作品タイトル不明
86話 アリス・イン・デート(失敗)
「カラコンとか無しでその色だもんなー、羨ましいぜ、ほんと」
遠山が、間延びした声を上げる。
顔の良い人間はみんな、目が綺麗だ。自分のチベットスナギツネのような目には決して宿らない輝きを少し羨ましく思う。
「オ、オレは!」
「うわ」
ドラ子が、がたんと立ち上がる。
その勢いと大きな声に遠山が小さくうめいた。
「いや、その、お、オレは、オレも、綺麗なものは好きだぞ、ナルヒト、そ、そなたもオレに聞け。同じ質問を繰り返すのがルールだろう?」
すぐに、ちょこんと座るドラ子。
「お、おう。ドラ子は何が好きなんだ? やっぱ財宝?」
「ふか! ああ、財宝は良い。特にヒトが作りだした美術品は良いぞ。先の商人の指輪しかり、優れた美術品には想いが込められているのだ」
自分の好きなものの話になったからだろうか、ドラ子が調子を取り戻す。
「定命の者の生は、オレから見れば短く、脆すぎる。今まで、正直オレは不思議でならなかったよ。何故こんなにも弱い生き物がこんなにも美しいものを生み出すことが出来るのか、とな」
その顔つきは、やはり優しい。
だが、同時に遠山は理解する、ドラ子、己の友はその名前の通り、ドラゴンなのだ。
人ではない。
「今までは、ね」
遠山はしかし、その自分とは違う存在である友の言葉を反芻する。
釣り竿はぴくりとも動かない。
「ふふん。ああ、今のオレは分かる、何故定命の者の作り出す作品に惹かれるのか。ナルヒト、貴様のおかげだ」
「俺なんかそんな啓蒙したか?」
「ふかか。ああ、そなたはオレに気づきをくれたよ。ナルヒト、そなたはこの街に来てから色々なことをやってのけた」
「色々なこと?」
隣り合うドラ子へ問いかける。
ふっと、竜は笑い、唇を開いた。
「奴隷の枷を自ら解き、リザドニアンを救い、竜を殺し、街にたどり着いた」
その男のはじまりは、冒険奴隷。
欲望のままに、ヘレルの塔で大暴れ。
「スラムから子どもを選び救い、教会と渡り合い、人知の竜と邂逅し、教会最優の剣を侍らせ、伝説の怪物をすら滅ぼした。ふかか、ああ、いいではないか、ナルヒト」
その男は冒険都市アガトラに降り立つ。そこでも好き放題に、男はあるがままに振る舞った。
救いたい者を選び、始末したいものを始末した。
竜が語るは、遠山鳴人の冒険譚、その一端。
遠山の冒険を、その竜は見て、聞いて、知っている。
「……改めて言われると結構綱渡りだな、俺」
「それが、そなたの言う"ぼうけん"なのだろう?」
遠山鳴人は確かに、冒険の続きをこの世界で謳歌していたのだ。
竜は、それを称賛する。あのとき、冒険の邪魔をしようとした竜はしかし、今や、そのぼうけんの理解者として。
「お、おー……」
「オレはそなたのぼうけんを知った、オレはナルヒトを見て、聞いて、触れて、ヒトを知った。何故、そなたたち、定命の者が生み出すものがこんなにも美しいのか、何故オレが定命の者が生み出すものに、惹かれるのか」
ドラ子の言葉に、遠山も自然に笑っていた。
「聞かせてくれよ、ドラゴン。興味がある」
「ふふ、そなた達が美しいからだよ、ナルヒト」
なんと、穏やかな顔。
上位生物が浮かべるその顔。それはまさしくーー
「定命の者、限られた儚き生を弱く脆いが故に懸命に生きる者、そなた達には確実なる終わりと滅びが待ち受けている。だが、だからこそ、終わってしまうからこそ、そなた達は今をこれほどまでに輝いて生きることが出来るのだ」
賞賛。
「ヒトは美しい、だからオレはヒトの創るものが好きだ。ああ、オレは、それなりに、退屈ばかりのこの世界が、愛おしいんだよ、ナルヒト」
「…………おお」
「ふふ、どうした、そんな顔して。見惚れたか?」
くすくすと笑う竜の顔は、綺麗だ。
「うるせーよ。……でも、なんかお前、変わったか?」
「さあな、だが、まあ、そうだとしても悪くない気分だよ、ナルヒト」
不変の存在、7つの生命を持つ上位の生き物、本来その本質や生き方が変わるはずもない彼女はしかし、その己の変化を愛おしく。
ぐぐっ。釣り竿がしなる。ウキが沈む。
ドラ子の釣り竿だ。
「む、また釣れた。おや、ナルヒト、餌をつけ忘れているのではないか?」
ひゅぱっ。
また1匹、竜の釣果が増えていく。
「……うるせー」
「ふかか」
友人、釣り竿をならべて。
時間は進む。
………
…
〜夕方、貴族街、中央、高級ヴィラ"星の砂亭、一等客室にて〜
「ヒトは弱くて惨めで大変ですよねえ、ウィス〜」
広い部屋。豪華な赤い絨毯に、宝石があしらわれた調度品の数々。
路銀で借りた貴族区の近く、帝国の上流階級向けのヴィラの一部屋に彼女たちはいた。
天蓋つきの大きなキングベッドに寝転ぶのは、滑らかな緑髪をサイドにまとめた気品と無邪気さを併せ持つ女、フォルトナ。
「なァんの話ですかァ? 今、俺様ァ、本国から送られてきた道具の整理に忙しいのがわかりませんかぁ?」
部屋に所狭しと並べられた木箱。密輸商人の手で運ばれたそれを開封し、中身を改める雑用に勤しむのは赤髪の偉丈夫、ウィス・ポステタス・ヘロス。
「クスクス、たくさん持ち込みましたからねえ。もうこれ、王国のこれまでの歴史の忌み物から至宝の品、漂竜物、揃えも揃えましたね。ふふ、この部屋だけで王国の歴史展覧会でも出来そうです」
「その歴史に終止符かましたアンタが言うと笑えねーなァ」
「えー、ウィスだって王国の歴史と共に生きてきた古強者、あの"鬼人"と並び称された老兵を始末したじゃないですか。古くて貴重なものを壊したのは同罪でーす」
「あー、お前の姉ちゃんのお付きの爺さんな。アンタと違って、あの姉ちゃんは真っ当な覇王になったろうな、その器だよ、あの女」
「あら、ふふ、でもあの恐ろしかった上姉様も、とてもご立派だった上兄様も、みーんな死んじゃいましたから」
「てめえが殺したんだろーがよ」
物騒な軽口を叩く2人。王国を終わらせた最悪の2人は息のあったやりとりを繰り返す。
「ええ、わたくしが殺しました。幸運にも、わたくしが生き残った。知恵を巡らせ、策略を張り、謀略を持って挑み、幸運にも勝利したのですよ」
フォルトナが、ベッドに腰掛け、足をぷらぷら揺らす。
覇王と賢王、いずれそれになったであろう己の姉兄を滅ぼした彼女が言葉を紡ぐ。
フォルトナの好奇心を止めることは誰にも出来なかった。
「んで、次は、竜、か。ぎゃはは、いーねえ、イカレてて飽きることはねーよ」
ウィスが、凶暴な笑みを浮かべる。己の主人が己よりもイカれている、そのことに気分を良くして。
「ふふ、頼りにしてますよ、わたくしの英雄」
緑髪の女も静かに笑う。
ガサガサ、ゴソゴソ。ウィスは喋りつつも、木箱の見分を続けて。
「ん。なんだぁ、こりゃ?」
ウィスが木箱から取り出したそれ。ピクニック用のバスケットに卵型の装飾品が入れられている妙な物品を眺めて首を傾げる。
「ああ、それ。王家に伝わる漂竜物の一つです。"強奪の揺り籠"、わたくしのお気に入りです。すごいんですよ、ヒトをその中に収納して運ぶことが出来ます。ふふ、ウィス、竜を下した後は、わたくし、何人か欲しい人材がいますので、それで持ち帰りましょうね」
「あー、もしかしてこのリストってその持ち帰る奴らのリストか? ガキのお使いメモのノリで人攫いしようとすんなよなァ」
美しい文字で書かれたリスト、人名と物品。
ウィスが机に置いてあるそれに視線を落とすと、聞いたことのある名前がいくつか。
《ラ・ザール 影の牙、王家の影の長。やはり彼には王国の名の下に働いてもらうことにします。彼の生きる場所は暗く湿った影の帷の中ですから》
《ドロモラ・バギンズ 宮廷商人 彼には貸しているものがあります。あの綺麗な指輪は、彼の指と繋がれた、きっともっとあの時よりも綺麗な指輪になっているでしょうね》
人名の後に、続くメモを読んでウィスは眉を顰める。ナチュラルに性格の悪い主人に、うへえと視線を向けて。
「ふふ、竜を下した後はほら、あの方ともどうせ殺し合うことになるでしょうから。わたくしは所詮、か弱きヒトの身、竜や、あのお方みたいな上位の生き物と渡り合うにはもう色々しないと。惨めで、弱いヒトらしく、ね」
「……てめえが言うと図々しいなァ。だけどよ、マジで竜はどうすんだ? アンタがやれって言うならダメ元で暗殺しにいくのはやぶさかじゃあねえけど」
「ウィース、ウィス、ウィス。わたくしがそんなガバガバオリチャー走るわけないでしょ? あなたはわたくしの最強の駒なんですから、あなたが竜と戦うのは最低でも勝ちの目が5割以上あるときだけです」
フォルトナが立ち上がり、ウィスの近くにしゃがみ込む。
「暗殺、無理かなァ」
「今の状況では。竜が万全である時には厳しいでしょう。実際にこの目にして思いましたけど、あの方はやはり特別です。ええ、この世界で確実にあの方は役割を持って生まれたお方でしょう。ウィス、貴方と同じ、選ばれた特別な存在ですよ」
「はー、それに冒険都市は竜だけじゃねえ。何か策があるんだろ?」
「ええ、もちろん。気にするべきこの街の要点。天使教会、魔術学院、冒険者ギルド。邪魔者はたくさんいますが、ええ、王国の、あの樹海から面白いものもたーくさん持ってきましたから」
星型の虹彩が、愉快そうに蠢く。
「王国パワー全開ですよ、全開。歴史の重みを思い知れーって奴です」
シュッシュっと、シャドウボクシングの真似しながらフォルトナが笑う。腰が入ってないヘナヘナパンチだ。
「あー、アレか。あの 枝(・) 、なんか俺サマのクソバケツヘルムが反応する時点でクソ厄いものの気しかしねえんだけど」
ヘナヘナフォルトナパンチをデコピンで弾き止めて、ウィスがため息をつく。
デコピンに弾かれたフォルトナがそこそこの勢いでベッドに吹き飛ぶ。
「キャッ! もう、痛いです、おバカ。あなたなら大丈夫ですよ、ウィス。世界を終わらせた力も、あなたなら、英雄ならばきっと。ええ、幸運にも、ね」
サイドテールを揺らしつつ、頬を膨らませてフォルトナが最後に笑う。
「もうすぐですよ、もうすぐ。これは勘ですけど、ふふ、ええ、これから面白いことが起きますよ」
「なんだそりゃ」
「さあ? でも、わたくし、"幸運"ですから。あ、ウィス、見て」
「あ?」
「夕焼け、すごいです。ふふ、とても綺麗ですねえ」
フォルトナが、夕焼けを目を細めて眺める。
ウィスはただ、黙ってその背中を眺めて。
ああ、冒険都市に黄昏時がやってくる。誰にも等しく、その時間はやってくる。
………
…
〜同時刻〜
「あ、ありえねえ」
遠山鳴人が、口をあんぐりあけてぼやく。
あれからしばらくの時間がたった。
日がゆっくり傾いていくたびに、ドラ子の生簀は魚でいっぱい。
「ふかか。おや、おやおやおやおやおや、ナルヒト? どうした、そなたの生簀、ずいぶんとスッキリして…… おや? 魚が1匹もいないなあ……」
遠山の生簀は空っぽ。
「こ、この俺が……ゴトウ列島で青物釣り上げたこともあるこの俺が……」
「まあ、ナルヒト、気を落とすな。ほら、オレの釣り上げたのを数匹分けてやっても構わないぞ?」
ドヤー。ギザ歯をチラリと覗かせ、ドラ子がにまーっと笑う。
「く、くそ、なんちゅうドヤ顔しやがんだ、このドラゴン」
「ふかか、竜故なー、困ったものだ、初めてやったこともこんな感じでそつなくやってしまうんだものなー」
「こ、ここまでコケにされたのは久しぶりだ、く、くそ」
「ふかか。ナールーヒート、ん? どうした? 釣り方がわからないのか? 教えてやろうか? ん?」
「……お、おのれ」
おのれ、なんて素で言う時が来るとは夢にも思わなかった遠山。項垂れた頭上からは、ドヤ顔ドラゴンの鼻歌が響く。
「ふ、ふふふ、たのしいな、ナルヒト」
「俺はたのしくねえ。ドラ子」
軽口を叩きつつ、ドラ子も遠山も笑う。
太陽はいよいよ傾きはじめ、透明だった陽光はいつしか、少しづつ、すこしづつ赤みを帯び始める。
川が反射する煌めきも、だいだい色にゆっくり染まる。
こーぉーん、こおーぉん。
響くのは清らかな鐘の音。天使教会の大聖堂から日没を告げる大鐘楼の音色が都市に広がる。
「む、もう夕方か。今日は時間が早いな」
「あ? ほんとだ。いや、こっから! こっからが釣りの勝負だから! 夕まずめだ、夕まずめ! お魚さんもここから本気出すからよ!」
「いや、本気を出すべきなのはナルヒトの方だぞ」
「ぎゃふん」
「ふかか、まあ良い。暗くなるまでは付き合ってやろう。オレは竜だ、心が広いのだ」
「くそ…… 吠えヅラかかせたる、いてっ」
雑に釣り竿を握ったせいで、釣り糸が絡まるように動いて。
つぷっ、遠山の手のひらに針が引っかかり突き刺さる。
「む、大丈夫か、ナルヒト。針が……見せてみよ、手を貸すぞ」
ドラ子がすこし心配げに、遠山へ手を差し伸べる。
「くっそー、なんで今日こんな俺だけ釣れねえし、針は刺さるし、 不(・) 幸(・) だ(・) 」
差し出された白い手のひら。遠山の筋ばった手のひらがそれに伸びる。
そこには確かに、気軽な、互いの尊重により成り立つ友情があって。
「いてて、サンキュー、ドラ子」
だいだい色の光景の中、遠山が手を伸ばす。
ゆったりとした時間が流れていた。進む時間は1日を進め、世界はゆっくり、夜に向かっていた。
『カーァ、カーァ』
呑気にカラスが鳴いている。
夕方だ。
ぼんやり、ゆっくり沈んでいく太陽。
赤く、遠い夕焼けが広がっていく。
冒険都市を囲む高壁に影と、オレンジが焼き付けられていく。
夕方が、やってきた。逢魔が時がやってきた。
あの世とこの世が繋がる時間。彼岸に触れた者の正体が露わになるその時間。
それは、偶然だった。ああ、全ては偶然、運、ああ、これはきっと、誰かの"幸運"。
"この世にある幸せの総量は決まっている"
かつて、白い蛇に成った不幸な女の気づきはしかし、きっとこの世の真実で。
だからこそ、誰かの幸運は、容易に誰かの不運となるのだろう。
ああ。"不運"にも。
よりにもよって、竜が、全てを見通す竜の眼が、この時間帯に、このタイミングで、遠山鳴人を見つめて。
「ふふ、ナルヒト、くるしゅうなーー
…………………え?」
竜の手が、男の手を握ることはなかった。
「あ? どした、ドラ子」
「…………な、るひと、それは」
竜の瞳が揺れる。
その眼は、一点に集中。遠山のてのひら、針がつき刺さる傷に向けられて。
「ん?」
つー……。
つぷりと、肌に浮いた血の雫。筋となり、垂れる。
「なる、ひと、その血……」
竜の声は酷く乾いていた。
遠山もその傷を確認する。
「……っは?」
真っ赤な血を見て、息を呑む…… の(・) で(・) は(・) な(・) い(・) 。
だいだい色の絵の中で、それは明らかな異常事態。
夕焼けの赤い光が、それを、遠山の血を照らしていた。
「これ、血がーー」
ーーすーっと。垂れる。
遠山鳴人の血潮、そこから人の証、まっとうな生命の証である赤はなく。
真白(マシロ) の血。
「白、い? なん、で」
その傷口から垂れるのは真白の血、白い絵の具をそのまま溶かしたような血が。
ああ、とっくにその身体は、とっくに。
「うっ………」
竜が目を見開く。全てを見通すその眼が、遠山を見て、固まる。
黄昏、誰そ彼、あの世とこの世が繋がる時間。
カラスが鳴いたら帰りましょう、黄昏、誰そ彼、帰れば良かった。
霧の神に魅入られた、霧の神を下ろした肉体を、黄昏時が露わにする。
「あ、りえない……」
竜の瞳が揺れる。
美しい唇が、震えて、尖った歯が頼りなく覗いて。
「その血、定命の者の、血では、ない……」
彼岸に触れた者がいた。
その男は恐るべき白蛇を滅ぼすために、この世ならざる霧の力を次の段階に進めてしまった。
触れざる場所から、持たらざる力を持ち帰ってしまった。
黄昏時は問いかける。お前はどっち、あなたはどっち?
遠山は気づくべきだった、もっと自分の力を見つめるべきだった。
遺物、それの新たなる領域、拡大解釈。
魂の保存と使役。それはまさしく、この世界では喪われた存在。
神の業にふさわしく。
そんなものに触れた人間が、竜が愛する定命の存在、真っ赤な血潮の通う只の人間のままでいれるとでも?
「そなた、いや、貴様ーー」
竜の瞳が、この世ならざる者を見つめていた。
ゆうやけ、こやけでひがくれて。
黄昏、たそがれ、誰そ彼。
赤き血潮をなくした男と、赤き血潮を愛する竜が2人。
竜は、問う。定命の者を、その必滅の存在を愛する女が、白い血を流す男を見つめて。
黄昏、たそがれ、誰そ彼。
「貴様は、だれだ」
あなたは、だあれ。