軽量なろうリーダー

婚約者の病弱な幼馴染みが、泣き叫びながら健康を訴えている。

作者: 砂臥 環

本文

「連休はエミーリアの見舞いに、レオンハートと男爵家に行くつもりなんです」

勇気を出して婚約者のルーカスに連休の予定を聞いたクラリッサは、内心で落胆した。

断られたこともだが、その理由に。

ルーカスが幼馴染みのローズウッド男爵令嬢エミーリアを妹のように可愛がっている、という話は誰からともなく耳にしていた。

実際、あまり弾まない彼との会話の中でも『エミーリア』はよく出てくる。

クラリッサはアシュフォード侯爵家の嫡女。

グレイストン子爵令息であるルーカスとの婚約は、街で暴漢から助けてもらったクラリッサが、彼に一目惚れしたことから始まっている。

ふたりは同い年。貴族間のバランス的にも婿にするのに子爵家は丁度良く、また彼は王立学園の騎士科で優秀だと聞く。

領の発展に伴い騎士団の増強を考えていたアシュフォード侯爵である父は、娘の希望を汲んで子爵家に婚約を打診することにした。

ルーカスは三男である。当然グレイストン子爵家の皆様には、諸手を挙げて喜ばれた。

だがそこに本人の意思が介在しているかは、全くの不明。それは婚約から半年経った今も、まだ。

残念なことに彼は無口で無表情なので、会話だけでなく表情からもあまりよくわからないのである。

ただ基本的にはルーカスは真面目で、約束は守るし時間に遅れたこともない。

特別ではない日にプレゼントもくれるし、デートに誘ってくれることもある。

確かに端から見たら充分いい婚約者と言えるだろう。話が盛り上がらないだけで。

そんなルーカスだが、所詮いい婚約者なのは『端から見たら』でしかなく、彼にも問題はある。

それこそが『幼馴染みのエミーリア』だ。

ルーカスはデート後、余韻などなくクラリッサを送りさっさと帰ってしまう。その理由は大体『病弱な幼馴染みの見舞い』であり、ちょっと気の利いた話題や贈り物は大概『 幼馴染み(エミーリア) のアドバイス』なのだ。

ふたりよりひとつ年下のエミーリアはまだ学園に通っておらず、爵位と共に与えられた王都の外れの邸宅にいる。

あまり外には出ないようだが、嫋やかな美少女との評判はクラリッサの耳にも届いていて、それも気に食わない。

しかし──

「そうなのですね……」

クラリッサはそう微笑むのみ。

一目惚れしたことの引け目や格上の自分が言うことへの圧から、彼女はいつも婚約者になにも言うことができないでいた。

才女で凛々しい姿は表向き。侯爵家の嫡女として努力した結果だが、まだ16歳の恋する乙女である彼女は、ルーカスの前になると感情の抑制で精一杯。

見舞い相手の実の兄であるレオンハートと一緒なのだし、本当に単純に見舞いでしかないのかもしれない。

だが誘おうとしていた連休に、だ。

頻繁に名前の出てくる女の家に婚約者が泊まるなど、愉快なワケがない。

「ばばば馬鹿じゃないの~ッ?!」

──そう、愉快なワケがないのだ。

そんなことはすぐ想像できるだけに、 エミーリア(・・・・・) は叫んだ。

連休に入り、ルーカスは宣言通りローズウッド男爵家にいた。同級生であり竹馬の友である幼馴染みのレオンハートと共に。

到着後、いつもの応接室でまず茶を飲んで一息いれたところに参加したエミーリアが、ちょっとクラリッサの話を振ったことでこれまでの経緯が判明、今に至る。

「……えっ?」

「エミーリア、顔が青白いぞ! ははっ、まるで本当に病弱みたいだな!」

兄にからかわれた通り顔面蒼白となったエミーリアは「あっ違う、こいつら馬鹿だった」と先程の自らの台詞を脳内で訂正した。

「なにやらかしてくれてんのよォォォ!!」

「え、なに? なんで怒ってんの」

エミーリアはすぐ想像できたクラリッサの気持ちだが、残念なことに男ふたりは一切わかっていない様子。

彼女の剣幕に、ルーカスは至極真面目な顔で尋ねる。

「エミーリア、俺はなにか間違えたか?」

「間違えまくりだわ!」

そう、この男は本当になにもわかってないのだ。

──ルーカス・グレイストンは、長身痩躯ながらもしっかりと筋肉のついた流麗でしなやかな肢体に、派手ではないが整った凛々しい顔立ち。

無口だが真面目で鍛錬を欠かさない彼は仲間からの信頼も厚く、騎士科の中でも有望株である。

しかしそのシュッとした見た目とは裏腹に、残念ながらあんまり頭が良くなかった。(※控え目な表現)

ついでに繊細な心の機微や、空気を読むことも苦手だ。

苦手というか、実はあんまり考えたこともない。

なにしろグレイストン子爵家は由緒こそ正しいものの、領は田舎で男兄弟ばかり。優秀な騎士を度々輩出する──と言うと聞こえのいい、脳筋家系。

賢い兄と父は仕事で、あとは皆こぞって鍛錬しているような、おおらかな筋肉馬鹿ばかりの環境で育っていたのである。

ちなみにそんなグレイストン家の家訓は『余計なことは喋るな』『沈黙は金』……有り体に意訳すると『あんまり頭が良くないんだから、情報を漏らさないことで信頼を得ようぜ!』にほかならない。

「やはり嘘は良くないな……」

ルーカスはエミーリアの話を聞いて、ようやく理解した。

クラリッサの心情やエミーリアの怒りの具体的内容ではなく、『余計なことを言ってしまった』ということのみを。

そう。

ルーカスはある目的からエミーリアのところに頻繁に通っており、『病弱な幼馴染み』は真っ赤な嘘である。

「納得してる場合じゃないのよ!! 大体ルーカス兄様のことだけじゃなく、私に『病弱』なんて噂が立ったらいいところに嫁げるワケないじゃないのッ!」

「すまん……そこまで考えてなかった。 なんかで見て、つい」

「ついで済むかー!!」

エミーリアがルーカスに協力していたのはクラリッサを紹介してもらい、その伝手でいいところに嫁ぐためなのだ。

クラリッサに敵視されることは勿論、『病弱』など子を成し血を繋ぐことが重要視される貴族の婚姻にとって、マイナスでしかない。

「まあまあ、多分噂にはなってないよ」

「レオン兄様……」

サムズアップし白い歯を輝かせながら、レオンハートは言う。

「俺、こないだアシュフォード嬢にお前の容態を聞かれた時『ピンピンしてますけど?』って答えといたから!」

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!?!?」

ここにもっと馬鹿がいる。実の兄だ。

エミーリアは絶叫した。

『侯爵令嬢の婚約者に横恋慕し、ちょっかいを出している』と思われるのは、『病弱』よりも更に悪い。

ローズウッド家は商家なのだ。

侯爵家の不興を買っては爵位は疎か、商会の存続も怪しくなる。

最悪だ。

最悪の事態が起きている。

「ちょっと誰かー! お父様ッ、フェリクスお兄様でもいいわ!! 呼んで! すぐッ早く!!」

「はっはい!」

「いややっぱりいい! 直接行くわ!! そこのふたりはステイ!! 皆は逃げないように見張ってて!」

「別に逃げないけど」

エミーリアの容貌が嫋やかな美少女なのは事実。そんなお嬢様の鬼気迫る姿と廊下を駆けるスピードに、メイド達はオロオロしながらも指示に従い、とりあえず屋敷の施錠をする。

「なんか騒がしいが……?」

「お兄様! 男爵家の危機よ!!」

「ほう?」

生憎父は不在。

不幸中の幸いとして、仮眠を摂っていた 長兄(フェリクス) が騒がしさに目を覚まし、部屋から出てきてくれた。

「……はぁ」

──その頃。

庭で春風に吹かれ優雅に茶をしながらも、クラリッサはひとり悩んでいた。

(『行かないで』とか可愛く言えたら良かったのかしら……ううん、そうでなくともとりあえず誘ってみれば、予定を変更してくれたかもしれないわ)

女侯爵となるべく育った日々と努力から、甘え下手でつい虚勢を張りがちなクラリッサ。

こうして過ぎたことにいつまでもクヨクヨ悩むのは良くない……とわかってはいても、クヨクヨ悩んでしまう。不安で仕方なくて。

なにしろ婚約者は可愛い幼馴染みと一緒なのだ。

しかも実は健康だと言う。

クラリッサはルーカスから貰ったブレスレットをなぞる。

『まあ素敵……! ありがとうございます』

『喜んでくださって良かった……エミーリアがこれにしろ、と』

喜んだのも束の間、『彼女は趣味がいいらしく……』と幼馴染みを褒めるルーカスの言葉が続き、嬉しいのに悲しかった。

「ハッキリ心根を告げないのも悪いのでは?」

切なく溜息を吐く主に、まだ若い執事のレスターが容赦なく言う。

彼はアシュフォード傍系貴族であり、後に家令として右腕となる予定の、クラリッサの5歳年上の幼馴染みだ。

「失礼ながら、あの方はあまり頭がいいように見えません」

不貞と言われる行為はなくとも、疑いを向けるには充分……とはいえ、常識の範疇は個人や環境によるし、言われなければわからない人間というのはいる。

当初は黙って愚痴を聞いていたレスターだが、ルーカスがクラリッサに全く配慮をしていないわけではないことから「指摘されればアッサリやめるのでは?」と常々言っている。しかし──

「だって『優しさの欠片もない』とか『嫉妬は醜い』とか言われちゃったらと思うとぉ~!!」

ご覧の有様であった。

「はぁ……恋愛小説の読み過ぎです。 大体グレイストン様はそんなキャラクターじゃないでしょう」

クラリッサは、数年前 巷(ちまた) で流行った恋愛小説『私のお優しい婚約者~彼は病弱な幼馴染みを放っておけないらしいです~』に悪い影響を受けていた。

その小説は──

病弱を理由に逢瀬の邪魔をする婚約者の幼馴染みが、彼に主人公の悪評を吹き込み、仲違いさせようと画策するところから始まる。

婚約者は主人公を愛していたのだが、あざとい幼馴染みの巧みな演技に騙され、次第に彼女を優先するようになる。

そんな婚約者に見切りをつけて主人公は婚約を破棄。

失意に暮れるも、陰で支えてくれた男性と新たに婚約して充実した日々を送り、やがて深い愛が育まれていたことに気付く。

その裏では元婚約者となった男が真実を知り、後悔する。

──という内容。

だがルーカスはレスターの言う通り、件の小説の元婚約者のようなタイプではない。

クラリッサが嫌といえば、ルーカスはまず間違いなく会いに行くのをやめるだろう。

勿論一番悪いのは馬鹿なルーカスなのだが、この点に於いてはクラリッサも悪いと言える。

特に、惚れた欲目と彼の美貌もあって、馬鹿だと思ってないあたり。

レスターは見抜いていた。

ルーカスが馬鹿なことも、彼が真面目で悪い人間ではないことも。

なので、大方馬鹿が馬鹿なりに真面目になにかを考えたものの、馬鹿なので結果こうなったんだろうな、ということも。

「少なくとも口に出さない程度の分別はあります」

「口に出さなくても、そう思われるのが嫌なの!」

「ああもう面倒臭ぇな……」

「なんですって?」

「いやいやゲフンゲフン」

しかし恋に悩む乙女と化した主もまた、正常な判断が下せないでいる。

『他人の恋愛に首突っ込む奴ァ、馬に蹴られる』などと言うだけに、レスターはこれをどうしたらいいか測りかねていた。

既にクラリッサに何度も苦言を呈しているのもあり、こうして概ね放置する感じで恋に狂う主を見守っている。

なにしろ、おそらく初恋。

今まで厳しい教育を受けて感情を制御してきただけに、こうしてままならないのも大事なのでは、と思うのだ。

主への愛情というよりも、外面ばかりいい主に自省を促すと共に、情操教育的な意味で。

(だがこのまま拗れるようだと良くないな……)

ルーカスは対外的に見ていい婚約者。そしてエミーリアがあまり表に出ておらず、ルーカスがその兄であるレオンハートと仲が良いことなどから、確かに まだ(・・) 噂にはなっていない。

ルーカスは不貞などしていないだろうが、一度噂になると真実かどうかは面白さに敵わない。

格上への婿入りというヤッカミもあるだろうし、ルーカスもエミーリアも、ついでにレオンハートも皆、揃いも揃って顔面がいいだけに面倒なことになるのは目に見えていた。

(そろそろ手出ししないとかな~)

そんなことを考えているレスターの元に、困惑顔の侍女がやってきた。

「──レスター様……」

「どうしました?」

「ローズウッド男爵令息と名乗られる方が表に。 『火急の用件から ご令嬢(お嬢様) にお会いしたい』と」

「……ふむ。 こちらに」

「は、はいっ」

非礼を詫びながらの丁寧な挨拶と共に優雅に現れたのは、ローズウッド家の長男であるフェリクス。

やはりとびきりの美貌を持つ彼は、商人らしく軽やかな弁舌。しかし深くは語らず、クラリッサを家に 誘(いざな) う。

「是非これから当家にいらっしゃいませんか?」

「これから……ですか?」

「ええ、幸い近くですので。 遅くなる前にお送り致しますが、ご心配であればそちらの馬車でも」

困惑するクラリッサがレスターに目配せすると、彼はゆるりと頷く。

「お嬢様、『百聞は一見にしかず』です。 行きましょう」

まあそういう意図なんだろうな、と思ってフェリクスを見ると、愛想良く微笑みが返ってきた。

馬車の中、フェリクスは語る。

「当家の祖母はグレイストン家の直系でして。 まあ田舎子爵家の目立たない末の娘で、当時のローズウッドはただの平民でしたから、あまり知られていませんが」

「まあ……私も存じませんでしたわ」

(道理で皆美形なワケだ)

レオンハートを出産後、立て続けに妊娠した母の体調が思わしくなかったそうで。

同時期にルーカスが産まれた子爵家は『ひとりもふたりも変わらん!』『子供は沢山いるから大丈夫!』という雑な声掛けでの厚意により、レオンハートとフェリクスを預かってくれたのだと言う。

そしてエミーリアが産まれた後も、身体の負担を考え母と子供達の逗留を勧められ、父は数年程子爵家に通っていたらしい。

「『ルーカス様とは家族のように仲がいい』……事実ではありますが、あくまでも関係性を説明したまで。 それを免罪符にする気はございません。 今回僭越ながらお誘い致しましたのは、説明するよりも実際に御覧頂くのが一番早いかと」

「……」

相変わらずクラリッサは困惑気味だが、レスターは『やはり』と安堵した。

どうやら男爵家の脳筋は、レオンハートだけらしい。おかげで面倒な仕事が増えずに済みそうだ。

三人が男爵家に着くと──

「馬鹿ぁぁぁぁ!!!!」

「すまないエミーリア、一体俺のなにが悪かったんだ?」

エミーリアは泣きながらブチ切れていた。

「こちらへ……隣で様子を見ましょう」

「えっ、ええ……」

動揺するクラリッサを続き間となっている隣の部屋へ別の扉から案内し、向こうから見えないような位置で様子を窺う。

エミーリアが今キレているのは、ルーカスがクラリッサへのプレゼントを贈った際の言葉のこと。

「なんでわざわざ誤解を招く言い方すんのよぉぉぉぉ?!」

一例として、ブレスレット購入時の実際の遣り取りはこう。

『エミーリア、クラリッサ様にプレゼントをしたいんだが。 次は消え物じゃないやつを……しかしなにを贈ったらいいかわからん』

ルーカスは単純に『女性へのプレゼント』がよくわからなかったし、センスも皆無。

なのでクラリッサ以外で唯一近い女性であるエミーリアに相談するのは、まあ普通っちゃ普通であろう。

『アクセサリーなんてどうかしら?』

『特別な日じゃないから、気が引けるような値の張るものはちょっと』

『普段使いできるペンダントかブレスレットなら、嫌味なく学園にも着けていけるわよ~』

とはいえ贈られる側が、『自分と関係ない女に相談し、選ばせる』ということに嫌悪感を抱くのもまた当然。だが、ただの女とエミーリアでは前提が少し違う。

幼馴染みであることは関係するにせよ、ここでのルーカスの一番はローズウッド男爵家が 商家(・・) であることなのだから。

『ふむ……少し 見せて(・・・) もらおうか』

男爵家に行けば現物かカタログが大量にあり、こうした要望に応じてすぐ出てくる。

当然イチャイチャ出掛けるとかではないし、部屋はいつも応接室。ちょっと割引くらいはするが、ただの売買取引である。

云わば、馴染みの店員と常連客。

そこには恋愛どころか、特別な情も介在しない。

『その……なんというか、どうせならなにか気持ちが伝わるようなのは……』

『モチーフで伝えるとかもあるけど、ちょっとあからさまよね。 ルーカス兄様は銀髪碧眼だしシルバーで青い石とかどう? 相手に自分の色を纏わせるのは独占欲の現れってよく言うし、伝わるんじゃないかしら』

『……それにする』

『丁度組み合わせるタイプのブレスレットがあるの。 デザインはこの中から選べるけど、どれを選んで組み合わせても、おかしなことにはならないと思うわ!』

このようにエミーリアは、ルーカスの漠然とした希望を聞いて商品の説明をしながらいくつかを提案したに過ぎない。

その中からとはいえ、今までのプレゼントを選んだのは全てルーカスだ。

それが何故、あんな言い方になったかと言うと。

「確かに私は『婚約者様に私を売り込んどいて!』って言ったけど、そんな言い方したら不愉快に決まってるじゃないの!」

「そ、そうなのか?」

──これである。

とりあえず頼まれた通りエミーリアを褒めとこう、と思ったが故。

口下手が過ぎる。

しかし、エミーリアがルーカスに協力していたのはクラリッサを紹介してもらい、その伝手でいいところに嫁ぐためなのだ。(※二度目)

センスの良さは認められたいが、『代わりに選んだ』みたいな誤解で不興を買うなど以ての外。

「ああぁぁぁぁ脳筋を舐めてたぁぁ!!」

「なにが悪かったんだ……!?」

「まだ言う?! 同じように他の男の名前出されて『〇〇がこれにしろっていうから』って自分が貰うの想像してみて!」

「──」

ルーカスは、こう言われるまで自分のやらかしをイマイチわかっていなかった。

「…………うっ、胸が痛い……?」

「ざまぁ!!」

「だが俺は……本当にセンスがないから……!」

「はぁ?! そんなの誰も知らないわよ!!」

「た、確かに……!」

ルーカスは膝から崩れ落ちた。

本人の言う通り、彼は本当にセンスがない。

幸か不幸か、何度も自分で服を選ぶと『美形に胡座かきすぎ』と言われ、人にあげる物を選ぶと礼と共に『独特なセンス』と微妙に困った笑顔をされた過去により、その自覚は溢れんばかりにある。

なので過度にエミーリアの名を出したのは、クラリッサの安心の為と保身の意味もあったのだろう。

しかし──たとえそうだとしてもエミーリアのツッコミが正しい。

そんなこた誰も知らんのだ、ルーカスが話さない限りは。

「って言ってる場合じゃないわー! こうなったらできることを精一杯やるしかないわ!! レオン兄様! 起きて準備して!」

「……ふがっ?! お、おう!」

この喧騒の中でも平然と寝ていた次兄を起こし、涙を拭いたエミーリアは次なる行動へ出た。

「さあルーカス兄様、項垂れている時間などなくてよ!」

「うぅ……そうだな……」

ルーカスは床に横になり膝を立てる。

その斜め前に、レオンハートが立った。

何故か、模擬刀を持って。

エミーリアはソファに座ったまま、なにか書類のようなモノを手にしている。

(な、なにが始まるの……?)

どうやらエミーリアとの関係や贈り物は、ルーカスが口下手なせいの誤解だった──そのことへの理解と気持ちがイマイチ追いつかないまま、なにかが始まろうとしている。

フェリクスが小声で説明する。

「先の話は本当に偶然です。 エミーリアには『いつものように』と指示をしてありましたので、これからがお見せしたかったことです」

レオンハートの模擬刀が床をダンッと叩く。

それを合図にルーカスの上半身が上がり、エミーリアの口が開く。

「第一問ッ! アシュフォード領西部の特徴と懸念を答えよ!」

「はいっ! 西部は山間部が多く、豊富な湧水による肥沃な大地から農耕が盛んです! その一方、害獣の発生による被害や土砂崩れなどの自然災害の懸念があります!」

始まったのはテストであった。

何故か、腹筋しながらの。

問題が始まってから答え終わるまで、床からおよそ45°の角度で停止し、5秒のインターバルを挟んで次の問題。

間違えると、正解を口にしながらのスクワット30回。

ちなみに模擬刀は腹筋や膝の角度など、体勢が甘い時に突っつく為に使われるようだ。

地獄の脳筋勉強法である。

呆気にとられていたクラリッサだったが、すぐにあることに気付く。

「……アシュフォード領や、法律のことばかりだわ」

「ええ。 ルーカス様はこの為に我が家へ。 母が不在がちなこともあり、内向的に育ったエミーリアですが勉強は得意でして。 問題作成は妹です」

婚約が決まり、学園に入学。

そしてクラリッサと会うようになって、ルーカスは焦った。

騎士科と領地経営科では難易度が違うというのに、難しい方のクラリッサはテストで上位の好成績。なのにルーカスはいつも赤点スレスレ。

今まで自分より成績の悪いレオンハートと一緒にいたのもあり、己の頭の悪さを特に気にしたことがなかったが、ここにきて初めて危機感を覚えたのだ。

婿入りするのに、これでは不味い──と。

初めは『厳しい家庭教師を紹介してくれ』という話だった。

なにしろルーカスは教科書やテキストを見ると強烈な眠気が襲ってくるので、物理的制裁でもないと追いつけないと感じたらしい。

そこでひとり紹介してみたものの、寝惚けたルーカスがウッカリ反撃してしまったせいで、三時間で辞めた。治療費と共に。

三時間しか雇ってないのに三ヶ月雇う分のお金もなくなり、いよいよ困ったルーカスに冗談半分でエミーリアがこの方法を持ち掛けた。

なにかの本で『軍で落伍者に使われている教育法』というのを読んだらしく、『それを参考にしたらどうか』と。

なんと、それが上手くいったのだ。

学園のテストで今までにない好成績(※ルーカス比)を修めたルーカス。

そこでエミーリアが『学園の勉強より、アシュフォード領のことを学んだ方がいいのでは?』と次なる提案をし、ルーカスが『是非』と頼んで今に至る。

「友人のいない愚妹はアシュフォード領を調べ問題を作る対価として、金銭の代わりにルーカス様に『学園に入ったら婚約者様を紹介してくれ』と持ち掛けたのです。 何故ルーカス様が『病弱なエミーリアの見舞い』などと仰ったのかはわかりませんが、おそらくご令嬢に陰の努力を知られたくなかったのでしょう。 ですが妹は勿論、当家にとっても不本意なことですので、こうしてお連れした次第です」

「……」

(こんなことだろうと思った……と言っていいのかはわからんな……)

『馬鹿が馬鹿なりに真面目になにかを考えた結果』という予想は当たっている。

ただやってることがちょっと自分の想像以上だっただけに、レスターは遠い目になった。

それでもチラリと主を見ると、感動している様子である。

恋って凄い。

こんな面白シーンでよく感動できるな? と思いつつ。

「ローズウッド家の皆様のご厚意に、主に代わり謝罪と感謝を。 本来当家で計らうべきことでした……お嬢様、今度こそきちんと話し合うべきです」

代わりに謝罪と礼を述べ、主を促すレスターの言葉にクラリッサはおずおずながらも、足を踏み出し、ルーカスの元へと向かう。

「──ッルーカスさま!」

「ク、クラリッサ様……?」

見つめ合うふたり──

「はわぁぁぁぁ?! おおおおお兄様ッ、お連れするとは聞いてませんわぁぁぁぁ!」

──の横でエミーリアが叫ぶ中、気を利かせたフェリクスが、クラリッサに男爵家の庭を案内するようルーカスに言う。

「なんでルーカスがウチの庭を案内すんの?」と全く空気の読めない発言をし、良かれと思って案内しようとするレオンハートを菓子で釣りながら。

「大変ですね」

「……労いのお言葉、痛み入ります」

男爵家の庭は小さいが美しく、ゆっくり沈む夕陽が空にグラデーションを作る。

ただ……庭には二羽の鶏が放し飼いにされており、時折コケコケと鳴いてムードをぶち壊すけれど。

「申し訳ございません……考えが足らず、誤解を招くような真似を」

「いえ……」

『ハッキリ心根を告げないのも悪いのでは?』

『きちんと話し合うべきです』

レスターの言葉が過ぎり、クラリッサは緊張から嚥下する。

「私の方こそ嫌われたくなくて……この婚約は一目惚れでしょう? だから」

「いくら一目惚れでも、嫌うなんて有り得ません! むしろその、益々好きになるばかりで」

「……えっ?」

「えっ?」

なんだか噛み合ってない気がする。

あと、なんか凄く嬉しいことを言われた気がする。

クラリッサは狼狽えた。

「どど、どういうことですの?」

「えっ? 申し訳ない……なにがでしょうか」

短い問答を繰り返すかたちでようやく理解に至るまでになった話で判明した新たな事実──ルーカスはなんと、クラリッサ に(・) 一目惚れした ルーカス(息子) に気付いた 子爵(父) が、侯爵家へ婚約を申し込んでくれたモノだと勘違いしていたのだ。

侯爵家から子爵家への話は最初、当然ながら婚約の決定ではなく『打診』だったのだが、断る理由は全くない。

だからか、浮かれた父はその報告をルーカスにする際、『婚約者に選ばれたぞ!』と告げたのだ。

ルーカスも舞い上がり、その後しばらくフワフワしてしまっていた。

父の言葉を『こちらの婚約の申し込みが通った』と勘違いしながら。

子爵家の皆も大盛り上がり。

そんな喧騒の中、フワフワした耳がきちんと拾ったのは、経緯の一部である『一目惚れ』という単語のみ。

ルーカスは『自分の一目惚れは皆にバレていたのか』と気恥ずかしかったけれど、『道理で結果だけ知らされるわけだ』と先の勘違いの疑問点にも、更なる勘違いで納得してしまった。

また、誰も彼の勘違いに気付かないので、訂正もされないまま、今までずっと勘違いし続けていたのだ。

なんと互いに一目惚れし、ただでさえ緊張する中、そのせいで『素を出して嫌われてはならない』と余計に緊張していたのだとは──

「私達……対話が足らなかったんですね」

「ええ……」

ふたりは真実を知り、お互い顔を赤らめながら見つめ合う。

『だからそう言ってんだろ』と他の皆が思うようなことを宣いつつ。気恥しさと共に、ふつふつと湧き上がる幸せを噛み締めながら。

──ちなみに、何故ルーカスがあんな嘘を吐いたかというと。

勿論、勉強していることを知られたくなかったからだが……理由を『病弱幼馴染みの見舞い』にしたのは、あの『私のお優しい婚約者~彼は病弱な幼馴染みを放っておけないらしいです~』という恋愛小説のせいであった。

口下手な彼は『まず女心を知ろう』と思い、アレを含めたいくつかの人気恋愛小説を借りてみたらしい。

彼は忘れていたのだ──活字を見ると眠くなることを。

案の定、三行も読めずに寝た彼だが、題名だけはうっすら覚えていた。

題名の『お優しい』は勿論当て擦りなのだが、それは内容をわかっていれば、の話である。

ルーカスは遅刻する人が使う(実際には使わなさそうな)体のいい言い訳テンプレである『途中で具合が悪くなった人を介抱していた』とか『お婆さんの荷物を持って家まで送ってあげた』的な感じ……つまり、 好感度の高そうな(・・・・・・・・) 理由として『病弱幼馴染みの見舞い』という言い訳を使ってしまったのだ。

もっとも、これによる一番の被害者はクラリッサではなく、エミーリアである。

確かに彼女にも下心はあったが、ルーカスに対してではない。それどころか疑われては困る立場。

杜撰なルーカスとは違い、きちんとそのあたりも配慮しながら協力していたというのに……あわや『病弱幼馴染み』どころか『略奪病弱幼馴染み』の悪評が立つところだったのだから。

そんな被害者である彼女は──

「みっともないところをお見せ致しました……」

クラリッサの代わりにとりあえず、レスターに謝罪をしていた。

悪いのは概ねルーカスだが、それはそれ。少なくともみっともないところを見せたのは事実である。

ふたりはなかなか戻ってこないが、なにしろルーカスが口下手なので、話し合いがなかなか進まないのはレオンハート以外の誰もが予想済。

誤解自体は解けているだけに、茶を飲みながら顛末をゆっくり待っている。

「いいえ、貴族令嬢として先のことをお考えでしたら取り乱すのは当然です。 場所もご自宅ですし……それより、先程の問題を作成したのはご令嬢と伺いましたが」

「え? ええ……」

「少し見せて頂いても?」

問題集はよく出来ていた。

仮にこれが資料を写して問題にしただけだとしても、選定がいい。

ルーカスの答えから模範解答もあるのかを聞いてみると、そちらもきちんと用意されていた。

「──成程。 妹君は本当に聡明なご令嬢なのですね」

「畏れ入ります」

(えっ? 兄様ったらなにを……?)

「ローズウッド嬢。 『いいところに嫁ぎたい』とお考えのようですが、具体的にはどういった相手をお望みですか? 高位貴族とか……」

「! えっええと……」

なんか知らんがピンチが一転、チャンスに変わったらしい。

察したエミーリアは、今まで特に言語化することがなかった自分の希望を必死で纏めた。

「……爵位にこだわりはありません! ただし社交よりも、執務補佐的な書類のお手伝いを任せてくださる方などがいらっしゃいましたら! わ、私はそういう作業が好きなのです……!」

フェリクスが『内向的』と言ったのも嘘じゃない。エミーリアは内弁慶なので、慣れない相手との会話が得意ではないのだ。

まだ相手がひとりならなんとかなるが、集団になると入っていけない──だからこそ、まずクラリッサと仲良くなりたかった、とも言う

エミーリアはまだ若い美貌の令嬢。

本来ならば男爵家が抱える商会の手伝いがてら、社交界で華やかに商品の宣伝をする役目を担いつつ、自分でいい相手を探せばいいだけ……そんなエミーリアが必死だったのは、それをやりたくないことや自身の望む『いい相手』の条件が細かいことによる。

「そうですか。 まあ……条件にピッタリの嫁ぎ先に心当たりはありますが」

「本当ですか!?」

「こら、エミーリア」

フェリクスは軽く溜息を吐き、レスターを見る。

目が合ったレスターからは、先程の自分のような微笑みが返ってきて、思わず苦笑した。

「正直、私はちょっと嫌ですねぇ~。 些かロマンチストなようですが、兄としては妹を愛してくれる方がいいので」

「条件の一致は愛すきっかけとしては充分かと。 妹君の相手への兄君からのご希望は『大切にすること』でよろしいですか?」

「ふっ、そうですね……ウチの商会もご贔屓にお願いしたいです」

「ははっ! 考慮致しましょう」

どうやらフェリクスには相手が誰で、どういう立場か想像がついているようだが──

「??」

「エミー、これ美味いぜ」

それを聞いていたエミーリアと、夕飯前なのに出された菓子を全種類食ったレオンハートにはわからなかった。

「……は、花が綺麗ですね」

「……え、ええ」

勿論、まだ男爵家の庭で初めて手を繋いだばかりのふたりにも。

──数年後。

モダモダモダモダゆっくり仲を深めていくふたりの婚姻より先に、レスターとエミーリアがあっという間に仲を深めて婚姻するのだが。

その詳細は、また別に語るべき話である。