軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

67話 ある日

〜遠山鳴人が野暮用を片付けた2日後〜

「主教サマ、こちら次の書類です」

「はいはいはいっと、ねーえ、スヴィー、もう疲れた、ほんと疲れた。お願いだからそろそろ休みくれないかしら」

ぽん、ぽん、ぽん。

日の差す執務室に小気味良い大判を押す音が鳴る。

ガラス越しに注ぐうららかな光の下、天使教会主教、カノサ・テイエルフイルドは山のように積まれた書類と呑気に格闘していた。

「つーん」

彼女の右腕とも呼ぶべき部下、教会最高戦力の1人、主席聖女、スヴィ・ダクマーシャル。

シスター服に身を包んだ小柄な少女は主教の言葉に目を瞑って口を膨らます。

「よよよ、私の聖女がまだおへそ曲げちゃってる」

あまり傷ついた様子もなく、主教がおどける。山のような書類もしかし、この女のスペックからしたら大した仕事ではなかった。

「……知りません、私を誤魔化して夜のお店に遊びにいくような人はそのまま忙殺されてしまえばいいんです」

「ぐえ、もう、スヴィスヴィスヴィスヴィ、あれはほんと悪かったって言ってるじゃなーい。でも安心して、あの子達はほら、遊び、遊びの関係だからさー」

「……夜遊びなんてするから、こうはいに弱みをつつかれるんですよ」

「あ、うん。あれはね、ほんと反省します。油断も隙もねえよ、あの黒髪イカれ男。すごかったわよ、自分で自分の首を真顔で締め上げてるようなサマだったもの」

「……でも、最終的には彼はまた、乗り越えたんでしょう?」

「そーなのよー、なんかよくわかんないけど、ほすと? とか言い始めたと思ったらキレ気味の竜2人を口説き始めてさー。流石の私も、もう考えるのが嫌になってたからお酒飲んでたわ」

「……そこでお酒を飲むという選択肢を取れる主教サマ、やっぱりあのこうはいと似た物同士では?」

じとーっとした目で、スヴィが主教を見つめる。

「げ、やめてよ、スヴィ。あんなギリギリの綱渡りを趣味でしてるような変なのと一緒にするのは。あー、疲れた…… そういえばスヴィ、今日の竜殺しの動向は? もうあいつ少し目を離すと、わけわかんないこと始めるからほんと嫌い」

同族嫌悪、という言葉をスヴィは思い浮かべたが何も言わないことにした。己の主に口と頭では勝ち目がないことを彼女はよく知っていたから。

「……今日の所は冒険者ギルドに"狩猟"の手続きが提出されています。ここ3日ほどは主にティタノスメヤではなく、平原地帯に住まうモンスター、獣毛種を狙っているようです」

「……ふーん? 今更獣毛種? 都市付近の平原にいる獣毛種は3級か4級のモンスターがほとんどなのに? いや、いかんいかん、もうあんまり考えないでおくわ」

「……あ、主教サマ」

ぽそり。

スヴィがつぶやく。

「なにかしら、スヴィ」

ぽんぽんぽん。ハンコが重なり、書類が踊る。会話をしつつも主教の仕事は何一つ遅れることはなく。

「いえ…… やっぱりなんでも……」

「スヴィ、お願い、そこまで言ったらもう言って。気になるじゃない」

「……いえ、その、そういえば最近、平原地帯の北部、森林で行方不明の冒険者が増えてた話を思い出しまして…… 昨(・) 日(・) は(・) つ(・) い(・) に(・) 塔(・) 級(・) 冒(・) 険(・) 者(・) ま(・) で(・) 帰(・) っ(・) て(・) こ(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) っ(・) て(・) 、ただ、副葬品、"命の灯"はまだ消えてないようですが……」

教会と冒険者ギルドの関係は悪くない。なんでもかんでも共有するわけではないが、重大なことはきちんと互いに把握出来る程度には、良い関係が築けていた。

「スヴィちゃん、スヴィちゃん。いま、竜殺したちはどこで狩りをしてたっけ?」

ぴたり。主教の仕事の手が止まった。

「平原地帯で、獣毛種を目標に。ただ、獣毛種は割と平原北部の森林帯に近い場所にたくさん出てくるので……」

スヴィの声に、主教はゆっくり微笑み、椅子に深く腰掛ける。

「なんかありそ〜」

主教の気の抜けたうめき声。ぎゅぎゅっと彼女の胃も同じく呻いた。

………

……

〜同時刻〜

ミスは、なかった。何もしくじっていなかった。

今回は、前回の反省を活かしたつもりだ。

キリヤイバの出し惜しみもしなかった。初めから全力で戦った。

それで、このザマ。

「……げほ」

血の混じった唾を咳と共に吐き出す。口の中を切っただけ、そういうことにしておこう。

身体を預ける木の幹の感触、喉から込み上げる血の匂い、まだ生きている。身体は動く。

でも、立ち上がれない。怪物のよく延びるしなやかな体に叩きつけられた痺れが消えない。

やばい。今回は、マジでやばい。

『ア、ア、ア、ワタシ、最高にワタシ。ぷよぷよ、ふよふよ浮かんで、ヒナドリにナルノ。ワタシはヒナドリ』

怪物。

そいつが、とぐろを巻きながら、長い舌をチロチロ出しながら笑う。

化け物狩りに慣れていたつもりだった、本当につもりだったのだ。

身体の芯が冷たい。俺は、この感覚を知っている。現代ダンジョンの中で1人で迎えたあの瞬間と同じ感覚。

ストルは、ラザールを連れて離脱出来たのか?

ラ(・) ザ(・) ー(・) ル(・) は(・) 生(・) き(・) て(・) い(・) る(・) の(・) か(・) ?(・)

あとどれくらい時間を稼げばいい?

助けは、くるのか?

「……この前は、来なかった……」

いやだ、思い出すな、思い出すな。

なんで、今、あの時のことを。

「バベルの大穴ん時は、来なかった……」

俺は、死んだ。

現代ダンジョンで、死んだ、化け物に殺された。

そして、今、異世界でも、化け物に。

まずい、まずい、嫌だ、こんなとこで、いやだ、また、またーー

「……死にたくねえ」

かち、かち。なんの音だと思ったら、自分の歯が噛み合う音だ。震えが止まらない。

怖い。

死ぬのが、怖くてたまらない。

ここで、1人でーー

『ーーワタシモソウダッた」

怪物が、咲った。