軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

123話 祭り、始まり

夢を見ている。

『よお、こんにちは。ああ、そんな嫌そうな顔すんなよ。俺はこう見えて気が小さくてな。デリケートなんだ、傷つくぞ」

俺はその夢を昔から知っている。爺さんから、そして、オヤジからコレを引き継いだ時から見る夢を。

『ああ。違う違う、いつもの悪夢じゃない。あのお約束の言葉も少ししか言わないさ。そうだな、今日は、まあ、多分今日が最後だから、お別れの挨拶に来たって奴か? 俺はこう見えて礼儀正しいタチなんだ」

そいつはずっと、ひとりっきりでこっちへ向けて語りかけてきやがる。昔っからずっとだ。この何もない真っ白な場所で、靄の形でずっと。

俺はそいつに話しかけようとする、でも、口がないから何も言えねえ。

『あ? いやなに、簡単さ。時が来た、時間だ、という奴さ。ーーたどり着いたんだ。おーー……、お前もアイツも。いや、改めて考えるとすげえよ。両方死ぬ可能性の方が高かった。お前たちはあの覇王や老兵、月光に殺される可能性の方が高かった、あいつだって、古代種や神話に殺される可能性の方が高かった。だけど、お前たちは互いにたどり着いた。互いに目の前のすべてを踏み潰し、殺し、始末し、進んできた」

こいつ、何を言ってやがるんだ。

『そんな奴らだ。もう止まらねえよ、止まる訳がねえんだ。もう、お前たちの道は交わらねえ。お前たちの力が重なる道はない、共存はねえ。おしまいにたどり着くのは、ラスボスに挑むのはどちらか片方だけ。わかるか? 仲間にはもうなれねえ。お前たちはきっとアイツの光景を邪魔する、アイツはもうお前たちの最後の安全弁を、幸運の片割れを殺しちまった。だから、もう止まらねえよ」

俺はそいつの言葉をただ聞くことしか出来ない。

『そうだ、お前たちは互いに互いの報酬なんだ、奪い合うしかない、殺し合うしかない。んで、俺はまあ、あれだ。ちょっとした仕掛けだ。お前の一族、つーかお前の先祖には悪いと思ってる。だけどよー、すまん、これしか確実にここに届ける方法がなかったんだ」

何がすまんだ、何が。てめえからは悪びれた様子が感じれねえぞ。

『まあ、そんな怒るなよ。この兜、たまにお前の助けにもなったろ? え? 夢見は悪いし、身体は重くなるし? あー、でも本物の化け物と戦うときはきっとお前に力を貸したろ? 元の持ち主が化け物大嫌いなんだよ、特に再生する奴とか、殺しても死なない奴とか、戦ってるときにきったねー笑い声で嗤う奴とかさ。あ? 俺? ―― ひ(・) ひ(・) ひ(・) 、俺のは上品だろうがよ」

そんな奴いたら、さぞ面倒だろうなァ。だが、ああ、たしかに。あのバカ姫の姉貴の切り札。

あのジジイ……いや、あの老兵に勝てたのはたしかに、このクソ兜があの時……。

「ま、そういう訳で。そろそろ時間な訳よ。お前とアイツが殺し合う時が、きっと別れの時さ。お前はきっと、アイツを恐れる。アイツを確実に殺さないと恐ろしくて仕方なくなる。そして確実に殺す為に コレ(十字兜) を手放さないといけなくなるからな」

アイツ? 誰の話をしてんだ? 殺し合う……竜、のことを言ってんのか?

だが、もうあのバカ姫は竜を殺すことはーー。

『え? アイツって誰だって? あー、悪い。はっきりしたことは言えねえんだよ。ほら、お約束って奴だ。少なくとも俺は知らなかったからな。あんまり余計なことをお前に教えたくない、でも、ほら昔からお約束のように毎晩言ってるだろ?』

あー、やめろ、聞きたくねえ。いつものアレはもうガキの時からーー。

『""ってよ。お前が殺さないといけない奴はお前の月の光を遮る奴だよ、きっとな」

あァ? お前、古唄の解釈はじめて言いやがったな。お前の月の光……?

『まあいいじゃねーか。男が2匹、1人はてめーの定めた光景の為。1人はてめーの定めた王の為。殺し合うにゃ上等過ぎる理由だろ?」

『てな訳で。じゃあ、まあアレだ。健闘を祈るぜ、いや、それとも、お前には、力の英雄にはこっちの方がいいか?」

『幸運を祈る。ああ、互いにな。悔いのないように殺し合おうや、力の英雄」

ーーお前。なんで、お前はいったい……いや、この気持ち悪い感じ、最近、どこかでーー。

『ーーまたな」

夢は、終わった。

◇◇◇◇

街の空、青天高く。ふわり、浮かぶ雲に楽団の笛の音が届きそうな。

今日は、お祭り。アガトラの街にヒトの声が満ち溢れている。

「お母さーん、あれ買って買って買って買って!」

「だめよ、さっきもホーロム焼き食べたでしょ! 晩御飯食べれなくなるよ、今日はお祭りなんだからご馳走作ってあげるから! お父さんがお祭りのためにいいお肉も取ってきてくれてるからね! 竜祭り祝いの肉祭りよ!」

「わあああああああああああああい!」

家族がいる。当たり前に毎日を生き、幸せを目指して平穏に暮らす親と子が。

「工房の新作! 破裂槍! 突き刺した場所に内包された火薬がズドンと爆発するよ! これで4級冒険者の君もあの、ドロモラ商会付きの冒険者のようにティタノスメヤを狩れるかも! 今日はめでたい竜祭り特別価格! 限定3品だけ本来なら金貨五枚の所、金貨2枚と銀貨5枚と大奉仕!」

「む、すげえ、かっけえ……姉さん、あれ……」

「だっめに決まってるでしょ! あんた、この前工房にオーダーメイドでロングソード作ってもらったばっかでしょうが! それに、あれどう見ても工房の悪い癖全開の時の武器じゃない! 何よ! 火薬が破裂って! メンテナンス性も最悪だし、その前に使い手の身体が火薬の爆発に耐えられないわよ、どう考えてもアレはドワーフの連中が酒のみ話の悪ノリで作ったもんだわ!」

「おっと、財布の硬いお姉さん、これは参った、ならどうだい? 破裂槍を買ってくれたら、こおまけに今日の竜祭りで発売予定の工房の新作の整理券を――」

「いっらないわよ! トンチキ武器のおまけに更なるトンチキ抱き合わせてこないで!」

「えー、そこの美人の冒険者のお姉さん、いいのかー? なんでも噂だとこの整理券で買えるのは蒐集竜様に関わりのある超縁起物って話なんだけどなー」

「え、し、蒐集竜様の……」

「ね、姉さん、整理券って怪しすぎるよ、そもそも何を買えるかも分かってないのに――」

「う、うっさいわね、どんだけインチキ臭くても蒐集竜様の名前を出されちゃ揺れるわよ!」

姉弟がいる。日々を懸命に生きて、血と暴力の世界の中、束の間の休息を楽しむ冒険者が。

「おーい、姉ちゃん! こっちにフイルドエール3杯! 天使教会の銭--おっと、麗しき白髪の主教様に捧げる乾杯だあ!」

「おーう、賭け事や酒を解禁してくれた話の分かる主教様に! 彼女の財布にあふれんばかりのコインが湧きますように!」

「欲をかきすぎて天罰が当たって早死にしませんよーに! 俺ら庶民の話の分かる銭ゲバ様に祝福を!」

「ぎゃははは、銭ゲバって言うなよ、お前! 税金上げられるぞ!」

「まー、何はともかく、こうして昼から旨い酒が飲めるこの今日に! 乾杯!」

「アガトラに!」

「麗しき我らが竜に!」

「その竜を殺した恐れ知らずの竜殺しに!」

「乾杯!」

男達がいる。

日頃汗水垂らして労働に励み、苦しいことや辛いことをたくさん受け持ちつつ、それでも生きる為に働く労働者たちが、酒を囲み束の間の祭りを楽しむ。

「お昼からの商業広場の屋台、楽しみだね!」

「フレーマンの焼き菓子屋さんも屋台出すらしいわよ!」

「あら、ほんと! あそこのお菓子、とても美味しいわよね! コーアっていう少しほろ苦いあのお菓子すごくいいわよ」

「えー、あれ、カークオの実と似た奴なんでしょ? 猛毒じゃないの?」

「コーアの実は大丈夫なの! カークオみたいに毒はないわ。あのほろ苦い黒い粉が大人の味なのよ」

「他にも色々な屋台が盛り沢山ね。ふふ、買い食いするの楽しみだなあ」

女達がいる。

明日はもっといい日になると信じて疑わない日々を素朴に生きる彼女たち。束の間の祭りの時、日頃見られないそれぞれのお店が気合いを入れて出店する屋台広場の光景に思いを馳せて。

「はーいよー、お待たせしました。ヴェル馬車交通のご利用誠にありがとうございました。芸術都市ルミーネからの三日間の旅はいかがでしたか? それでは皆さま、竜祭りの聖地、冒険都市アガトラをご安全にお楽しみくださーい!」

「う、おおおおおおお! ほ、ほんとに来ちまった!」

「ぼ、冒険都市アガトラ! すっげえええ、本当に壁に囲まれてる! それに人の熱気やべええええ!」

「アルノ! み、見て見て見て! 街道から見えてたアレ、ほ、ほんとに、ほんとに街の上に浮いてる!」

「ま、ま、魔術学院だあああああ! 図鑑でしか見たことないぞ! ウール! ほら、お前の憧れの魔術師たちの本拠地だ……」

「ーー」

「う、ウール、ウール!? うわああああ、ウールが真顔で涙を流したまま動かない!」

「魔術学院、魔術式を操り世界の法則を解き明かさんとする探究の輩の故郷。そこには世界中から魔術師の素養のあるヒュームが集まり、日々研鑽を続けているという。魔術式とはスキル、秘蹟、副葬品などに依らずに超常的な力を扱う為の技術である。魔術師は自らの肉体の一部を魔術臓器に置換し、それから生み出される魔力と呼ばれるエネルギーを材料に魔術式を編む。魔術式には大きく分けて6種類の系統がありーー」

「ああっ! ウールが丸覚えした図鑑の文章を暗誦してる!」

「か、感動しすぎて壊れたの……? でも、ウールはスキル持ちだから、魔術式は使えないんじゃ」

「魔術師の中には、冒険者としてフィールドワークがてら探求の道を進む者も多い。魔術式は戦闘に役立つ者も多くあり、モンスターの弱点に合わせて戦術を変更できる応用性にも長けている。したがって自らの冒険者パーティーに魔術師の加入を望む冒険者も多い。しかし、大抵の魔術師は魔術式を使えない存在を見下す傾向にあるので、そこはコミュケーション能力が問われる所でもあるだろう。また魔術師は帝国や王国において権力者からの寵愛を受ける対象ともなる。帝国の中央貴族たちは古くから自らの領地や居城にどれだけ有能な魔術師を置けるかをステータスとして扱う傾向がある、これは臣民にあまねく恩恵をもたらす天使教会の方針に逆らうものであり、基本的に魔術学院と天使教会は仲が悪い。だが、今代の天使教会主教の辣腕により、現在、魔術師と教会の関係はひとまずのところしょうこうじょうたいと言っていいものに落ち着いている。また、魔術学院には魔術式の祖にして、ヒュームにこの魔術式を与えた存在、"全知竜"が棲まうとされている。この全知竜は御伽噺の中の存在であり、炎竜や水竜といった伝説の竜に並ぶ始祖に近い古い竜として崇められている。魔術師の魔術臓器は皆全て、この全知竜の身体の一部を腑分けしたものであるという説もあり、魔術師が抱く全知竜への過剰かつ異常な好意、もしくは愛情もこのことが原因とされる学説が主流である。上位生物の持つ我々ヒュームへの魅了能力に加えて上記の追加要因もあり、魔術師はみな、全知竜の存在を焦がれるようになる。これは結果的に全知竜の眷属として魔術師が存在していると同義であり、天使教会はそれを天使様のみわざを模倣するものとしても敵意している。また全知竜はヒュームに好意的な竜として知られているが、敵対した者に対しては一切の容赦がなく彼女の怒りに触れて滅んだ国は少なくとも九つ。また彼女を敵に回すということはつまり、魔術師という存在そのもの、全世界に散らばる全知竜限界オタクを全て敵に回すということである。これはつまり、世界中の神秘に触れんとする探究者全てが昼夜を問わず敵対者を始末せんと動き出すことと同意でありーー」

「ウールが本格的にこわれた!!」

「憧れの魔術学院を見たことで自分は魔術師になれないという現実がウールを完全に壊しちゃったよおお!」

「いいじゃん! 別にウールは"停止"のスキルなんてすごいもの持ってるんだからさあ!」

少年少女達がいる。

夢と可能性に満ちた未来の卵たちが。憧れと興奮と輝かしい光に寄せ付けられるようにこの街へとたどり着いた者達が。

ひしめいている、響いている、溢れんとしている。

今日ほど世界が、帝国が、各都市が、そしてアガトラが煌めかんとしている日々はないだろう。

街のあらゆるところに出店が立ち、大通りには笑顔の人々が絶え間なく行き交い、街の門には旅馬車が殺到する。

住居の至る所には祝いの飾り付け、家屋から家屋へ伝う祝い紐が、道を跨いで街を飾り付ける。

「竜祭りに乾杯!!」

「我らが天使教会に!」

「太っ腹の領主様に健康を!」

「美しい我らが祖! 人知、いや! 全知の竜様に全てを!」

数多のこの街とそれを支える存在に捧げられる乾杯の声。異世界だろうとどこだろうと、ヒトが何かを祝うときに酒精は必ず現れる。

「帝国の護り竜! 気高く尊い我らが竜! 蒐集竜さまに!」

この祭りの主役へと捧げられる乾杯の声、周囲の歓声が一際大きくなる。

ラッパの音、管楽器の音、ボンゴの響く音、それらもまたどんどんと高まる。音楽に合わせて広場では踊る民衆、それを眺め酒盃を傾ける民衆。

乾杯の声が、祝いの声がそこかしこに。

そして。

「恐れ知らずの愚か者! 愛すべきイカレ野郎! 竜を殺した不敬で愉快な冒険奴隷! 竜殺しの野郎にも! 乾杯!!」

「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」

1番大きな歓声と笑い声が乾杯の声をきっかけに連鎖していく。

人々の笑い声、怒鳴り声、話し声。

とにかくこの冒険都市アガトラには絶えずヒトの声が満ち溢れている。だが、今日はいつもの比ではない。

竜祭りが始まったのだ。

数多のヒトの期待と興奮を、数多のヒトの策謀と欲望を。あまりにも多くの熱が今、アガトラを包み込んでいる。

今日から一週間、帝国の各主要都市は兼ねてより準備した祭事に大いに湧くことになるだろう。

「聞けよ、アガトラ! 帝国の民よ! ライムスカーの言葉を聞け! 今日、このめでたき日の訪れを共に祝おう! 我ら帝国こそ、蒐集竜様に選ばれた史上の国家! この世界を治めるに値する民族なのだと! ああ、美しき竜! 偉大なる竜! あなたは我ら定命の存在に

そして、その盛り上がりはここ冒険都市アガトラこそがその中心、そのるつぼ。

この祭りの立役者は皆、この街にいる。

上位生物、竜。古い大戦を終わらせた大いなる竜の孫にしてヒトの概念を司る新しき竜、その名は蒐集竜、アリス・ドラル・フレアテイル。

その死と再生を祝う祭り。古今東西、どのような世界においとも大いなる存在の死や生まれを祝う祭りはあれど、竜祭りはそのどの祭りよりも、熱がある。

祀られる存在が、今、たしかに居るのだから。

その現実は 人々(ヒューム) の魂をいやがおうにも盛り立てる。上位の生物を理由もなく愛し、崇拝し、畏れる、それこそがヒトのサガ故に。

そして、その祭りの坩堝の中、もちろん奴らもここにーー。

「ディスディスディス! ディース! むむ、このイエローベリーのジュース、濃厚な甘さなのにまったくしつこくない! 例えるならば、そう! 盛日の月に駆け抜ける太陽のからっとした感じと言うべきディスか! そしてこの喉越し! ベリーの新鮮さをそのまま身体に取り入れるかのような感覚! 例えるならば、そう! イエローベリーを摘んできた冒険者が早朝! ふと見上げた薄暗い空に山の向こうから昇る朝日をみつけたかのような爽快感と似てますディス!」

「ストルくん、君、食レポの才能あるね」

水色ポニテの美少女がニコニコと相好を崩しながら祭りの中、買い食いを全力で楽しむ。彼女の右手には木のコップと串に巻かれたベーコン焼きが備わっていた。

「ストル、それ空になったんならもらう」

「ディス! ありがとうございますディス!」

その隣をゴミ袋を構えて歩く黒髪の男、チベットスナギツネのような虚無の目をいつもより細くし、淡々と彼女が空にした木のコップを受け取り、ゴミ袋に仕舞い込む。

「あ!! 次! トオヤマ! 次はワタシあれ食べてみたいディス! ジャイアントボアの丸焼き! 脂身の部分食べたいディス!」

「うわ、すげえな。胃もたれしねえ? 大丈夫か?」

「むふふ。わたし、こう見えて胃が強いので問題ないのディス!」

竜殺しとその剣、第一の騎士もそこにいた。

「あの水色髪の子、めちゃくちゃ可愛いくねえか?」

「すごい、冒険都市ってやっぱり都会だから美人多いんだ」

「おーい、ラード。お前、あの子ナンパしてこいよ。先輩命令な」

「えー、む、無理ですよ、あんな綺麗な子、しかもあの鎧とか絶対高そうな奴じゃないですか、それに連れもいるみたいだしい」

「大丈夫だって、ほら、男の方はしょぼそうじゃん。冒険都市っつっても帝都よりは劣るさ」

人々の笑い声、怒鳴り声、話し声の中を二人が進む。

とにかくこの冒険都市アガトラには絶えずヒトの声が満ち溢れている。だが、今日はいつもの比ではない。

竜祭りの中に彼らも確かに存在している。

「ふむ。いくつか雑音が聞こえますディスね、トオヤマ、耳障りなようなら黙らせてきましょうか?」

「やめなさい、物騒ナイト。いいさ、お前の顔面が周りを騒がせることにはもう慣れた。ドラ子といい、人知竜といい、お前といい。美人にも色々苦労があるんだろ」

ストル・プーラの容姿に集められる注目とそれに並ぶ自分へ向けられる視線や言葉を遠山が聞き流し、歩き続ける。

「……ふーん、わたしを美人とは判断してるのディスね」

によによと猫のようなクリクリした目を細めストルが遠山を下から覗き込む。

「非常に腹立たしいことにな。ていうか、うちの連中よく考えたらみんなツラ良いよな。 ラザールはトカゲ顔だが目とか作りよくて鱗も綺麗だし、がきんちょ達も清潔にして身なり整えたら良いとこのガキに見えるしよ」

「あー……トオヤマも、その、……鋭い感じが、こう、ね」

「一気に語彙が寂しくなったよ。ストルくん。精一杯のフォローありがとう」

ストルがいつのまにか食べ終わったベーコン巻きの串を受け取り、またひょいっとゴミ袋へ。

「ふふ、冗談ディス。まあ、別に見れないことはないディスよ、トオヤマも」

「はいはい、お気遣いどうも。てかお前ほんとにまだ飯食うの?」

「はいディス! 何せお昼からはいよいよ私たちの屋台が始まりますディスからね! たくさん食べて備えますディス!」

2人が足を止めたのは、立ち並ぶ出店の中でも人だかりの出来ているものだ。

屋台の前に木と石で炉を組み、そこに大きなイノシシを吊るして丸焼きにしている。

じう、じう。豊かな肉の脂が遠火で炙られることによりパリパリになった皮から滲み落ちていく。ちょうどよく焦げ目もついている、良い感じに食べごろなのだろう。

「うお、脂すげえ。朝からは胃がもたれそうな……まあ、でもストルなら平気そうだな」

「はい! 教会の孤児院に拾われる前は、カラスが食い散らかしたネズミの尻尾を食べたりしてもお腹壊しませんでしたディスから」

「ごめん! ストル! ほら、お小遣い! 買ってきな! 好きなだけたくさん食べて!」

「やったー! ディス!」

反射的にコインの入った革袋をストルにわたして、遠山は目元を抑える。普段バカだから忘れていたが、ストルの過去もそれなりに聞きにくいものだった。

「あ、ご主人! このジャイアンボアの丸焼き、もう売ってますディスか!? わたし、脂身多めの部分を頂きたいのディスが!」

「はいはい、お嬢……おっと、その鎧は教会の騎士様か! どうぞ、どうぞ、もう火も通ってますからね! 今朝、冒険者が平原で狩ってきたばかりの肉付きの良い奴でさ! 脂身多めね! 切り分けるから少しお待ちを!」

ストルの水色ポニテがぴょこぴょこ横に跳ねるのを後ろから眺める遠山。

「楽しそうで何より。……にしても……」

ふと呟き、周りの喧噪に耳を傾ける。

「さあさあさあさあ! 寄って行って見て行って! このお祭りは竜祭り!! 数百年ぶりの吉日だよ! ベイノン青果店はなんと全商品半額! こんなの多分アンタの孫の孫の孫の代までもう2度とない!」

「本当なら銀貨5枚のこの秘伝のお香! 今日はなんと銀貨一枚で大御奉仕価格でプレゼント! ナルミィ薬草店の恋の呪いお香がこの価格でのご提供は竜祭りだけでーす!」

「おっとそこの冒険者さん! その格好、今日も仕事かい? ねえ、ほらうちの商品を見ていってよ! 竜祭りだから安くしときますよ! ビササの葉っぱを煎じた塗り薬、冒険の怪我に欠かせない治療薬! もう今日は大銅貨2枚で10個あげちゃう!」

「ねえ、お兄さん、わたしの店に来ない? まだお昼だけど、今日から一週間は竜祭りで日が昇る時間から日が沈む時間まで空けてるの。……私とずっと一緒にいてくれないかな、お兄さんなら安くしておくよ」

「明日開催の竜祭りの一大イベント! 竜大使館の地下での狩猟大会へのご参加は明朝の日の出まで、冒険者ギルドで受け付けていまーす! 蒐集竜様が手ずから育てた古代種の子孫のモンスターを相手に行う狩猟大会です! 参加し、結果を残した方は尽きぬことのない名誉と賞賛をお約束しまーす」

大通りをあふれんばかりに行き来する人々、その人々に声かけを続ける出店の主人、そしていろいろな催しものの知らせ。

どこからでも聞こえる人の声と、空に響く楽器の呑気な音、街全体がお祭りそのものになったみたいだ。普段は他人がはしゃげばはしゃぐほどスンってしだす遠山ですら、少し楽しくなってくる。

「すげえ活気だな、オイ。いつもお祭りみたいな街だが、今日は更にひとしおだ」

「ディス、モグ、モグ。何せ竜祭り、ディスからね。帝国の他の都市も同じように盛り上がってますが、アガトラは何せその主役たる竜の棲家ディス。いわば本場! 竜祭りの本場なのディス! 今きっとここは帝国1盛り上がる場所なのディスよ!」

ジャイアントボアの丸焼きの一部を切り分けた肉塊をもぐもぐしながら、ストルが遠山の元へ戻ってきた。

そのまま人の波に乗って歩き出す。

「どうした、ストル。お前、社会の授業でも受けたのか?」

「む、トオヤマのわたしに対する認識はどうなってるのディスか? わたし、賢いのでこの帝国のじょーせーが変わる出来事とかへの理解はすごいのディス」

「お前の頭がキレる時ってだいたいなんかの厄介ごとの時とかだよな。に、しても、帝国の皆様、というかアガトラの連中は逞しいな。自分の頭上にあんな訳わかんねえもんが現れたって言うのに」

「そうディスね。ていうかもうむしろそれも込みで盛り上がってますし」

ストルがぺろりと肉を平らげ、脂のついた小さな唇をぺろりと舐め上げる。遠山の視線に気づいたらしい彼女が目線を上に、またニヤっと視線を返した。

なんだコイツと、遠山が彼女をしらーっと見つめていたその時――

ドンドンドンドンドン。

かっか、ちっか、かっち、か。

響く複雑な音、音、音。

音に色がついているのなら間違いなく七色は下らない楽器の音が人だかりの向こう側から響いてくる。

遠山とストルは顔を見合わせ、人だかりの中をすり抜け、押し抜け、その様子が見える前列の方へ。

大通りにいくつか点在している広場、そこに彼らはいた。

『天使の思い出をカナリアが唄う、呼べよ、語れや、我らの竜。大いなる翼、美しき瞳、知れよ、舞い降りる我らの竜。陽の光よりも輝くその鱗、帝国の守護竜は来たりし』

「お?」

「吟遊詩人付きの楽団ディス! おや、珍しい、ハーフエルフディスね」

楽団の中心、椅子に腰掛け竪琴とバイオリンが合体したような楽器を奏でる女性がいた。

向こう側が透けて見えてしまいそうな透明な肌、よく見るとほんの少し耳が尖って見えるようなーー

『さあ跪き、首を垂れよう、その竜眼に見とれ焼き付くされぬように。ああ、我らの竜、大いなりし、蒐集竜。しかし、その7つの命、定命の者の勇士により一つをもぎ取られん』

『高き塔の物語、我らの知らない物語、ついに現れし狩人。竜の焔、竜の爪、竜の尾を斥け、己が刃を竜の心臓へ。狩人はそして、竜殺しへーー』

ぽろん。

月から滲んで、零れ落ちた雫のような音。

観衆たちはいつのまにか息をするのも忘れてその歌に聞き入ってーー

『竜殺しに死を! 恐れ多き罪人! その骸をさらし飲み歌おう』

『竜殺しに名誉を! 我らが英雄! その名を語り飲み歌おう』

炎のように広がる美しい怒声。びり、びりと腹の底に響く声に魂ごと揺らされてしまいそうだ。

『我らは唄う、カナリアのように。そして世界は周り続けるーー』

一気に静かな曲調へ。小川のせせらぎのような音楽がしばし続き、解けるように音が止んだ。

「ーーありがとうございました!」

「「「「「わああああああああ」」」」」

どっと、膨らみ弾けるように響き鳴る歓声。綺麗な一礼をしたハーフエルフの女性がにっと、微笑みマジシャンの被るシルクハットによく似た布の帽子をそっと頭に乗せて。

「ありがとう、ありがとおおおお! アガトラの皆様の暖かい歓声、本当に嬉しいです! フロレンス旅団、団長にして吟遊詩人、フロレンス・メリッサ作曲、作詞の新曲、"竜と竜殺し"でした!」

「いいぞー! ハーフエルフの姉さん!」

「すっごくよかったー!」

「嫁に来て〜!」

「婿に行かせて〜」

「耳が孕んだッ!!」

更に湧く広場、万雷の拍手と浮かれに浮かれた観衆の声が街の石畳を叩いて行く。

「おお〜」

遠山も人混みの隙間から彼女を眺めて拍手をした。

星月夜に響く夜空が歌っているかのような歌。音楽についての是非に詳しくないが、とても良いものを聞いた気がする。

所々歌詞が不穏なのを差し引いてもつい唄に夢中になってしまっていた。

「ディス! ん〜良い唄ディス。詳しいことはよく知らないけど、楽しんでいるのが伝わりますディスね。むふふ、竜殺し殿はもう吟遊詩人の演目にもなってしまいましたディスね」

ストルも同じ感想だったらしい。まだあのジャイアントボアの肉を食べ切れていないのが何よりの証拠だ。

「かなり脚色もあるし、そもそも取材すらされてねーのは気に入らないがな。でもほんとがっつり、お祭りだな、オイ。なーんか無性にワクワクしてきたぜ」

「竜が死に、そして復活する。そんな本来であれば起きえないことを祝うお祭りディス! 季節ごとのお祭りとはわけが違うのディスよ! わけが!」

「うお……お前ほんとどした。いつもより2割増しでテンション高いな」

「あ……え、へへ。その、すみません、ディス。こういうの初めてで。季節のお祭りの時もその、教会騎士だったので、あまり参加とかは……」

たはは、と頬をかきながらふにゃりと笑うストル。

「ストル! はいお小遣い! なんかもうしょーもないガラクタでもいいから何んでも買ってきて!」

遠山がパシっと口元を抑えてまたコインの入った革袋を差し出した。

「むお。いつもケチなトオヤマの財布がこんなにも緩く……コレが、竜祭り。ごくり。……ふふ、でも、いーのディス」

ストルが目を細めて、遠山を見つめる。水色の瞳にコインを差し出したまま固まる遠山の姿、それだけが映っている。

「あ? なんで?」

「むふふ、わたし、今こう見えて、かなりエンジョイしてるのディスよ。だから、別にお金はいいのディス。あ! トオヤマ! 見て! なんか、なんか、すっごいのいますディス!」

「お? なんだありゃ?」

ストルが指差した先、そこにはなにやら大きな荷台が運ばれている。

屈強な馬数頭にひかれたそれ、大きな箱、だろうか? 絨毯みたいな覆いが被せられているためそれが何か全くわからない。

「はいはーい! 皆さま、それでは次の演目です! フロレンス旅団の見せ物が始まりまーす! 一世一代の竜祭りだけの珍しい見せ物だよー! 見ないともうこりゃ人生の損! アガトラの皆様、寄ってってー!」

「わあ……さっきのお歌だけじゃないんディスね! ほああ、凄いディス……」

「あ〜まだ時間ありそうだな。こんだけ人がいりゃ俺らの屋台する時の購買層確認にもなりそうだし、ストル、少し見ていくか?」

目をキラキラさせながら、その旅芸人たちの準備を眺めるストルに遠山が声をかける。

「い、いいのディスか!?」

「おう。まあ、ほら、屋台の準備はほぼ終わって、今は火入れやらなんやらの時間だ。営業開始まではまだ時間あるしな。……ラザールもそろそろ 正(・) 気(・) に(・) 戻(・) っ(・) て(・) く(・) れ(・) た(・) ら(・) いいんだけど」

「ああ……ラザール……なんか、もう完全にアレディスよね。昨日の屋台設立の時から様子が……」

「完全にパントカゲモードだからな……」

そう、この2人が竜祭りの初日の午前中をこうして呑気に食べ歩きしたりしているのには理由があった。

一昨日と昨日、丸2日かけて終えた竜祭りの最終準備、すなわち ラザールベーカリーの屋台の完成。

ドワーフ製の移動式パン釜に、目をキラキラして鼻息を荒くしていたラザール。

彼を完全におかしくしたのは、遠山がこっそりサプライズで依頼して作らせていた ラザールベーカリーの看板デザインだった。

「あの工房の一人息子、いい腕をしていましたディスね。 ラザールのあの時の顔と言ったら」

「なんか、爬虫類が驚愕の許容値を超えるとあんな顔になるんだな」

「喜びすぎて無、の顔になってましたディスよね。尻尾だけがビタンビタンしてましたディスけど」

そう、なんだかんだラザールも遠山に負けないほど、いやそれ以上にこの祭りに賭けていたのだ。

それが、あの看板、竜の意匠が口を開いてパンを噛み締めているあのデザインを見た瞬間、 ラザールの職人魂に火がついてしまった。

遠山の一味はそのラザールの様子を見て、更に一致団結。竜祭りの準備の仕込みでパン生地の作成などに昨日から取り掛かっていたのだがーー。

「わたし達、2人とも使えなさすぎて追い出されましたディスね……」

遠山とストル。何故かこの2人、絶望的なまでにパン作りが下手だった。

ラザールに教わったようにしているのに、 何(・) 故(・) か(・) 遠山の捏ねたパン生地は一切まとまらない、ぐちゃぐちゃのまま。

ストルに至っては捏ねたパン生地が火にかけてもないのに爆発するという出来の悪いコメディみたいなことが本当に起きたりしてーー。

「いや、アレは違う。ラザールはともかく、がきんちょどもが凄いんだよ。隠れてパン作りの練習してたんだとよ。やるよな」

「むふふ。さすがはニコちゃんディス。まあ、リダやルカ、ペロにシロも頑張っていると評価して上げましょうディス」

遠山とストルはとりあえず現実から目を背け、今もラザールの手伝いをしているちびっ子たちを賛辞する。

「……俺たちって想像以上に不器用だったんだな。普通の料理とかはできるのに……自炊とかは出来るのに」

「……ものすごい優しい眼差しでラザールに仕込みが終わるお昼ごろまで、祭りを回ってきてくれって言われましたもんね。でも、あの時ラザールの目、笑ってなかったディス」

「爬虫類の怖いとこ出てたよな。まあ、気を取り直して行こうぜ、ストル。早く行かないと前が埋まっちまいそうだ」

ふうっと息を吐き、切り替える遠山。人混みの中を前に進もうとして。

「ディス! あ、でも、ニコちゃんとかは働いてるのに……」

ストルが立ち止まった。彼女からすれば子供たちが働いているのに自分だけ本腰で何かを楽しむのが後ろめたいのだろう。

「気にすんなよ。むしろアイツらはきっとお前が自由にこの祭りを楽しんでる方が喜ぶと思うぞ。ここにニコがいたとしたら、ストル、今のお前になんて言うと思う?」

「…………行ってきなさいって言われそうディス」

「だろ? よし、行くか。遊ぶ時は遊ぶ! 働く時はなるべく働く! これで行きましょうよ!」

「了解ディス! わ。わ、な、なんディス、あれ……?」

力強く前へ進む、2人。広場の全容が見えて来た。

ばさり。荷台に掛けられていた絨毯のような覆いが取られる。

それは、檻だった。

『ほろろろろろ、ろろろろ』

檻の中にいるのは、大きな鏡、いや、違う。

それには胴体があって、四つ足で歩いている。身体の大きさは牛と同じくらい、まあまあでかい。それはいい、それは普通だ。

だが、普通なのはそこまでだ。

首から上が、大きな鏡だった。

牛の身体に、何か当たり前のように金細工の施された鏡が生えている。

「う、わ」

「これは、……すごいディスね」

モンスターの頓珍漢な姿に慣れている遠山やストルでさえ少し息を呑む奇妙な姿。

観衆たちも黙り込んでーー

「はいはいはい、こちらは世にも珍しい人を襲わないモンスター! 今のところ冒険者ギルドも把握してない奇妙な生き物! その名もクダルちゃん! おっと、恥ずかしがり屋でシャイだからね! あんまり近づかないように!」

「うわ、モンスターだ! こいつら街中にモンスター入れてやがる!」

「だ、大丈夫なのか?」

「な、なんだ、あの姿! き、気持ち悪い……」

「本当に生きてんのか? 首から上が、鏡って」

あまりにも異様なその姿に観衆たちが遅れてざわつき始めた。

「おっとっとっとお〜アガトラの皆様ご安心なさってくださいね! 一応今回、うちの旅団は冒険者ギルドに許可を貰っているからご安心を! それに、なんと万が一の時に備えて安心安全! 皆様を守るための用心棒もこの通り!」

先ほどのハーフエルフの吟遊詩人が、檻の上を指差す。

そこにはいつのまにか、人が立っていた。

「あーい、みなさーん、落ち着いて〜どうもー、塔級冒険者でーす」

「あれ、アイツ、見たことあるな……」

気の抜けた声に、軽薄な印象の整った顔立ち。ジャケットのような革の鎧、長い手足。

どこか見覚えのある奴のような気がーー

「ユトだ! ユト・ウエトラルだ!」

遠山よりも先に周りの観衆が、その男が誰かに気付いたらしい。

冒険都市アガトラ、ここで生きる者にとって冒険者とは日常の延長線上に存在するものだ。

一気に市民たちがその男の名前を聞いてざわめき出す。

「サロン盗賊団を壊滅させた冒険者だっけ?」

「ヘレルの塔で、サイクロプスの群れを狩ったって聞いたぞ」

「噂だと、あの勇者パーティー射手の弟子だとか……」

「あ、でも、この前依頼失敗したとか知り合いの冒険者に聞いたぞ、死にかけた所を4級の冒険者に助けられたって」

「4級? チンピラ崩れの駆け出しじゃねえか、眉唾だろ?」

「塔級冒険者のくせに、チンピラに助けられたのか?」

ざわざわざわ、まるで贔屓目にしている野球選手について好き勝手なことを宣う居酒屋のおっさんたちのような勢いで口々に住民たちが騒ぎ出す。

「おーい、聞こえてんぞー。民度の低い民衆ども。これだからまあ、アガトラの連中はさー、あー、団長さん、なんか俺目立っちまってるけど、大丈夫そ?」

檻の上で胡座をかくそいつ、ユト・ウエトラルが愛着混じりのヤジをしっしっと払うようにしながら、ハーフエルフの吟遊詩人へと声を向けた。

「構いません! お客様が笑顔でいらっしゃっているのなら!」

「おーい! ユト・ウエトラル! 景気いいらしいじゃーん! 金貸してー!」

「塔級冒険者の癖に4級に助けられた上、獲物まで取られたってほんとかー!?」

「お店のツケ返してよー、もう金貨5枚は溜まってるわよー!」

「この前、ナンパして振られてたの見たって聞いたぞー」

「やーい、塔級冒険者のくせに4級の冒険者に尻拭いしてもらった人ー」

好き勝手なからかいのヤジ。しかし、そこに悪意や敵意といったものは微塵も感じられない。

「うるせえええ!! 大衆ども! こっちがてめえらパンピーに手出せねえからって! っ、クッソー、全部ほんとじゃあああ! 依頼に失敗した挙句、4級の冒険者に助けられましたー!」

「「「「「「あっはっはっは、いいぞー、ユトー!」」」」」」

どっと沸くその場、遠山とストルだけどこかすんっとしたまま。

「アイツ、人気者だな」

「んー? ああ、思い出したディス。確か、前に街で会った冒険者ディスよね?」

ストルもどうやら彼のことを覚えているらしい。両方の人差し指でこめかみをぐるぐるしながら首を傾げている。

「くそおおお! お前ら、お前ら笑うな! ロクに知りもしねえでよ! たしかにそうさ、俺はこの前の仕事ですげえポカしましたとも! 本気で死にかけましたー! でも、相手はあの" 古代種(エルダー) "だったんだぜ! しゃーねーだろうが」

「え、古代種?」

「あの現れたら街一つ消えてもおかしくないってモンスターか?」

大衆の雰囲気が一気に深刻に。冒険都市の市民階級だ。古代種に対する認識や知識はそれなりに正しいものを持っているらしい。

「そうだよ! このアガトラだってもしかしたらやばかったかもしんねえんだ! んでまあ、認める! 俺が普通に古代種より弱かった! すまん。でもな、そのあとだ! そのあと! 古代種は最終的には死んだ、冒険者が殺したんだよ。俺を助けてくれた冒険者がな!」

「それが4級の冒険者だって?」

「ユトー、嘘が下手すぎね?」

「お前やっぱ古代種倒したんだろ? なんで誤魔化すんだよー?」

「そうだよー、あんたなんやかんや塔級冒険者じゃねえか、俺らアガトラの誇りだぜ」

「4きゃ

「だ、か、ら! よく聞けっつの! いいか、俺の代わりに古代種を倒した冒険者はたしかに4級の冒険者だ! でもな、そいつは"竜殺し"なんだよ! 竜殺し! 今、お前らがノリノリに楽しんでるこの"竜祭り"のそもそもの立役者様さ! そいつに助けられたの! これなら別におかしい話してねーだろうが!」

「竜殺し……?」

「マジ? え、てか今冒険者してんのか?」

「いや、なんか俺は今、教会にいるって昨日聞いたぞ」

「えー? でも、なんか前はどこかの商会に所属してるとか」

「商人ギルドと揉めて、あのモロウ商会を叩きのめしたって」

ざわざわ、観衆達がユトの言葉にまた沸き始める。

ハーフエルフの吟遊詩人は場がどんどん盛り上がっていくのをこれ幸いとばかりに、団員たちにおひねりの回収をさせていく。

広場に散らばっていくコインを、手慣れた様子で団員たちがさらっていく。

「むふふ、トオヤマ、褒められてるディスね」

「褒められてるのか? あ、ストル、お前なんでそんなにやにやしてんだよ」

「クソ、いまいちまだきちんと噂が広まってねえのな。きちんと俺が負けたのが古代種で、竜殺しがカタに嵌めてくれたことを広めねえと俺が恥ずかしいって、の、に……あ!」

「あ……やべ」

目が、合った。がっつりと。

「ディス?」

「おおおおお! いるじゃん! いるじゃーん! ヨオ! 竜殺し! 久しぶり、でもねえか! お互い死に損なったようで何よりだ!」

喜色満面、ユトがニコっーと微笑んで檻の上から大きく手を振ってきた。

「げっ」

「え、竜殺し?」

「おい、今、ユト・ウエトラルが竜殺しって……」

じろっと、視線が今度は一気に遠山へ。

根本的なとこが陰の者な遠山がうっと引き攣る。

だがなんか盛り上がってる感じの所だし、さっきは吟遊詩人の唄にもなってたし、もしかしてなんか指定探索者の連中みたいにセレブ的な感じで受け入れてもらえるかも知れない。

「あー……いや、あー、どうも。竜殺しのトオヤマナルヒトです」

すこし、勇気を出して遠山が名乗りを挙げてーー。

「喋ったぞ……!」

「あれが竜を殺した本物のイカれ野郎……!」

「なんか、思ったより普通だぞ」

「いや、俺が聞いた噂だと竜殺しはカラスすら皆殺しにするムキムキのマッチョとか聴いてたけど」

「この前、竜祭りの為に商人ギルドを締め上げたとか……」

「見ろよ、あの目、なんかよくわからないけど、虚無を感じるぜ」

「女心を理解する気のないクソボケの雰囲気がするわ。自分の目的以外には一切配慮する気のない顔よ」

何故か、周りの観衆達が引いている。さっきまであんなに笑顔で溢れていたのに。

「あれ、なんだろう、ストル。思ったより歓迎されてないよ? 俺、これでも勇気を出して名乗ったんだよ。盛り下がったらダメかなって」

「おいたわしや、トオヤマ」

「タハー、アッハッハッハッハッハッハ! いや、トオヤマナルヒト、そりゃ無理ねーって。まだまだこの街の連中からしたらアンタは意味不明の フェアリーテイル(御伽噺) みたいな存在なんだ。しばらくはまだ普通の市民様たちの反応はこんなもんさ、よっと」

その様子を唯一、腹を抱えて笑うユト・ウエトラルが檻から飛び降りて遠山の元へ歩み寄る。

「お前と違って俺は人気がねえって事か。了解したよ、ユト・ウエトラル」

「おっと、覚えててくれてたとは嬉しいねえ。トオヤマナルヒト。あー、そうだ」

遠山と向かい合うように真正面に立つユトが、立ち止まって。

「竜殺し。俺のやり残した仕事をやり遂げてくれたみたいだな。そういやまだきちんと直接礼を言えてなかった。ーーありがとな」

綺麗に頭を下げるユト。いつのまにか観衆たちもその様子に見入っている。

「お、おお。……どういたしまして」

「おっと、そこのお嬢さんは……第一の騎士か。多分君にも助けられたの感じだよな」

「いえ、塔級冒険者殿、わたしはこの人の剣ディス。わたしの使い方を決めるのはこの人なので、お礼は全て彼に」

ぱちっとウインクするユトに、ストルが無表情で返事する。

「お、おお……竜殺し、アンタ、すげえ趣味してんな」

「違う違う違う違う違う。あんたがうちのストルちゃんに警戒されてるからこんな態度取られるのよ。アブノーマルな関係なわけじゃねーから」

言われもない特殊プレイを少女に強要しているという謂れもない疑いをかけられてはたまらない。遠山が素早く手を左右に振り続ける。

「あの〜、ウエトラル氏はもしや、かの竜殺し殿と知己の関係ですか? それなら、もし良ければ今から行うフローレンス旅団の演目、どうでしょう、お2人にも参加して頂けませんでしょうか?」

ひょこっと話に参加してきたのは、あの吟遊詩人のハーフエルフだ。

「お?」

「ああ、そりゃちょうどいいや。竜殺し、それに第一の騎士殿。今日は楽しいお祭りだ。こうしてあんたらに興味を持ってる愉快な街の仲間もいることだ。どーっすか?

「どーっすか、ってなんだ?」

遠山の問いかけにユトが吟遊詩人へ視線を傾ける。頷いた吟遊詩人が遠山にニコリと微笑みかけて。

「演目はシンプル! そして、竜殺し殿にお願いすることもシンプルです! ク(・) ダ(・) ル(・) ち(・) ゃ(・) ん(・) の(・) モ(・) デ(・) ル(・) に(・) な(・) っ(・) て(・) 頂(・) き(・) た(・) く(・) !(・) 」

「モデル……?」

「ディス?」

「お集まりの皆様! フローレンス旅団の次の演目をご紹介します! 演題は"未来見学"!」

「「未来見学?」

確実にインチキ臭いそのセリフに遠山が眉を顰める。

「皆さま、一度は考えたことがありませんか? 己の未来、先行きのわからないこの人生の先に何が待っているのかを知りたい、と」

じゃららん。

吟遊詩人の言葉と同時にかき鳴らされる弦楽器の音。絶え間なくアガトラに降り注いでいた陽光が陰っていく。

「それは秘密と期待の甘い蜜の味……己の未来を知りたい、己の選択の行きつく先を知りたい、いえ、あえてこう表現しましょうか。未だ見えぬ未来を知りたいと願うヒトは、己の終わりを待ち望んでいるといってもいいでしょう。ですがそれはなんら文句を言われることではない、ヒトは心のどこかで死にたがりながらも、生きたがる奇妙な生き物ですので」

「またインチキ臭い感じ出てきたな……」

「はえー、すごいディス!」

「クダルちゃんは見る者の未来を魂から読み取り、そのモデルになった者が運命によってたどり着く未来の姿に変身することが出来る生き物なのです! ” 未来(ビューティフル) 見学(・スター) の権能によりあなたはクペルちゃんを通じて未来を知ることになるのですよ!」

吟遊詩人が檻を背に、言い放つ。

観衆たちはどこか呆けた姿で、ユトはそれをにやにやしつつ、遠山はチベスナの虚無顔で、そして――。

「トオヤマ、トオヤマ! 未来の姿ディスって! 凄いディスね。わたしの正義は他人の嘘を見抜くことが出来ますが、モンスターにも似たようなことが出来るとは! 世の中広いディス!」

ストル・プーラ(INT1) は目をキラキラうっきうきでそれを眺めていた。

「えー、いや、眉唾だろ。そんなもん。未来とか言って適当なものを見せて、はいこれがあなたの未来って言えばいいじゃねーか、俺、昔から占いとか嫌いなんだよ」

ひねくれた遠山がぶつぶつ文句を言う。もちろん、遠山はまともな女には全くモテない。

「と、いうことで、どうでしょう、竜殺し殿。このフローレンス旅団のアガトラ竜祭りでの余興にどうか、そのお力を。帝国中が知る貴方の未来をどうか、お見せいただけませんか?」

「まいったな。実は最近未来の予言とかされててね、全部ロクなもんじゃなくて少しそういうのトラウマになって――」

未来。その言葉には最近ほとほとうんざりさせられている。

遠山がやんわりとその申し出を断ろうとしていたその時――。

「じゃあ、行ってみますディス!」

元気に手を挙げるストルに、この場の全員の視線が集う。その容姿の端麗さに見とれるもの、思わず互いに口を潜め、うっとりした声でストルの容姿を語る男たち。

一瞬でその場をストル・プーラという騎士が持っていく。

「す、ストル?」

周囲に愛想を振りまくらしくない行動に遠山が首を傾げて。

「トオヤマ」

「あ、はい」

「あの予言、ディス。もし、わたしを映す未来がそんなに的外れなものでないのだとしたら、あの予言の手がかりにもなるのでは?」

周囲にニコニコ笑顔を振り撒きつつも、一瞬、遠山を真顔で見上げるストル。

敵に回せば面倒くさく、しかし味方にすれば鉄火場で頼りになる剣としての貌だ。

「おま、……ほんとにどうしたの、ストルくん」

割と本気で感心した遠山、どう見てもストルがイケメンに見えて仕方ない。

「わたしは、あなたの剣ディス。剣が主人の未来を切り開くのは、役目でしょう?」

「す、ストルさん……」

ふっと笑うストルに遠山がポッとしながら、頭を下げる。ニコポってこういうことだったのか。

「団長殿、まずはわたしの審問官の未来よりも先に、わたしの未来を視てみたいディス。――こんにちは、愛すべき帝国の善良なる良き人々、わたしの名前はストル・プーラ、天使教会騎士団、第一の騎士にして、竜殺しの剣たる騎士です、どうぞ、お見知りおきを」

人目に一切臆さず、ストルが観衆の中を抜け出し吟遊詩人の隣に

――。

ワああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

「天使教会の第一騎士!? ほ、ほんとか!?」

「いやでもあのマントの中の銀鎧って完全に天使教会騎士の奴だろ」

「ストルちゃん、カワイイヤッター!」

有名人大好きなミーハー気質の強い帝国市民たちが一気に湧き上がる。

天使教会騎士団の名前はそれほどまでにネームバリューのあるものだった。

「団長さん、わたしではあなたの旅団の演目のお手伝い、物足りませんか?」

「ーー面白い、ヒュームですねえ。……ええ、ええ! まさか、そんな! 喜んで! ストル様、あなたのご協力感謝致します! さあ、クダルちゃんの目の前にお立ち下さいな」

ストルが言われるがままに、檻の前に立つ。

「はいはいはい、それでは始めましょう! この見目麗しいお嬢様の未来の姿をーー教えてあげなさいクダルちゃん!」

『ホホホホホボボボボボボボーー……』

檻の中をウロウロしていた鏡のモンスター、クダルちゃん。その牛のような身体に首から生えた鏡頭がじっと、ストルを見つめてーー

「あ」

それが始まった。

光。柔らかく輝く。鏡がストルを写したまま光り輝き、辺りを包んでいく大きな光へと変わっていく。

「これは、驚きましたね。クダルちゃんがこんなに時間をかけて変身するなんて……」

光の中で、団長の呟きが聞こえてーー。

そして光が止まった。

遠山の視界に写っているのは、いつのまにか地面に座り込んでいるストルの姿だ。

「お、おい、ストル、大丈夫か?」

ぼーっとしている観衆の間を抜け、遠山もまた旅団のステージの中へ。

「……」

呆けているストルを起こそうとして、あることに気付く。

ストルが指さしている方向、檻の、中に。

『ーーこんにちは。これ、驚きの再会……いや、出会いですね』

「あ、れ……」

「う、お。マジか」

美女がいた。

遠山はこれまで中身はともかくとしてルックスが良すぎる女たちをある意味見慣れている環境にいた。

だが、その遠山をしてみても、あの美竜たちにも全く引けを取らない美がそこにある。

『ふふ、なんだか奇妙な感覚ですね。ん? この街の香り……ああ、そうか。今はもしかして、竜祭りなのですか』

水色の髪、水色の瞳。高い背、長い手足。彫像が、そのまま動き出したかのような、危うさと非現実感で。

ヒトである以上は決してたどり着けない美しさをそれはもっていた。

アリス・ドラル。フレアテイルの立ち姿を見た時の感覚、アイ・ケルブレム・ドクトゥステイルの瞳の深淵を覗いた時の感覚。

畏敬、だ。

『とても、懐かしいですね。でも不思議です。わたしの記憶には、こんな出来事はなかったはずなのに。ということはもしかしたら、違う結末もあり得るのかも知れません。いえ、今はそれに向かっている最中だとか?』

「あなたは、わたし、なのディスか?」

『ええ、そうですよ。ふふ、その口癖、懐かしいディス……あ、出ちゃった。直そうとしてるのに』

ストルの言葉に目の前の、水色髪の美女がぺろりと舌を出して微笑む。

白いワンピースドレスの下衣には銀色の装飾がまるで鎧のように。長い足を包むのは銀色のタイツにも似た薄い鎧、ピンヒールのような靴もまた、同じく白銀に輝く。

水色の結ばない流れる長髪には、ちょうど腰の辺りにリボンがひとつだけ飾られている。

何故か、それをみた瞬間、遠山は少し苦しくなった。

「ストルの、未来……これ、が……?」

『あ。これとか言い方ひどいです。トオヤマナルヒト。我が正義を預けた唯一のニンゲン。久しいですね。……正直、こんな形でまたあなたと会うとは思っていませんでしたから……何を話したらいいんでしょうか』

水色の瞳の中には綺羅星のようにぱちり、ぱちりと煌めきが散らばる。宇宙ーー。

フジ山を見た事のないニホン人が生まれて初めてフジ山と出会った時のような、どうしようもない感覚に圧倒されながらも、遠山はその言葉に違和感を覚えた。

「えっと、本当にストルの未来なのか? お、おい、ストル、お前何か話してみたら?」

「え、いや、そんなこと言われても。未来の自分と何を話せと言うんディスか。なんか、こう、あっちから話しかけてきてほしいんディスけど」

お互い謎の女にワタワタしながら、遠山とストルが言葉を交わす。

その様子をじっと見ていた水色髪の女が口元を押さえて微笑んだ。

『クスクス、ああ、なるほど。あの時のわたしは周りからはこういう風に見えていたんですね。……ねえ、わたし、少しいい?』

「呼ばれてるぞ、ストル」

「ええ〜……なんか、嫌なんディスけど」

言いつつ、檻に近づいていくストル。

檻の向こう側、水色髪の女がしゃがみ、なにやらストルに耳打ちをしているようなーー。

『……………………?』

「ディス!? ウイ、わァ! と、トトトトトトトオヤマ! こ、こいつ! コイツ、ダメディス! すっごい嫌な奴ディス!」

何かを耳打ちされたストルが飛び上がり、風のような疾さで檻から離れ、遠山の背に隠れつつ唾を飛ばした。

『クスクス、ひどいです。……わたし、今の時間を大切にね。それはきっとあなたがあなたに成る為に必要な時間だから』

「え?」

『あ、そろそろ時間みたいですね。ふふ、まあ、これはほんの少しの奇跡みたいなもの。もう決して重なる事のないほんの少しだけの白昼夢。わたし、安心して。あなたが必ずしもわたしに成るわけではないからね』

白い手袋に包まれた手を胸の前で組んで微笑む水色髪の女。とんでもない存在感を持つ割に、どこか、儚い、そんな頼りなさにも似たものを感じる。

「待て」

『……なあに? トオヤマナルヒト』

「お前は今、元気でやってるのか?」

遠山はほとんど無意識に口を開いていた。

水色髪の女が、口をポカンと開けて、それからーー。

『ーー。フフ、ああ、嬉しいディス』

本当に、本当に、眩しいものを見たように目を、細める。

「あ……」

『よかった、あなたはいつでも、どこでもやはり、トオヤマなんディスね。……うん。そうですよ。言葉が見つからないし、こうなっても、こう成れても、わたしはやっぱりバカですから、なんと言えばいいかわからないけど』

女が目を瞑り、一つ一つ言葉を咀嚼するようにゆっくりと。この時間を深く、深く、味わうかのように。

『わたしは、あなたの剣で良かった。大丈夫ですよ、これから先、あなたが何をしても、どのような結果が訪れてもね。わたしの行動には何一つ後悔なんてない。ーーわたしは何度でも同じ事をするから』

「……なんだって?」

遠山が反射的に、目を鋭く。

『クスクス、ああ、その顔、懐かしいな。今ならわかりますよ。あなた、その顔する時って本当はーー』

「待て、ディス」

『うん?』

女の言葉を止めたのは、遠山の剣だった。

「あなたが、本当に未来のわたしなら、その先は言うなディス」

さっきまで苦手そうにしていた女の前にツカツカと歩み寄り、まっすぐ彼女を見上げて第一の騎士が言葉を。

『フフ、ええ、そうね、わたし。ねえ、わたし、あの頃のわたし。……大丈夫、その時が来ればあなたもきっと分かるはず。"何が正しいのか、正義とは、何か"、わたしにとっての正義と、あなたにとっての正義が違うとしても、ね』

「……どういう意味ディスか」

『わかってるくせに。ああ、時間ですね。……それでは、さようなら』

「あ、おい!」

『トオヤマ』

はた、と声が届く。

檻の向こう側、決して自ら檻から動こうとしなかったその水色髪の女が、ふっと微笑む。

少し、視線をゆらゆらさせて、それで。

『またね』

ふわり。

光が膨らんで、それから。

『ぽほほほほほほ、ボロボロセイギホホホホホ、ホノオマミレホホホホホ、ヒトリボッチデショウシババババロボボボボボロ、マンゾクマンゾクホホホホホキセキキセキホノオホホホホホミライホホホホホリュウサイエンリュウホホホホホ』

また檻の中にはあの鏡のモンスター。首を揺らしどこから絞り出しているのか見当もつかない鳴き声を。

あの水色の髪をした女は、竜にも比肩しうる上位の存在の風格の女は何処にもいない。

「「……………」」

遠山とストルはしばらく沈黙したまま。

だが。

「す、げえええええええ! なん、だ、今の、俺、息できなかったよ!」

「あの子、あんな美人になるんだ……未来すごい……」

「未来、最高! 未来、最高! 未来最高!」

「俺、なんか、感動しちゃった……」

湧く、湧く、湧く。

現れたモノとストルや遠山の会話が理解出来なくとも、そのマメのインパクトは充分に市民を満足させ、盛り上がらせることは出来たようだ。

からん、からん。広場におひねりとして大量のコインが投げられていく。

「ありがとうございます! 皆さま! ありがとうございます、第一の騎士様! 皆さまがご覧になりましたのは、かの第一の騎士の確かな未来の姿! あの気品、あの美しさ、まさにストルさまのこれからが楽しみで仕方ないと言った所でしょうか!」

シルクハットの吟遊詩人、フローレンスが恭しく一礼しつつ、広場に溢れるコインを眺めて。

「もう一度、大きな拍手を! どうか、皆さま!」

万雷の拍手の中、また団員たちがささっとおひねりを拾っていく。

エンタメの熱狂の中、遠山が口を開けたまま、ストルへ。

「ストル、今のは……」

「業腹ディスが、あながち未来とやら、あまり嘘とは言えないかもしれません。……"正義"の嘘を見破る力がまるで反応しませんでした」

「マジかよ、じゃあ……」

あの予言。あれが本当に未来を指し示しているものだとして。

なら、この竜祭りで死を予言されている自分の未来を、写し出すことが出来るのならば。

「何か、対策が取れるかもしれねえ。何かのヒントに……」

「さて、それでは皆さま! 次のモデルは、未来の余興はもちろんこの方! この祭りの立役者でもあり、竜を殺した恐れ大き、そして恐ろしき強いお方! 竜殺し様!」

『ホホホホホポポロパボボロボロらららららら』

「……」

ストルの方へ視線を向ける、彼女がこくりと頷いた。

「さあ、竜殺し様! 前へ。竜を殺した御身の未来は! そこに待ち受けるのは栄光か! それとも更なる試練か!? 今、それがーー」

「なあ、団長さん。一ついいか?」

ふと、遠山が口を開いた。

檻の前に立ち、モデルの未来の姿に化ける奇妙な生き物の前に立つ。

「はい! いかが致しましたか!? あ、もしかして、モデルになった方への悪影響のご心配ですか? ご安心を! クダルちゃんのモデルになった方にはなんら影響はーー」

「これから死ぬ奴の未来って、どう映るんだ?」

それは簡単な気づき。もし、未来がないものがクダルちゃんの前に立った時にはーー。

「何も」

鬱蒼とした森林の奥から、闇から湧いたような声。

「何も映りません。死とは未来ではなく終わりです。クダルちゃんの前に、死が約束されたものが立った時、鏡は何も映し出すことはなく、またクダルちゃんも変身することはありません」

無表情のまま、吟遊詩人がぽつりと答える。

「あー……そう」

言いながら、遠山は額から汗が滲むのを自覚する。

真っ暗。

「……未来なんて、見ようとするもんじゃないよな」

その化け物の顔には、鏡には、何も写っていない。

ただ、ぽっかりとした真っ暗闇だけが口を開いて遠山を見つめていた。

「……萎えるわー」

遠山の、未来はーー。