作品タイトル不明
57話 がんばれ遠山、やっぱダメだわこいつ。次回、遠山、死す。
ピコン
【スピーチ・チャレンジ発生。竜をなだめろ】
遠山鳴人はオタクである。
数々のファンタジー、創作物に触れ、ソレを通して数多の擬似体験を決めてきたオタクである。
なので、こういう状況のお約束も知っている。
美人だが気の強いヒロインをその主人公にのみ許される鈍感さでヤキモキさせて怒られる。
娯楽として楽しんでいた状況はしかし、いざ自分の身に現実として降りかかってみるとどうだろう。
「ふかか」
「すぷぷ」
ストレス以外の何者でもなかった。
せせらぎのような笑い声が、交互に響く。
メイクアップされたどえらい美人、いや、美竜が2人、遠山鳴人を壇上から見下ろしている。
いや、こうはならんやろ。
遠山の中でシンプルな疑問と、パニックが踊り出す。
頼れる仲間はみんな目が死んでいるどころか、その能力を遺憾なく発揮して逃走に成功している。
「ば、かな……」
追い詰められた悪役のような台詞が口から漏れた。なんでだ、どうして、何がどうして。
数多の疑問が脳裏を廻る、だが何一つ答えは出てこない。
唯一、わかることはーー
「ふかか」
「すぷぷ」
竜の機嫌がよろしくないことだ。
「さあ、逆指名を受けられたトオヤマナルヒト、トオヤマナルヒト様。おいでくださいまし」
「あのクソアマ、グルかよ」
ピコン
【最近の行動により、各勢力からの評価が変化しています。
天使教会: 評価 使える奴、でもやばい奴だろお前。
商人ギルド: 評価 ドロモラ商会やばくね? 貴族からの評価やべーんだけど。
冒険者ギルド: 評価 あの、ティタノスメヤを出来ればこちらにも…… それとたまには依頼も受けてね……
竜大使館:評価 ナルヒト!
工房: 評価 油断ならねえクソヒューマン、でも新しい商売のアイデアはサンキューな。
貴族、上流階級: 評価 珍しい蛇の高級素材美味しいです。
???: 評価ーー
【冒険都市からの勢力評価が一定値を超えています。名声: "黒髪の奴隷"→名声: "名前をたまに聞く" に上昇しています、……やるじゃん。ほら、周りの連中もアンタの噂をしてるよ。がんばれ】
目の前に一気に広がるメッセージ。クエストの知らせと夢の中のパン文書館に棲みつく者からの暖かい言葉。
「トオヤマナルヒト、トオヤマナルヒトってどこかで聞いたことがあるぞ」
「商人ギルドの会合でその名前が上がっていたはずだ。たしか、ドロモラ商会にティタノスメヤの素材を卸している冒険者……」
「私は、教会の人間と聞きましてよ。なんでもあの主教殿の隠しナイフだとか」
「黒髪の奴隷とトオヤマナルヒトが同一人物というのはまさか、噂ではなくーー」
「竜殺しだ、黒髪の奴隷…… 先月、蒐集竜様を殺したという」
ざわざわと、会場が人々の声で満ちていく。ここ数日の遠山鳴人の行動は少しずつ、しかし確実にこの街に広がっていたのだ。
「くそ……」
周りの注目が全て遠山に注がれている、ラザールの影なしにはどう考えてもここから気付かれず逃げ出すことはできないだろう。
そしてあの薄情トカゲは判断が早かった。
遠山が、諦めて、ゆっくりホールを進んでいく。どかす必要もなく遠山の歩みに従うように人の波が避けていく。
あっという間にステージに辿り着いてしまった。
「ようこそ、おいでくださいました。あら、ラザール様やストル様は……」
ハロトがこちらを見つめて微笑む、おそらく全てわかっているのだろう。
「ウンコしに帰ったよ、奴らは」
遠山は精一杯考えて、なるべくあの2人がかっこ悪く聞こえるようにぼやいた。
「あら、まあ…… ふふ、信頼されていますのね」
「どこがだよ」
「だってーー」
ハロトが、頬に指を当てて言葉を紡ごうとして。
「女」
「キミ」
竜の声、静かに、重たく。
「……大変失礼を。我らが竜様。改めて、いと尊き貴女方のお戯れに当館をお選び頂きましたこと、恐悦至極にございます」
「よい、気にするな」
「うん、そうだねえい、騒がせて申し訳ないね、マダム・ハロト」
「生ける伝説たる貴女様からのお言葉、一生忘れません、全知、いえ、人知竜様」
底冷えする竜の声をしっとりと受け止め、深々とハロトが礼を示す。竜との理想的な接し方だった。
「お前ら、どうして……」
「ふかか、ナルヒト、こんばんは。良い、夜だな」
「やあ、トオヤマくん。良い夜だねえい」
遠山の疑問に竜は答えてくれない。
「あの、その細目で笑うのやめない? 怖いんだけど」
「ふか」
「すぷ」
ダメだ、また微笑みが深くなる。なればなるほど薄く開いた瞳、縦に裂けた瞳孔がより目立つ。
笑顔が、こわい。
「尊き竜様、高き竜様、このまま我らヒトに貴女達の戯れを拝謁させて頂きましてもよろしいのでしょうか? お望みならすぐにでも衆目をちらしますが」
ハロトが観衆に流し目を向けながら、竜にこのショウを続けてもいいかを問うた。
「……ああ、許すさ。オレの街の住人だ。ここは一つ、オレと此奴についての認識をはっきりさせてやるのも悪くない」
「構わないよ、ボクはヒトが好きだからねえい。一夜の夢、一夜の余興として、貪欲なキミ達が満足するかどうかはわからないが…… すぷぷ、ヒトに懸想する竜を観てキミ達は何を思うんだろうねえ」
竜は快く、その姿を衆目に晒すことを許した。元来彼女達は注目を浴びることが嫌いではない。
竜界を出て、人界に住まうことを選んだ竜ならばなおさらに。
「ああ…… 顔が良い……」
「蒐集竜様、気高い……」
たまたま竜と目が合ったらしい人間が、ばたり、またばたりと気絶していく。
「嘘だろ、人が、倒れてる……」
顔が良すぎて人が気絶した。遠山は信じられない光景に割と引いた。いや、もう今更こいつらに関してはなんでもありか。
「ナルヒト、まあ、座れよ。力を抜いてな」
「ドラ子…… 待て、説明しろ。なんでお前ここにいるんだよ」
ドラ子の言葉に、遠山は疑問を問いかける。必死に思考を巡らせ続けるも答えが出ない、なんで、ここに、このタイミングで竜が現れるのか、予想すら立てれない。
「んん? な、ん、で? ふかか、なんでかなあ、ナルヒト」
「ひえ」
凶悪、いや、暴力的な美がそこにある、長い金の髪は1束に結い上げられ、髪形も編み込まれている。芸術品と言われても納得する造形。
瞳の色と同じ、蒼いドレスに白い手袋、そしてそれよりも眩い白い肌。
メイクされているのか、普段からバカみたいな美人のドラ子が、今はさらにバカやばい魅力を放っている。
だが、目は笑っていない。
「すぷぷ、こらこら、ダメだろう? 蒐集竜。トオヤマくんが怯えているじゃあないかい、んー? でもキミはなんの理由もなしに我ら竜に怯えるような人間ではないよねえい」
「ええ……」
なんだ、この針の筵感は。まるで浮気がバレたお父さんのような気持ちだ。いや、お父さんもいないし、恋人出来たことないから浮気なんて出来ようもないのだけれど。
遠山は居心地が悪すぎるソファに浅く座る。2人の美竜はニコニコと微笑むままだ。でも、やはり目は笑っていない。
「……マジでなんなん…… なんでこんな……」
「トオヤマくん、分かるよ、分かるとも。キミからしてみれば意味がわからないだろう? 私たちがここにいるのも、アリスがこんなに不機嫌なのも。ああ、その混乱、分かるとも」
銀髪のどえらい美人、人知の竜が首を傾げ、手を組みながら微笑む。
遠山を見つめる目は目尻が下り、頬は緩んでいる。
しかし、やはり目は笑わない。
「げえ、変態ドラゴン、アンタもかよ…… あの、出来ればね、説明をね、してほしいのよ」
黒いレース編みされたドレスに銀色の髪、黒い手袋で髪を漉くその姿は見ているだけで金を払いたくなる光景だった。
遠山はサイフを取り出してしまいたい衝動を抑えてゆっくり言葉を選ぶ。
「……ナルヒト、女を、探しているらしいな」
「女……?」
ドラ子のボソリとした呟き。竜の威圧や衆目からの注目、極度のストレス状態に陥った遠山。
身体はその状態を生命の危機だと認識した、幾度も危機に遭遇した遠山の肉体は反射的に活動を始める。
数多のホルモン活動、急上昇する血圧、増える血流。この状況を回避しようと、遠山鳴人の脳みそがフル回転を始めて。
「ま、さか……」
結論、全てバレている。竜達にあの女主教を脅そうとしたことがバレているのか。
遠山はそう判断した。
「ふん、……その反応、やはり…… お前はここに気になる女を探しにきたのだな」
気になる女、だと?
こいつ、どんなカマをかけてきやがる…… なんだ、何を間違えた? なんで俺が主教を脅そうとしてるのがわかったんだ?
繰り返すが、遠山鳴人はオタクである。
今まで触れてきた創作物の中でこういうシチュエーションは何度も疑似体験してきている。
だが悲しいことに遠山は自己評価の低さと探索者時代にやべえ女から受けた洗脳により他人からの好意に気付くことが出来ない。
鈍感ではなく不感症だ。
故に遠山は理解ができない、考察にも至れない。2人の竜が不機嫌な理由に自分が大きく関わっていることなど想像も出来ないのだ。
「………それがお前たちになんの関係があるんだよ」
だから、平気でこういうことが言えてしまうのだ。
ぴくり。人知竜の呼吸が止まった。蒐集竜の微笑みが固まった。
遠山鳴人の勘違いは続く。
「………悪いが、俺にはお前らが不機嫌な理由が分からん。いきなりよー、現れてそんなイライラぶつけられると気分悪いんだけど」
「おお!」
「あの男、竜に口答えを……」
「正気じゃないぞ……」
遠山の竜に対しての口ぶりにどよめきが上がる。この世界の常識からは考えられぬ竜への不遜。
「……オレには言えぬことなのか?(気になる女がいるということは)」
「いちいち何するにもお前の許可がいるのかよ、ドラ子。お前はダチだけど、そこまで干渉される覚えはねー(パン屋建てる為にこの街に来たこととか)」
絶望的な勘違いは続く。
お約束のシチュエーション、ヒロインに取り合いされたりヤキモチされる状況ではあるのだが、残念ながら遠山鳴人はイカれているし、性格も基本的にはよろしくない。
敵意には敵意で返してしまうタイプの人間だ。いつしか竜達の不機嫌に当てられて、遠山までもが不機嫌になっていた。
「そう、か…… もう心に決めているのか?(気になる女のことを)」
「ああ、これしか方法はないし、やめるつもりもない。例えお前に止められようともな(パン屋を作ることを)」
「……なぁるほどねえい、トオヤマくん、そんなにも魅せられているのかい? ……参考にしたいんだけれど、(女の)何がキミをそこまで駆り立てたのかな?」
「あ? 何が……か。まあ元々割と好きだしな(パン) それに俺はあいつに賭けた(ラザールのパン作りの才能) 俺は、自分のやりたいことをやるって決めてるんだよ(パン屋の話)」
「そっか…… すぷぷ、これは、少し予定外だねえい、まさか、キミがそんな想いを抱くことがあるなんて……」
「そんな想いって…… なんか変な言い方だな。男なら一度はやってみたくなるもんなんだよ(自分の商売)。だからそれについてお前らにいちいちこんなふうにプレッシャーかけられる意味がわかんねえ(パン屋の話し)」
すれ違い、ニアミス。決して交わらない話はしかし、一切の澱みなく続いてしまう。
「ナルヒト」
「なんだよ、ドラ子」
ドラ子の微笑みが止まった。
まっすぐ、遠山を見て。
「オレは…… 嫌だ」
「は?」
「嫌だ、嫌だ。いやなのだ、オレに、オレに相談もなく、ああ、いや、わかっておる、貴様がこういうのは好きじゃないということも、知っている、だが、なぜだ、オレよりも魅力的なのか?(その女は)」
ドラ子の蒼い瞳が明滅している。深い激情が、縦の瞳孔から溢れて、目からこぼれ落ちるかのような様子。
「は? いや、魅力って、なんの話してんだよ。比べるもんでもないだろ、それにドラ子、お前とこれ(パン屋)は別物っていうか……」
だが、その激情も遠山鳴人には届かない、理解出来ない、響かない。
「ふたまたせんげん?!?」
興奮したドラ子もまた、目を剥き出して叫ぶ。絶望的に話は噛み合っていないのに誰もそれに気づかない。
「すぷぷ、……トオヤマくん、流石にそれは、僕もあんまり賛成出来ないなあ……」
人知竜までもが、遠山の言葉に冷たい言葉をぼそりと。
なんだ、こいつら、何を言っている?
ふたまた? 賛成出来ない?
遠山鳴人はさらに思考を深める。脳に瞳が生えるのではないほどに頭をしぼる。意味のわからないことを言う美竜2人、彼女たちの言葉からその真意を探る。
やけに熱の入った言葉のドラ子、何故か遠い目でこちらを見つめる変態ドラゴン。
追い詰められた遠山は驚異的な速度で頭を廻す。ストレス、ストレス、ストレス。過度にかかるストレスが肉体の機能をさらに加速させた。
ピコン
【過度なストレスがかかった状態で、思考を続けました。条件達成、技能獲得: "ラン・ホース・ライト"
技能効果 スピーチ・チャレンジの土壇場において今までの人生で得た経験、記憶から活路を見出すことができる。INT値による補正が発生する。"頭ハッピーセット"との相乗効果により、冷静さを失う】
それは進歩。
遠山鳴人にこの世界の法則は適用されない。怪物を殺すことでレベルアップすることは出来ない。
だが、遠山鳴人は別の法則で成長する、変化する。現代に生きる誰もが持つ可能性。
試練の中、立ち向かうことでソレを得るのだ。
技能。
ホモ・サピエンスの進化には常にそれが共にあった。
遠山鳴人もまた同じくーー
「ナルヒト?」
「トオヤマくん?」
「なぞは全て解けた」
ぱちん、遠山が指を鳴らす。浅く腰掛けていたソファに、深く身体を沈めて脚を組んだ。
「む?」
「ぷ?」
ラン・ホース・ライト。危機を前に、遠山鳴人の脳細胞は加速し、答えを導いた。
2人の美竜の不機嫌の理由をーー
「お前ら、(パン屋の)仲間外れにされたから拗ねてるんだな」
ははーん、ドヤ顔かましながら遠山が再び指を、パチンと。虚しく、ホールに乾いた音が響いた。
「…………言いようによってはそうなる、のか?」
「ふーん、まあ、その表現はユニークだけどねえい……」
竜がかなり微妙な顔をした。遠山はその様子を図星を当てられた気まずさからくるものだと判断して言葉を続ける。
「まあ確かに、ドラ子。友達のお前に何も言わずにこんなことしてんのは少し不義理だったと思う。それはすまん」
「む、少し、……少し、なのか?」
竜達が少し落ち着いた様子、遠山はソレを見てたたみかける。決して言ってはならない一言を。
「だが、悪いがはっきり言わせてもらうぞ、ドラ子に変態。これは、(パン屋ね)お前らには関係ないことだろ(パン屋のこと)」
「え」
「ーーーー」
竜の2人の顔が、固まった。
遠山は止まらない、あーあ、止まらない。
パン屋を作り、金を稼いで、 副葬品、教会誓約書(プリジ・スクロール) の誓約を乗り越える。これは遠山鳴人の決断で負ったリスクだ。
友達であるドラ子や、よくわからない竜を巻き込むことではない。
遠山は、遠山なりの筋を通して、本人なりに思いやりを込めた言葉を最悪のタイミングで、最高に熱の入った言葉でーー
「でも、安心しろよ。きちんと全部上手くいったらお前らにも紹介するからさ(パン屋をね)」
言いきった。
決まった、遠山鳴人は会心の一言に思わず自画自賛してしまう。
これだよこれ、リアル異世界転移の最中なんだからこういうなんか良いこと言って良い感じになってもいいだろ。
止まらない自画自賛の中、ふと、目の前に矢印が浮いていて。
「うん?」
ピコン
【スピーチ・チャレンジ、失敗。サイドクエストに失敗しました……… うわ、マジでありえないんだけど。サイアク】
メッセージが、流れて。
「ひゅか」
「しゅぷ」
ツーっと、2筋。
蒼と暗。
竜の瞳、縦に裂けた瞳孔から煌めく雫が垂れ落ちた。
「……………………………エ?」
遠山が、竜を泣かせた。