軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8話 異世界転移と"オタク"技能

「まあ、ズバリ言うとだね、うん、やはりキミはばっちり生きてると思うよ、この状況は残念ながら夢でもなんでもない、キミの現実の続きさ」

小川の流れる地下空間、そこには場違いに広がられたキャンプ地ができていた。

ロッキングチェアに、自立式のハンモック。

極め付きは完全にどこかでみたことのあるブランドマークがついたテントにタープ。

「あ、この紅茶うまい。なんのお茶葉だろう」

ツッコむのが面倒だったのであまり考えず、銀髪の耳長女と火を囲み、チェアに揺られながら紅茶を啜る。

「こらこら、現実逃避するのはやめておくれ。あ、やっぱり美味しいだろう? ヘレルの塔の隠し階層でしか取れない茶葉なんだ」

「はえー、ヘレルの塔、すか」

なんのお茶葉だろう。カモミールとダージリンの中間くらいの香り。嗅いでいると気分が落ち着いてくる。

「ふむふむ、やはりキミは彼方から来てたわけか。マルスが反応したということは風の見立て通り日本人なわけだろうし」

「はあ、まあ、純ニホン人ですが」

「やー、まさかキミとこうしてお茶を飲む日が来るとはねえ…… 少し信じられないよ、まったく」

マグカップを互いに啜り、火が弾ける音を聞く。完全にキャンプだ。

「……えーと、すまん。話を戻しますけど、シンプルに話をまとめると、だ。えっと、エルフさん。俺はつまり、あれだ。まだ生きてるってことでいいわけか?」

遠山が居心地の良さに呑まれかけたところをなんとか保ち、話を戻す。

「ああ、そうだとも。トオヤマナルヒト。キミは確かに生きている。ここはキミの脳が臨死の際に作り出した幻影でも、まやかしでもない。はっきりとした現実、"日本"とはまた違う異なる世界さ」

「異世界……」

「まあ、ショックなのはわかるよ、でも落ち着ーー」

銀髪のエルフが虹色の目を優しげに細め、遠山を諌めようと新しいお茶を注ごうとして

「え、これつまり異世界転移ってこと?」

思った以上に、遠山のその声は明るかった。

少なくとも、落ち込んだり、パニックになっている人間の声ではない。むしろーー

「うん?」

エルフが首を傾げて固まる。予想していた反応とちがったのだろう。

「え、うそ、マジ? え? ほんとのほんとに来た感じ? ええええ、嘘。マジ? 2020年代に流行ってた異世界転移なんか?」

ものすごい早口で、遠山が喋り始める。

「ど、どうしたんだい、キミ。なんか風が思ってた反応と随分違うね、なんか嬉しそうに」

「いやこれはテンション上がるでしょうよ!!!」

すぱーんと、立ち上がり紅茶を飲み干し叫ぶ。焚き火が気味悪がるように揺れた。

遠山鳴人には、想像以上にショックがなかった。

むしろ自分が生きているという他人からの言葉、そして戦闘直後の興奮、異世界というワード。

凹むどころか、どちらかといえば

「……わーお。すごい良い笑顔。キミ、かなり愉快な人間だったんだねえ。彼と気が合いそうだよ、変人的な意味で」

「彼? いやそれより!! エルフさん、エルフさんエルフさん!! つまり! 俺はまだ死んでなく! ここは異世界!! あの冒険者とかいう連中やトカゲ男のラザール、そして俺がぶっ殺した獣人や翼やら尻尾やら生やした鎧野郎も、あれか! 異世界の、ほんとに生きてる連中ってわけなんだな!」

プチ凸。わかりやすくアガっていた。もとより探索者になるような人間が、ダンジョン酔いにより頭を茹でられ早3年。

爬虫類脳が変異しているその男はめっぽう己の欲望、己の楽しみに弱い。

早口で一気に喋り始める。細い目を糸のようにして満面の笑顔を浮かべエルフに迫る。

「うん、近い近い。少し離れてくれ。キミには風、若干トラウマあるからさ。いや、今のキミに言っても意味わかんないとは思うけども」

わかりやすくエルフの顔が曇る。先程までの余裕たっぷりの表情はそこになく、ただただ困っていた。

「あ? トラウマ? アンタとはさっきから微妙に話が噛み合わねえな。だが、今はそんな些細なことどうでもいい!! ひ、ヒヒヒヒヒヒ、そうか、ついにしてしまったか、異世界転生、いや、転移か? その辺はっきりさせとかないとな、ジャンル詐欺はトラブルのもとだ」

「うわ、すごい早口。……うん、なんだって、マルス? ああ、なるほどあれがデータベースにある"オタク"という奴かい。ふうん、まあ図太いことはいいことじゃないか」

「誰がオタクだ! 俺はただガキの頃にそういうもんに触れることが出来なかったから歳をとったあとに空想やらファンタジーに触れて拗らせただけだ!」

言葉の端に軽い闇を感じる言葉。

遠山はしかし、思い切りはしゃいでいた。

「ああ、うん。キミ、なんかもう色々面白いな…… うん、待てよ? 今さっき、キミなんていった?」

「にしてもこの紅茶美味いな。すげえ深い。え? なに? 俺がオタクじゃない話です?」

エルフが継ぎ足してくれた黄金色の紅茶をまた啜る。

飲めば飲むほど元気が湧いてくるような味だ。

「いや、それよりも前、前だよ。あのパン屋のラザールくんやらなんやら、翼の生えた鎧野郎? 待てよ、待て待て、蒐集竜の方はまだいい。それは知っているからね。だが、何故今この段階でラザールくんの名前が出てくるんだ?」

エルフの声が少し低くなっていた。

首を傾げ、仕草こそかわいいものの、虹色の瞳に無機質な光が宿る。

ピリ、遠山が空気が変わり始めるのを肌で感じる。

「あ? アンタ、ラザールの知り合いか? いや、同じ奴隷の馬車に、乗って……」

言葉を途中で止める。

エルフの表情を見て、遠山が内心、舌打ちをした。

しまった、はしゃぎすぎた。

コイツがあの冒険者どもや鎧野郎の関係者だった時、場合、非常にまずい。

「………アンタ、鎧野郎や冒険者とかいう奴らとはどんな関係なんだ?」

遠山が思考を切り替える。喜色満面のオタクフェイスが嘘のように消え去る。

真夜中、雪が積もって辺りを白く染め上げるように、遠山の顔から表情が抜け落ちる。

無風状態、静かに無意識に、キリヤイバを広げ始めーー

「……キミさあ、ほんとあの時もそうだったけど、スイッチの切り替え激しいよね。まるで1人の人間の中に2つの人格があるみたいだよ。まあ、今の風は人のことは言えないが」

ずずず。見た目に反して割と豪快に紅茶を啜りながらエルフが言葉を紡いだ。

パチリ。その長い華奢な指を鳴らす。

指先に風が逆巻き、白いモヤがその風に巻き取られる。

「……マジ、か」

空気中に溶かしていたキリヤイバが、消えた。

遠山は遺物を解除していない。エルフの指先に集められたキリは風に巻かれて散ってゆく。

「キリヤイバでは風を殺すことは出来ないよ、トオヤマナルヒト。少なくとも今の軽いキリヤイバでは、ね」

ニヤリ、笑うエルフの顔。ゾッとする美しさ。遠山の額から冷たい汗が浮き出る。

「そう殺気たつなよ、トオヤマナルヒト。安心してくれ。キミが殺したその鎧野郎や、冒険者の連中と風は別に仲良しこよしの関係じゃない。ただ、あれさ。思い出しただけだよ」

「……何をだ?」

「風が勝てた理由。そして負けた理由さ。んー、だとするとやはり辻褄が合わないなあ。ラザールくんが奴隷? しかもキミが今ここにいるということは…… 風はあの時、ここではなくて上の階層でキミと出会っていた気がするんだが…… ふんむ、ふんむ」

「……アンタの話はどうも、よくわかんねえな。アンタだけしか知らないことが多過ぎる、そしてソレを説明する気もねえ。だが、1つはっきりしてることがある、アンタは俺のことを知っている、なぜだ?」

「言わなければ痛めつける、とでもいいたげな顔、だね。ああ、トオヤマナルヒト。らしいじゃあないか。その冷たくイかれた表情…… 風にとっては、その顔の方が馴染みがあるというものさ」

良くない空気が満ちる。

探索者街の路地裏で、ガラの悪い探索者連中に絡まれている時、バベルの大穴で、怪物種がこちらを品定めするように見つめている時。

冷たい争いの空気。

「……1つ聞かせろ」

遠山が口を開く。先程のやりとりでキリヤイバでは始末出来ないことを確認した。

ならば現状、このエルフと敵対するのはやばい。殺し方がイメージ出来ない相手とは争うべきではない。遠山の戦闘思考がそう結論を出す。

この空気をなんとかしようと、己の持ちえるユーモアのセンスをフル活用してーー

「何かな」

「アンタ、その、一人称…… 風って、独特すぎねえ?」

「……うるさいよ」

さらに空気が重たくなる。遠山には残念ながら人を和ますユーモアのセンスはなかった。

「おっと、ああ、マルス、久しぶりの宿敵に会えてテンション上がっただけさ。キミや彼だっていつも無茶苦茶してるじゃないか。そう怒るなよ」

「…………」

もうどうしていいかわからなくなった遠山はとりあえず、雰囲気を保つために怖い顔を維持する。

「おや、ふふ、"パン屋付き"、或いは、そう、"鴉狩り"の雰囲気じゃないか。良い顔になったね、トオヤマナルヒト」

こちらの質問に答える気のなさそうな態度。しかしなんとか話は続きそうだ。

「……だがますます解せないな。ふむ、キミと風がここで出会うとなると…… 何かがおかしいぞ。なあ、キミ、風とは初対面なんだよね?」

「いやアンタ自身がさっき初対面がどうとか再会がどうとか言ってなかったか?」

若干意味のわからないエルフの言葉。おかしいのはてめえの方だ、という言葉が喉から溢れそうになるのを気合いで止める。

「まあ、そうなんだけどね。ん? んん? キミ、その服装……? どうしてそんなボロい服装なんだい? 探索服、拳銃や金槌は?」

「うわ。なんで俺の探索者道具のことまで知ってんだよ。気味悪いな…… なくなってたんすよ、気付いたら馬車の上で、この格好でした」

「……ふむ、ふむ。まずいな。風の時と状況が明らかに違うね。あまり悠長にしているわけには行かなそうだ。うん、決めたよ。トオヤマナルヒト、キミには今すぐここから脱出してもらおう」

「いや、そのノリで脱出出来れば苦労はしねえでしょうが」

遠山の言葉にエルフが片目を瞑って答える。

ロッキングチェアから立ち上がり、背伸びをぐぐっと。

仕草が可愛い。遠山がまた目を奪われているとーー

「ク、ああ、やはり風はキミのことが嫌いだよ」

「あ?」

虹色の瞳が、遠山を見ていた。

エルフがその桜色の唇に細い指を当て

「我が運命に現れた欲深き濃霧よ、世界を保存する力を持ちながら、世界を進めた"強欲冒険者"よ」

遠山に告げられる言葉。

「欲望のままに生きるといいさ。キミに阻まれた我が夢、忘れた日はない。だが、きっとそれで良かったのだろうね」

それは恨言のようでもあり、また祝言のようでもあり

「……アンタ、何を」

「ここから帰還しようとしてたんだろう? だんだんこのあとの流れを思い出してきたよ。キミは確か、ギルドに突然現れたんだってね。だが"蒐集竜"の持っていた帰還印はキミには使えない。キミはこの世界の命ではないんだからね」

「この、世界…… そうか、異世界だから。その世界の奴だけしか使えない的なアレか」

数々の異世界転移転生モノのエンタメに浸かり、培っていた予備知識が遠山にひらめきを与える。

あの鎧野郎も似たようなことを言っていたはずだ。

「くく、キミ、本当こういうの察しいいね。ああ、"オタク技能"か。ギルドの水晶じゃ観れないだろうねえ」

「誰がオタクじゃ!! って、なんだ、これ、お前、何した?」

風だ。

気付けばいつのまにか遠山の身体の周りに風が張っていた。四方八方から扇風機の強に囲まれているようなーー

「だから怖いよその切り替え。クク、ああ、キミをここから逃してあげよう。今のキミではこの"塔"はまだ登れない。街で生きるといい。キミが守るあの街、冒険都市、でね」

「街……? ギルド…… なるほど、探索者と同じようにあの連中を管轄する組織があんのか。冒険者ギルド…… 2級…… 職業としてこの塔を探索するのが冒険者ってわけか」

オタクとしての察しの良さが遠山に理解をもたらす。

「ああ、うん。キミもう説明いらないね。まあ、アレだ。悪いけど、ここで風と出会ったことはナイショにしてもらうよ。まあ出来る限りは流れに沿おうじゃないか。何かが狂ってるとしても、あまり状況が変わりすぎるのも心配だ」

「ナイショ? てか、俺とアンタで知ってることと知らんことの差がありすぎるような」

「……うん、やはり、同じ方向で行こうか。記憶を封じ込めさせてもらおう。なに、害はないさ」

物騒なことを言い出すエルフに遠山が目を剥く。

「いやそれ、待て待て待て、記憶洗浄だろ? 害ありまくりだろ。俺、何回もそれ探索者組合にされてるけど、頭かなりハッピーセットになってんぞ」

「ええ……なにそれこわい。 そっちは怖いね。さすがマルスを作り出す文明だよ。……クク、まあ。なんだ、精々頑張るといいさ、強欲冒険者」

「いや待て、まだアンタには聞きたいことが山ほど」

「焦るなよ、いずれまたキミと風は出会う。いや、そのときの風はまだ、私の時かな、まあいいんだ、そんなことは。……期待しているよ、強欲冒険者」

「これ、風、くそ、前が……」

びゅおう。

いよいよ、風が強くなる。もう扇風機がどうのこうのというレベルではない。

テントやハンモックは全く揺れていないのに遠山の身体の周りだけ突風が吹き荒れる。

「ギルドの連中や、昼行灯の領主殿、そしてあのいけすかない竜たちによろしく。ああ、あと、キミ、貧血には気をつけな。クク、竜のヒモに吸血鬼のエサ、これから大変だね」

「ぐ、お」

風に足を取られ倒れかける。

「ああ、あと、ラザールくん。彼にもよろしく。考えてみれば彼のパン、アレがもう食べれないのはかなり、残念だな」

「お、おまえ、なんでそんなことまで知ってやがるんだ?!」

「キミ達のパン屋のファンだからさ。まあ、途中からは食べれなくなってしまったのは残念だけどね…… キミ、鴉どもには気をつけたまえよ?」

「は? 鴉?」

「では、また。トオヤマナルヒト」

「おまえ、ほんと、意味わかんねーー」

「苦労をかけるが頼んだよ、きちんと殺しておくれ。バカな風を、キミの欲望のままに、ね」

「まて、おい、エルフさん!!」

「クク、またね、いいや、違うか、この風とはこれでさよならだ。我が運命を阻んだ重く深い霧よ。竜から愛された男、吸血鬼を拐かした罪人、強欲で厄介で、そして、素晴らしきーー」

エルフが言葉を選ぶ。相応しい言葉を頭を捻って絞り出すように。

ぱっ、と。顔をあげて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「さよなら、良き旅を。クソ冒険者」

風が遠山の視界を塞ぐ。

「待て、このクソエルフ!!」

一際大きな風音が舞い、そして、足が浮いてーー

サイドクエスト達成

【訪問者との再会】

【ウェンフィルバーナ・ジルバソル・トゥスクとマルスのキャンプ地にたどり着く】

【ヘレルの塔から脱出する】

オプション目標 達成

【記憶洗浄を10回以上受けている状態で、ウェンフィルバーナの"忘却の風"を受ける】

隠しクエスト

【knows your name】が解放されました

"ウェンフィルバーナ・ジルバソル・トゥスク"との会話を覚えている状態で、塔級冒険者"ウェンフィルバーナ"に出会うことでクエストが進行します

遠山の視界に踊る文字、耳長女が手を振る光景、そして視界が風にまぶれて消えた。

………

……

遠山がいなくなったキャンプ。1人そのエルフはまた紅茶を飲み始めた。

とくり、とくり。喉を鳴らす。

ああ、手は震えていなかったろうか?

ああ、声は裏返ってなかったろうか?

もこもこの服の下、そのしなやかなカラダには冷や汗がしっとりと肌を湿らせていることだろう。

「ふう、……ああ、気にしないでくれ、マルス、言ったろう? トラウマなんだよ、彼のこと」

自分の肩を抱きながらエルフがロッキングチェアにカラダを沈める。

火にあたっているはずなのに、かちかち、歯が噛み合わない。

あの男が、怖かった。それから解放されて安堵が逆に気を緩める。

「恐ろしい人間さ。風はあの時、たしかに世界を手に入れた。かつて世界を滅したタダビトの力を以って、神、いや、天使にさえ至れるはずだった。全てを破壊し、全部を戻して、全部手に入れ、全て保存し、戻るつもりだった。でもね、彼の欲望には敵わなかったんだよ」

「欲望のままに彼は進むだろう。彼の気に入らない終わりを、その手でぶち壊すまで、ね」

「……いや。でも、うん、どうだろう。全て同じにはならないかも知れないな。忘却の風、アレの手応えがなさすぎた。クク、早速、筋道は狂ってるのかも知れないね」

「まあいいさ、風は風、ウェンフィルバーナはウェンフィルバーナ。彼女がどういう選択をして、彼がソレをどうするかは今回の彼ら、彼女の話、さ」

「……少し眠るよ、マルス。……少し、疲れた。起きたら、そろそろ行くとしよう。今の風、あの時の"私"と出逢ってしまってはまずいだろうからね」

「彼は彼の物語を、彼女は彼女の物語を、風たちは風たちの物語を」

「さあ、"生存"を続けよう」

ぱちり、焚き火の弾けるそのキャンプの中。

銀色の髪のエルフは静かに、静かにその火を見つめ続け、静かに目を瞑った。