軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.気の抜けないお茶会1

ルーファスの黒い瞳にはミネルバの心を落ち着かせる効果があった。じっと見返していると、強張った肩から少しずつ力が抜けていく。

ミネルバは左手の薬指に光る指輪に目をやった。ルーファスからもらった婚約指輪だ。見惚れるほど美しいトパーズは、グレイリングの皇族に代々伝わるもの。いつの日かルーファスのお妃の指に嵌めるようにと、エヴァンジェリンが譲ってくれたらしい。

「ありがとうルーファス、私ったらどうして気づかなかったのかしら。手をこまねいて待つのではなく、いまの自分できることをすべてしなくては」

ルーファスはひとつうなずき、顔をあげてテイラー夫人を見た。

「テイラー夫人。正直に告白しますが、ミネルバには持って生まれた特殊な力があるんです。ソフィーに何が起こっているかを、ミネルバを通して目の当たりにすることになりますが、驚かないでやってくれますか」

テイラー夫人は片眉を上げて「ふむ」とつぶやいた。警戒しているというよりは、感心しているような目つきだ。

「私は三十年以上、あまたのご令嬢を指導してまいりました。一人や二人は、訓練しても身につかないような能力を持つお嬢さんがいらっしゃいましたよ。常識や理屈では説明のつかない、この世の摂理を超えた不思議な力をね。普通の人間には見えないものが見えたとしても、私はそれを事実として認め、ただ受け入れるのみです」

テイラー夫人が穏やかな笑みを見せる。この老婦人は長年の経験から、魔女や魔法使いのような力を持った人間がこの世界に存在することを知っているのだ。

「さあ、私のことは気にせず力をお使いなさい」

ミネルバは「はい」と答えた。自分を支え、勇気を与えてくれる人が教育係であることに、心の底から感謝する。

ミネルバは机の下に転がっているソフィーのペンに手を伸ばした。両手でぎゅっとそれを握りしめる。

ルーファスが背後から、ミネルバを支えるように肩に手を置いてくれた。彼もまた精一杯支えようとしてくれているのだ。安心感が一段と高まった次の瞬間、ミネルバは体がふわりと浮き立つような感覚を覚えた。

視界が橙色に染まった。指輪から放たれた光が踊り、大きく渦を描く。美しい光の球体が出来上がったときにはもう、ミネルバは中央殿を透視していた。

アシュランでも何度か千里眼を使ったが、それを遥かにしのぐ速度で、ソフィーの居場所へぐんぐん近づいていく。

ルーファスとテイラー夫人は、まばゆい光で目がくらんで、焦点がすぐには合わないようだ。

『あら、ようやくお茶の準備ができたようね』

知らない声が聞こえてきた。

ミネルバの視界に映る室内には、四人の淑女がいた。全員がティーワゴンの前にいるソフィーに顔を向けている。

彼女たちは全員、この上なく楽しそうな表情を浮かべていた。扇に隠れて囁き交わし、くすくす笑いをこぼしている。

侍女たちが軽食やお菓子の皿をテーブルに置いた。急な訪問だったので、もてなしの準備に時間がかかったらしい。

ソフィーの指がティーポットの上をさまよう。侍女任せにしないことで、少しでも時間を稼ごうとしているのだろうか。彼女はゆっくりとした動作で磁器のカップの上に注ぎ口を持っていき、正しい作法でお茶を注いだ。

こういった場では、まず一番位の高い淑女にお茶を出さなければならない。ソフィーが迷うことなくカップを渡したのは、波打つ赤い巻き毛の美女だ。

カサンドラ・メイザー公爵令嬢。まるで我が家にいるような顔で座っている、妖艶な美女。

それから、艶やかな長い髪が右肩にかかっている令嬢。その隣にいる令嬢はまったく同じ顔立ちで、髪のかかる肩が左だという違いしかない。どうやら双子であるらしいが、玉虫色に輝くドレスまで同じにするとは、嫌がらせの一種だろうか。

ミネルバは面会カードに書いてあった名前を思い浮かべた。彼女たちがキャメロン公爵家のリオナとメイリンで間違いない。

ソフィーが最後にカップを渡したのは、気の強そうな顔立ちの令嬢、モーラン公爵家のヴェルヴェットだ。

どの家も歴史の古い名門で、言うまでもなく裕福だ。彼女たちの父親や兄には、申し分のない政治力がある。

「ふむ、なるほど。公爵の娘たちは同格ですから、ソフィーさんは叙爵された順番にお茶を出しましたね。キャメロン家の双子には、ちゃんと姉から先に渡しました」

テイラー夫人が満足げな声を出した。

トパーズから広がった光の球体の中に、ミネルバが感じ取ったものがすべて映し出されているのだ。

ソフィーが席に着いた。言葉のすべてを、額面通りに受け取ってはならないお茶会が始まったのだ。

「しかし、公爵家のご令嬢を四人も相手にするのは、ソフィーさんには少々荷が重いかもしれません」

テイラー夫人の言葉には、ミネルバも同感だった。カサンドラたちは数によって最初から優位に立っている。

大国グレイリングの公爵令嬢として育ってきたならば、人を思いのままに操ることに慣れているはず。本来なら彼女たちは、全員が主導権を握るタイプだろう。

しかしこの場における女王は明らかにカサンドラだった。彼女は誰よりもきらびやかなドレスを身に纏っている。色鮮やかさでは、虹にも負けないくらいだ。

カサンドラはカップをテーブルに置くと、洗練された身のこなしでソフィーを見た。

『ねえソフィーさん、私たちはお友達よね? だって、同じ国に生まれ育ったんだもの。私はいつでもあなたの味方よ』

カサンドラがさっそく揺さぶりをかけてきた。他国出身であるミネルバよりも、同郷の自分たちの方が遥かに大切だろうと言っているのだ。

『心強いお言葉、光栄ですわ』

ソフィーはまっすぐに背筋を伸ばして、胸を張っている。公爵令嬢たちを前にして、一歩も引かないように努めているのがわかった。

『そうそう、今日はソフィーさんにお茶会の招待状を持ってきたの。我がメイザー家で開かれる、今シーズン最初のイベントよ。同年代の名家のご令嬢が勢ぞろいするの、ぜひいらしてちょうだいな』

カサンドラは小物入れから、金の縁取りある封筒を取り出した。メイザー家の紋章が、重厚感のある箔押しで加工されている。

『お誘いありがとうございます。ミネルバ様のご予定を確認しなければなりませんから、また後日お返事いたしますわ』

招待状を受け取ったソフィーの返答に、カサンドラは顔の周りで波打つ赤毛を揺らして笑った。

『あら、私はソフィーさんにと申し上げたはずよ。悪い意味にとらえないで欲しいのだけれど、育ちの違う方がいると気を使いますでしょう?』

ソフィーが大きく息をのんだ。カサンドラはゆっくりと笑みを浮かべた。尊大な表情を作るのが、やはり大の得意であるらしかった。