軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18話 キリとカゲ、カラスの狩り

「ここだよー! トカゲのラザールと今日ここでごあいさつしたよ!」

子供たちが肉を頬張りつくした後、ラザールを見たという少年、ペロの案内でここにたどり着いた。

廃屋。崩れかけの家だ、ペロが案内したのは到底人など住んでいないだろう朽ちた住居、その庭先だった。

「ペロ。ほんとにここなの? なんにもないわよ、ここ」

「いや、奥に天幕が張ってあるぜ、誰かがここにいたようだが、今は空みたいだな。わりい、にいさん、リザドニアンについては他のツテも当たって探すよ、料金分の仕事をさせてもらう」

リダが庭の奥、ちょうど家の側面側、目立たない場所にそれがあることを見つける。

確かに言う通り、ボロ木とボロ布で作られたテントがぽつんと立っていた。

「……リダ、俺も手伝う、街を走り回ってくるよ」

リダとルカはやる気まんまんだ。

しかし遠山は首を振る。

「いや、がきんちょども、ここでいい。どうやら当たりみたいだ」

「でも、誰もいないよ? 火を使っていたみたいだけど」

ルカがテントのそば、焚き火の跡のような焦げた地面を指さす。

「問題ねえ、後はこっちで探すさ、リダ、世話になったな」

遠山が子供たちに軽く礼を言い、別れの言葉を口にする。

「あ、ああ。にいさんさえ良ければまだ手伝うぞ、俺たちは」

「そ、そうよ! ご飯までご馳走になって、銅貨10枚も払ってくれたんだもん。なんでも言ってちょうだい!」

「……そうだよ、まだ何も返せてない」

だがどうやら子供たちは不服らしい。遠山を手伝うと口々に言葉にした。

「……いや、大丈夫だ。仕事は完了。ここでおまえらとはさよならだ。ペロ、教えてくれてありがとな」

遠山は手伝うと申し出る彼らから目を逸らし、手近にあったペロの頭を撫でた。癖っ毛に絡まないようにほわほわと撫でる。

「んー、もうお別れー?」

くすぐったそうに目を細め、ペロが間延びした声で問いかけた。トロそうに見えてこの子は案外賢いのかもしれない。

「ああ、助かったよ。元気でな。シロ、ペロの髪の毛噛んだらダメだぞ」

遠山がペロと目線が合うようにしゃがみ込み、更にその小さな背に負ぶわれているちみっこのほおを突く。

ぷにぷにして、柔らかい。ふとした拍子に自分の指がその柔らかなほおを破ってしまわないか心配になった。

「あーうー!」

シロはしかし、嬉しさにニコニコ笑う。遠山もつられて笑ってしまった。

「にいさん」

リダの声、何かいいたげなその声色に遠山は首を振り、彼を見据えた。

「リダ、優先順位を考えてくれ。俺とお前たちは対等なビジネスの関係だ。仕事は終わった、ならあんま必要以上に馴れ合う必要もねえ。お前ならわかるだろ?」

その肩に手を置いて諭す。

賢い子だ。この言い方で充分伝わるだろう。

「あ、ああ、そう、ですね」

それでも何かを言いたそうなリダ、しかしそれをぐっと堪えて遠山に頷いた。

「え、ほんとのほんとに、もう、お別れ? 仲良く、なれそうだったのに」

ニコがまた、気の強そうな吊り目に涙を溜めながらオロオロとリダとルカを順番に見つめて、最後に遠山を見上げた。

小さな女の子に上目遣いで涙目をされると、こちらがものすごく悪いことをしてくる気になる。

遠山はニコと視線を合わせて、静かに頷いた。

「……ニコ、ダメだよ、困らせることになる。にいさん、その、ありがとう。肉、美味しかった」

意外なことに、ニコを諌めたのはスリの少年、ルカだ。

「おう、今度はもう俺からスるんじゃねえぞ」

「……もう、会えない?」

ルカがおずおずと遠山を見上げた。

今度は目を逸らさずに遠山が答える。

「ああ、さよならだけが人生だ、ってな。あんまお互い入れ込みすぎるのは無しにしようや。ルカ、お前には俺になかったもんがある、それを大事にな」

「アンタになくて俺にあるもの?」

信じられないといった顔でルカがつぶやく。

「リダとニコとペロにシロ。俺がお前くらいの歳の時には、友達や仲間は1人もいなかった。いや、いなくなっちまった。そいつとはもう2度と会えない」

どうしても、被るのだ。弱く、儚く、しかし世界に身を寄せ合って精一杯生きる彼らと、昔の自分が被ってしまう。

「あ……」

ルカが周りにいる仲間を見つめる。

それは幼き日の遠山が焦がれ、しかし奪われてしまった憧憬にも似ていた。

「だから、大事にしろ。人間、大事に出来る人間の数は限られてる。俺はお前たちをその中には選べないし、お前らだって同じなんだ」

「にいさん、それでも、俺はアンタが俺たちを対等に扱ってくれたことを忘れねえ。何かまた俺らが力になれることがあったら呼んでくれ。対等に、手伝わせてもらう」

遠山の冷たい言葉にもリダはおじけない。

しっかり遠山を見つめる目には知性の光が灯る。

「ありがとな、リダ。おい、ニコ、泣くのはやめてくれ。ペロとシロが不安がる、お姉ちゃんだろ?」

ぐずっていたニコの頭を遠山が撫でる。

「だ、だって…… いや、な、泣いてなんかないわ! このくらいのことで泣くわけないじゃない」

涙をぬぐいながらニコがふんっと、胸を張る。気が強い振る舞いは多分泣き虫を隠すためのなのだろう。

遠山は笑いながら、ニコの涙をローブの裾で拭う。

「そうか。悪かった。リダ、ルカ、ニコ、ペロ、シロ」

改めて、遠山が立ち上がり彼らを見回す。スラム街でのわずかな交流、しかしたしかに言葉を交わした彼らを。

「ありがとな、お前らには助けられた。でも、ここでさよならだ」

深入りするつもりはない。それが遠山の現時点での結論だ。

「……うん、わかった」

ルカが小さく頷く。

「にいさん、俺らはあの広場の近くに家がある、いつでも訪ねてきてくれ!」

リダが自分の胸をドンと叩いた。

「お、おにいさん、絶対よ、絶対また遊びにきてよね!」

ニコが遠山に駆け寄り、ローブを掴みながら懇願する。

「おにーさん、ごちそーさまでしたー! 久しぶりにおにく食べれて嬉しかったー、ほら、シロも」

「あーう、うー!」

ペロとシロが小さな手を精一杯振っていた。

遠山は苦笑しながら素直に去っていく子供達に手を振る。

本格的に情がうつりかける前に別れて正解だ。犬猫を飼うのとは違う。

「……これでいい、何も間違ってない」

いっときの感情で必要以上に踏み入るのはあいつらにとっても良くない。

だから、これでいい。

他人に必要以上踏み込み、なんとかしてやる余裕も義理もない。それは遠山の欲望ではない、はずだ。

「……じゃあなんで、俺はあの時、ラザールを助けた?」

小さな呟きはしかし、理性とは別の場所から湧いた言葉だ。

遠山はその言葉を振り払う。

ほんの少し胸につっかえる感覚を飲み干し、彼らの姿が見えなくなった後、改めて遠山は周りを見回す。

「さて、どこにいる?」

気を取り直し、本腰入れてそいつを探そうとして。

ピコン。

矢印が、空っぽの天幕を指す。

【クエスト目標更新 ラザールの痕跡を調べる】

メッセージ的にもここがラザールの居場所というのは間違いなさそうだ。

遠山はまず、焦げた地面に近づく。

炭化したボロ木や、焚き付けが灰になっている。

「焚き火の後…… 火を使ってたのか」

地面を確認した後、そばに置かれている桶の中身を覗く。

「これは服……か? 洗濯されてある、どこで手に入れた?」

動きやすそうなチュニックに清潔な感じの布のズボン。ラザールのあの時の服装とは違う。

「コップ、なんだ、コーヒーとか紅茶とは違うな」

そこの方にわずかに残っている液体、黒と茶色が混じったそれは嗅いでみるとわずかに甘い香りがした。

「廃材、板をベッド代わりに? 天幕の素材もボロ布、ジーンズみたいな生地だな」

空っぽのテントの中を覗く。廃材の板が2枚ほど敷かれていた。人間1人くらいなら余裕で寝れるほどのスペースだ。

「ん? なんだ、何か……」

覗き込んだテントのなか、わずかに感じる違和感。

誰もいないはずなのに、どこか、こう、息遣いのようなものを感じる。怪物種の巣穴に侵入した時の感覚に近い。

遠山はすぐにテントから出て、改めて周りを見回す。

「いねえ…… でも、この焚き火……」

焚き火の跡に手をかざす。

じんわりと、余熱が手のひらを温める。

「まだ暖かい、火が消えてからそんなに時間は経っていないのか」

出かけているのか? それにしては何か様子がおかしい。遠山が考えをまとめようと、その場に座ろうときた瞬間だった。

「うお?! な、なんだ?」

心臓の辺りからざわつく。不快感はない、そしてこの感覚はよく知っている。

「キリヤイバ……?」

まるで、俺を抜け! そう言わんばかりに遠山の身体のなかに眠るその遺物がざわめき始める。

いままでこんなこと一度もなかった。

血液が身体中を走り回り、暴れ回るような感覚、身体の中で子犬がはしゃぎ周っているような衝撃。

不思議と、痛くも、そして不快でもなかった。

「うわわ!? わかった、わかったよ! 来い、キリヤイバ!」

心臓に手を当て、名前を呼ぶ。当たり前のように身体の中に棲みついているその遺物を世界へと引き出す。

組合の身体検査でも見つからなかったのはどういう仕組みなのだろうか。真面目に考えると、怖いのであまり気にしないことにはしていたが。

「うお?!」

まだ不思議な挙動は終わらない。

胸から引き出したキリヤイバがカタカタ揺れて、その弾みで手のひらから飛び出した。

「ええー…… お前、そんな機能ついてたの?」

衝撃。

キリヤイバがカタカタ揺れながら辺りをぐるぐる巡り始めた。

焚き火、桶、カップ、天幕。

遠山が調べた順番に、先端が欠けて刃はボロボロに傷んでいるその小さな湾曲した刀剣がひとりでに動き続ける。

なんのホラーだろうか。

「まあ、説明書ねえからなあ…… 炊飯器でハンバーグ作れるようなもんか」

探索者特有の知性の低い考えで、遠山は目の前の現実を受け入れる。世の中、バカにならないとやってられないこともあるのだ。

カタカタ、カタカタ。

辺りを這い回るキリヤイバ。

何故だろう、いや、似ても似つかないはずなのに、どこかその姿が、そう、おもちゃのボールを探す、けむくじゃらの古い友の姿にーー

「ほ? おい、キリヤイバ?」

ぷさゅう。

キリが、辺りに立ち込める。

もちろんキリヤイバの仕業だ。白く重たい煙のようなキリ。遠山の意思とは無関係に、世界に霧をもたらして。

「 なんかお前相当アグレッシブになってーー え?」

キリの中、何かが動いた。

黒い、モヤ。

影ーー

キリが、カゲを浮かび上がらせ、燻り出した。

「ごほ! ごほ!? なんだ、なにごと、だ……?!俺のカゲが、なぜ? ……まさか、おお、我らが"歯"にかけて!! ナルヒト、まさか、ナルヒトなのか!?」

キリがあっという間に晴れる。

黒い影も溶け去るように消えていき、そこから現れたのは一度見たら忘れないトカゲヅラ。

あの時の奴隷服に、鱗の肌、縦に裂けた瞳孔。妙に色気のあるイケメンボイス。

「えええ…… ら、ラザール、まじか。もう何がなんだか」

リザドニアンのラザールが、そこにいた。

ぽすん。

【サイドクエスト"路地裏のトカゲを追って"完了!】

【技能更新 "遺物保有者"→NEW!!"キリの容れ物"】

…………

……

「いい、人だったわね」

「うん、だねー。ぼく、大人の人にご飯ご馳走になったのはじめてだよー。そういえばシロが全然怯えてなかったのもはじめてだ、きっといい人なんだろうね」

「ああ、あの兄さんは俺たちを人間扱いするどころか、対等な存在として扱ってくれてた。金も最後まで返せとか、そういうのもなかったしな」

遠山と別れた子供たちはいつものスラム街の光景を歩く。道の隅、なるべく目立たないところを固まって歩く。

この街の圧倒的弱者たる彼らの知恵。そんな細かいことの積み重ねが彼らをこの歳までこの街で生きながらえさせてきたのだ。

「……あんな大人もいるんだね」

ルカがボソリとつぶやく。

ハンチング帽を目深に被り、しかし視界は前を歩くニコたちをきちんと捉えていた。

「ああ、敵だけじゃねえんだ。俺たちはまだガキでなんも知らねえだけなのかもしれない。ルカ、俺は決めたぞ」

同じく隣を歩くリダが強い口調で言い放つ。

「え?」

「今よりでかくなって、身体も出来上がったら俺は冒険者になる。そこで金を稼いで、お前らに腹一杯食わせてやるんだ」

リダの声はいつになく、熱く、力強い声だった。頭はいいくせにリダは影響されやすい。

きっと、あの人に影響されたのだろう。

「リダには向いてないよ、スキルもないし、ケンカも弱いじゃん」

ルカが隣の年上の友に笑いかける。

リダは頭がいいが、弱い。多分根本的に力を用いた争いごとに向いていない。

頭を使うことに関しては敵わないが、腕っ節なら自分の方が遥かに強いとルカは自覚していた。

「うるせえ、これから特訓するんだよ! あのにいさん、あれも多分冒険者だろ? かっけえじゃねえか。あのにいさんは全部自分で決めることが出来るんだ。それはあの人に力があるからだ。俺もそうなりてえ」

腕を振り回し、いつになくリダがはしゃぐ。

その眼は輝いていた。久しぶりに、リダの子供っぽいところが見れて、ルカは少し嬉しくなる。

「……リダじゃ冒険者になってもすぐ死ぬだけだよ。10人に8人が4級のまま死んでいく世界らしいじゃん。それに冒険者になるのにも金がいる」

そんな話を聞いたことがある。スラム街まで堕ちた元冒険者から聞いた話だ。

彼も冒険者だったらしい。

4級、最下層の冒険者のまま命を落とすもののほうが多い弱肉強食の世界。

「ふん、どぶさらいでもなんでもして稼いでやるさ。俺が納得する仕事でな」

その言葉にルカが自分の胸に手を当てた。

あの人の言葉が、今もここに残っている。

「……納得か、リダ、俺、もうスリはやめるよ」

「お?」

ルカの言葉にリダが目を丸くした。

「あの人に言われた時、気付いたんだ。俺、いつも言い訳してた。これは仕方ないことなんだって。恵まれた奴らから盗むのは仕方ない」

言い当てられた時は、ほんとに驚いた。

心を読まれたんじゃないかって。

ルカはあの時の衝撃を思い出しながら、リダを見た。

あの人になくて、自分にあるもの。

仲間、友達の顔を見て言い放つ。

「でも、やめるよ。リダが冒険者になるんなら俺もなる。リダ1人だとすぐ死んじゃいそうだからね」

「このやろう、ふっ、好きにしろ。足引っ張るんじゃねえぞ」

どちらともなく腕を差し出す。

「どっちがだよ、リダ」

こつんと、2人の小さな拳が合わさった。

「わー、せいしゅん?」

「あーう?」

「男って影響されやすいわねえ。まあ、そこが可愛くもあるけど」

前を歩いていたニコとペロシロが振り向き、2人のやりとりをニヤニヤしながら眺めていた。

ある旅人の交流はわずか、ほんの少しの影響を彼らに与えた。

諦観と堕落の道を進むスラム街に生きる小さな生命たち。彼らの運命という道に突如現れた、強欲な人間。

大人、という存在とまともに触れ合うことのなかった彼らの心に、強欲な人間が与えた影響はしかし、彼らの歩き方を変えるだろう。

「まずは、クズ拾いから始めるか。銅貨が拾えるかもしんねえ」

「だね、俺も手伝うよ。どぶさらいの仕事、この辺の取りまとめ役からもらえるか聞いてみようかな」

希望。

緩やかに絶望に向かうだけの筈だった彼らは今、変わりつつある。それはほんの少しのちっぽけな変化。

しかし、彼らにとって、それは誰にも奪えないはずの最高のものでーー

「あ!? み、見つけた! やっとみつけたぜ! てめえら!」

とても、脆いものだと。

大人はみんな、知っている。彼らはまだ知らない。

夢に湧き始めた彼ら、当たり前の大人との交流でほんの少し未来に希望を抱き始めた彼らはまだ、知らない。

「あ!! あのガキです!! ワイズさん!」

「ふーん、あの子らか。やあやあ、君たち」

すいっ、と。

その男は当たり前のように彼らの道を塞いだ。

決して視線の高さを合わせることなどなく、見下ろし、ニコリと微笑んだ。

「うー……」

ローブの旅人よりも遥かに整った顔立ち、しかし、その笑みを見た1番幼いこども、シロが声も上げずに泣き始めた。

「あ……」

ルカ、リダ、ニコ。

3人のスラムの住人の顔が青ざめる。

沢山の大人の浮浪者に囲まれた、からではない。

ルカを痛めつけていた年長のグループ、そいつらがその中にいてボロボロの顔面を歪め、ニヤニヤこちらを見つめていた、からでもない。

「まあまあ、そうおびえなさんなよ、ひどいことはしないさ」

その優しい顔立ちの男、その頬に刻まれていた刺青を見たからだ。

「すこーし、おにーさんとお話ししてくれないかい? なーに、時間はとらせやしないから……さ」

"カラス羽の刺青"を讃えて、優男がほんとうに優しい笑みで、どこまでもどこまでも冷たく子供たちを見下ろしていた。

「カ、ラス……」

そう世界とはーー

ちょっとばかりの特別な出会い一つで変わるほど、この世はそんなに甘くなく。

それでいて、弱い者にはとことん厳しいものだ。