軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

70話 DEADクエスト・・・・・・・

「多いな……」

うぞろ、うぞうぞ。

森の隙間を埋めんばかりに、ティタノスメヤが群れる。

黒い鱗の蛇の大群、その中に鈍く輝く白い鱗の蛇、女。

『1人、うふふ、どんな気持ちなのかしら。私はそう、とてもとても冷たくて惨めで、カナシカッた。ふわふわ、海はとても広いから、私は水底で一人きり、ふふふ』

くねくね、濡れた身体を揺らしながら蛇女が嗤う。

戦術はもう固めている。仲間がいない状況だからこそ出来るやり方。

出し惜しみはしない。この前の轍は踏まない。自分の最強の切り札を使い倒す。

「ッ……」

急激な吐き気と、目眩。ぶり返しだ。ここに来るまでに数回使った遺物の反動はもうすぐそこまで来ている。

「ヒヒ、もう少しおしゃべりしてくれていいんだぜ。お前、ラザールに話を聞いてほしくて呼んだんだろ? ほら、俺が代わりに聞いてやるよ」

『……うふふ、そういうこと。ごめんネ、トオヤマナルヒト。私たちは、アナタを決して見くびったりしないカラ』

「あっそ。じゃ、行こうか」

化け物との戦い方。遠山鳴人はこの課題に対して一つの持論を持っている。

遠山が駆け出す。

「ッラァ!!」

攻め続けること。人と化け物。冷静になれば人間側に勝ち目などあるはずがない。森の中で人食い熊に出会うよりも分の悪い戦いなのだから。

「シャロ!!」

「でけえな、嫌になるよ、ほんと」

躊躇うことなく、怖じけることなく、悲嘆することもなく。背中に備えた安物の槍を両手で握り、手近な蛇の化け物の身体に突き刺す。

自分を騙せ、化け物を騙せ。自分は化け物と戦うことが出来るのだと思い込め。

正気になれば、気付いてしまう。

人間など、化け物の餌に過ぎないことに。故に人間がモンスターと戦う方法は一つしかない。

「シャロロロ!!」

「オオオオラァぁ!!」

ーー"戦え"

「殺す、絶対に、殺す」

槍先を捻る、悲鳴をあげる化け物の身体に取り付き、頭を狙う。

餌ではない、自分は決して餌ではない。不意打ちも、段取りを踏んだ狩りももう出来ない。

「ハホホホシャロロロロロ!!」

「っ、くそが!!」

身体に取り付き、頭を狙う遠山。それを狙い別のティタノスメヤが口から生やした腕と武器を振るってくる。

「ジャ?! あ、アア??!」

すぐさまとびのき、地面に転がる。遠山を狙って払われた斧の一撃はさっきまで遠山が取り付いていたティタノスメヤの胴を真っ二つにしていた。

びくん、びくん。のたうつティタノスメヤがすぐに動かなくなる。

「遠慮ねーな、ほんと。反則だろ、タコ蛇どもが」

タイマンではない。多対1、多勢に無勢。1匹のティタノスメヤに注力していると、周りのティタノスメヤからの攻撃を受ける。

頬にこびりついた泥をぬぐい、槍を構える。

笑え、嗤え、戦え、殺せ。

少しでも怖ければ、奴らにバレる。これはもう人間が知識と意志で行う"狩り"ではない。

『アハ、トオヤマナルヒト。手、震えテルよ」

「武者震いっていうんだよ」

狂気と殺意、己の全てを懸けて行うーー

「ーー皆殺せ、キリヤイバ」

"殺し合い"だ。

「ジャ?!」

「オオオオ?! 冬、我らを殺す冬の痛みイイイイイ?!」

遠山から広がり続ける真白のキリ。それが蛇の化け物を蝕む。

ざくり、ざくり。遠山から距離の近い化け物から順番に身体から血を流して悶え始める。

『アあ、よく頑張るね、ふふ、ウフフ』

「そのニタニタ顔をよー、必ずぐちゃぐちゃにしてや、うわらば!!」

群れの奥に鎮座する、白いティタノスメヤに槍先を向ける。そんなことをしていると瀕死の1匹が遠山に倒れ込むように大口を向けてきた。

間一髪、それを避け、

『へえ、慣れてる…… ウフフ、アナタ、アナタ、ひとりぼっちに慣れてるのね』

「友達いねえみたいなこと言うのやめてくれる?傷ついたから殺すね」

「蛇ッ、ジャァ……」

地面に噛みついた大蛇、キリヤイバに刻まれたその巨体には既に体勢を戻す体力もないらしい。

「2匹目」

槍を思い切り、蛇の頭に突き刺す。ぐるぐるかき混ぜるように抉って、トドメを刺した。

『あは、でもまだまだたくさんのお友達が』

「しんどかったが、十分に広げた。お前ら全員、 射(・) 程(・) 距(・) 離(・) 圏(・) 内(・) だ(・) 」

「キリヤイバ、出力増加」

刻む、刻む。刻む。

自爆覚悟の遺物使用。本来の運用ならばキリヤイバはもっと慎重に入念に場を整えた状態で使用するべき兵器だ。

「ジャ、アアア」

「イタイイイイイイイ、アアアハ」

その性質上、キリのヤイバは遠山自身をも傷つける。自分が巻き込まれないキリの濃度、だいたいの範囲を設定し、その中で動き回るのは精神と体力、その両方を削り続ける。

「まだ、だ。もっと、もっともっとギリギリを……!」

乱戦の中での、キリヤイバの使用。それは悪手に違いない。

だが、今の遠山は知っている。それをしなかった場合の未来を。あの時、現代ダンジョン最後の戦い、多数の怪物種を前にキリヤイバの使用を躊躇った。

「もう2度と、出し惜しみで死んでたまるか!!」

キリを、広げる。左手に欠けた刃を。右手に安物の槍を。

「ア、アアあああああ! オラァア!! 死ねええええ!!」

「じ、じゃ、シャアアアアアア……」

キリヤイバによって動きを止めて、瀕死になった大蛇から狙って殺していく。

「さん、びき、めええええ!!」

キリヤイバにより刻まれた傷口に槍を突き刺し、血を流させ、動きが鈍ったところを駆け登り、頭に槍を滅多刺し。

返り血に顔を染め、気炎万丈雄叫びを。

奮い立たせろ、狂え、嗤え、殺せ。一歩でも足を止めれば、怖ければその瞬間に狩り殺される。

「つぎ、つぎ、つぎいいい……」

地面に倒れ伏した大蛇の死骸の上、冒険者が立つ。

白いキリを纏う欠けた刃、血糊で固まる槍を構えて、死地に立つ。

遠山が選んだ戦術はシンプル、そこにはもう知略も駆け引きもない。

キリヤイバの全力使用。

遠山が未だに、ティタノスメヤの群れに押し潰されてないのは一重にキリヤイバの使用により多数の化け物を常に切り刻み続けているからだ。

『アハ…… ふふ、いいえ、いいえ。我らはそれでも滅ばない。我らの鱗は死なずの鱗。ずうーっと、ずっと廻り巡るの』

『フィードスキル"死なずの鱗"』

「ヒヒ…… ギミックボスかよ。ハーヴィー! なんじゃありゃあ!?」

【知識の眷属 ハーヴィーからの手助け: アンタがティタノスメヤを追い詰めすぎたわけよ。フィードスキルってのは 絶(・) 滅(・) の(・) 危(・) 機(・) に(・) 瀕(・) し(・) た(・) 種(・) 族(・) に発現する力。あの白いティタノスメヤ、アレはティタノスメヤという種の到達点なわけ】

「要点を!」

【あの白いの。あれはモンスターの中の異常存在。"爬虫類種"から"古代種"に移行した特異点ってこと。種の願い、想い、意志を受け継いだ存在。アレを殺さない限り、この群れは永遠に死に切らない】

「はい理解、クソゲーがよ」

『ふふ、絶望の中、プワプワ綻ぶの。寒い朝、茹だる昼、深い夜、アナタはどうなるのかしら』

「化け物が」

遠山鳴人は、決して超人ではない。

ストル・プーラのように風や獣かと見紛うばかりの高速戦闘も、 ラザールのように影を利用しての三次元戦闘もできない。

そして、あの竜達のような力で全てを圧倒することも出来ない。

「……拳銃の一つでもあればな」

見上げるような口から武器を生やした巨大な蛇のモンスター。おまけに殺しても死なない。その群れ。

得体の知れないそれの親玉。

自動小銃の一つや二つ持っていてもハンデにはならないだろう。だが、遠山の手にその兵器はない。

『アアフフ、悲しいネ、フフ、アナタを置いて、逃げたあの子達、あの子達は生きる、アナタは死ヌ』

怪物が囁く。当たり前の死を。当たり前の末路を。

「……嫌なこと言うね、お前」

だが、それでもやるしかない。人の運動能力の範囲で、飛んで転んで跳ねて、振るって、突き刺して、叫んで。

即ち、いつも通り。全部賭けて、足掻くだけだ。

『ふわふわ、アナタはもう輝くことは、ない。フフ。水色の子は泣くでしょう、影の人は生きていれば苦しむでしょう。アナタの死は、そうした当たり前の悲しみになるのね』

「さあ、案外ケロッとしてるかもな」

白いティタノスメヤ、その口から生えた女がニヤリと嗤う

もう、言葉はいらない。

キリヤイバ、全力使用。乱戦、駆け抜け、皆敵全殺。

「あ、アアアアアアアアアアアア!!」

刻め、斬れ、死ね。

全ての力を使って、全て滅ぼす。

身体の中から何かが消費して、代わりに何かがそれを埋めていく感覚。

『アハ、無理しちゃって」

「余裕だ、化け物」

遠山鳴人を中心に、キリが広がっていく。

世界を冒す真白のキリが、大蛇の群れを包み、広がり、化け物たちを斬り刻む。

「シャアアアアア……」

「い、びゃ、じゃあアアアアア」

遠山を襲おうとしたティタノスメヤが悲鳴を上げて、のたうつ。

「行く!! 今度こそ、今回こそ! お前ら(化け物) 全て滅ぼして、俺が生きる!!」

右手に握りしめた鉄槍、のたうち苦しむ大蛇を1匹ずつ容赦なく呵責なく始末していく。

「は、は、ひ、ヒヒ、ハァ……!」

のたうつ蛇の巨体にとりつく、キリヤイバにより身体を刻まれ、血を流す大蛇の動きは鈍い。的確、頭に槍をねじ込む。

ぶ、つぴ。

額についた宝石の如き瞳を貫き、槍先が何かを潰す。

殺しても死なぬ不死の蛇たちが蠢く死地。遠山鳴人の生存が未だに許されているのは一重に、由来のわからぬキリの力。

「う、おえええ」

吐瀉物。今殺した蛇の骸に身体を預け、胃の中を吐き出す。キリヤイバを使えば使うほど、

体は消耗していく。生きるための力、熱量、その全てを使用して。

「行く」

顔を真っ青にしつつ、口元を拭い前を見る。吐き気が頭をぼやかせる。ふらつき、膝をつく。

『……嫌な目、ほんとに嫌な目…… 違うでしょ? 間違ってるよ? 絶望を見る目はそんな目じゃないでしょ』

それでもなお、遠山は目を爛々と輝かせる。絶望に見つめられようともこの男はーー

「よん、ひきめ」

決して、目を逸らさない。

進む、進む、進め。あの時は、ダメだった。足りなかった、間違えた。

「鳩村、日下部…… 今度こそ、俺は……!」

槍を振るう、怪物の肉を抉り、穿つ。肉を貫く重い感触、ドロドロの粘土に棒を刺しているような感触だ。

昔の仲間を想う。

置いてきたしまった奴らのことを。遠山鳴人を人間にしてくれた探索者時代の仲間のことを思い出す。

もう会えない、もう話せない。負けたから、あの時、失敗したから。

「「ジャ、シャアアアアアア」」

遠山が、進む。大蛇の骸を足蹴に、群れの真ん中、敵中に1人孤立する。死地をさらに奥へ、奥へ。

2匹の傷だらけの大蛇が、体をもたげ遠山に迫る。群れの奥、鎮座する彼らティタノスメヤの最後の希望を守るため、彼らも生きようと彼ら最大の敵を殺そうとして。

「邪魔、だ。キリヤイバ、どかせ」

左に握る、欠けたヤイバ。指揮棒をふるうようにそれの切先を前に。

「「ッ! ジャ…… ア」」

びくん。身体を震わせ、大蛇2匹が動きを止める。そしてすぐ力なく地面に沈み込む。

ズタズタ。目にも見えぬ微細なキリが、空気に混じり大蛇を身体の中から斬り刻んだ。

「5と、6ひき」

これが、遺物所有者。

現代ダンジョンが孕む科学では説明出来ない超常の力の物品。それを扱う資格を持つもの。

それは序列を壊す者だ。怪物と人間の決まりきっている序列、被食者と捕食者の序列。

「さあ、お前、お前の番だ」

遠山鳴人(遺物所有者) は、それを壊す。生物としての位階を一つあげてしまう補助輪ーー

『アハ、すごいね、冬、へえ、みんなをたくさん殺したのはソレなのね。フフ、貴方にぴったり、とても強くてとても冷たい牙と爪……』

「余裕だな、でももう終わりだ」

射程距離だ。

大幅な群れをかき分け、化け物を殺し、死骸を乗り越えて遠山はたどり着いた。

『アハ、コンニチは』

「ああ、さようなら」

前方、標的。

真白の鱗に、くねる蛇躰、大きく開いた口から立つ人間の身体。

白蛇女、既に遠山は彼女をキリヤイバの射程に捉えていた。

「死ね」

欠けたヤイバを向けて、振るう。必要なのはそれだけ。ただ殺すと願って振るうだけ。

それだけで、白蛇の身体はズタズタに

『コワーイ』

ぎゅじゅぼ。

「え」

一瞬の出来事。白蛇女が、消えた。

いや、違う、消えたのではない。遠山は見る、えぐれた地面を。濡れて柔らかい地面、白蛇女はそれに一瞬で潜ったのだ。

『アハ、私、シアワセになるの』

足元から声が響くのと、遠山の身体がぽーんと吹き飛ぶのは同時だった。

「やば」

おもちゃのように吹き飛ぶ遠山、くるりくるくる。浮かびながら遅れて自分の状況を理解する。

ぶっ飛ばされた。

地面を掘り進み飛び出てきた白蛇女に下から突き上げられたのだ。

耳の奥、耳鳴りだけが響く、身体が痛いのか熱いのかわからない。

「が、はーー」

『アア、イタそうね』

目を奪われた。

蛇の方から生えたその女体、白い鱗と皮で形成された、両腕のない女。

ミロのヴィーナスみたいだ。

そんな場合じゃないだろうに、思考がぼんやりして

『アハ』

地面から飛び出た白蛇女、ぶちゅり。生え出すのは腕。女体部分からではなく、蛇の身体から生やした腕を振りかぶり

「待っーー」

『すまーっしゅ』

宙に浮かぶ遠山をはたき落とす。

回転、衝撃、痛み。

世界が割れて、粉々になった感覚。

「ゲホッ」

まず、土の匂い。

それからゆっくり聞こえるのはきーんとした耳鳴り。

『まだよ、みんな。うふふ、ふわふわ、ふわふわ、揺蕩うの。"死なずの鱗"』

ぶちゅる、じゅる、じゅる。

肉が沸いて、血が膨らむ音がした。

「シュ、ロロロロロ」

「ララロロ、オオオオ、我らが貴女、我らが到達点よ」

「……クソ」

最後に視界が戻ってきた。ぼやけたそれがゆっくり焦点を取り戻していく。頭を打ったらしい、ずきずき痛むと同時に、視界が元に戻っていく。

背中に硬い感触、殴り飛ばされた後にどうやら木に叩きつけられていたらしい。

『アハ、あなたダケ、ひとりぼっち、ね』

「……マジクソゲー」

蛇の大群、健在。切り刻んだ蛇も、頭に槍を突き刺して殺した蛇も、その傷をあぶくたたせて、起き上がる。

「シャロロロロロ」

「ロロロロロロロロ」

「ジャロロロロロロロロロロ」

殺しても死なぬ化け物の中、遠山は1人。

「ははっ」

意識せずに乾いた笑いが溢れた。もう笑うしかない。

武装を確認、キリヤイバは一瞬意識を失ったせいか身体のなかに収納された。安物の槍は、咄嗟に盾として使ったせいだ、もはや手の中にはない。

【……アハ、どうしたの? ねえ、痛い? イタイ? フフ】

くねくねと身体をゆらめかせる白蛇女、遠山はそれの戦力を見誤った。

瞬時にキリヤイバの特性を理解したのだろう。

自分の手勢でこちらのやり方を測り、キリヤイバへの対策を敢行。たしかに地中に逃げられたら、空中に漂うキリヤイバから逃れることはできるわけだ。

「かしこいな、お前」

木のウロに背中を預けたまま、遠山はぼそりとつぶやいた。

まずい、勝てないかもしれない。酔いで誤魔化されていたその感覚が痛みで少しずつ戻ってくる。

「うえっ」

胃液が溢れる。キリヤイバの全力使用の代償は確実に身体を消耗させていた。

状況が、まずい。これ、ほんとにまずい。

身体がまだ痺れている、化け物の攻撃をまともに食らったのだ、死んでないだけマシかもしれない。

『ふふ、手加減したから、まだ死なないデショ? ねえ、冒険者さん、私たちをたくさん殺す冬の冒険者さん、今、どんな気分?』

「キリヤイバ……」

化け物と会話するつもりはなかった、遠山は満身創痍のなか、それでもその名を喚ぶ。

『あは…… どうしたの? 何もないよ?』

白蛇女が笑う。周りにたかる黒蛇の化け物たちもジロジロとその感情の見えない爬虫類の目を遠山に向け続ける。

「くそ……」

ついに、キリヤイバを使用する体力もなくなった。身体の中に眠る遺物と自分の感覚がうまく合わない。

「くそ………!」

ミスは、なかった。何もしくじっていなかった。

今回は、前回の反省を活かしたつもりだ。

キリヤイバの出し惜しみもしなかった。初めから全力で戦った。

それで、このザマ。単純にこの化け物の方が強かった。

「……げほ」

血の混じった唾を咳と共に吐き出す。口の中を切っただけ、そういうことにしておこう。

身体を預ける木の幹の感触、喉から込み上げる血の匂い、まだ生きている。身体は動く。

でも、立ち上がれない。怪物のよく延びるしなやかな体に叩きつけられた痺れが消えない。

やばい。今回は、マジでやばい。

『ア、ア、ア、ワタシ、最高にワタシ。ぷよぷよ、ふよふよ浮かんで、ヒナドリにナルノ。ワタシはヒナドリ』

怪物。

そいつが、とぐろを巻きながら、長い舌をチロチロ出しながら笑う。

白い女体が蠢き、腕のない肩口がびくんびくんと震えている。

化け物狩りに慣れていたつもりだった、だがそれは本当に つ(・) も(・) り(・) だったのだ。

身体の芯が冷たい。遠山はこの感覚を知っている。現代ダンジョンの中で1人で迎えたあの瞬間と同じ感覚。

自分の敗北、死が現実感をもって現れる。だがそれよりも遠山には気になることがあった。

ストルは、ラザールを連れて離脱出来たのか?

ラ(・) ザ(・) ー(・) ル(・) は(・) 生(・) き(・) て(・) い(・) る(・) の(・) だ(・) ろ(・) う(・) か(・) 。(・)

あとどれくらい時間を稼げばいい?

ストルの助けは、くるのか?

「……この前は、来なかった……」

いやだ、思い出すな、思い出すな。

なんで、今、あの時のことを。

「バベルの大穴ん時は、来なかった……」

遠山は、死んだ。

現代ダンジョンで、死んだ、化け物に殺された。

そして、今、異世界でも、化け物に。

「あっ」

気付けば、手が震えている。唇もわなわな震えて、かちかち、かちかち、なんの音だろう。

「……い、やだ」

かち、かち。なんの音だと思ったら、自分の歯が噛み合う音だ。震えが止まらない。

「死にたくねえ……」

怖い。

ついに、遠山はその感情に追いつかれてしまった。化け物を殺す興奮も、己の力を振り回す熱狂も冷めた。

冷めて、覚めてしまった。

ああ、死ぬのが、怖くてたまらない。

「くさかべ、はとむら、おれ、また……」

ここで、1人でーー

『ーーワタシモソウダッた」

怪物が、咲った。

『その顔』

うぞろ、うぞうぞ。

蛇の群れの中を白蛇女が進む。周りのティタノスメヤは皆平伏し、彼女に道を譲る。

『その顔、エエ、ソウ、ソノ顔が見たかった』

力なく木にもたれる遠山を覗き込む白蛇女。黒目だけの目を見開き、ただ、遠山を見つめる。

『わかるよ、ワカルヨ。冷たくて悲しくてコワクテ、ダアレモタスケテくれない恐怖、ほら、ミツメテ。水の底からもう出れない怖さをゆっくりと。ちゃぷちゃぷ、ちゃぷ』

女が口を開く。白い白磁の体とは対照的な真っ赤な長い舌。ぬらぬらと妖しく光る。

『ねえ、見て、ミテ、みて。私、ワタシ、わたし、こんなのになっちゃっタ。ねえ、ワタシをミテ』

ねとり。

濡れていて、暖かい。女の赤い舌が遠山の頬をねぶりつける。

濃い血と、花の香りがした。

『ミテ、見て、ワタシを見て』

「がっ、あ……」

粘りつけた赤い舌、それから小さな針が生えて遠山の頬に突き刺さる。

化け物としての機能と、人間としての才能の融合。白蛇女の"スキル"が発動する。

『"善き者よ、我が悲劇を想え』

ぴき。

流れ込むのは映像と声。直接、肉と肉を伝い、白蛇女と遠山がつながって。

記憶。

視界の中に、緑髪の女性の顔が広がる。高貴さと怜悧さが同居していて。

【上姉様、上姉様はどうして、■ォル■■とは遊ばないの? フ■■ト■は上姉様と遊びたいってゆってたよ?】

【トレナ、あの子はね、違うの。もうすこし貴女もお大きくなればわかるわ。あの子はいずれ必ず私達に災いをもたらすわ。お父様とお母様もまだ気づいてはいないけど】

【わざ、わい?】

【トレナ、よく聞きなさい。■■■トナにあまり関わるのはよしなさい。あの子は、壊れているから】

ばち。

映像が、切り替わる。

【あ、ああ、ああああああああ!? うそ、うそ、うそ! ウォレス、ウォレス! ウォレス!? 起きて、起きてよおおお、首が、いや、なんで、目を覚ましてっ、一緒! ずっと一緒って言ったじゃない! どうして……!!】

視界の中、男が死んでいた。白目を剥いて、体をびくん、びくんと痙攣させる。舌が口からべろりとこぼれ落ちていた。

首はぐるりと一回転、へし折られていて。

【あ。首折れてるな。死んじまったわ。ぎゃははは、ビクビク動いてきもちわりー】

【ぎゃははははは! やべ! 勢い余って殺しちまった!】

【おいおーい、お前また新人殺しちまってんじゃん。流石にバレたらやべーだろ】

【ま、しゃーねー、ここのゴミ箱、誰も回収なんかしてねーし、ここに捨てとこうぜ】

【よし、じゃあ、お姉ちゃん、これでツレはいなくなったな。俺たちと遊ぼーぜ】

視界、ゴミ箱に捨てられる死骸の目がこちらを見ている。責めるような目、暗くもう何も移さないはずの目がずっと、こちらを。

ばたん。ゴミ箱の蓋が閉められて。

ばち。

映像が切り替わる。

どこかで見たことのある気がする男たちが服を着ながらヘラヘラと笑いを浮かべている。

どいつもこいつも何か満足して、やりきったような顔をしていた。

【あー、中々上玉だったー。なあ、お姉さんも楽しかったろ? 天使教会の愛ってやつさ。ほら、通行許可証だ、愉しませてくれた礼に特別に渡してやるよ】

【いやーでも、アンタ、冒険者なんぞ向いてねえって。その器量だ、花街の娼館に行きゃ一儲けできるぜ?】

【まあ、冒険者として大怪我したくなきゃいつでも言ってくれ。良いとこ紹介す、る、ぜ】

視界の中、震える手で差し出された許可証を受け取っ

【……へへ、その顔見てたら、また催してきたぜ】

男に腕を捕まられる。汚い顔が視界一杯に広がって。獣の臭いが一気に。

ばち、映像が切り替わる。

ばち、映像が切り替わる。

ばち、映像が。

遠山は理解した。これはこの化け物の記憶。この化け物はヒトだった。全てをしくじり、全てに失敗したヒトだった。

ばち。

また、映像が切り替わる。

【ああ、よかった、これで終われる、ようやく……】

真っ暗の中、声だけが聞こえた。

【わたしの人生って、なんだったんだろう】

それはこの白蛇女のヒトとしての最期。誰にも聞かれることのなかったそれが遠山に届く。

【わたしって、生きる意味があったんだろうか】

善き者、ラザールも見た女の記憶。

世界に、冒険都市の全てに奪われた女の最期は、蛇に丸呑みにされて溶かされることだった。

【ああ、もういいや、でも、これでようやく終われる】

女の記憶、想いが流れ込む。諦めと疲れ。ただそれだけがそこにあって。

《ーー自由にすればいいんじゃないですか? トレナ、貴女になんて誰も期待していないのですし》

女の声ではなかった。

誰かが、いつかこの女に向けた声。暗闇の中その声だけが、諦め、絶望の闇の中、女に届いた一つの言葉があった。

【あ、フ■ル■ナ】

女が、つぶやく。その名前を。

暗闇が晴れていく。

映像、景色が流れる。

美しい月の夜。ああ、蛇の腹の中に収まっていた身体が一度全て溶ける。でも女は死ななかった。

じゅるり、じゅるじゅる。

生まれ変わる。一つの種として危機に瀕していた"ティタノスメヤ"と、絶望の中、昏い願いに気付いた尊き選ばれた血のヒト。

それが混じり、ねじれ、歪んで溶けて一つになった。

白い腕が、月を掬おうと伸びた。

【自由にしてしまおう】

昏い願いから、それは生まれた。

それは冒険都市と冒険者が産んだ復讐者。

【よる、きれい】

星月夜の下で、女の呟きがぽつり。

ばち。

映像が、途切れて。

「っはぁ、はあ、はあ…… 今、のは……」

べとり。頬に感じた艶かしい感触が離れる。白蛇女が遠山の頬から舌を離した。

『影の人にも見せたワタシの思い出、ふふふ、フフフ。ねえ、どうだった? ふふ、ああ、でもあなたにはきっと響かないノネ』

白蛇女は、ヒトが化け物に変わった存在だ。

遠山は考える、信じられない話だがこの世界ではそういうことが起きるのだろう、今はそう結論づけるしかない。

頭が痛い、身体も痺れたまま。

満身創痍の遠山はまともな思考を回せる状態ではない。だからだろうか、ぼそりと考えもせずに言葉が漏れた。

「……いや、そうでもないさ」

『クスクス、本当に?』

白蛇女は、ヒトから生まれた化け物ゆえに遠山鳴人をここまで追い詰めることが出来た。

そのヒト由来の知能から遠山を出し抜き、いつでも殺せる状況を作り出した。

「……ああ、見たよ。全部。中々キツい感じだったな」

『ヘエ、あなたの目、本気でそう言ってルのね……』

そして、白蛇女はヒトから生まれた化け物ゆえに、未だに遠山鳴人にトドメを刺さないでいた。

本能のみで生きる化け物ならば決して獲物に持ち得ない感情。

興味。

それを遠山に抱き始めたゆえにまだ、トドメを。

『ねえ、ねえ、ほんとに、本当にわかってクレル? 辛かったの、悲しくて、コワクテ、寒かった』

白蛇女が遠山に迫る。

疲労と消耗で遠山はただそれを眺めることしかできない。スピーチ・チャレンジもメッセージも、何も出ない。

だから、ぼんやり。遠山はありのまま、心のままに言葉を紡ぐ。

一つの感想があった。白蛇女に見せられた彼女の悲劇を見て。

ラザールはそれを見て、おそらく本気で同情したのだろう。彼女の痛みに寄り添おうとしたことで彼女の力に捕らえられた。

では、遠山はーー

「……お前は、俺だ」

『………え?』

「お前は、全部しくじった。全て奪われて、いくところまで行った」

遠山に同情はない、それに寄り添うような人間ではない。しかしこれまでの敵に向けていた強い殺意や害意もまた、なく。

ただ、白蛇女を見つめて、つぶやく。

「お前は全部しくじった俺そのものだ。この世界に来て、ラザールを、ドラ子を、ガキどもを、ストルを、あともしかしたら人知竜も。そいつら全部を失った俺だ」

『え、え』

「分かるよ、俺も、もしかしたらそうなるかもしれない。分かるよ、お前がおかしくなるのも理解出来る」

崩れそうになる身体を必死に木の幹へ押し付けて体勢を維持する。

周りの黒蛇達が襲ってくる様子はない。

『あ、ハ、ウフフ、分かるの? わかってくれるの? フフ、そうしたらとても嬉しいワ、フフ、なら仕方ないでしょ? ワタシだけ悲しいのは嫌だもの。みんなみんな悲しくなってほしいな』

「……違うな」

『何が?』

「お前が、やるべきことさ。お前は今すぐにでもお前をそんなにして全部にやり返すべきだ。少なくともラザールとかああいう善い奴にちょっかい出してる暇はない筈だ」

『あら、フフ。クスクス、そうね、そうかも。でも、あなたは違うでしょ? みんなみんな、この森の彼らはあなたを殺したがってる、笑いと共に私達に冬を運んでくる貴方をね』

「ああ、だろうな。殺して生きて、殺される。生き物ってのはみんなそうやって生きてるもんだ、なあ、お前さ、俺を殺した後はどうするんだ?」

『ふふ、貴方もね、ワタシみたいになってよ! 変わり果てた貴方を見た影の人や、不思議な香りの水色髪の子、貴方を置いて逃げてイッタアノヒトたちの顔がミタイの、それはきっととてもふわふわしてぷかぷかなのよ』

黒目だけの瞳が嗤う。悲劇の中に沈んだ白蛇女。ヒトであった頃の人間性などとうの昔に消えているらしい。

遠山は、深い深いため息をついた。

その答えが聞けた。ああ、ならもう良い。

『ふふ、イイ。あなたをスコシ知りたくナッテきた。きっと、貴方なら私のようになれるワ』

こいつが生きているといつか必ず、ラザールやストル、遠山の身内に被害がいく。

理由はそれで充分だった。

遠山は答えを出す。それが正しいか正しくないかなんてどうでもよかった。

「ダメだな、それ。絶対させねー、絶対見せねーよ、そんなダサい姿なんざ」

『ダサい?』

怖気がした。自分が、負けて死んでそのあとラザールやストルがその負けた自分を見るのを。

ああ、どんな気持ちなんだろうか。死地に残った仲間が死んだ人間の気持ちは。

あの時、鳩村や日下部はどんな気持ちだったんだろうか。申し訳ないことをした。

ラザールやストルはもし、負けて死んだ自分を見たらどんな気持ちになるんだろうか。

あまつさえ、この白蛇女のようになってしまったら、ラザールやストルは、ドラ子はなんて思うんだろうか。

「ありえねー、そんなダサいところ絶対見せるもんかよ」

それもまた、欲望だ。

遠山鳴人には意地がある。仲間や友達に化け物になった自分を見せることなど、あまつさえ負けた姿を見せるなど。

「死ぬしかねえな」

同じ答えを何度でも。

あの時、現代ダンジョンでの最期と同じだ。例え死んでも、仲間にダサいところは見せない。

たどり着く欲望に、手が届かなくても、せめて前のめりに全てを終わらせる。

「キリヤイバ、全部、全部、ぜんぶ」

首元に手を当てる。

『ッ!? まさか」

遠山が何をするか、白蛇女はすぐに気付いたらしい。

その場を離れ、逃げようとする。でも、もう遅い。

あの時、遠山は選んだ。探索者の仲間を逃す時、自分がしんがりを申し出たその瞬間、全てを諦めた。

遠山は知っていた。自分の死と引き換えにしないと仲間を逃すことはできないことを。

だから

「死ぬのは怖いけど、もう死ぬしかねえ」

キリヤイバの超広範囲発動。どれだけ化け物がたくさんいようと関係ない。

自分を起点に致死の最高濃度のキリを可能な限り広げて、全部全部始末する。

自死前提の自爆技。

『あなた、死ぬ気…… フフ、あーあ、ワタシにもあなたみたいな度胸があればなあ』

「キリヤイバ、全てーー」

殺せ。

あとはそれを言葉にするだけ。あともう一回キリヤイバを発動するだけの気力は取り戻した。

覚悟は決めた、後は実行するだけだ。

死にたくないが、こいつだけは死んで殺す。

だから、それを言うだけ。言うだけ、言うだけ、言うだけ。

『なんちゃって。アナザースキル発動。"汝、その日々を想え"』

「あーー」

遠山の動きが止まった。

この土壇場においても、白蛇女は遠山を上回った。既にその女は己の才能をさらに進歩させ、次の段階に踏み入れていた。

ーーナルヒト、あまり水に浸かりすぎるなよ、風邪をひくぞ。

ーートオヤマ! 今のは納得いきませんディス! 2から3を引いてもマイナス1とやらにはなりません! ほら! ここにある石ころだってマイナスとやらにはなりませんよ!

ーーお兄さん、私たちを見つけてくれてありがとう。

ーーアニキ、指示をくれ。アンタについていくよ。

ーー……あの時、財布、ごめんなさい。

そのスキルはなんてことのないものだ。

ただ、その力を向けた者の脳裏に、当たり前の日々を思い出させるだけの力。

"王国"の王家に連なる彼女の血に、何故そんな力が芽生えたのか、今のなっては分かるはずもない。

だが。

ーーキミを幸せにするキミだけのさいきょーに賢いドラゴンさ

ーーナルヒト、貴様、ほんに大バカだの

だが、今、この瞬間。

全部を選ぶ為に、全部を捨てた遠山鳴人にとって、これは、" そ(・) の(・) 日(・) 々(・) "はあまりにも重く、残酷で。

「あ、あ、ああ……」

身体からキリヤイバが出てこない。

殺せ、殺せ、その言葉も出てこない。

『フフ、ダサい、か。ネエ、どんな気持ち? ねえ、死ぬ覚悟をしていたのに、思い出しチャッタねえ…… ふふ、あなたは私と言ったけど、本当にそうかな?』

くねくね、愉快そうに、固まる遠山を見下ろす白蛇女。

ふっと、彼女が表情を、消して。

『私には、そんな"日々"はなかったよ』

「あ、あ……」

ダメだ。

手が震える。死、死、死。一度は決めたのに、 あの時は(現代ダンジョン) 出来たのに。

遠山鳴人は、思い出してしまった。そのたのしい日々を。短くとも、温かさと喜びに溢れていたたのしい異世界での日々を。

死ねない。死なないと倒せないのに、死ねない。

ああ、それがコワクテ怖くて、たまらない。

『ふ、フフフ、あは、ハハハハハハハはハハハハハ人!! それ! ソレソレソレソレエエエエ! ソレが見たかった!』

悶える、腕のない肩口をブルブル震わせて、白蛇女が嗤う。

『あなた、あなた、あなたさあ! 変な奴だったから! 怖かったノ! 1番1番1番怖かったノ! 蛇さん達も貴方をコワガッテタ! だって、あなた! 死ぬのが怖くなさそうダッタから! アハ! でも違った! ああ、よかった、ヨカった! ずっと笑ってたから、本当に怖かったノ! でも、ようやく、ようやくさア!』

にいいっと、白蛇女が、そして辺りを取り囲む大蛇達が笑って。

『ようやく、笑わなくなったね』

「「「「「ジャロ、じゃロロロロロロロロ」」」」」

「あ」

『これから、あなたは死ぬの』

白蛇女が、嗤う。

大蛇たちが、ゆっくり、ゆっくり、木に体を預けたままの遠山に近づき始める。

「い、やだ」

『嫌じゃないの。ふふ、どうしたの? ほら、早く、さっき自分ごと全部殺そうとしたんでしょ? どうせ死ぬなら道連れにしようとしたんでしょ? ほら、もう一回やりなよ』

それがもう出来ないことを白蛇女は知っている。

「は、はあ、はあ、いやだ、来るな」

身体が痺れている。動かない。

日々。遠山が積み重ねたものが、遠山の選択肢を奪ってしまった。

逆転のチャンス、遠山の出した自己犠牲という答えはもはや踏み躙られた。

「ジャロらロロロロロロロロ、シュロロロロロ」

『怯えて、絶望して、想像して。これからあなたはどうしようもない苦しみに殺されるの。何も守れず、何も得ず、全てを奪われて踏み躙られる。アア、海はとても深いから、仕方ないノヨ、これは順番なのダカラ』

答え合わせの時間が、終わる。

あの日を超えるどころか、あの日出来たことすら出来ずに、終わる。

「 いやだ、いやだ! せっかく友達ができたのに! また、また死ぬのは嫌だ! まだ、やりたいことがたくさんあるんだ!」

『私もそうだったヨ』

剥き出しの本音。酔いもなく、ただ、剥き出しのちっぽけな 生(・) き(・) 物(・) としての遠山の嘆きを白蛇女がぼそりと返した。

怖い、怖い、怖い。

全部怖い、なんだよ、蛇デカすぎだろ、どうやって殺される? 絞め殺されるのか? 食い殺されるのか? いやだ、全部、嫌だ。

恐怖が、完全に遠山に追いついた。

遠山の変質した脳は、遺物の連続使用により消耗し、"酔い"をもたらすことはない。

「ジャロ、ジャロジャロ」

「ひ、ひ、いい。やだ、まじで、やめて、死にたく、ねえ、死にたくねえよ!!」

ばちゃ。

痺れの取れない体で、ついに遠山は逃げ出す。背中を見せて、立ち向かうこともできずに。

『ウフフ、あらあら、エモノに、なっちゃった』

もうそこに、先ほどまでの冒険者としての遠山はいない。

惨めに濡れた地面を這いつくばり、逃げ出す獲物に成り下がった。

「シャロ」

「あ……」

逃げれる訳はない。這って逃げる遠山に小さめの大蛇が追いついた。

まだ、若い個体なのだろう。遠山2人分程度の大きさだ。

『想像して、今からあなたはその子に巻き付かれるの』

白蛇女の言葉に反応するように、ティタノスメヤがゆっくり、遠山の周りを囲むようにとぐらを巻き始める。

遠山の視界にはもう、蛇の身体しか映らない。

『想像して。その子に巻き付かれたあなたはゆっくりゆっくり締め付けられるの。骨、筋肉、内臓、ゆっくりゆっくりぜーんぶ絞り出すように潰されるの』

それは白蛇女の記憶にもある話だ。これから遠山に起こることを楽しそうに話す。

徐々に、徐々に、遠山の身体にティタノスメヤの身体が絡み付いてくる。ひんやりとしていた。

『それから、それからね、フフ。全身を潰されても、まだ意外と意識はあるの。そこからゆっくりゆっくり飲み込まれていくから。フフ、窒息できたらいいけど、今回はそうしないように食べてもらうから、ゆっくり楽しんでね』

ぎゅち。

ああ、気付けば、遠山の身体は完全に蛇の身体に巻きつかれていた。

死ぬ、死ぬ、喰われる。リアルが遠山に追いついて。

「あ、あ、あアアアアア!? いやだ、嫌だ! 嫌だ嫌だ! 離せ、離せええええ!!」

めちゃくちゃに暴れる、しかしなんと弱い動きだろう。

もう身体の半分以上に巻きつかれてしまっている。ピクリともしない。

『あは、げんき、元気、ゲンキ』

「ジャロ」

「ギャっ?! げ、フ」

きゅっと、テイタノスメヤがその体を締め付ける。それだけで遠山は短い悲鳴をあげてぐったりと動きを止めた。

激痛と、圧迫感。

脳が、破裂しそうだ。

今、死がすぐそこにあった。

後悔や反省、ソレらは今回の"死"の前になく。

「く、そ…… 」

ああ、遠山は気付いた。

前回と今回は違う。

現代ダンジョンの死、あれはしかし、遠山は勝ったのだ。化け物の群れを引きつけ、親玉を撃退し、仲間を逃した。それは遠山の勝利だ。

でも、今回は違う。

負けだ。全て上回られた。

ラザールやストルはきっと、この森に戻ってくるのだろう。他でもない自分を探して。

それは負けだ。コイツと仲間を会わせてはいけない。化け物の中の化け物だ。

これは、ダメだ。

でも、もう遠山にはどうしようもない。

ピコン

【DEADクエスト "答え合わせの時間" このままでは失敗します。よろしいですか?】

「……クソが、宜しいわけねえだろうが」

鬱血して赤く染まり始めた視界の隅で、メッセージが流れる。

あの日を超えろ。そんなメッセージどころの話ではない、しくじった。

負けたのだ。それだけはわかって。

『フフ、もう話もできないか。……ジャアネ、たのしかったよ。もしまた会えたら、貴方が私のように慣れたら、またお話しましょう』

白蛇女が、群れの中に消えていく。

大蛇達が歌うように、空に体をもたげて揺れ始める。

「ジャロ」

ギュギュッ。

遠山にトドメを刺そうと若いテイタノスメヤが、その筋肉だらけの身体に力を込めた。

ぽきん、ぽきん。

身体の中、何本も何かが折れ始める。それだけがわかった。

「あ、これ、死んだわ」

生き物として、遠山は、遠山の身体はそれを理解したーー

ピコン。

【食べられるってのはさ、生き物にとって最大の恐怖なわけよ、それはどの生き物も1番恐れる死に方なの】

ぺらり。本を捲る音がした。

【鳥が空を飛ぶのは地上にいたままでは、捕食者に食べられるから、魚が速く泳げるのはトロイ奴はみーんな食べられるから】

【生物の進化はいつも"死"をきっかけにしてきたわけ】

香ばしいパンの香りと本のいい匂いが混じった香りがする。

【遠山鳴人。よかったじゃん。アンタはきちんと"巡り会っていた"、そして少なくともアレに、"遺物"に選ばれてるわけ。そして幸運なことに、アンタはきちんと、"準備していた"わけよ】

それは、メッセージではない。

【アンタには悪癖があった。その力を使って最悪、自分ごと死ねばどんな敵も殺せると思い込む悪癖が。それはね、人間としては良い選択だけど、"生物"としては良くないのよ。純粋な進化の可能性を、自分から諦めているようなモンだからさ】

声だ。

【アンタは、" 遺物(キリヤイバ) に選ばれている"、アンタが遺物を扱うのは鳥が空を飛ぶことや、魚が海を泳ぐのと同じ。生きる上で出来て当たり前のこと。息を吸って吐くのと同然なほど、出来て当たり前のこと、つまりそれはアンタの生物としての機能に等しいわけよ】

その声を知っている。

【知識の眷属、ハーヴィーの名において】

それは、遠山の夢に住む灰色髪の女の声だ。自らを知識の眷属と呼ぶ奇妙な存在ーー

【祝福するわ、この世界では最早あり得ない筈だった" 本当の人間(ホモ・サピエンス) "の進化を】

【感謝するわ、新たなる知識の誕生の瞬間に出会えたこの巡り合わせに】

気付けば、世界が止まっている。

恐怖のあまり頭がおかしくなったのか、それともこれが走馬灯という奴なのか。

そんな疑問もお構いなしに、頭の中でハーヴィーのどこか興奮したような跳ねる声が響いて。

【 きっかけ(死) はここにある】

【さあ、思い出しなさい、、遠山鳴人。"霧の夢"で貴方が得た可能性を。あのおぞましい存在、それをすら封印する古い霧の神の権能を、アンタは既に機能として扱える筈】

ああでも、何故か。遠山はすごく、すごく。

【さあ、進化の時よ。 遠山鳴人(冒険者) 】

安心した。

どくん。

心臓が鳴った。

血が巡り始める。

「ジャロ?」

ティタノスメヤが、獲物の異変に気付いたらしい。さらに締め付ける力を強くしようとした瞬間。

「……ゲホ。パワーアップイベントが、わかりづらいんだよ」

ばしゃり。

バケツから水が溢れるような勢いで、ティタノスメヤの身体が弾けた。

血が飛び散り、どさりとその身体に包まれていた遠山が解放される。

「ジャ……ア」

「ゲホ、ゲホ。……あー、くそ、頭痛えし、怖いし、本当に最悪だ」

べちゃ。

それでも立ち上がる。身体は満身創痍。だが、今遠山には先ほどまではなかったものがある。

『あら? フフ、すごい、まだ立つの? もう諦めたと思って「少し、ほんの少しだが、お前に感謝してる」

白蛇女の言葉を遮り、遠山が言葉を連ねた。

『………なんのこと?』

「お約束だよ。ああ、お前は本気で俺を追い詰めてくれた。本気で俺に恐怖を植え付けてくれた」

『追い詰めた? ねえ、本気で言ってる? それどころじゃないよ? 貴方のキリでは私たちを完全に滅ぼすことは出来ないじゃない。それとも他に何かあるの?』

「さあ、ある、らしいぞ。……もうごちゃごちゃ考えるのはやめにするわ」

濡れた土を遠山が掬いとり、髪になすりつける。ワックス代わりにしたそれで髪をかきあげて、その鋭い目を露にした。

『……みな、疾く殺せ。何か、おかしい』

白蛇女が、今までにない低い声でティタノスメヤ、彼女の種族に令を出す。

一斉に、大蛇達が遠山鳴人に濁流のごとく押し寄せて。

しゅうううう。

それは、平野に溜まる霧なれば。

瞬く間に、周囲を真白に染め上げる。

濃すぎる白は、濃い黒と何も変わらない。全てを塗りつぶし、閉じるのだ。

『どこに……?!」

「ジャロロロロロロロロロロロ?!」

「シュラ?!」

優れた感覚器官と、熱源を探る器官を持つ大蛇、そして白蛇女が同時に、遠山の姿を見失なった。

『これは…… 何かおかしい』

とぷ。

触れればそんな音がする、それほどに濃い霧だった。それが大蛇の群れ、全てを飲み込んでいて。

白蛇女はすぐその場で、地中への避難を試みる。自分さえ生き残れば大蛇達はまた再生する。

この霧の力を把握している彼女にとって、それは当たり前の選択で。

「あー、えっと。なんだっけ。くそ、痛みで頭が回んねー。待てよー、整理する。要はアレだ、遺物だ。キリヤイバが進化にどーたらこーたらってことだよな」

白い霧、濃いキリの中から遠山の声だけが響く。

どこにいるかもわからぬキリの主人、しかし、キリの向こう側から確かに響く。

「あー、うん、進化、進化、進化。あー、待てよ、そういえばあのお札マッチョがキリヤイバの真の力がどうのこうの言ってたよな」

「あ、そうだ。思い出した、なんか夢で遺物のなんたらかんたらが、どうのこうの言ってたなー」

それは化け物からしても、不気味な時間だった。

独り言だ。完全に誰かに聞かせるつもりはない心の声だだもれのセリフがただ、キリの中から響き続けるのだ。

まるで、その霧、そのキリ全てがーー

『なんの、ツモリ? どこに、隠れたの?!』

白蛇女が叫んで。

「よし、わかった。 多(・) 分(・) 、(・) こ(・) れ(・) だ(・) な(・) 。(・) ハ(・) ー(・) ヴ(・) ィ(・) ー(・) が(・) 言(・) っ(・) て(・) い(・) た(・) の(・) は(・) 」

とぷ。

ゆっくり、ゆっくり。

濃い、液体のごとき霧に人の形が浮いてくる。

どこかに"溶け込む"ように消えていた遠山鳴人が再び現れて。

『あなたっ、どこから?!』

【それでいいってこと。やっちゃいなよ、そんな化け物なんかさ】

遠山鳴人はいくつもの、 クエスト・マーカー(BADエンド好き) からの試練を乗り越えてきた。

遠山鳴人は既に、その報酬を"霧の夢"から受け取っていたのだ。

ぷしっ、首元から欠けたヤイバを引き抜いて。

「遺物」

"遺物" 人の可能性、人の位階を上げる力。遠山もまたそれに選ばれている。

「霧散」

それは、現代において、いずれある 星(・) の(・) 如(・) く(・) 輝(・) く(・) " 英(・) 雄(・) "がたどり着く領域。

遺物への理解、いや、"遺物への侵食"

「キリヤイバ」

出来ると思えば、出来る。行くところまで行かなければ得られない力もあるのならば、遠山は欲望のままに、進むだけ。

「" 拡大解釈(オーバー・ロード) 」