーは優秀な諜報員なのだろう。彼がロバートを監視して、あらゆる情報を集めてくれたのだ。

「地元の治安判事は、こういった調査には慣れておりませんからねえ。さてさて、まずはロバート・ディアラムの人となりについてですが。ありゃあ正真正銘のクズですね、女性関係はかなり派手です。本人はうまく隠しているつもりでしょうが、身分の低い娘相手に、悪魔ですら恥じ入りそうな真似をしています」

ソフィーが身震いした。マーカスが咄嗟に手を伸ばし、彼女の手を握り締める。

「ディアラム家の財産は鉱山と温泉地で築かれたものですが、財政状況は良くないですね。鉱山の収益性は年々減少しているし、温泉地はどこもかしこも老朽化してきている。根強い人気はありますが、早晩客足は衰えるでしょう。おまけにロバートは、金を貯めるより使う方が得意だ」

ジミーは宙を見ながら言った。集めてきた情報を、頭の中で反芻しているのだろう。

「ロバートとソフィーさんとの婚約が成立したのは、およそ四か月前でしたね。その時点でもう、ディアラム家は財政難でした。情報が表に出る前に、急いで婚約をまとめたようです」

「なんてこと……あの人、自分が理想的な婚約者だと、お父様と私に信じさせたんだわ。ロバートは、私の持参金が目当てだったということですか?」

「そんなもんじゃ腹の足しにもなりませんよ。なんせ借金が巨額ですから」

ジミーが顔の前で手を振る。そして彼は言葉を続けた。

「まあね、ロバートには商売の才覚はあったんです。ここのところ、ディアラム家に大金が入っています。しかし、これがどうも、通常ではない支払いなんですなあ。怪しい帳簿を見つけたものの、何に対する支払いかさっぱりわからない」

「鉱山から取れる銀や鉛、温泉地絡みの売り上げではないということですか?」

マーカスが尋ねた。ジミーが「そうそう」と軽快に応じる。

「徹底的に調べましたが、そっちとは関係なさそうです。しかしロバートは、誰かから金を受け取り続けている。さあて、奴は何を売ったんでしょうねえ」

ミネルバの頭の中で、様々な可能性が駆け巡った。領地に有名な温泉地があり、人脈は築き上げているはずだだ。

(人が集まるところにつきものの歓楽街。いかがわしい酒場、娼館、賭場……そこに集まる、観光地で解放的になった人々……)

今度はミネルバが身震いする番だった。身をこわばらせ、恐る恐る口を開く。

「ロバートが『誰か』に売っていたのは……温泉地を訪れる貴族たちが漏らした『情報』ですか?」

「ご明察の通りでございます! いやあ、さすがは未来の皇弟妃様、頭の回転がお速い!」

ジミーはパチパチと手を叩いた。

「ロバートの奴は、娼婦や居酒屋の看板娘ともねんごろになっておりましてねえ。貴族の連中が閨房で漏らした自慢話や、酒のつまみの噂話が、金になることに気付いたんでしょうな。なにしろディアラム家の領地は辺境の横っちょ、帝都からは遠く離れております。解放的になった人々から、思いがけない宝になる情報も転がり込んでくるようで」

「とことんクズだな、信用も何もあったもんじゃない。そんなことをしているのが発覚したら、観光地としての価値は地に落ちるだろうに」

マーカスが吐き捨てた。

ルーファスが「ああ」と同意する。

「情報を売るのは、ロバートにとっては儲かる商売……となれば奴の顧客である『誰か』が、ギルガレン家の地下通路の秘密を欲しがった可能性が高い。しかしジミーの潜入中に、ロバートが誰と接触しているのかはわからなかった。国内の誰かかもしれないし、あるいは……ガイアル帝国の人間かもしれない」

これで点と点が繋がった。ミネルバは鳥肌が立つのを感じた。

貴族の噂話を売る程度なら、信用を失うだけで済むかもしれない。しかし国防に直結する情報を『誰か』に売り、これからも売ろうとしているのなら、それは明らかに反逆行為だ。

「証拠になりそうな書類や、娼館や賭場の利用者名簿、宿帳なんかは、いくつか持ち出せました。抜き取った部分には私がこしらえた偽物が入ってますんで、しばらくは大丈夫でしょう。私は偽造も大得意なんですよ。怪しい裏帳簿は、さすがに危険すぎて持ち出せませんでしたが」

そう言ってジミーは、小脇に抱えた袋から書類の束や帳簿類を取り出した。