軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

41話 INT28ーー INT0

シンパシー、人間の感覚の中には理屈では説明出来ない不思議なものがある。

問答無用の共感性。

何一つ同じ部分などないはずの人間という個体間においての気持ちが悪いほどの瞬間的な相互理解。

遠山鳴人は今日、それを感じることとなった。

「今回は度重なる騎士派の不手際、非礼。そして何より御身とご友人を危険な目に合わせたこと、重ねて、深くお詫び致します」

湯浴みを終え、いつのまにか洗濯されていた服装に着替えた遠山と、ラザール。

白毛の猫獣人シスターに案内されるまま、ステンドグラス張り巡らせる廊下を渡り、部屋へと通され、その女に出会った。

「む……」

ラザールが、その女の雰囲気に目を白黒させる。

宗教画の一幕。

確かな高貴、確かな知性。本当に小一時間前にゲロ土下座かました人間と同じ人間とは思えない品をその女は纏う。

シックな茶色の毛皮の絨毯、ろうそくで飾られるシャンデリア、嫌味にならない程度に金糸でゆわれたソファに座るその女に遠山とラザールは思わず、息を飲んだ。

「どうぞ、おかけくださいませ。スヴィ、トッスル。お2人にお飲み物を。湯浴み後です、はちみつを溶かした清水を銀の入れ物へ」

「かしこまりました」

長いまつ毛に隠された糸目。黒いケープに白い肌がコントラストに映るその容姿。

狐が化けて出たような美人だ。

ゲロ土下座女、いや、"メッセージ"の示した情報によれば、天使教会最高指導者、"主教"。遠山が彼女を黙って見つめる。

風呂上がりの火照りとは関係なく、汗を掻いた。

こいつ、やべえ。

シンパシー。

説明不可能の感覚が、遠山にその女の本質を伝えた。メッセージもヒントでもない、それは遠山鳴人本人の感覚だ。

立ち振る舞い、所作、視線、声。

その全てが造りもの、何一つ自分自身から出たものがない。

その全てが計算されて、それを完全に演じている。

竜大使館の時はドラ子と揉めたせいでなんとも思ってなかったが、相対して初めてわかるその意味不明さ。

「あ、ああ、座らせてもらうよ」

ラザールが浮足だっているのがその証拠だ。その声、目線は人を惹きつける。ドラ子の持つ上位生物としての威厳や圧とはまた違う異様。

カリスマ。その偽物、しかし下手な本物よりも魅力のあるそれを目の前の女は持っていた。

「……………うっわ」

遠山は思わず呻いた。

うさんくせえ、その言葉、眼差しのどれひとつほんものはない。

「どうぞ、お飲み物です」

「……どうも」

差し出された銀の杯、薄い黄金色の水が天井のシャンデリアの火を写す。

「……ナルヒト?」

「…………」

そういうのに全く気づかないっぽいラザールが水差しを見た後にこちらへ問いかける。

飲んでもいいのか、とその目が語っていた。好きにしろや。

「ふふ、そう警戒なさらないでください。毒なんて入っておりませんから」

「あ! ああ、これは失礼…… う、うまい」

銀のコップを傾けたラザールが目を大きく開いて唸った。そうだね、良かったね。遠山はまだ飲み物には手をつけない。

「ふふ、お口にあって何よりです。教会の運営している養蜂場から今朝採れた蜜を溶かせていますの。お風呂上がりの火照る体を冷ましてくれますから」

「お気遣いどうも。主教どの。……てっきり俺たちはこのまま罪人として裁かれるのかと思ったよ。風呂に入れてくれたのも最後の慈悲かなんかじゃないかってな」

考えることが多すぎる、そのくせ相手への理解が全く足りていない。

遠山はあえて、態度を尖らせ相手の反応を伺う。

あのメッセージ、矢印こそ出ていないがスピーチ・チャレンジがどうのこうの。つまりこの女との何かしらの厄介ごとがこれから起こる、それだけしか遠山には判断の情報がなく

「ーーそうですね。いえ、ややこしい言葉遊びなどは必要ないでしょう。竜殺し、トオヤマナルヒト様、そしてそのお仲間、ラザール様、この度は誠に、騎士派がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「………」

嘘を言っているようには見えない、だがきっと本当の方を言うつもりもない。

遠山にはそう見えた。

「裁く、などとどの口が言えましょうか。今回の件は完全に、私たち教会に非がありますゆえ」

完璧な所作で頭を深く下げる女、主教という立場から考えても社会的地位は、住所不定、孤児のコブ付きである遠山たちとは比べるべくもない。

なのに、目の前の女は本気で、心の底から真摯に頭を下げていた、少なくとも、そう見えた。

「よ、よしてくれ、王国にも天使教会の威光は届いている。今回のことはそもそも騎士の連中と俺たちの問題だった。あなたはそれを助けてくれたんじゃないか」

「まあ、なんと、なんとお優しいお言葉でしょう、ラザール様、あなたの行く先々に、天使の光が満ちているようですわ」

ラザールくんに至ってはもう完全に萎縮していた。

ついさっきまで骨の竜の姿になるという超かっこいいドラゴラムしてなおかつ影まで纏うという厨二スタイルで暴れていた奴とは思えない。

借りてきたトカゲだ。目をパチパチ瞬かせながら、蜂蜜入りの水を舐めるようにちびちび飲んでいる。

相棒が完全に籠絡されている、だからこそ遠山は冷静でいられた。

「で、結局、主教様の本題はなんでしょうか?」

主教の言葉をあしらい、遠山が続ける。

「な、ナルヒト、態度が悪いぞ、この人は俺たちに礼儀を尽くしてくれているのに」

「うん、ラザールくん。お前はそのままでいてくれ。こーゆうのは俺の仕事だ。……ずるいな、あんた。俺のツレはもうしてやられてる」

ラザールを制して、遠山が小さく首を傾げながら主教を見つめる。

一筋の糸のように笑顔の形のまま動かない瞼。その奥にある瞳は果たして何色か。

「はて、なんのことでしょうか?」

「こっちのことは全て調べ尽くしてんだろ? ラザールの性格、俺の事情。始める前から勝負決めにきてんじゃねえか。勝ち目がねえよ、これじゃあ」

当てずっぽうの鎌かけ。

相手が乗ってくれれば儲けものの一言。

「ふふ、なんのお話でしょうか?」

ピコン

女主教の糸目は変わらない。穏やかな微笑みを張り付けそれを遠山に向けるだけ。

矢印が現れた。

「……まだとぼけるか。アンタは一体俺たちから 何(・) が(・) 欲(・) し(・) い(・) ?(・) (・) 何(・) を(・) 得(・) よ(・) う(・) と(・) し(・) て(・) ん(・) だ(・) ?(・) 」

「な、ナルヒト?」

「………ふふ、まあ。そんな怖い顔をされて。滅相もありません、ただ、私たちは貴方達を保護、いえ、支援させて頂きたいだけでございますよ」

「……質問に答えてくれよ、主教サマ。俺はアンタが何が欲しいか聞いたんだぜ、いや、正確には、何をどう欲して、それをいくらで買い取るつもりなんだ……ってとこか?」

遠山にはぼんやりと、この女主教の目的が予想できていた。

あのゲロ土下座、聖女とやらの存在、そして竜大使館で見たドラ子と教会の関係、そして騎士、ストルが話していた竜という存在への認識。

自分が、竜殺しと呼ばれている事実も把握していた。

「………へえ、なかなかどうして。やはり、思った通り、か」

すっ、と。切れ込みが入るかのように糸目が僅かに見開かれる。そこから覗くのは暗い紫水晶を溶かした瞳。

「嫌な目だな」

茶色の目が、その怪しい色を写す。

「あら、ひどいお言葉です。ふふ。傷付きますわ、遠山様は意地悪なお方ですのね」

共感性。

ふたりは決して、互いに殺気をぶつけているわけでもない。決して敵意を交わしているわけではない。

なのに、聖女も、隠密も、影の牙も言葉を発することはない。

毒虫と毒蛇が微笑み、互いにいつ牙を突き立てるかを伺う、そんな嫌な空気が部屋に満ちる。

女主教の糸目は、変わらずニコニコと歪み遠山をみる。

遠山はチベットスナギツネのような鋭い目を隠そうともせず、女主教を睨む。

共感性、ある意味でとても似ていて、しかし決して分かり合えない2人。

しかし、両者の想いは1つ。全く同じことを笑顔と、虚無顔の裏で考えていた。

((こいつ、性格ワッッッッッル!! 絶対友達と恋人もいねーよ))

「ふ、ふふふふふふ」

「あは、あはははは」

同時に朗らかに笑い合う2人。互いに同時に、目を合わせたまま銀の杯にある飲み物を口に含む。

「うわ」

「ダメです、長殿。お気持ちはわかりますがここは主殿にお任せしましょう」

笑顔なのに、目の笑っていない主教と遠山。聖女が顔を顰め、猫シスターがそれを諌める。

ここより始まるのは化かし合い。欲望と欲望を舌に乗せ、剣ではなく言葉にて利益を掠め合う人間の戦い。

知性、人を人たらしめるその要素。それをもしこの場で互いに可視化できるのであれば。

冒険者ギルドにて採用されている副葬品 キャラ・ロールの示す人の力。

遠山鳴人の知性は7。

充分に世の中を渡り、嘘を嘘と見抜き、歴史から学ぶことが出来る知性である。

それに対し、糸目で笑う女の知性、実に

INT 28ーー

それはつまり、己の嘘で世界を騙す稀代の才能。

その舌と頭脳で、歴史すら作れる異才。

舌と舌を噛み合う、絶望のスピーチチャレンジがはじま

「全員動くな!!! 栄えある天使教会騎士団の公務だ!! 繰り返す、全員動くな!」

はじまらなかった。

ドアが蹴破られ、部屋に響くは軍靴と銀鎧の擦れる音。

「ご報告! 罪人2人の姿を確認! 騎士団に逆らった逆賊です!」

「出入り口を塞げ! 廊下には教会術師を配備しろ!」

「第2騎士ブレナ様以下10剣と副団長殿もまもなく到着になられる! 道をあけておけ!」

「動くな! 罪人! 少しでも動けばその首、叩き落とす!」

数多の騎士が一気に部屋にガチャガチャ集まる。

四隅を抑えられ、

抜かれる剣、銀の輝きを持つ幅広の直剣が遠山とラザールに突きつけられて

「うおっほん! ああ、よくやった、諸君。それでこそ栄えある騎士団の仕事だ。やあ、主教、邪魔させてもらおうか。いやとは言わさんぞ」

髭の生えたでかいデブ、膨れた銀の騎士鎧、高慢な顔で部屋に押し入るのは

「天使教会騎士団、団長、ドアゴ・フォン・スーパナ男爵だ。薄汚い逆賊、"竜殺し"、及び"王国"王家の暗殺者、"影の牙"の処刑のため、その身柄預からせてもらおう、天使の威光と、騎士の誉に、天明にお縄につくのだ!」

筋肉ヒゲダルマがそのテカッた顔をきらり、なめ光らせた。

「「あ??」」

遠山と主教、2人同時に声を上げ。

奇しくも同時に、同じ場所、こめかみに青筋を立てていた。