作品タイトル不明
27話 スピーチ・スピーチ・チャレンジ
「……勇者のことを軽々しく口にするのはやめてくれないかな、竜よ」
風が彼女から吹き付ける。空気の流れが皮膚を裂く錯覚。
「かか、既に終わり、消え去ったものに対しオレは価値を見出せん。軽々しく語るに相応しい話題だろうに。もうここにいない去った者のことなどはな」
空気が焼け焦げる。呼吸するたびに熱が喉を爛らせる錯覚。
「いや、こわー」
そんな威圧の中、遠山鳴人は考える。
どうしてこうなった。異世界お気楽ファンタジーがこれから始まるはずだったのに。
レベルとか水晶とか色々楽しみにしてたのに、なんで自分はゴジラとキングギドラの睨み合いの中に放り込まれているのか。
いや考えようによっては貴重な体験か。
酔いやら興奮やらで茹だるその頭は既に正常な考えはできていない。遠山は命の危機の中で、割と呑気していた。
「……今のは侮辱と受け取っていいのかい?」
「おお、なんだ、射手、貴様そのような顔もできるのか? かか、先程の言、訂正しようぞ。勇者め、中々に飼い犬の躾が上手いではないか」
まだ朗らかな顔で静かに語り合う彼女たち。2人ともこの世のものと思えぬほどに容姿が整い過ぎてる為、余計に怖い。
傍目には、ド美人2人、長身目隠れ金髪美女と、銀髪クールビューティが微笑ましく会話しているように見える。
しかし遠山にな強大な怪物種が互いに一撃で殺せるチャンスを伺っているようにしか見えなかった。
「……100とそこらの幼竜が知った口をたたくね。私たちが旅をしてた頃、キミは卵の筈だったけど」
「おお、これはこれは、偉大なる先達に対して口が過ぎたか? かか、いやなんだ、しかし、品性とは齢に比例せんものよな。……痴れ者め、早うその男を解放せよ」
どういうマウントの取り方だよ、てかコイツドラ子より年上?
遠山が次第に這いつくばったまま頬杖をついて床をゆびで叩き始める。
「へえ、随分彼に執着するじゃないか、蒐集竜…… ああ、なるほど、これがキミを殺した男かい」
ウェンフィルバーナが遠山を見下ろす。
「ふん。良いだろう? やらんぞ」
何故かドラ子が腕を組み、むふーと鼻息を鳴らしていた。
「……いらないよ、こんな血生臭いヒト。見たら分かる。彼は呪われている、産まれた時からの悪だ」
「はっ、勇者のオマケが言うとは。素晴らしいな、ナルヒト、お墨付きだぞ」
「普通に悪とか傷つくんですがそれは」
誰が邪悪だ、誰が。
遠山が気分を悪くしながら床を指で叩き続ける。鼻を近づけると木のいい匂いがした。
そうだ、金が溜まって生活に余裕出来たら木のサウナでも作りたいな、でもこの世界サウナあるのかな、とか現実逃避を続けていると
「キミ、状況理解しているのかい? 随分余裕そうだね」
見透かされたらしい。ウェンフィルバーナの声が上から降りてくる。
「理解できるわけねーだろうが、いきなりこんな押さえつけられてよー。離してくんねーかな、マジで、どっちが悪だよ、こんな無抵抗な人間を床に押し付けてよー」
指をコツコツ、コツコツ。
ーーあともう少し。
薄く透明、しかし濃く。ヤイバを大きく、鋭く。
「ナルヒト、少し待っていよ。すぐにそれを退けてやるでな。オレの、オレの…… と、ひょも、友を足蹴にして無事で済むと思うなよ」
「ドラ子、お前いい奴じゃん……」
少し噛んだドラ子の言葉に遠山はじーんと感じいる。友達少ないから面と向かってそう言ってくれるのは素直に嬉しかった。
「友……? バカな、竜と竜殺しの関係は執着、愛憎しかない筈だろう、なんだい、それは」
ドラ子の言葉にウェンフィルバーナが片目を吊り上げる。余程意外だったのだろう、声が僅かにうわずっていて。
「……貴様に関係あることか? かか、ああ、そうか。貴様にはもう友も呼べる者などいないか。勇者という特異点によってのみ繋がりのあった者たちよ。"魔導士"は塔に消え、"盗賊"は影に溶け、"剣士"は既に伏した。かか、独り身の女は妬み屋でいかんな」
竜が、笑う。トガった歯をぎらつかせ、蒼暗い目を歪ませて愉快げに英雄を嗤う。
「なんだって?」
部屋の温度が下がる感覚。エアコンでもついてんのかと天井に視線をやるが何もない。
背筋の冷える感覚の元は、銀髪の女、ウェンフィルバーナ。ドラ子の言葉に表情を失くした。
「妬んでいるのだろう。おお、おお、その目だよ、射手。"魔王"を殺した特異点の1人よ。お前は死ぬまで1人、並び立つものなどなく、またお前を見つけてくれる者などいないのだ」
それを向けられただけで死を覚悟する者もいるだろう氷の視線。
しかし竜には効かぬ、愉快げに己の同類、すなわち上位の存在に対してからかうような声をあげ。
「……キミがそれを言うかい。竜でありながら人の営みを愛する歪な存在であるキミが。どこにも居場所などないキミが、私を独りと言うのか」
同類なのだ。互いにいる頂上が違うだけ。
魔の王を滅ぼしめた惑星に選ばれた特異点。
他の生物よりも強く尊く、世界の概念を固めるため、そうあれかしと創られた上位生物。
「かか、オレは違う。オレは見つけたのだ、オレは得たのだ。オレは、 見(・) つ(・) け(・) て(・) も(・) ら(・) え(・) た(・) の(・) だ(・) 」
だが、違う、己と貴様は違うと竜はのたまう。
エルフに押さえつけられたヒトの友を蒼暗い目で見つめて。
ぎゅっと、豊満な胸のあたりに手をやって、 アリス(蒐集竜) は遠山を見つめていた。己を世界に繋ぎ止めた、恐ろしくも、しかし愛しい生き物のことをじっと。
「最後の忠告だ、そこをどけ、オレの友を離せ」
「断る、そう言った筈だよ」
太陽と月。熱と冷たさ、金と銀。
よく似ていて、しかし決定的に違う両者は相入れぬ。
上位生物2人の威圧に、冒険者たちの本拠地が揺れる。今この場にきちんと意識を保っているのはそれなりに腕の覚えある者のみ。
気が弱いもの、鍛錬が足りぬもの、弱者はみな、震えて動けなくなるか、気を失って倒れるか。
聡いものや、真に強きものは既にこの冒険者ギルドから離れていた。獣が己より強き獣に逆らわないのと同じように。
しかし、この男は弱くも、そして聡くも、真に強いものでもない。
只の、
「おーい、こらこら。君ら俺無視して盛り上がるのやめてくんない? ドラ子心配サンキュー」
頭のイカれた1人の人間。
「……今、キミは黙っててくれないかい?」
誰しも思うだろう。あの男は自分の状況が理解出来ていないのだと。
「ナルヒト、少し静かにしていろ。オレがこの残りカスに引導を渡してやる」
誰もが思っただろう。事の重大さ、塔級冒険者2人の争いの中心にいることの重大さに気づくことすら出来ぬ馬鹿なのだと。
「……吠えるね、幼竜」
「囀るな、過去の遺物め」
口火が切られる、蒐集竜と射手、竜と英雄。御伽噺の中でしか争う事の許されない2人が1人の強欲な男を巡って殺し合ーー
「おい」
だが、どちらでもないのだ。男は状況が理解出来ないのでも、事の重大さがわかっていないのでもない。
ただ、静かに時を待ち、誰よりも潔く覚悟を決めていただけ。
「だから、今はーー」
英雄が口数の多い男に冷たい声を向けた。
だが彼女は気付いていなかった。
決してこれは竜と英雄の争いではない。
強欲な男と、銀髪の風のケンカなのだ。
「ーー俺を無視すんなって」
キリヤイバは既に、準備を終えている。そして遠山の覚悟も決まっていた。
完成だ。当たるも八卦、当たらぬも八卦、ならば。
「キリヤイバーー」
死ぬも八卦生きるも八卦。
薄く狭く、しかし濃く強く。
キリヤイバは既に、遠山とウェンフィルバーナの周囲に満ちている。室内に風はなく、故にキリはその場に残る。
遠山がニイッと笑う。遠山鳴人の首あたりからキリと共に欠けた剣がニュッと飛び出て。
その笑いを目にしたウェンフィルバーナ、目を見開く。
「ッ?!!! フッ!!」
天敵と出会った被食生物のごとき素早さ。
その場から一気に飛び退いた。息を大きく乱し、白磁の顔に冷や汗を垂れ流して。
毒虫を見るかのような目つきで、遠山を睨む。
「おっと、なんだよ、気付いたのか。ヒヒヒヒ、良い勘してるな」
毒虫が、嗤う。
ローブについた埃を払いつつ、その欠けたヤイバを己の体に収納しながら遠山がゆらりと立ち上がる。
唇に、ヒヒヒヒと嫌な歪んだ笑みを浮かべつつ。
あまりに簡単に自らの生命と敵の生命を奪う選択をした男が嗤う。
ギリギリだった。
あとコンマ1秒でもウェンフィルバーナの反応が遅ければ遠山鳴人はキリヤイバを発動していただろう。
「……イカれてるのかい?」
遠山がやろうとしたことを理解したウェンフィルバーナがおぞましいものをみる目つきで遠山に問いかける。
「バカか。俺は組合の精神カウンセリングでいつも満点だったんだ。正常に決まってるだろ」
キリヤイバでの自滅攻撃。
遠山は命拾いした高揚を抑えきれない。呼吸を浅くすることなど色々工夫はしていたが発動すれば大ダメージは避けれなかっただろう。
「ナルヒト…… 貴様」
遠山の行動に気付いたらしいドラ子が責めるような声をあげた。
「睨むなよ、ドラ子。友達におんぶに抱っこは趣味じゃないだけだ。ま、結果的には生きてるから許せ」
あのケンカはそもそも遠山に売られたものだ。そしてウェンフィルバーナとやらのなんらかの地雷を押したのも遠山。
ドラ子がいくら強かろうと、頼りになろうと任せっきりなのは性に合わない。
「……はあ、貴様になにを言っても無駄、か。むう、友情、いや、友人関係とは難しいものだな」
ヘラヘラ笑う遠山を見て、ドラ子が根負けしてため息をつく。
「……嫌な顔で嗤うね。その笑い方をするやつを昔、見たことあるよ、ほんとに厄介で、大嫌いだった」
ぐっしょり。
ウェンフィルバーナの顔には汗が。それを拭いながら英雄が遠山を評する。
「人の外見のこと言うのは反則だろ、クソエ…… いや、違う、のか? キリヤイバへの反応も遅かった。お前、誰だ?」
あの時出会ったウェンフィルバーナ・ジルバソル・トゥスクと目の前のウェンフィルバーナ。
同じだが、違う。今の反応で分かった。
コ(・) イ(・) ツ(・) は(・) キ(・) リ(・) ヤ(・) イ(・) バ(・) を(・) 知(・) ら(・) な(・) い(・) 。あまりにも対応がお粗末だ。
あの時出会ったやつは少なくとも、キリヤイバのことを知っていた。通用しなかったのだから。
「………キミは妙だ。何かがおかしい。蒐集竜、彼を貰うよ、聞きたいことが山ほどある」
「かかかかか!! これは面白い、射手、それをオレが許すと思うか?」
「だーから俺抜きで盛り上がるなっつの」
三者三様。
英雄と竜のメンチの切り合い。その間に探索者が挟まる。
「すまんドラ子、巻き込んだ」
「ふん、気にするな。オレを殺した時のような冴えを期待しているぞ」
すっと、竜が前に歩む。探索者を庇うでもなくただ、隣に立つ。
遠山とドラ子が並び立つ。
白銀の風、弓矢に愛された英雄、魔王を討ち落とした元勇者パーティの前に立ち塞がる。
「……竜を、狩るのは久しぶりだよ、蒐集竜」
その2人を見る銀色の瞳。果たしてその白銀に浮かぶ情念は敵意か、それとも、羨望か。
己と同じ、選ばれし者ゆえに世界から隔絶され独りぼっちのはずの竜。
しかし、その同じ孤独のはずの竜には友がいて。
自分の隣には誰もいない。
「………なんで」
果たしてその白銀に浮かぶ情念は敵意か、それともーー
「あ、わわ、あ、ああああああのののののののの、ほほほほほほははんじつつつつは、おひひひがらもよよよよく、ですねたなね」
「あ?」
互いの殺気が膨れた直後、裏返った男の声が酒場に広がる。
見れば脂汗をダラダラ流し小太りの上品な髭の中年男が直立不動で立っていた。
「………やあ、領主殿。良い天気だね、だが感心しないな。キミは安全と危険を見分けることのできる人だと思っていたけど」
「領主、見ての通り取り込み中だ、控えよ、巻き込むぞ」
「ぴぎい! ひ、ひ、し、し、しかしででですね、その、お二方がそう意気軒昂されると、周りのヒトがその、ですね」
竜と英雄に言葉を向けられ、中年男は顔を真っ青に、滝のような汗を流す。しかし、その言葉は彼女たちに向けられて。
「……あんた、確か大使館にいた人か?」
「………!!! !」
ぶんぶんぶん、首が取れるほどの勢いで遠山の呟きに中年が反応する。そして懇願するように遠山にジェスチャーを送ってきた。
"お願い、ムリ、あの人たちどうにかして"
「あー、なるほど、そういうね」
おっさんの涙目に心を動かされたわけではないが、遠山はこの2人を止めた方がいいことに気づく。
死屍累々。
いや死んではいないんだろうがついさっきまでは活気に満ちていたはずの冒険者ギルド内は静まりかえっていた。
まともに意識のある人間がほとんどいない。
竜と英雄の威圧のぶつかりに当てられて半分以上が失神、残りの半分はかろうじて顔を色々な色にしながら耐えているといった様子だ。
「お恐れながら! 偉大なりし帝国の護り竜、蒐集竜様、いと高き伝説、大悪を討ちし誇り高き勇者パーティが一角、ウェンフィルバーナ様に申し上げます!」
ガクガク震える中年の男の隣に寄りそうように脚の長い美女が駆け寄ってきた。
はっきりとした口調、伸びた姿勢、しかしカチカチと歯の根が噛み合っておらず。
「……ハイデマリー君、キミもかい」
ウェンフィルバーナが冷たい銀の目をギルドマスターに向ける。
びくり、と身体を跳ねさせながらもギルドの責任者は己の責務を果たさんと言葉を紡ぐ。
「私の言、間違っていればこの身、如何様にも! しかし、今領主様が申し上げた通りに! お二方、伝説の存在のその意気に我ら凡人みな、呼吸もままならぬ始末! そしてここは、冒険者ギルド内にございます! どうか! 塔級冒険者の取り定めを今一度思い出していただきたく」
才媛として帝国にその名を知られる彼女、しかし相手が悪い。竜と英雄、互いにお伽噺に語られるような存在だ。
それでも彼女は頭を下げる。目の前の2人、どちらかの気分1つで生命を終わらせられると理解しながらも。
「ほう、なるほど、なるほどなるほど。ギルドマスター、そなたやはり頭が回るな。ふうむ、たしかにオレは竜であると同時に塔級冒険者でもある、か」
「……"ギルド内での私闘の禁止" 塔級冒険者にのみ課せられた約定、そんなのもあったね。私闘の禁止が塔級だけに絞られている点が実に、我々冒険者らしいじゃあないかい」
ハイデマリーの言葉は、竜と英雄としての2人ではなくギルドの管轄にある冒険者としての2人への言葉。
塔級の名前を関する冒険者でもある竜と英雄が素直にその才媛の言葉に感心する。
「……………!!」
「…………!!!!」
ギルドマスターと領主。2人の物言わぬ圧力が遠山にふりかかる。
言葉はなくても、伝わる。
即ち、"マジムリマジムリマジムリ! これ以上はムリ! お願いだからなんとかしてください、やくめでしょ"
2人の泣きそうな顔に遠山はたじろいだ。確かにこれ以上は気の毒だ。2人とも充分役目は果たしただろう。
遠山が冷静になる。
考えてみればここには金を稼ぐため冒険者として登録しに来たのだ。決して竜と共闘して英雄をぶち殺しにきたわけではない。
「あ、はい。……あー、ドラ子、その悪いんだが、ここは収めねえか? よく、考えたら、俺が何か失礼なことを言ってしまったのかもしれねえ、うん」
「貴様、正気か? あの女は確実に貴様を殺そうとしてたぞ」
「ああ、でもそれは俺もだ。殺そうとしたことが罪なら同罪、喧嘩両成敗で、その、あそこの気絶しそうな2人の顔を立てるのも、竜らしくてかっこいい気がするけど」
ドラ子は遠山の茶色の目をじっと、見つめる。
なんとなく遠山はこの恐ろしい存在はしかし、自分の言葉に耳を傾けてくれるのではないかという予感があった。
「ふむ、ふむふむ、竜らしく、か。かか、ナルヒト、貴様なかなかに口が回る、竜の舌でも持っているかのようだな」
OKみたいだ。ドラ子はうんうん頷きながら遠山に一歩近づく。
「まあ、俺も今あれよ、ノリノリだから平気だけど、お前ら2人、正直こえーし。そこのアンタ、ウェンフィルバーナさん、気に障ったんなら悪かった、もう2度とさっきのことは口に出さないし、余計なことも言わないよ」
そして、残るは1人。こっちは厄介だ。
ドラ子と違って、友達でもなんでもないのだから。
「……それを私が信じるとでも?」
だよねー、さてどうするか。どうやって誤魔化すか。
遠山がそう考えた瞬間ーー
ピコン
「おっと、今かよ」
それが現れた。
↓
遠山にしか見えない矢印が現れ、ウェンフィルバーナを指さす。
【"隠し技能"発動】
【スピーチチャレンジ開始】
見た事のないメッセージが流れ、遠山はひりつく空気の中で、舌を回す。
考えろ、どうすればコイツと戦わなくて済む?
会話の中にヒントがあったはずだ。
「信じてもらうしか、この場を流血なしで抜けられる方法ねえだろ?」
「……流血も辞さないと言えば?」
完全にドラ子の殺気に当てられてやる気満々になってしまっている。これだから血の気の多くてブレーキが壊れてる奴はダメだ。
常識がねえんだよ、ほんと。遠山が頭の中で愚痴りながらハッピーかつクレバーな脳みそを回転させる。
コイツがこだわっていること、コイツが頻繁に口にしたワード。人を説得させるにはそれが必要だ。そいつにとってのキラーワード。えーと、そう、コイツは何かにずっとこだわっていた。
ドラ子がそのワードを口にするたびに、どんどん機嫌が悪くなってーー
回転する、危機と死の気配の中で真価を発揮する遠山の頭脳が回る。
ぐるぐる廻る脳内、無意識と意識がその答えを掠めた。
【ウェンフィルバーナに最低一度以上、ーーを思い出させる】
メッセージが舞う。
遠山の舌が知らずに紡いだ言葉、それが漏れた。
「……………勇者」
「なんだって?」
反応した。
ウェンフィルバーナがその言葉に、"勇者"というワードに反応した。
「いや、アンタやドラ子がさっきから言ってる勇者、その人のこと俺全然知らねえけど、まあ"勇者'って呼ばれるくらいだ。すごい奴だったんだろうな」
これだ。糸口を掴んだ遠山の舌が廻り始める。
「……ああ、そうさ。そこの幼竜に貶されることなど許されないほどにね」
「なんだと、出涸らしが」
ドラ子が唸りながら前へ出ようとするのを遠山が抑える。
「どうどう、ドラ子、すこーし待て…… ああ、分かるよ、勇者ってのは大抵すげえ奴だ。親父を殺されて奴隷にされて石にされて魔王を倒すためにひのきのぼうしか貰えなくても最後にはたどり着くすごい奴らだよ」
【技能"オタク"により特殊会話発生】
「……何が、言いたいんだい、黒髪くん」
ウェンフィルバーナが完全に遠山の話を聞いていた。じとり、湧く汗。それを無視して遠山が言葉を繰る。
それは、架空の物語のある英雄の物語。遠山鳴人が一時期ハマりまくっていたアメリカのファンタジーRPG。
「同時に、勇者ってやつはみんないい奴だ。俺の知る中で最高の勇者はある人物に、何故世界を救う必要があるのだって聞かれた時、こう、答えたんだ」
ゲームのコントローラーを通じて、その英雄と遠山は1つの存在になっていた。架空の世界、架空の人物、フィクションはしかし確かな思い出として此処にある。
「"この世界が好きだ、滅んで欲しくない" 」
その作りものの物語はしかし、確かに遠山鳴人の血肉となって生きている。
「いやー、痺れたぜ。あのセリフ。アイツらはそんなことを真顔で言う連中だ。アンタの勇者、世界を救うって奴だ、すごい奴で、そんで、とんでもなくいい奴なんだろうなあ」
「……ああ、彼女もいい奴だったよ」
食いついた。遠山は確信する。
ーーここだ。
「へえ。やっぱりそうか。じゃあ、その勇者がここにいたらどうするんだろな。てめえよりはるかに強く恐ろしい存在におびえながらも正しいことを成すために、自らの職務に従事するあそこの2人。勇者は、彼らをどう扱うんだ?」
遠山がちらりと2人を見る。なんの力なくとも保身と責務、そして命を天秤にかけこの場に声を上げることを選択した彼らを見る。
「………ああ、なるほど。くくく、キミ、本当に悪だね」
ウェンフィルバーナが、遠山の言いたいことを理解したらしい。
冷たい空気、風が遠山の首を撫でた。比喩ではなく本当に。その皮膚、血管の位置を探るように。
「っ…………」
ゴクリ、唾を飲む。まるでその言葉、その舌、その想いに嘘がないかを確認されているようだった。
永遠と感じる時間、ふっと、風が止み、ウェンフィルバーナがため息をついた。
「……ふう、ああ、その通りだ。彼女なら彼らを尊ぶ。何より勇を、献身を尊んでいた、何より自らを顧みないその姿を尊んでいた彼女なら…… 彼らの言葉に耳を傾けるだろう。ふふ、ああ、いいだろう。勇者の名前と彼女への正しい認識に敬意を表することにしようか」
ウェンフィルバーナが放っていた冷たい殺気が嘘のように晴れる。どこか遠くを見つめる瞳は優しく揺らぐ。
「……勇者、か」
小さく呟き喉を鳴らして彼女が笑った。
「蒐集竜、彼にきちんと首輪をつけておくことだね。ソレは、そうしなければならない種類の生き物だ。よく廻る舌と狩りと血に愛されている戦士、いや、なんだろう、もっとおぞましい何かだよ」
「ふん、そうしたいのは山々だがオレの友はそれを嫌がる。本で読んだのだ、友達の嫌がることはやめたほうが良い、とな、それとこやつは人間だよ、オレと貴様と違ってな」
「………ああ、もう手遅れか。すっかり絆されてまあ…… 領主殿、そしてハイデマリー君、騒がせたね。この詫びはいずれ正式に。今日は気分が優れないから帰らせてもらうよ」
ウェンフィルバーナが表情を崩し、ヒラヒラと領主たちに手を振る。
「ほ! は、はは! ご自愛くださいいいいい!」
直角90°に腰を曲げ、領主が震える声で礼をする。小さくガッツポーズしてたのを遠山は見逃さなかった。
「………貴女のご配慮に感謝を。我らの英雄」
上品に腰を曲げ、ギルドマスターもまた同じように弓を収めた英雄へ礼を。
髪の毛から汗が滴になり床に落ちていた。
「……黒髪くん、名前は?」
ウェンフィルバーナが彼らから視線を切り、遠山を見つめる。
「……遠山鳴人」
短く答える。あの時のアイツは知っていたはずの名前だ。ということはーー
「ふうん、トオヤマナルヒト…… 聞かない名前だね。ようこそ、冒険都市アガトラへ。キミは何しにここにきた?」
「…………言いたくねえ」
「くく、そうか。実は私も聞きたくなかった、なんてね。……もう会わないことを祈るよ。嫌な風を纏う新入りさん」
そう言ってウェンフィルバーナが振り返る、かと思うと吹き付ける一陣の風。
遠山があまりの風にたたらをふみ、視線を切った瞬間、ウェンフィルバーナは消えていた。
風は、去った。人死もなく。
「ぶふ、ふー、あー、きつかった」
緊張の糸が切れる、その場に倒れるように遠山が座り込む。
ゆらゆら揺れるのはメッセージ。
【スピーチチャレンジ成功!!】
【ウェンフィルバーナの説得に成功したため、隠しクエストKnow your nameが続行します】
【報酬獲得 "隠し技能"の強化】
「なんだよ、そりゃ」
「ふ、かか。やるではないか、ナルヒト。驚いたぞ、あの女を舌だけで退治してしまうとは」
ドラ子が笑いながら遠山に手を差し伸べる。
「お前っつー戦力あってのことだよ。さすがドラゴン、仲間にすると心強い」
その手を取る、あまりにも簡単にヒョイっと持ち上げられたので少し怖かった、力強い。
「かかか、なんだなんだ愛い奴め、うむ、許す。もっと褒めるがいい。他者からの賞賛を素直に受け入れるのはこみゅにけーしょんの基本だと本にも書いてあったのだ」
むふーと息を吐くドラゴンを見て遠山はぼんやり思う。
割といい事言う本読んでんな、と。