軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34話 VS"正義"

「ヤベエ奴?! ど、どこですか?! ご安心ください! この第一騎士、ストル・プーラ! やべえ奴などに遅れは取りません!」

空から降ってきたその少女の騎士。

遠山の呟きに過剰に反応するその姿から、遠山はその予感を確かにする。

あ、コイツ、バカだ。厄介なバカだ、と。

「…………ラザール、たのむ、会話代わってくれ。頭が痛い、吐き気もする」

「すまん、ナルヒト。今新しいパンのレシピ考えてるから……」

「微妙に押し付けづらい言葉を選びやがって」

助け舟を求めたラザールはお空を見上げて顔を背ける。このやろう、地雷を見抜く力は本物だ。

「で! どこです?! そのヤベエ奴…… ふお?! いけないいけない、巧みな話術に乗せられ、現行殺人犯と仲良くしてしまうところでした! 私、こう見えて賢いので! あなたのような悪人の舌には乗せられませんとも!」

「あ、はい」

チッチッチと得意げに指を振る少女に遠山は静かに返事をする。

「だ、第一騎士?!! 今、第一騎士って言ったのか?! 天使教会最大戦力、騎士団最強の騎士!?」

耳障りな叫び声はキルカウントのラスト1人。一手遅かった。さて、どうやって始末したものか。

「む、ふふふふふ! そこの人、あなたはなかなか良い人のようディス! そう、その通り、この私こそ、天使教会騎士団において最強の騎士! 第一騎士、ストル・プーラなのディス!」

得意げに腰に手を当てて笑う少女。身長は低い、150センチあるか、ないかの小さな上背。しかしその身に纏う鎧やみのこなしから只者ではないと容易に判断出来る。

「すごい全部既出の情報だよ、知ってる内容を自己紹介してるよこの人」

「ナルヒト、気持ちはわかるがあまり刺激しない方がいい。……別格だ」

「……ああ、だな。神様なんてのがいるとして、どうしてこう、バカに力を持たせたがるかね」

だが多分、オツムはアレだ。もう話している言葉や話し方から知性というものが感じられない。

「む? 今、あなたバカって言いましたか? ダメディス! 人のことをバカなんて言うのはいけないことディス! さあ、そこの人にバカって言ったのを謝りなさい!」

バカにはバカという言葉すら届かないのか。

遠山は一気に疲れ始める。

「いや、バカってのはソイツじゃなくて。まあ、確かに力量の差を理解できなかった点は馬鹿か……」

「第一騎士!!! こ、殺される?! そこの殺人鬼どもに殺される! た、助けてくれ!!」

割と呑気している遠山とは裏腹に、最後の生き残りが必死な声を叫ぶ。

「は?」

ラザールはそのいい加減な言葉に呆気にとられ

「チッ、こうなるか」

遠山は小さく舌打ちを。

この状況だ。確かに一見すると遠山たちが加害者側に見えないこともない。

「む、むむむむむ、そこの方! お話を詳しく! むお?! しかし気づけば骸が4つも!! むむむむ!? あなた、何をされたのディスか? 大丈夫ディス!?」

「あ、ああ、騎士、騎士様! 聞いてくれ! あ、あいつらに仲間が殺されたんだ! 命乞いした奴も、お、女も! 女も殺された! あ、あとそうだ! か、家族!! 家族も殺すって、脅されて、おれ、おれっ!」

「ああっ、なんと!? 真(・) 実(・) !(・) 真実デイスね! あなたは嘘を言っていない! む、ムムム! そこの人! リザドニアンと黒髪さん、動かないでくださいね! 今、あなた達には容疑がかけられているのディス! 天使様と皇帝陛下から頂いている法執行の権利を示します!」

予想通り、人の話を聞かないバカが遠山達に敵意を向ける。

どこの世界でもクソ野郎ほど声が大きく、そしてバカほどこの声を信じてしまうものだ。

本当に大切な言葉や、正しい言葉は小さな声に宿るということを知る人間はあまりにも少なく。

「法執行、難しい言葉知ってんのな」

「ナルヒト! 今は軽口はよせ。あ、ああ、わかった。だが、騎士殿、俺たちの言い分も聞いてはくれないか?」

小さな声でぼやく遠山をラザールが嗜める。その落ち着いた声を少女の騎士に向けて。

「む、それもそうディスね…… あなた達はなぜーー」

「嘘だ! 騎士様、アイツらは嘘を言ってる!! 信じちゃダメだ! こ、こんな、こんな簡単に人を殺せるような連中なんだぞ! 嘘だ、嘘、ウソウソウソウソ!!」

喚く喚く喚く。唾を飛ばし、叫び声にも等しい大声で最後の生き残りが喚いている。

必死だ、ここを正念場として定めたのだろう。騎士とやらに守ってもらうことでこの場を切り抜けようとしている。

「………よく回る舌だな、引っこ抜いてやろうか?」

あまりにも楽観、そして短絡的な浅ましい考えにイラつく。遠山が静かに殺意を改めてそいつにむけた。

「ひ?! き、聞いたでしょう、騎士様!! あの恐ろしい言葉!! た、助けて、助けてくださいいい、ほら、矢、矢も刺さってるんですうう、死んじゃうよおお」

泣き始めるその男、ラザールですらその有様に舌打ちをしていた。

「あ、わわわ、ほ、ほんとです! ひ、ひどい怪我!! えと、えっと、あった! ありましたディス! "天使の涙"! 矢、抜きますね!」

だがその浅ましい態度も、少女からすれば弱者の助けを求める言葉に聞こえるのだろう。

騎士の責務を果たすべく、少女がその男の治療を始める。

太ももに深く突き刺さる遠山が放った矢、無造作にそれを掴んでーー

「よ、っと」

一気に引き抜く。栓が抜けたように血が溢れ始めて。

「え、ヒッギ?! ああアアアアア……… あ、あれ? い、痛くない?」

雑な対処に苦悶の声、しかしそれはすぐに立ち消えた。

少女騎士が懐から取り出したガラス瓶、それを傾け薬液を2滴ほどその傷口へ、ぽたり、ぽたり。

それだけで、矢尻がえぐったはずの傷が塞がり始めてーー

「ふう、よかった。主席聖女の癒しほどではありませんが、充分癒しの力はあるはずディス。これで、怪我の心配はいりません」

「……ラザール、アレはなんだ」

「……天使教会の秘薬。製法は不明だが、大戦時には千切れた腕やら脚やらを繋げたとかいう噂もあるほどの効力のアイテム…… 実物を見るのは初めてだ」

「ふーん、さて、どうしたものかね」

そんなものを持っている騎士。恐らく実力者、かつ組織の中でもそれなりの立場なのだろう。

と、いうことはつまり、目の前のバカは只のバカではないということになる。

「では、あらためて。何かあなた達に申し開きはありますか? いくら冒険者同士の争いとはいえ、理由もなくこのような酷いことをしたというのならば、私は天使教会の剣として、役目を果たさなければなりませんディス」

男の治療を終えた騎士が立ち上がり、改めて遠山とラザールを見つめる。

わずかに雰囲気が変わり始めている。遠山とラザールは敏感にそれを察した。

「も、申し開きなんて聞く必要はないでしょう! 騎士様、こちらは仲間が殺されてるんです! は、早くあいつらを殺してください! あ、あんな獣のような連中をのさばらせていいとでもーー」

しかしソイツはそんなことには気づかない。駄々をこねるガキのように騒ぎ立てる。いつもこうしてきたのだろう。何か困ったことがあれば大声出して、騒いでーー

クズは生きやすくて羨ましい。遠山は目の前の男をただ、静かに見つめた。

「むむ、確かにこんな数を殺してます、これはやはり、悪……」

そのクズの声にバカが悪い方に反応し始める。

「ナルヒト」

ラザールが小さく遠山の名前を呼ぶ。その意味を遠山も理解する。

残念だが、クズの言葉が誰かに届くこともある、だが今この場でこれはまずい。

「ああくそ、なんでいつもいつも勝てねえ奴とばかり揉めるかね、…… あー、騎士ストル殿、申し開きのチャンス、いただいても?」

なんとか弁明しようと遠山がはっきり、その騎士の名前を呼んだ。

「む、むむ、その豪胆さ、逆に気になります、ハイ、許可します」

少女が遠山の言葉を聞き始めてーー

「許可?! バカな!? 騎士様、アンタ、あんな犯罪者の言葉をきくのか?! 天使教会は殺人犯を匿うっッーー ひ!?」

クズがしかし、大声をまた出す。もうそれしかコイツには方法がないゆえに。

そしてその大声は、言ってはならない言葉に触れた。

クズでもわかる鋭い殺気は、遠山やラザールのものではない。

少女騎士から放たれたもので。

「冒険者、私のことをばかにしたりするのはまあ、いいでしょう。しかし、教会のことをつぎ、その汚い口で少しでも貶めてみなさい、その首と胴体、別れさせます…… ディス」

重く、冷たい声だ。現れた直前のわちゃわちゃしていた彼女の雰囲気はどこにもない。

天使教会、第一騎士としての言葉が、愚かな冒険者の口を止める。

「は、は、はひい」

「……ただのバカでもない、か」

厄介だ。遠山は目の前の少女の騎士への警戒をさらに強める。

「お待たせしました!推定殺人鬼さん。では、あなた達の罪を語ってください! "嘘"をついた時点で残念ですが、償っていただくようになりますのでご注意を!!」

気になるワードを言いつつ、少女の雰囲気がまた明るくなる。

警戒を解かずに、遠山は頭を回してこの場で最善の言葉を選んだ。

「…………アンタの法では、強盗にも慈愛を示せと言ってんのか?」

「むむむ? 強盗…… いえ!! 天使様のご意志をもとに作られた帝国法では個人の財産を尊重しております! 強盗はつまり、いけないことです! 私、こう見えて賢いので! 縛り首です!」

「ふうん。じゃあ聞くけど冒険者同士のいざこざについてはどう思う? 例えば苦労して狩った獲物を横取りしてくる奴を殺した場合、それは殺した側が悪いのか?」

「む?! いいえ! そんなわけありません! 基本的に冒険者職は自己責任! 冒険中に起きた全ての過失や失敗は当人の責任です! ましてや他人の成果を横取りするなど言語道断! ギルドにおいては把握が難しいためなかなか犯罪としての立証は難しいディスが、返り討ちにするのは全く問題ないディス…… ん? むむむむむ?! もしかして、その荷車に積んである獲物は……」

「あ、おい、ちょっと」

ぴょん、ぴょんと飛び跳ねるように移動する彼女が、遠山達の荷車に近づく。

そしてそこに積まれてある戦利品を見て、目を見開いた。

「テイタノスメヤ!! およよよ! 驚きました! このモンスターを狩ることが出来る冒険者はそう多くありません! よよ?! しかも2人?! む、むむ。2人、5人、弓矢…… あ! 私、閃きました! あなた、強盗を返り討ちにしただけですね! ふふふ、状況を当てたことに驚くのも無理はありません、私、こう見えて賢いので!」

「あ、はい。いやそれ俺最初からそう言って…… いえ、なんでもないです。そういう感じです」

言っても無駄だろう。遠山は素直に頷くことにした。

そして、少女は笑う。全ての事実を正しく、認識した騎士が朗らかに笑って。

「ウイーフック!! やはりそうでしたか! むむ、見えてきました! 見えてきましたよ! つまり、この倒れている可哀想な死骸たち、そして今、私が治療して差し上げた方がーー

悪、ディスね?」

ぎゅろり。笑顔のまま、その顔がいまだ尻餅ついたまま、騒ぐだけのソイツへと向けられた。

あわよくば、騎士を遠山たちにけしかけようとしていた愚か者。

その命運が終わろうとしている。

「ひ?!! ち、違う! 違う違う違う! 騎士様、そいつらデタラメだ! デタラメなんだ! 嘘だ、嘘、ウソウソ! 嘘をついてます!」

もうその男の言葉にはなんの筋道も意味も存在しない。ただ感情を吐き散らすだけの戯言。

「こいつ、ほんと口が減らねえな」

遠山がいい加減、我慢できなくなる。黙らせるかと一歩進もうとして、しかし、ラザールの手がそれを制した。

「待て、ナルヒト。様子が変だ」

「あ?」

「……ウソ、ディスか。あなたは彼らがウソをついていると?」

静かな声だった。小さな声だった。

少女騎士が男へ向ける言葉は小さかった。

だから、男はそれを御しやすい言葉と認識したのだろう。いままで自分が大声で上書きしてきた力のない言葉と勘違いしたのだろう。

「あ、ああはい! そうです、その通りですうう。アイツら、アイツらが殺したんだ! 俺の仲間を! 何も、何もしていなかったのにいいい!」

目を見開き、ここぞとばかりにアピールする。

「なるほどなるほど、確かに彼らは人を殺してしまっています。うんうん、あなたは失ってしまったのディスね」

「そ、そうなんですううう! 騎士様、裁きを! 奴ら人殺しを裁いてくださいいいい!」

もう恥も外聞もなく、男が騎士にすがりつく。大の大人がまだ少女というべき年頃の女の子へすがるその姿は害悪でしかなく。

しかし、男が御しやすいと判断したその静けさは、遠山とラザールの目には全く別のものに映っていた。

「ラザール….…」

「ああ、静かにしていよう、今は、まずい」

肉食の獣、捕食者が獲物を殺す寸前の静けさーー

「ふうん、そう、ディスか。わかりました。あなたにも彼らにも言い分はあるのでしょう。ええ、わかりましたディス! 私はその言い分全てを聞き入れましょう! 天使様の定めた法に従う帝国の正義としてあなた方に正義を問いましょう!」

「あ、ああ! ありがとうございますうう、騎士様あああ、……正義を、問う?」

「はい! 残念ディスが、いくら賢い私でも人の嘘を見破るのは困難なのディス! で、す、の、で! ここからは"正義"に問わせていただきますディス! 安心してください、被害者サン! あなたがすることはシンプルディス! 私の質問に正直に答えればいい! それだけなのディスから!」

「え、し、正直?」

「ハイ! これから私の質問に答えてもらいます! あなたが嘘をついた時点で、あなたを 殺(・) し(・) ま(・) す(・) の(・) で(・) !(・) あ! 大丈夫ディスよ! 正義の質問に正直に答える! それだけ守ってくれれば問題はないディスから!」

朗らかに、明るく。その言葉は告げられる。

「………え、へ? な、こ、殺す? じ、冗談、ですよね?」

鼻水たらした男が、反応を遅らせて、首をかしげた。媚をうるような薄ら笑いを浮かべつつ。

「いえ! 私、冗談と嘘つきは嫌いディスので! では、始めますディス!」

そして彼女はその薄ら笑いを笑顔で切り捨て、男に現実を突きつけた。

「……ラザール、アイツ、なんかヤバイ」

それは例えるならば、深夜の道、街灯が途中でなくなり闇に飲まれた道を目の当たりにしたときのようなーー

「……チッ、この気配…… 最悪だ、"秘蹟持ち"だ」

ラザールの呟きがいやにはっきり聞こえた。

「秘蹟 執行 決めてよ、 正義(ジャスティス) 」

始まった。天使の騎士、それに選ばれた所以。スキルを超えたこの世界の選ばれし者の証。

「は?」

「おい、マジか」

「……天使教会、第一騎士、そういうことか」

少女騎士以外の全員が目を剥いた。

異様。

ソレが、突如、少女の背後に現れた。

折れた翼、何本もある異形の腕。

女神の像に見えるソレはしかし、つぎはぎであらゆるデザインの像が無理やりにつなぎ合わせられたような姿。

『汝、真実を供述せよ』

正義が、目覚めた。

「あ、え、え?」

男は、事態を理解できていない、いや、理解することを放棄していた。

いつもそうだ、肝心なことをこの男は考えなかった。安易に、楽に、人生を進めようとして生きてきた。

自分より弱く愚かなものを食い物にして生きてきた。

その生き方で得た全てが、今から試される。

「『質問します、汝、あなたは彼らから荷を奪おうとしたのですか? その結果、返り討ちに遭ったのですか?』」

「は、は、は、い、は…… そ、それ、な、なんで、すか?」

問いに答える能力すらなく。男はただ、聞くだけ。

この期に及んでまだ、この男は理解していない。自分が今、どういう立場にいるのか。

問う、ということが出来るほどの権利すらもうこの男にはなく。

「『次、質問に答えなかった場合は、嘘とみなします。汝、貴方は悪、ですか? 汝、貴方は彼らから奪おうとしたのですか?」』

「あ、はっ、ハッ、ハッ、ハッ……」

息を荒く、男はただ、息を荒くするだけ。認めたくない事実、受け入れたくない真実はしかし、確実にその男へ歩み寄る。

この男は考えることをしてこなかった。だから、今、本当に考えて応えなければならないことすら、考えられなくて。

「『答えよ』」

また、いつものように安易な道を選ぶのだった。

「し、してませ、ェん…………… あぴょ、ぅ、ヴヴヴウヴウヴウヴウ?! ヴヴッ、ウェ……」

嘘。

正義の前で嘘をついた罪人がどうなるのか。そんなもの決まっている。

男が、首を掻きむしり始める。えづき、むせ、自分の首を触り、抑え、そして地面に倒れてもがき始めた。

『「汝、罪人なり』」

正義の判断は下った。

手足をジタバタ、あぶくを吹き続ける男を騎士は静かに見下ろすままだ。

「ゔ、ェ、えぐ、エ…………」

そして、喉を掻きむしり続け、その男は動かなくなった。

「……残念ディス、さようなら、嘘つきさん」

「……どこの村の症候群だよ、オイ。ラザール、どうやって殺したかわかったか?」

「……全くわからん。だが、一瞬、腰の剣に触れていたような……」

「さて」

正義が、次の判決先を見つめた。

「ッ?!」

「………」

「ウイーフック! そんな警戒しないでくださいディスよ! いやー! お時間を取らせて申し訳ないディス! この場における嘘つきが誰かは判明しましたので貴方達は無罪ディス! 冒険者同士のいざこざ、狩場における違法行為への反撃はきちんと帝国法でも認められていますのでご安心くださいディスよー」

コロコロと笑うその顔。少女じみた雰囲気と豊かな表情を浮かべる騎士。

見た目だけではただの可愛い女の子だが、今の遠山とラザールからすれば人食いライオンが目の前にいるのと同じくらいの緊張感だ。

おそらく、ドラ子や、聖女よりかは弱い。それはわかる。だが確実に、自分やラザールよりも強い。

今、目の前の彼女がその気になれば、おそらく殺される。そんな予感が遠山にのしかかる。

彼女の背後に現れていた奇妙な像は消えている、だが理屈がわからない。喉をかきむしりながらあぶくを噴いて死んだクソ野郎、どういう仕組みで殺したのかが理解できない。

それが何よりの恐怖でーー

「では、お時間取らせて申し訳ありませんディス! 素晴らしい狩りの獲物ディスね! あなた達の技術と強さに最大の敬意を! そして嘘をつかなかった誠実さに、天使様のご加護がありますように!」

ニコニコ笑う少女。その顔には全く悪意がない。人を殺した直後だというのになんの曇りも、陰もないその顔が気色悪くて仕方なかった。

「あ、ああ、どうも。騎士さんもお仕事頑張ってください。……いこう、ラザール」

「そ、そうだな。誇り高き我らが騎士よ。貴方の剣を天使の光が宿らんことを」

「およよ! リザドニアンさんは天使教にお詳しいのですね! ふふ、騎士にとっての誉れの言葉ディス! ありがとおー!!」

手を振る少女。大人2人は冷や汗をかきつつ、荷車を引き始める。

「…………やべえ、アイツやべえ」

「シッ、聞こえるぞ。早くここを離れよう」

コロコロ、ゴロゴロ、車輪が回る。

はやく、はやく、ここから離れろ。たのむ、たのむ、こっちを向くな。

遠山とラザールが、無言で、その場から少しでも離れようと必死に、しかし焦らず荷車を引き続けーー

「……………ふううううん。あれれれ、やっぱり少し、待ってもらえますディスか?」

やっぱりね、そうだろうね、知ってたよ。遠山が心の中で神を呪う。もしそんなのがいるとしたらソイツは絶対に性格が悪い。

ひとの苦労をみて愉しむタイプのドグサレ野郎に違いない。

遠山とラザールは顔を見合わせ、立ち止まる。

「ラザール、呼ばれたぞ」

「ナルヒト、呼ばれてるぞ」

数メートルも歩かぬうちに呼び止められてしまった。荷台を引いているため、いや荷台がなくとも恐らく逃げられない。

「ディスディス。貴方たち2人ディス。もう少しお時間よろしいディスか?」

素直に言われたまま立ち止まる。

「よろしくないのディスけど」

「ナルヒト、お前まだ割と余裕あるな」

「………ふーん、ふんふんふん。あなた達、不思議な人たちですね。目の前で人が死んだのに、心が全然動いていないのディス」

「……まあ、こういう仕事ですんで」

「ええ、もちろん。それは存じておりますディス。……狩りに優れ、冷徹で、決意に満ちている…… ああ、いい冒険者なのですね、お2人とも」

「何が言いたい?」

「私、今、殺人鬼を追っているのディス。東門で起きた門兵殺害、皆それなりに腕に覚えのある人間のはずですが、つい先ほど、全滅が確認されました」

「門番が? 全滅……」

遠山の渾身の演技。心を鎮めろ、自分が連中を始末したという事実をこの瞬間だけでも忘れろ。

口数は少なく、目線は相手の目を見て。

「………………」

ラザールは沈黙を保っている。その表情にこれっぽっちの変化もない。

「ええ、嘆かわしいことディス。その死骸は損傷が激しく、身体はズタズタに裂かれ、表情は恐怖に染まっていました。……天使様に仕えた敬虔な彼らに安息が訪れることを祈るばかりディス」

「……そりゃ、お気の毒。ああ、だから犯人を探して大ジャンプ…… ジャンプ?」

「ふふ、私、こう見えて身体も少し特別製なのディスよ。いずれきたる竜とのーー いえ、ごほん! なんでもありませんディス! で、私の同僚のクレイデアが言うには、犯人は恐ろしく冷酷で、そして揺らがない人物だということなのディス」

「へえ…… すごいですね。そんなこと分かる人がいるんですか」

「ええ! 死の眷属に愛されたクレイデア、第6騎士の彼は"死"の香りを嗅ぐことができますので! 犯人が残した香りはそういう香りでした。決意と信念に基づいた殺し………………貴方も、恐ろしく冷酷で、揺らがない人、ディスよね……?」

「……えーと、疑われてます?」

「くす、ええ、はい。3流とは言え、5人近い冒険者を無傷で返り討ちにした技量、容赦なく始末している事実、……わたし、とっても気になるディス。その目、ああ、貴方はとても良い冒険者ディスね…… 無慈悲で冷酷で、強い決意と目的を持つ人間の目……」

少女の目、水色の瞳が遠山を見つめる。

そしてその綺麗な顔、口元が半月のような笑みを浮かべて。

「" 正義(ジャスティス) "」

ソレが現れた。

歪な像、正義の姿が強欲の前に晒される。

「ッ………」

「そんな怖い顔しないでくださいディス。ええ、お時間は取らせませんので。ええ、私の質問に、 正(・) 直(・) に(・) 答(・) え(・) て(・) く(・) れ(・) れ(・) ば(・) 良(・) い(・) のディスから」

まずい、完全に疑われている。あの門番を始末したことに後悔はない、後悔はないが、まさかこんな形で疑われるなんて想像もしていなかった。

死の香り? なんだそりゃ、ファンタジーかよ、ファンタジーだったわ。

遠山は反省する。

まだ現代の常識を元に行動していた。監視カメラも衛星もドローンもないのなら目撃者を全員始末すればバレないと思っていたが、予想外の所から足がつき始めている。

「……それ、なんだ」

遠山が少しでも時間を稼ごうと、目の前、少女の背後に佇む像を指さした。

神聖さとおぞましさを併せ持つ奇妙なその存在を。

「" 秘蹟(サクラメント) "ディス。冒険者ならご存知でしょう? 選ばれた人間に与えられるスキル、それに天使様の奇跡が加わることで形を変えた人間の才能の極地…… まあ、クレイデアの受け売りディスが……」

冷たい目だ。あのハイテンションな声色は今や消え、しっとりしたその声色には背筋を冷やす色気が混じる。

IQがかなり上がってるような。

「さて、冒険者サン。正義の名の下に、天使教会第一騎士として貴方に問わせて頂きますディス」

やばい、これはかなりまずい。

原理は不明だが、この女は恐らく"嘘を見破る"ことが出来る。それはあそこで喉を掻きむしって死んだ冒険者が証明してくれている。

その死因と、この女に嘘をついたことがイコールであるかは不明だが少なくとも、嘘はバレる。

どうする、殺すか? ここで。

いや、だめだ。強すぎる。キリヤイバがハマれば殺すことは出来るだろうが、風も強く、開けた空間、仕込みも間に合わない。

遠山が、頭を回す。力づくで始末もできない、そもそも遠山が目の前の女を殺すにはどうもモチベーションが足りない。

疑われたから殺すなんてことをしてたら、あっという間に本物の殺人鬼だ。文化的な社会人の自覚のある遠山にとって、それはなるべく避けたい事態でもある。

「どうしましたか? 顔色が、悪いようディスが。心配しないでくださいディス。あなたは、私の質問に、正直に答えれば良いだけディス」

『汝、真実を告げよ、汝の虚偽は正義の光の下に暴かれるだろう』

首を傾げる女騎士、その背後に陽炎のよつに朧げに浮かび上がるのは奇妙な像。翼が欠け、仏像やら女神像やらが繋ぎあったような悪趣味なナニカが、女騎士の背後に聳える。

腹、くくるしかないか。

覚悟を決める、ここで振るうべき武器は怪物を殺すための爪と牙ではなくーー

ピコン。

↓が、女騎士とその悪趣味な像を指す。

【隠し技能発動】

【■■■■によりスピーチチャレンジ開始】

【"@文■館●書・知識の●属●●●●●からの助け"により、スピーチ・チャレンジヒントを追加】

【Hey! listen!

天使教会第一騎士 ストル・プーラ

age ???(乙女の秘密、今回は必要ないでしょ)

RACE ヒューマン

STR 12〜100(まあ、モンスターでも素手でくびり殺せるだろね、ちなみにさっきアンタが始末した蛇が10くらいだから)

INT 1 (おお、もう……)

POW 2〜3(まあ、この年頃の女の子なんてこんなもんでしょ)

所有"副葬品" 【首吊りの剣】 剣先を向けた対象の首を吊ることが出来る。

保有スキル ???

秘蹟 "正義" この世全ての正義の概念の権化。幾人もの人が持つあらゆる正義の習合体のためそのビジョンは歪んでいる。

"正義"の使用によりこの秘蹟の持ち主は、自身の考える、もしくは感じる正義にまつわる全ての行動に絶大な補正を得る。

また正義の問答により、他者の言葉が嘘であるかどうかを見破ることも出来る。

本来であればこの秘蹟が発現した時点で常人であれば"正義"に意識を乗っ取られる。しかし卓越した精神力と身体の持ち主、それか他者に侵されることのない完成された自我の持ち主、もしくは正義という存在について考えることが出来ないほどの低い知能の持ち主であるのなら、"正義"の主人になれるやもしれない。

頭が良いということが必ずしも、良いことに働くわけではないのだ。

正義の正義は正義が決める、どのような時代であれ正義とはそういものだろう】

「え、1?」

「えっ?」

「ナルヒト、何を」

一斉に流れたメッセージ。その全てを読み込んだ遠山が思わず、目の前の少女騎士のステータス、それが告げた悲しい事実を口に出してしまう。

「あ、いや、なんでもない!! いや、すみません、少し緊張して」

「……まあ、いいのディス。わたし、こう見えて賢いので。あなたが緊張する理由もわかります。第一騎士ディスからね、私」

したり顔で頷く知性1。

遠山は少しかわいそうな気持ちになりつつも、目の前の存在が化け物であるという認識を新たにする。

空から舞い降りる大ジャンプ、STR 12〜100というモンスター超えのわけのわからない数字。

怪物だ。まず準備なしに戦ってはいけない。頭が弱いだけでそれ以外は超一流の敵。

「では、あなたに質問します、正義の名の下に」

その質問は正義の天秤にかけられる。嘘をつき、悪とみなされれば人外の力により裁かれる。

『汝、真実を告げよ』

正義が探すのは、その剣の行く末。正義の敵は、正義が決める。

「貴方は、門番達を殺しましたか?」

低い知能はしかし、余計なものを孕まずシンプルに素早く真実を問う。

余計なものがないものは、美しさに繋がるのか。

遠山を見つめる少女騎士は剣にも似た機能美に満ちていて。

「………………」

正義の名の下に、遠山の首に突きつけられた審判の力。

嘘を言えば、正義に暴かれ縛り首。真実を言えば哀れ残念、犯罪者。恐らく夢には届かない。

「どうしましたか?『汝、答えを」』

力ある正義が遠山に立ちはだかる。牙も爪もここでは使えぬ。正義には届かない。

「………………………」

息が、少し乱れる。失敗出来ない綱渡り、間違えれない選択肢。

恐怖、緊張。人の歩みを止める負の全てが今、遠山にのしかかる。

「……言えないなら、『沈黙は、虚偽』そういうことと受け取りますが」

騎士の手が、首吊りの剣にかけられてーー

「門番」

それでもなお、止まらぬのは強欲な男の舌と脳みそ。

奪われ続けた人生だ、敵ばかりの人生だ。この世界に生きる人間のほとんどはクソで、常に他人から何かを奪おうとするクソ野郎だらけ。

遠山鳴人はそれを知っている。

「門番、死んだ、門番たち。ああ、そいつら、そいつらだ」

止まらぬ舌、回る頭脳。

クソだらけの人生において、しかし、遠山鳴人は決してそれだけはやめなかった。

「なにを言ってーー」

少女の騎士、愚か故に正義に呑まれぬ教会の剣が息を呑んだ。目の前の男の顔を見た、人間の、顔をみた。

遠山鳴人は決して、どんな瞬間、どんな場面においても"考えること"だけはやめなかった。

人体のふしぎ、使えば使うほどそれらは最適化されていく。生きることの障害をどのように始末するか。

「ああ、門番だよ、騎士ストル。天使教会、俺たち帝国の誇り」

幼い頃からそれを考え続けてきた遠山鳴人の頭脳、知性は危地にてなお、その鋭さを増すのだから。

「それらが有する門番、冒険都市において要所を衛る誇り高い彼ら」

さあ、滾らせろ、人を人たらしめる脳みそを。

さあ、回せ、人の心を動かし、クソだらけの世を渡るための舌を。

失敗すれば、死ぬだけだ。

「きっと、みんないい奴だったんだろ? 職務に忠実で、真面目で、天使に祈りを捧げて日々を過ごす無辜の人々だったんだろ?」

いつのまにか、問うのは強欲。正義は気付かぬ、いつのまにか話がすりかわり始めていることに。愚かゆえに、気づけない。

「え、ええ、もちろんディス。末端とはいえ、彼らは天使教会の兵。この都市と帝国、そして信仰のために日々を生きていた 善(・) 良(・) な(・) 人(・) た(・) ち(・) な(・) の(・) デ(・) ィ(・) ス(・) 」

そして、その一言を、するり。

言ってしまった。

「ああ、そう、"善良な人々"、そうだな」

舌が回る、脳みそがたぎる。爪、牙、獣の武器が通じずとも、遠山鳴人にはこれがある。

知性と悪性。これこそがこの男の真骨頂。

冒険を始めよう、爪と牙は彼の領分。知性と悪は遠山の領分。

ーーワン!

耳の裏、ここではないどこかで何かが満足するように一声鳴いた、そんな気がする。

「誓って言うよ、騎士殿。俺も、ここにいるラザールも、誓って 善(・) 良(・) な(・) 人(・) た(・) ち(・) 、 職(・) 務(・) に(・) 忠(・) 実(・) で(・) 、(・) 真(・) 面(・) 目(・) で(・) 、(・) 天(・) 使(・) に(・) 祈(・) り(・) を(・) 捧(・) げ(・) て(・) 日(・) 々(・) を(・) 過(・) ご(・) す(・) 無(・) 辜(・) |の門番たちを殺してなんかいない」

遠山が言い切る。何一つ、嘘はついていない。

善(・) 良(・) な(・) 門(・) 番(・) は(・) 殺(・) し(・) て(・) い(・) な(・) い(・) の(・) だ(・) か(・) ら(・) 。

冒険だ、冒険だ。あの時始まらなかった冒険だ。

"正義"すら捕らえることのできない狡猾な知恵、竜すら屠る爪と牙。

愉快な影を友にして、みなしご達の居場所となり、竜の視線を独り占め。

たのしい冒険の最中だ、ようやく始まったたのしい時間だ。

正義ごときが、邪魔するな。

『汝、全て真実なりて。汝、罪人にあらず』

正義が消える、正直者に突き立てる刃はなし。強欲な男の告げた真実の前に正義がその役目を喪う。

「……む、ムムム、あ、わわわわ」

騎士が目を回す。己の指針、正義が告げる、目の前の男の無実を高らかに。

その直感は確かに、目の前の悪に反応できた。それでもそれでも足りない知性。

彼女の正義は強欲の舌に及ばずに。

「わわ、わわわわわ!!? ご、ごごごご、ごめんなさいディスううううう!! わ、私完全に、完全に貴方達のこと疑って、あ、いけない、エイ!! エイ! 首吊り解除!! だ、大丈夫ディスか? くび、苦しくないディスか?!」

少女の剣呑、冷たい機能としての美しさもどこへやら。知性1と銘打たれた道理の落ち着きのなさで騒ぎ始める。

「よかったー、信じてくれて何よりですよ。いやいや、何も苦しくなんて。騎士さん、すみません、その

獲物の鮮度も落ちちゃうんで、俺らそろそろこれで…… な、ラザール」

「あ、ああ。そうだな。第一騎士殿、貴方の誇り高き職務に敬意を。俺たちはこの辺でーー」

「あ、ああ?! す、すみませんすみませんすみませんディス!ほんっとおおにごめんなさいディス! お、お仕事のお邪魔を完全にしてしまいましたディス! う、うう、野党の襲撃を受けた直後に私がやってきてって。完全に私の先走りじゃないディスかー! ウイーフック! 善良な帝国民、そして優秀な冒険者の方のお邪魔をしたとあっては騎士団の名折れ、団長にしかられてしまいますディス!」

涙目で、ワタワタし始める少女がそこにいた。

先ほどまでの、死んだ魚の目は嘘のように消え去っていた。

「い、いやいや、そんな勿体お言葉です。ほんとお気になさらずに、な、なあ、ラザール」

「あ、ああ、その通りです、騎士殿。は、ははは」

乾いた笑いを浮かべるラザールと遠山。ほんと早くこここら立ち去りたい。

むがああ、と頭を掻きむしり始める知性1。彼女こそ間違いなく善良な人間だ。

己の間違いを恥じて、謝ることが出来る、当たり前のように見えてそれが出来ない人間のなんと多いことだろうか。

「……ラザール、もう俺ら行っていいかな」

「そ、そうだな。これ以上ここにいたら心臓がどうにかなりそうだ」

こそっと、2人が重たい荷車を押し始めてーー

「閃きました、ディス!」

「「え?」」

こっそりこの場から離れようとしていた遠山とラザール、2人の前に回り込み、目を輝かせる知性1。

「この度はほんとにご迷惑をおかけしましたディス! お、お詫びにこの荷車、私が責任を持って都市の東門入り口まで運ばせていただきますディス! あ、あと、都市までの護衛もさせていただきますディス! ご、ご安心ください、私こう見えて賢いだけでなく、強いので!」

どん、と銀鎧の胸を叩く少女騎士。

遠山とラザールはその様子に真顔で固まるだけ。

「まあ、強いのは確かだろうけども」

むふふーと鼻息を吐き出す筋力12〜100を目の前に遠山は力なくつぶやくしかなかった。