軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

74話 家に、帰ろう

「うーさぎ、おーいしーふんふふーん」

ボクの終わりは決まっている。

それの道のりは知らずとも、終わりだけはもう知っているんだ。

「こーぶなーつーりしふんふふーん」

最期はきっと、暖かい火によって送られる。

人を試し、人に試され、人を貶め、人を殺して、人に滅ぼされる。

「くー、かー」

背中におぶる君の体温と、君の寝息がただ心地いい。この思い出と、この感覚だけで、ボクはきっと永遠の孤独にも耐える事ができるだろう。

ボクではない人知竜、全知竜が編み出した、記憶を繋げる魔術式。

卵が先か、鶏が先か。それが生み出された瞬間に、人知竜は皆、キミの事が大好きになってしまった。

ボクはボクであって、ボクだけではない。ありとあらゆる選択肢、あらゆる歴史の人知竜の記憶を継いだ存在。

「トオヤマくん、トオヤマナルヒトくん」

キミの名前を呼ぶたびに、胸の奥からぽかぽかとあるはずのない熱を感じてしまう。

自己の同一性すらあやふやなボクだけど、この瞬間だけ、この感覚だけは紛れもなく、ボクだけのものだ。

「我ながら、不思議な魔術式を編み出したものだねえい」

知らず込み上げる笑いすらも心地よい。

連綿と引き継がれる記憶は、僕という個体をぐちゃぐちゃに掻き乱す。

今の自分はいったいなんなんだろうか、僕ではない人知竜の記憶を持つ僕。その記憶により、トオヤマナルヒトへこんな気持ちを抱く僕。

「ボクのこの気持ちは、本当にボク自身のものなのかな」

知を求めるこの本質が、ゆっくりゆっくり考察を深めていく。

魔術式により、同位した存在となった僕。この気持ちも、想いも、記憶も、本来であれば、 僕(・) で(・) は(・) な(・) い(・) 人(・) 知(・) 竜(・) の(・) も(・) の(・) な(・) の(・) だ(・) ろ(・) う(・) 。(・)

だとしたら、それは、それはーー

「なんて、素晴らしいんだろう。ああ、益々キミの事が気になるよ、トオヤマくん」

あの僕。あの私、あの我が。

記憶の共有などという自己の確立を脅かしかねない危険で愚かな選択を選んだという事実。

「こんな、未完成、いや、完成するはずのない杜撰な魔術式を創り出してさあ。すぷぷ、ああ、理解できないよ、人知竜」

この、全知の竜がそれをしてまで再会を望んだ人間、それをしてまでそばにいることを選ばせた人間。

それが君だ。

理解できない、はずなのに。僕はもう君にどうしようもなく惹かれ始めている。僕のこの引き継いだ記憶と、実際に触れ合う君が、あまりにもそっくりで、何一つの解釈違いもないせいだ。

君は、竜を畏れる。

君は、竜を恐れない。

君は、竜と並び立ってくれる。

君は、竜に寄りかかることはない。

「すぷぷ、アリスが気に入るのも無理はないねえい。あ、そうだ」

ぱちり。指を鳴らす。魔術式の起動動作。

森の中、こうして君をおぶさって歩くのも悪くないけど、一ついいこと思いついた。

「仮説構築、定理解明」

ふっ、と景色が変わる。

魔術式による転移、森の荒れた道から、白い大理石で埋められた屋敷へと。

「ふむ…… 帝国のジジイめ。やはり侮れんわけだ。小憎らしい審美眼をしおってからに。ゲルーン銀を惜しみなく使ったこのボディに、職人技としか言いようのないこの意匠。ふかか、悪くない」

尻尾をゆらゆら揺らしながら、大きなベッドの上で銀色の盃を眺める女がいた。

「む? 老竜か。貴様、誰の許可を得てオレの部屋に入っておる。それにベルナルが探していたぞ。いい加減に居候の身分でいい気なもの………………は?」

僕の選んだ場所は、ある幼い竜の部屋。

そこでは人の形には広すぎるベッドの上に、だらしのない姿で寝転がる金色の女が1人。

アリス・ドラル・フレアテイル。最も新しい竜にして、あの忌々しい炎の化身の血を引く竜。

最もヒトに近く、あらゆる可能性を許された竜。

呑気にまあ、下着だけでごろごろしちゃって。まあ、でも、ドラゴンはだらけるのが好きだから仕方ないかあ。

「は? ナル、ヒト? は? え?」

バタバタと、あたりのシーツを手あたりに掴んで自分に巻きつける金色ドラゴン。

そのだらしのない姿をトオヤマくんに見せるのがいやなのだろう。まあ、わからないでもないよ。

「すぷぷ、可愛い寝顔だろう? あ、ただの、自慢だから。ばいびー」

「貴さっーー 待っ」

「待たないよ、いいじゃないか、少しくらい。キミばかりずるいよ」

パチん。

怒りか、羞恥か。おそらくはその両方で耳まで真っ赤にした金色の竜。

彼女に、背負ったトオヤマくんを見せびからしてそのまままた転移。ついでに竜大使館に簡易的な封印も施したのですぐには追いかけても来ないだろう。

竜は封印という概念に弱いからねえい。

まあ、時間をかければあの奉仕の眷属が解除することだろう。というかなんでアレが普通に人界にいるんだろう。

「あ、わ、わわわ」

「へ、へ、へ?」

「な、なんだ?! 何が起きた?」

「え、うそ、あれって」

喧騒に、包まれる。

荒くれ者たちの本拠地、冒険者ギルドの酒場だ。

次の転移の場所はここ。トオヤマくんはきちんと、冒険者としての役割を果たした。ならばそれには報酬が必要だよねえい。

「へ、そ、その魔力の色……ぜ、いえ、人知竜、様……?」

突如現れたボクに気づいたヒト達が一斉にざわめき立つ。

その中の1人、ボクを見て口を開けている美しい亜麻色の長髪の女性。その茶色のローブに、身長ほどある杖に見覚えがあった。

魔術学院の外出装衣だ。

「ん? キミは…… ああ、レドナ。レドナ・スパーク・ラカ君かい? すぷぷ、ああ、そういえばキミは冒険者もやっていたねえい、確か魔術階級は中級…… オーダー 級(クラス) だったかな。その年で大したものだよ」

「……え、な、なんで、私の名前、知って」

「すぷぷ、当たり前だろう? 学院に学ぶモノはみんな、ボクのヒト達だ。ぜんぶ覚えているに決まってるじゃあないかい。レドナ・スパーク・ラカ君。キミの論文は以前読ませてもらったよ。魔力を色という認識で段階分けするその視点は中々に、興味深かった。式構築の練度に差があるのはその色と、式の特性に相性があるという考えは面白いねえい」

ボクは魔術学院にこれまで在籍している生徒の顔と名前を全て知っている、彼女はなかなかに優秀な生徒の1人のはずだ。

「は…… う…… ああ、ああ…… 我らが、始祖、魔術師の護り竜、光栄、光栄の極みです…… 私の名前を覚えて頂いているばかりか、論文の内容まで」

レドナ君がその場に這いつくばるような勢いで、膝をつく。

「お、おい、あれ、一級冒険者だよな、魔術師の女だ」

「あの銀髪の女、どうやって現れた?」

「え、てか、あのおんぶされてる男、もしかして……」

ふむ、彼女は元々人目を引く存在だったようだ。そんな彼女がボクに対して首を垂れていることに余計に注目を集めてしまった。

「すぷぷ、ああ、君、確か一級冒険者だったねえい。済まないが、ギルドの職員を呼んできてもらえるかい?」

「は、ははははい!! すぐに、ただいま! 人知竜様、よければその間こちらの席にお座りくださいませ!」

「え、レド、今ここ、俺たちが座って……」

「今私の言うことに少しでも文句言ったらこのパーティから抜けて貴方達を殺して私も死にます」

「「「……ういっす」」」

「すぷ、済まないね、冒険者くんたち。このことは覚えておくよ」

「え? い、いえいえ! 全然…… やべー、なんだあの美人…… エルフか、何かか?」

「お、俺、胸がなんかドキドキして」

「凡骨ども! スタンドアップ! 人知竜様に早くお席をお譲りして! あ、じ、人知竜様、お、お背中に負われている方は、お眠りに?」

「ああ、彼のことは気にしないでいいよ、ありがとうね、レドナ君」

「ギャッッ…… うふ、ふふふふふ。歴代学長達でしか会えない始祖に、微笑まれた。もう、ここで終わってもいい」

「レドナが倒れた!? 鼻血がっ……」

「ら、いひょうふ…… ギルド、ギルドの職員を呼ぶわ、人知竜様のお言葉通りにするの!」

バタバタしながら、レドナ君達がギルドの奥に消えていく。うん、しばらく待っていればギルドの人間と話が出来るだろう、持つべきものは可愛い教え子たちだ。

「な、なんなんだ、何が起きてるんだ……」

「お、おい、あそこの騒いでる一級パーティー、"魔術師"持ちの連中だよな。何してるんだ?」

「ケッ、羨ましいよな、魔術師の加入なんてもう冒険者として成功が許されたようなもんじゃん」

「なんか慌てて、窓口の方に向かっていったぞ」

「あの銀髪のお姉さま、美しすぎるわ」

「お、俺、声かけてみようかな」

ヒトの声がうずまいている。あの大戦を生き抜いたヒトの子孫と思うと感慨深いものだ。

ボクは、自分の心が少し高揚していることに気づいた。

「ここは、たのしい場所だねえい」

私は、学院の生徒が空けてくれた席にトオヤマくんを座らせて、それから隣に腰掛ける。

喧騒に満ち、ヒトの活気に溢れるこの場所、嫌いじゃないなあ。

「キミにはピッタリの場所だね、トオヤマくん」

「すー、ぴー、すぴょー」

背もたれに体を預けたまま、トオヤマ君はまだ目を覚さない。私が、深く眠るように魔術式を施したのとは別にそれだけ消耗しているんだろう。

遠巻きに見つめてくるヒト達の視線、そのいくつかに微笑み返す、反応はさまざまだ。

顔を赤らめて目を背けるもの、分かりやすく魅了されてくれるもの、逆にこちらに怯えるもの。

「すぷぷ、ヒトはほんとに可愛いねえい」

ボクはヒトが好きだ。可能性に満ち、そして確かに"奴ら"の形質を継いだヒトは面白い。

彼らを、見ていると自然と微笑みが溢れる。もしも、ボクに子がいれば、それらにも同じような感情を抱くのかもしれない。

「すぴょー、ぐ、ぐむぐ」

「……すぷぷ」

目の前にいる人と、周りのヒトを見比べる。

面白いな、ああ、面白い。やはり君に抱くこの気持ちと、ヒト達に抱く気持ちは似ているけど違うなあ。

君を見ていると、胸の奥が暖かくなる。けどね、それをずっと感じているとその熱はいつのまにかドロドロと溶けて全身に広がっていくんだ。

そのドロドロはどんどん膨らんで、ボクの脳みそをおかしくさせていく。

「……この気持ち、ああ、私も、やはり、竜だねえい」

自分もまた、どこまでも竜。ヒトが寝て食べて犯すのと同じように、この身体には暴力と支配に対する本能的な欲求が備わっている。

己の焦がれるモノに対しての、この昏い気持ちは性分なのだろうね。

「すぷ、ああ、たのしいな。キミを見るのはほんとに楽しいよ、トオヤマくん」

未知、未だ知らぬこの感情はしかし、連綿と継がれる記憶の中にもあったもの。

トオヤマナルヒトを支配したい、その夢、その欲望、全てを踏み躙って、自分しか見えないように、自分にしか頼れないようにしてやりたい。

ボクの心の中にはその悪性が本音としてきっちりある。

「ああ、いい……」

そんな気持ちを抑えつけながら、キミを見る。ダメだ、ダメダメ、そんなことしたら嫌われてしまうもの。

竜としての本能を、ゆっくり、じわじわ抑え込む。ボクをこんな気分にさせるキミは、ほんとに愉快な存在だよ。

「アリス…… やはり、ボクはキミが羨ましい。ずるいよ、君だけ、トオヤマナルヒトの敵も、味方も両方体験しちゃってさあ」

あの金色ドラゴンに、眠るトオヤマ君を見せつけることくらいは、そして自分の匂いをつけるくらいは許されるだろうね、でないと不公平じゃあないか。

こつ、こつ、こつ。

知らず、リズムを刻む指先、簡素な木のテーブルの上で指を踊らせる。

トオヤマ君の寝顔を見ながら物思いに耽る、ああ、なんて贅沢な時間なのだろうねえ。

「し、しし、失礼、致します、全知竜」

震えた声、しかしどこか胆力を感じさせる声だ。ボクがそれに視線を向けると、わかりやすく表情を固まる小太りのわかりやすいカツラの男。

おやおや、ギルドの職員どころか、この街の主のおでましだ。

「辺境伯! 今の全知竜様は、全知竜様ではなく、人知竜様です! 名前をお間違えになるとは、王国は、魔術学院を愚弄するつもりなのですかあああああ?!」

ボクの名前を呼び間違えた辺境伯殿に、レドナ君が毛を逆立たせた猫のように食ってかかる。すぷぷ、魔術師はみな、社会常識が薄いからねえい。

「レドナ、レドナさん、領主様だから、本当やめて、縛り首になるから、魔術師のお前は大丈夫でも、俺らは死ぬから」

「ほんとやめて、その人辺境伯、領主様だから」

「領主がなんだってンのよ! 人知竜様よ! 人知竜様、我ら魔術師、いや、 人類種(ヒューマン) に知恵と魔術式を授けた伝説のお方! 敬意が足りてないのはどっちなのよ! このお方がいなければ、大戦の時に人類種はーー」

レドナ君が唾を飛び散らしながら叫ぶ。うん、悪い気はしないけど、今は落ち着いてもらおうかな。

「……すぷ。ああ、構わないよ、まだまだ名前を変えてから時間も経っていないしね。それにしても、ここは少し乾燥してるねえい」

「……っ!! 人知竜様、どうぞ、粗茶ですが……」

落ち着きを取り戻したレドナ君、うん、魔術師はそうでないとね。自らを滅ぼすほどの熱と、それをコントロールできる冷たさを兼ねるのがいい魔術師の条件だ。

「ああ、ありがとう、レドナ君。へえ、面白い仮説構築式だねえい。今度また教えておくれよ」

差し出された紅茶、カップを揺らすと湯気が揺れる、うん、良い香りだ。胸に満ちるような豊かな芳香、丁寧に焙煎されているんだね。

すっと、口に含むと仄かな苦み、しかしそのすぐ後に舌触りのいい淡い味が広がる。

「美味しいよ、レドナ君」

トオヤマ君にも飲ませてあげたいな。ボクは知らずに微笑んでいた。

「ァ」

「レドナが倒れたァアァアァア!! あの血も涙もない冷血女が、銀髪の超絶美人の笑顔で倒れたァアァアァアァ」

何故か、レドナ君が倒れてしまった。でも彼女の体に異常はない。問題はないだろう。

「人知竜様、人界の知識と、ヒトが魔へと抗う術を広めた知識と開拓の徒よ。お会いできて光栄です、私はーー」

辺境伯殿が、その騒ぎを尻目に首を垂れる。

ボクは彼のことを、この冒険都市の主のことを知っていた。

「サパン・フォン・ティーチ辺境伯だろう? 知ってるよ、お噂はかねがね。あの帝都の皇帝が恐れる大貴族様だ。すぷぷ、キミは、そうだなあ。ティーチ家の初代に雰囲気が似てるよ。シピンのおぼっちゃんを思い出す」

「……シピンとは、まさか、シピン・ティーチ…… 我がティーチ家がフォンの名を頂く前の、先祖でしょうか?」

「ああ、そうさ。あの獣どもの国を焼き滅ぼした時に、シピンは魔術学院に協力してくれてね。腕も良く、何より頭の回る良い傭兵の鏡だった。すぷぷ、きちんと身を立てたようで安心したよ」

「……我が先祖の歴史を貴方様という生ける伝説から直接お聞きできたこと、誉といたします。して、その、人知竜様、大変恐れながらお伺いしても?」

「うん、構わないよ、冒険都市の長よ。キミの仕事ぶりに敬意を表して、拝謁を許す、……なんてね」

やはり、ヒトは面白い。ボクにとっては瞬きのような時間の中で信じられないほどの変化と、終わりと継承を繰り返していく。

シピンが目に宿していた知性は、数百年の時の中失われずヒトの血の業によりきちんと受け継がれているようだ。

「……そ、そこでお眠りになられている方、も、もしかして、その黒髪の男、いえ、そのお方は……」

「ああ、そうか、冒険都市の長だ、知っていて当然だよねえい。そう、君の思う通り、"竜殺し"の、トオヤマナルヒト君だよ」

「………………あー」

辺境伯が目をパチクリした後に、間延びした声を出す。

トオヤマくんにだいぶ苦労させられてるようだねえ。面白。

「すぷぷ、辺境伯さん。察しがいいのは構わないけど、ほら、頑張って。放心しちゃってるよ」

「……大変失礼いたしました、偉大なる古き竜よ、ここは御身と、そのお連れ様にとっても騒がしい場所で良ければご足労を……」

「ううん、それには及ばないよ、辺境伯さん。ボクはこの喧騒が嫌いじゃない。竜は衆目を浴びるのも大好きさ、みんな目立ちたがりだからね。それにーー」

ボクはチラリと周囲を確認する。ああ、ギルド中のヒトの視線がこちらに集まっている。

塔級はどうやら近くにはいないらしい。いや、下、地下か。良いスキルや、天使の残り香が強く薫っている。

まあいいや、少しアピールしておこうか、ごめんね、トオヤマくん。

「彼が人知竜と一緒にいる姿を、きちんとみんなに見せつけておかないとね。ああ、噂話を流しても構わないよ。トオヤマナルヒト、竜殺しは、魔術学院の始祖、人知竜とも大の仲良しだってね」

机に寝そべる彼に寄り添い、同じように机に頭を預ける。彼の寝息を感じるような距離だ。

「…………………oh」

「すぷ、安心しなよう。キミ達が崇めるべき存在、あのごうつくばりの金色ドラゴンはここには来ないさ。まあ、君からしたら頭の痛い問題かな?」

「わ、私は、そんな」

「構わないさ。私は、あのお子様と違って気分でヒトを焼くことはないからさあ」

「は、はは、ご冗談を。……では、人知竜様、ほ、本日はどのような御用向きでギルドへお越し頂きましたのでしょうか?」

「ああ、彼がご覧の通りお眠だからね。代わりにギルドに報告に来たのさ」

「ほ、うこく……」

あ、嫌そうな顔をしたけど一瞬で表情を戻した。やっるー。

「ああ、森林地帯に出現した古代種、ティタノスメヤの種としての到達点、そうだね、古い物語から名前をとるとすれば、ラミア、とでも名付けようか。それを彼が殺した、冒険者としてね」

「………古代種?」

「おや? まだ、話がキミのとこまで来てないのかい? ふむ。面倒ごとを少なくするためにあの塔級冒険者君を先に送還していたのだが……」

……もしも、あの先に送還した塔級冒険者くんがトオヤマ君の手柄を横取りするような真似をしていたとしたら、残念だが彼にはミミズにでもなってもらおうかな。

「ヒッ…… す、すぐに確認を」

辺境伯殿の顔が真っ青になっていく。ああ、悪いことをしたね。でも、トオヤマ君の報酬は誰にも手出しさせないよ。

「お、お待ちください! し、失礼いたします、領主様、ただいま先程帰還した、塔級冒険者、ユト・ウエトラルからの聴取が完了しました。森林での行方不明者発生の原因は、古代種に相当するモンスターが原因と。そして、ユト・ウエトラルの証言から、それを討伐したのはトオヤマナルヒトだということも確認取れました!」

窓口の奥から、目鏡をつけた利発そうな女性が飛び出してくる。いいタイミングだ、冒険者ギルドには優秀な人材が多いね。

「……すぷ、ああ、彼が正直者で良かったよ。ほんとにねえい」

「た、た、大変失礼いたしました。人知竜様、お、御身の手を煩わせてしまい、誠に」

へえ、このメガネの子、いい脳みそをしているなあ。魔術師の脳みそのつくりをしていないのが残念だ。魔力器官もないかあ。うーむ。惜しいなあ。

「んーん、大丈夫、その辺りの確認だけしておきたかったのさ。ああ、そうだ、ほら、ダメ押しの証拠も、ここに」

「これ、は」

「怪物の鱗と、髪の毛。他にも証拠として必要な部位があれば、気兼ねなく、竜大使館を訪れてくれたまえよう」

まあ、これだけギルドに手を回しておけばトオヤマ君の報酬は硬いだろう。釘を刺すのはこれくらいでいいかな。

「じ、人知竜様?」

「うん、ここでの用事は済んだ。レドナのお仲間たち、その子が目を覚ましたら、ありがとうと伝えておいておくれ。ボクの生徒が楽しそうに生きる様子が見れて満足だったとねえい。それと、君たちも、彼女と仲良くしてくれて、ありがとうねえ」

「あ、え、は、は、はい!!」

「あ、お待ちを、人知竜さーー」

「 すぷぷ、じゃあねえい」

パチリ。魔術式、仮説構築、定理証明終了。

トオヤマ君を持ち上げて、また背中に背負う。筋肉がしっかりついた細身の身体の感触が心地いいなあ。

……噛みごたえ、ありそうだなあ。

なんてことを思ってるとすぐに転移が完了する。ぱあっと、開けた視界の目の前には、古寂れたドア、食べ物の匂いと、埃の香りがいりまじった貧しい建物の中。

おや、扉の奥、部屋の向こうから声が聞こえるなあ。すぷぷ、なんか、うん、人間讃歌の予感がする。

気配を消して、聞き耳たてちゃお。

私は、式を走らせてトオヤマくんごと、透明化。人差し指でドアに触れる。

部屋の奥から、声が。

「ま、待て、ストル…… き、危険すぎる…… いくら君でも、再びあそこに1人で行かせるわけには」

「ラザール、貴方の身体は貴方が思うよりもひどい状態ディス。今、貴方に飲ませたのは、天使の涙と呼ばれる教会の秘薬、私が持っていたものの最後の一雫ディス。ゆっくり寝てれば、身体も治る筈ディス。安静にしてなさい」

「ストル! あの化け物は、君が思う以上に恐ろしい存在だ、1人では、ぐ、うう……、どうしても行くのなら、俺も、連れていけ」

「バカディスか、ラザール。いえ、バカディスね。今の貴方はお荷物ディス。ニコちゃん、みんな、そこのおバカなリザドニアンをよろしく頼みましたディスよ」

「す、ストルちゃん、ほ、ほんとにだいじょうぶなの? わ、わたし……、心配よ、とても、とても嫌な感じ、こわいの。お兄さんもストルちゃんも帰ってきてくれるのよね?」

「大丈夫ディス、何も問題ありません。そこのラザールよりもバカな奴を助けにいくだけディスから。私、強いので」

「ストル……済まない…… ナルヒトを」

「ふん、わかったらよく寝ておくのディス。……どいつもこいつも、カッコつけやがって、ディス。一人で死なせてなるもんか」

ああ、トオヤマくん。良い仲間、良いヒト達を選んで救ったね。

皆本気でキミを心配してる、故に彼らはとても危うい。キミ1人かければこの集団はそれだけで容易に崩れるね。

「……んー?」

扉の向こうから、のんびりした声が聞こえた。

おや、気付かれちゃった。こどもとは鋭いものだねえい。

「シロ、どうし、ッーー!! 誰だ!?」

扉が開く。

鋭い剣尖が閃き、ボクの首元にそれが向けられている。ロクに目で追うことが出来なかった。

「おおっと、おう。 すぷぷ、やるねえい、正義の繰り手。へえ、正義が眠っているにもかかわらず、そこまで動けるんだねえい」

「誰ディス!! 名乗りなさい! ……この感じ、竜……?!」

水色の髪に、水色の瞳。へえ、大戦の時に滅んだ妖精種みたいな容姿だねえい、先祖返りでもしたのかな。

……可愛い女の子だ。ふーん。

「鼻もよく効くんだねえい。ああ、いい香り。この部屋トオヤマくんの残り香に満ちている……」

うん、トオヤマくんの残り香で落ち着こう。でも、この子にもトオヤマくんの匂いが移ってる、ムカつくな。

「は? トオヤマ? って、え? その背中におぶっているのは……」

「すぴょー、すくー、ズズズ」

「ああ、なんてことだ、偉大なる歯にかけて…… ナルヒト……」

奥のベッドから渋い声、心底安心してゆるみきった声が聞こえた。

「やあ、リザドニアンのラザールくん。安心しなよ、キミの友達は無事さ。おっと、可愛らしいちびっこ達、そこのベッド失礼するよ。彼を眠らせてあげるからさ」

「な、な、お前、ま、さか」

突きつけられた剣をかわして、部屋に踏み入る。安っぽい部屋だ。宿、だね。多分。

空いたベッドに、トオヤマくんを寝かせる。

「やあ、天使教会最優の騎士、"正義"を宿す免疫機構さん。今代の正義と会うのは初めてだねえい」

「ッーー」

「おや、驚いた。斬りかかってこないのかい? キミの前と、前と前と前の正義の繰り手はボクの顔を見ただけで襲いかかってきたモノだけど」

意外だ。教会の騎士というだけで、このボクを討つ理由は1000はあるだろう。

そして加えて、彼女は"正義"の幼体でもある。本能としてボクに反応しそうだけど。

「……私の中の全てが、貴女を斬れと囁いています、しかし、私はその前に貴女に聞かなければならないことがあります」

「……聞いてもいいよ、正義の幼体」

身体のこわばり、発汗、震え。身体の反射活動を理性で抑えている? ふむ、興味深い。

「竜よ、貴女は、トオヤマナルヒトの敵ですか? それとも味方、ですか?」

ーーー驚いた。コイツ、我慢できるんだ。

「す、ぷ。ぷぷぷぷ、ああ、なるほど、な、る、ほ、ど。トオヤマくん、キミはほんとに…… やってくれたあものだねえい……」

またキミか、すぷぷ。星の免疫機構をすら冒したわけだ。

「質問に答える気が、ないのディスか?」

「……味方だよ、例え彼がこの世界の全てを敵に回しても、ボクだけは彼の味方さ」

彼女がボクをじっと、見つめる。湖の水面のような瞳だ。決して揺れることのない水面、ヒトのしていい目ではないねえい。

「嘘、ではない、ディス」

「わかりました、それじゃ、貴女は私が斬るべき存在ではありませんディス」

「いいのかい? キミ、ボクがなんの竜なのか気付いてるだろう? 教会にとっては不倶戴天、その歴史の全てを賭けて討つべき敵じゃあないのかな」

彼女の身体の揺れが消えていく。おいおい、ホントに正義の本能を抑えちゃったよ。トオヤマくん、キミ、この子に何をしたーー

「……私は、今、教会の剣であると同時に、彼の剣ディス」

…………おんなたらしめ。トオヤマくんのバカ。

「……………………へえ、ふうーん。へえ。 すぷぷ、キミ、名前は?」

「ストル・プーラ。栄えある教会の騎士にして、異端審問官、トオヤマナルヒトの剣ディス」

「………………それ、誰が言ったの?」

「トオヤマナルヒト本人が。お前は俺の剣だ、と」

「………………ふうん」

バカ、ばかばかのばか。トオヤマくん、きみさあ。ほんとさあ。

なんだい、なんだいなんなんだい。トオヤマくん、キミさあ、ほんとさあ、なんかノッてるねえ、ノリノリになるキミは好きだけどさあ、誰にもかれも口説いてるんじゃあないよ、全く。

ボクは目の前の、変わり始めている世界の免疫機構の幼体を眺める。

それは明らかに、おかしい。7つの星の免疫機構、そのうちの一つ、"正義"。それの駆り手はみな、盲目的に己の正義のみに従い続ける人形の筈だ。

なのに、今この目の前の水色髪のメス猫は違う。

「……蒙を啓く、か。トオヤマくん、さすがだよ、人知竜であるこのボク、キミのことが大好きなボクでも正直少し引く」

「何を、言ってるのディスか」

「……キミは、歴代の"正義"の中で1番恐ろしい存在になったということさ。すぷ。おや、子供たちか。子どもは好きだよ、可能性と未知の象徴だからねえい」

正義の幼体は、正義に侵されてただそれを為す人形になっていくはず。歳を経れば歳をへるほどに。

彼女の年頃から、とうに人間性を失くし正義を為すだけの人形に成り果ててもおかしくないんだけどねえ。

「あ、あなた、お兄さんのおともだちなの?」

足元から、小さな声。

おそるおそる。興味と、恐れと、決意を感じる。

小さな女の子がボクを見上げていた。

「おや、三つ編みがかわいいねえい。くんくん、おや、おやおやおや、すぷぷ。キミ、名前は?」

「に、ニコ」

「へえ、いい名前じゃあないかい。なるほど、珍しいヒトだねえい。それに、そこの帽子の子、キミだよ、1番ボクを警戒してるキミ」

ああ、いい。

この子達、今この正義の幼体を心配してボクに話しかけてきたんだ。

すぷぷ、いい。小さき君たちからしたら、ボクはたしかにこわい存在だよね。

「…………なん、ですか」

へえ、いいね。この部屋の中で1番正しく、ボクを恐れている。感覚だけで言えば、この正義よりもこの子の方が鋭いね。

「キミ、名前は?」

「る、ルカ」

「ルカ、家名がないかい? 黒い髪だ、もしかして出身は王国なんじゃないのかな」

「し、知らない……」

「ふーん、トオヤマくんめ、なかなかどうして。面白い子たちと一緒にいるものだねえい。残りの子たちは普通だねえい。でも、普通故に、素晴らしい。ボクは、すぷぷ、どうしようか、既に少しキミ達のことが好き、だなあ」

「っ、竜。この子たちに近寄らないでもらえますディスか」

「おや、つれないねえい。ふんだ、いいさ、いいさ。竜は小さい子には嫌われて……」

「ありがとうございます!!」

大きな元気な声。

日焼けしたこの中では最年長だろう少年が、気づけば腰を畳んで

「ん?」

「あ、アンタが誰だかはわからねえ! で、でも、アニキを、トオヤマナルヒトを連れて帰ってきてくれた、だから、ありがとうございます! ニコ、ルカ、シロにペロ! お前らも頭下げねえか! アニキを生きて連れ帰ってくれた恩人だぞ!」

恐怖、しかしそれよりも強い決意と覚悟。

ああ、いい。きちんとヒトをしている。

「……ああ、キミ。すぷ、なるほど、キミが1番トオヤマ君に似ているねえい。トオヤマ君がキミ達を助けた理由がなんとなくわかる気がするよ」

それぞれが、それぞれ出来ることをやろうとしている。

トオヤマくんと同じだ。

「うん、キミたちとは仲良くしたいな。ボクのことは気軽にアイお姉ちゃんとでも呼んでくれたまえよ。トオヤマ君が選んで共にいるのなら、それはもうボクにとっても重要な存在だ」

仲良くしないとね、外堀から埋めていこうか。

「竜よ、貴女はなぜ、ナルヒトに……」

「おやおや、ラザールくん。これは、こっぴどくやられたねえい。右肩関節粉砕、肋骨粉砕骨折、おまけに折れた骨が臓器を傷つけている。天使の涙の薬効で無理やりに身体を賦活させて凌いでるわけかい」

「ラザール!!」

正義の子が声をあげる、うーん警戒されてるなあ。

「心配するなよう、正義。ボクはトオヤマ君の敵じゃあない、それはつまり」

魔術式、仮説構築開始。

視界情報より、世界法則を認識。

対象、有機物、肉体。

仮説定礎、"血腫凝固を起因とする骨癒合法則"、及び"細胞活動による組織再生"

疑似事象検索、"聖女の権能、"治癒の光"

仮説"それらはそして、私の目の前で瞬時に行われるべき"

魔術式仮説構築完了、世界法則へのーー

「侵食開始、変質系魔術式構成完了、"癒しの手"」

「え?」

「すぷぷ、ラザールくん、身体に痛みは残るかい?」

魔術式は問題なく作動し、世界の法則を侵した。

キミに死なれるわけにはいかないから。

「な、い…… 傷が、骨が治った……」

「なら良かった。さて、やるべきことは全てやったし、そろそろボクは帰るねえい。トオヤマ君が目を覚ましたらよろしく言っておいておくれよ」

「ま、待て、人知竜、殿。な、なんで」

「キミを治した理由かい? そんなもの一つしかたいだろう?」

「…………」

「ポイント稼ぎ、さ。ボクはね、剣呑で容赦なく残酷に進み続ける彼も好きだけど、それと同じくらい呑気に好きなことして笑ってるトオヤマくんも好きなんだ」

呑気に眠るトオヤマくんを眺める。

いい眠りっぷりだ。

「キミたちは、トオヤマナルヒトが選んだヒト達だ。彼のたどり着くべき光景にはもうすでにキミ達がいるんだろう。ボクはね、今度こそ彼と最後まで共にいたい、だからさ、ボクはキミ達ごと、彼をオトすつもりだから、そこのところよろしくねえい」

「な、なにを」

「言ってることはシンプルなはずだよね。正義、キミとも、まあ、頑張ってうまくやってやるよ、なるべく仲良くしたいねえ」

「意味が、わかりませんディス」

「わかろうとしてないだけさ、まあ、ボクとしてはキミがそのままでいてくれた方が楽なんだけど……」

キミは、確実にボク達側の存在だ。

他を超え、ヒトの枠から外れる存在。世界から役割を与えられている存在。

故に、厄介だ。トオヤマ君と近すぎる、既に正義は変わりつつある、彼の自我は、ヒトに拡がり大きくなっていく。

トオヤマナルヒトの自我に、いつかきっとキミも魅せられるのだろうね。

「う、うーん、むにゃ、むにゃ」

「おっと、トオヤマ君が起きちゃうね、じゃあ、これで。また近いうちに」

「ま、待ってくれ、人知竜殿!」

ラザールくんの声に振り返る。トオヤマ君がこの世界で初めて選んだ仲間、友人。

キミはとても運が良い。

「感謝を…… ナルヒトを、無事に連れて帰ってきてくれて、ありがとう」

「……すぷぷ、お安い御用さ」

ああ、トオヤマくん、そしてラザールくんをえらんだキミも正しい。

パチリ。指を鳴らす、瞬時に景色が切り替わり、ボクは1人森の中。

再び、トオヤマ君を拾った場所に戻っていた。

うん、気分が良いな。トオヤマ君が始末した化け物の群れ、それを眺める。

大きな白い蛇、古代種、ラミア、とボクが名付けたその亡骸に触れる、ひんやりとした鱗の感触には、もう生の気配は感じずに。

「少し、キミが羨ましいよ。強かっただろう? トオヤマナルヒトは」

ボクの、私の終わりは決まっている。

最後の最期にはあの暖かい火に送られる。

永遠の探究の果て、私は恐るべき只の人に敗れる、そういうふうに決まっている。

ボクは今、始まりであり、途中であり、終わりでもある。

「だから、これは全部ボクのわがまま、気休めにしかならないこと。トオヤマくん、君との時間は決して永いものではないけどさ」

ずっと一緒にはいられない、けど。許してよ。

「キミとの思い出をせめて、持っていきたいな。……努力するよ、ボクがいなくなったとき、キミが悲しんでくれるように」

想像する、その最後の時を。

トオヤマ君を思い出すことも、触れることも、話すことも、想うことも出来なくなるだろうその時を。

胸がきゅっとして、呼吸が浅くなる。

「問題だ、この気持ちは、いったいなんなんだろうえねえい」

「答えは簡単」

「ああ、なんて心地よい、未知、なんだろう」

知りたい、知りたい、もっともっとキミを知りたい。もっともっとキミとの時間が欲しいよ。

竜祭り、どうやって誘おうかなあ。

……そういえばあの部屋にいた子供たち。1人、どこかで見た事があったような。

………

……

〜トオヤマナルヒトのゆめ、あるいはどこでもないせかい、香ばしい香りの漂うパン文書館にて〜

ぺらり。

ゆっくりと、ページをめくる音が橙色の灯に溶けるように響く。

ぱちっ。

焚べられた暖炉の薪が火に舐められている。

「ハッ、マジバカね、アイ」

その場所で、彼女は1人。今の己の主人と、過去の己の従者の奇妙な時間を眺めていた。

決して彼女は認めないだろう、その有様はまるで2人を見守っているように見えていたことなど。

「アンタが、トオヤマナルヒトに懸想するのは仕方ないわ。私の夢の主人だもの、竜くらい魅せてもらわないと困るっつーの、でもさ」

決して彼女は認めないだろう、その有様はまるで2人を見守っているように見えていたことなど。

「あれだけ身体に触れてたアンタがこの変化に気づいてあげなきゃ。……マジないわー。キリのクソジジイの思う壺、面白くないわー」

大きなため息をつき、口を尖らせる。

「今はもうない概念、星の共生体にして高度情報概念体、神。それの力を扱うとか、代償があるに決まってんじゃん。トオヤマナルヒトは選ばれた英雄じゃないんだしさ」

住処を同じとするその存在。トオヤマナルヒトへ力を貸し与えたキリをハーヴィーは信用していない。

狡猾で老獪、しかし同時に人間臭さを併せ持つ厄介ない存在。アレは正しく、トオヤマナルヒトの恐ろしさを理解している、それもまた厄介で。

「ほんと、バカ。これだから処女拗らせた大いなるものは間抜けなのよ」

一時期は、己の席の後継を担わせようとしていたその竜の変わりようをハーヴィーは思う。

「その気持ちがわからない? その感情を知りたい? トオヤマナルヒトをずっと見ていたい? フン、アンタの気持ちの名前なんて、もう決まってるし」

灰色髪の少女は、どこか面白くないように、頬杖をついてやれやれと首を振る。

安楽椅子の背もたれ、深く背中を沈める。きぃっと椅子の足が鳴いた。

「なんとかは盲目って、よく言ったもんだわー」

ハーヴィーが天井を見上げる。

自らをここに配置した存在、この世界では天使と呼ばれるハーヴィーですら理解の及ばぬ何かに由来するその、 運命の知らせ(クエスト・マーカー) からのメッセージが、呑気にぷかぷか浮かんでいた。

【遺物による影響■■■■ーー 無し、ナシ、梨梨梨梨梨梨梨梨

(嘘)】