軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.ずっと会いたかった

肖像の間に足を踏み入れたミネルバは、心臓発作を起こしそうになった。衝撃に身体を震わせ、叫ばないでいるために苦心した。

三歳のルーファスの尋常ならぬ愛らしさ。八歳のルーファスのうっとりするような美しさ。傷つきやすそうに見える十三歳、美少年から美男子へと変貌した十七歳……。すべての肖像がどうしようもなく愛おしい。

実に魅力的な可愛らしい五歳児の肖像を、マーカスがしげしげと眺める。

「男前だとは思っていたが……。こうして肖像で見ると、殿下がいかに整った顔立ちをしているか思い知らされるなあ。冗談抜きで姉も妹もいないのが悔やまれるぜ。この世のものとも思えない、うっとりするような美女だったろうに」

「お可愛らしいでしょう? どんな我儘も聞いてしまいそうで、教育係として苦労いたしました。王侯貴族のお子様は皆さん見目麗しいですが、ルーファス様と張り合えるようなお子様は、どこにもいらっしゃいませんでしたよ」

執事のパリッシュが自慢気に胸を張った。

ルーファスは照れくさいのか、歯を食いしばるような表情で顔を赤くしている。いつもの冷静な彼の姿は影も形もなかった。

壁に飾られた肖像画を見上げながら、ミネルバは記憶をだどった。

『小さなころの私は、父や母が構ってくれないと泣きべそばかりかいていた。両親は五歳離れた兄にかかりきりで……私はいつも乳母や教育係とすごしていた。幼いながらも、我が身を兄と比べては嫉妬していたよ』

ルーファスの言葉が蘇る。

皇帝トリスタンはいまでこそ健康だが、かつては生死の境をさまようこともあったほど病弱だった。

トリスタンが亡くなるか、あるいは健康上の問題で即位ができなくなれば、帝位を継ぐのは弟であるルーファスだ。

だから幼いルーファスの周りには、ごまをすり、媚びへつらう貴族が集まった。その娘たちは必死に彼の気を引こうとした。

トリスタンとルーファス、それぞれに派閥が出来てしまうと、悪くすれば内戦が起こる。

そこでグレンヴィルとエヴァンジェリンは、ルーファスに感情を抑えろと教え込んだ。誰と一緒にいても警戒を解いてはならないと。

その日から彼は個人的な感情を表に出すのをやめた。己の心の周りに壁を張り巡らせて、恋愛感情とは無縁のところで生きてきたのだ。

(七歳のルーファス、自分らしく振る舞えないで苦しかった? 十二歳のルーファス、心の痛みを抱えてもがいていた?)

トリスタンが健康を取り戻し、無事に即位したものの、心の壁はすっかりルーファスの一部になっていた。感情が麻痺していて、家族以外の人間を愛する方法がわからなくなっていたのだ。ルーファスの家族は、彼の青春を犠牲にさせたとひどく気に病んでいた。

しかしルーファスはミネルバに会って変わった。ミネルバに会って、恋に落ちた。

人生の不思議と、様々な巡り合わせの末に、ルーファスの隣はミネルバの居場所になったのだ。

「ミネルバ、泣いてるの?」

ソフィーが驚いたような顔で言った。マーカスもロアンも、驚きと心配が入り混じった目でこちらを見ている。ルーファスの手が伸びてきて、頬を包み込んだ。

「ごめんなさい、色んな感情が押し寄せてきちゃって。なんていうか、心の欠片を見つけたような……ずっと会いたかった人に、ようやく会えたような気がして……」

ルーファスが身を屈め、ミネルバの耳元に唇を近づける。

「上手くは言えないが。この肖像に描かれているどの年齢の私も、ずっと誰かを待っていた。どこの誰かもわからずに待ち続けていた人……ミネルバの幸福のために最善を尽くさないと、こいつらに叱られてしまうな」

ルーファスの優しい手が、ミネルバの手を掴む。しばし時間を忘れて見つめ合った。

「マーカスさん、心を強く持って! これくらいのいちゃいちゃスルー出来ないと、翡翠殿では生きていけませんよっ!」

ロアンの声に我に返ると、彼はマーカスの背中をバンバンと叩いていた。声はほかにも聞こえた。

「坊ちゃまがお幸せになられて、パリッシュは嬉しゅうございますうぅ」

老執事がハンカチを握りしめて感涙にむせんでいた。

「じゃ、じゃあ居室のほうを見に行こうか!」

「そ、そうね!」

パズルのピースさながらに二人の心がぴったりはまり合って、人目も忘れていちゃついてしまった。ミネルバとルーファスは顔を赤くしながら、廊下を来た方向に戻った。

マーカスのための居室は申し分なかった。居間と書斎、寝室と専用の浴室、ゲストルームがひとつと、たくましい体を保つための運動器具が置かれた部屋まである。

「マーカスさんがひとりで使うには有り余るほどの広さですね。体も鍛えられるし、勝手にゲストルーム使っちゃおうかな……」

ロアンがぼそりとつぶやいた。

マーカスは静かに過ごすのには向いていないので、つむじ風のように部屋に飛び込んでくるロアンを拒まないだろう。陽気な二人の共同生活は楽しそうだ。

「この廊下の先にミネルバの部屋がある。真向いはソフィーの部屋だ」

気に入るといいんだが、と言いながらルーファスが扉を開ける。ミネルバのために用意された部屋は、マーカスのそれよりさらに広々としていた。

執務室と書庫、居間と寝室、衣裳部屋とメイク室、広々とした洗面室と浴室。さらに豪華なゲストルームが四つもあり、そのすべてに浴室がついていた。

およそ二週間後の婚約式には、アシュランから両親と二人の兄がやってくる。ここで家族水入らずの時間が過ごせると思うと、心が浮き立った。

「サンルームと、専用の中庭もあるぞ」

ガラス張りでできたサンルームには、テーブルセットや寝椅子が置かれていた。くつろぎながら読書をする自分の姿が目に浮かぶ。

中庭は綺麗に手入れがされていた。園芸をこよなく愛するソフィーが「すばらしいわ!」と歓声を上げる。

「早速ミネルバの好きな花を植えるわ。よかったら、エヴァンさんもお手伝いしてくださいな。薬草だけではなく、花や樹木に関して豊富な知識をお持ちですもの!」

ソフィーが生き生きと瞳を輝かせる。古代の魔女の血を引くエヴァンが、こけた頬を緩めて「喜んで」と答えた。