作品タイトル不明
第411話:手解き
とても後衛職とは思えない速い足捌きで、フーゴは試合場を目一杯に使い弧を描くように動く。
一瞬、フーゴの全身から右腕に魔力が移動するのをレナは見逃さなかった。だが、特にこれといって魔法が発動された様子は見受けられない。
「喰らえっ!!」
「なにをした?」と、思案しているレナ目掛けて、フーゴの黒魔法第4位階『フリーズインパクト』が放たれる。複数の衝撃波が試合場の石畳を伝いレナに向かう。その衝撃波を後追いするように氷の轍ができていく。まともに喰らえば衝撃波と同時に身体を氷漬けにされるだろう。
さらにフーゴは魔法を発動していた。黒魔法第4位階『氷華』、数千もの鋭利な氷の花びらが宙を舞いながら落ちてくる。上と下からの同時攻撃である。
結界でやり過ごすなら威力の弱い氷華と、レナは宙へ白魔法第5位階『レヴィテーション』で飛ぼうとしたそのとき、何者かに足を掴まれたかのように地上へ引きずり降ろされた。
「……っ!?」
見れば、両足首に不気味な影が纏わりついていた。
「……これはシャドーバイ――――」
黒魔法第5位階『シャドーバインド』と、レナが気づいたときにはフリーズインパクトと氷華が襲いかかっていた。
「バカめっ! まともに喰らいやがった!」
砕け散った氷の結晶がキラキラと舞い落ちながら、試合場の一角を覆い隠す。
第4位階がいくら中位魔法とはいえ、フーゴの放った魔法の数は数十にも及ぶうえに、威力も並の魔法使いとは比較にならないのは効果範囲の広さから魔法に疎いものでもわかるほど明白であった。
「…………死んだか?」
足を一歩、踏み出そうとしたフーゴの眼前で白色の渦が巻く。魔力の渦が氷の結晶を上空へと消し飛ばしていくではないか。
「まあ。レナちゃんったら、少しはやるじゃない」
レナを覆う結界が回転していた。それも高速回転である。この高速回転する結界で、フリーズインパクトと氷華を弾いたのだ。
観客からは感嘆の声が漏れ出る。あれだけのフーゴが放った攻撃魔法を無傷でやり過ごしたレナの力量にだ。そして、今度はレナがどのようにやり返すのかを期待していた。
だが、レナは動かない。いつものレナなら、真っ先にやり返しそうなものなのに、だ。
(……どうやって)
動けなかった理由は、レナの足を拘束したシャドーバインドを、いったいフーゴがどのような手口でやったのかがわからなかったからである。
(……石畳はすでに結界で覆われている。そもそも魔力は右腕に集まっていたはず)
戦闘中に恐怖を覚えることはいくつかある。相手の力量が自分よりハッキリと上だと理解したとき、身の危険を感じたとき――――そして、相手がなにをしているのかがわからないときだ。
そう、レナは無意識にフーゴのことをほんの僅かにだが、恐ろしいと感じ始めていた。だから積極的に攻撃を仕掛けるのではなく、見に徹してフーゴの出方を窺う。
「どうした? そっちから仕掛けて来ないなら、こっちは遠慮なく攻撃させてもらうぞっ!」
(……不味いっ)
この状況が良くないと思いつつも、レナは前に出ることができない。
そんなレナの 逡巡(しゅんじゅん) を感じ取ったのか。フーゴは魔法を発動する。深緑色のオーラがフーゴを中心に渦巻くと、石畳から這い出るように、骨で構成される武具を纏った邪悪な骸骨の戦士が姿を現す。使用された魔法は暗黒魔法第6位階『 邪愚髏(じゃんぐる) 』である。
使い手次第で強さも召喚できる骸骨の数も変わってくるのだが、観客の中にいるごく少数の暗黒魔法の使い手たちは、フーゴの召喚した異形の骸骨戦士たちを見るなり、纏う魔力の強さと数に驚嘆する。
「行けっ」
号令を受けると、骸骨たちが一斉にレナのもとへ向かっていく。
「……舐めないで」
たかが動く骸如きになにができる、と。レナが杖を横薙ぎに振るうと、扇状に黒魔法第1位階『ファイアーボール』が速射砲のように次々と放たれる。
そこかしこで被弾した骸骨が吹き飛んでいくのだが、火の海から盾を構えた骸骨が抜け出してくる。また、吹き飛んでいった骸骨たちも次々と起き上がると、盾を構え直して行進を再開し始めるではないか。
「……っ」
「くっくっ……。舐めてるのはお前のほうなんだよ!」
動きこそそれほど速くないものの、着実に距離を詰めてくる骸骨たちに、レナは焦った様子で黒魔法第3位階『轟炎』を発動、高火力で一気に殲滅するつもりなのだ。
「甘い、甘い、甘いんだよっ!!」
骸骨の間を縫うように後方よりフーゴの黒魔法第3位階『 尖水槍(バラリラ) 』が高速で動く生物のように追い抜いていくと、次々と轟炎を貫いていく。
見る間に巨大な火球は水の槍によって散っていき、萎んでいくともはやファイアーボールと変わらぬ大きさにまで縮小した。
それでもレナは苦し紛れに骸骨たちに向かって、ファイアーボールを投擲する。数体の骸骨たちを吹き飛ばすも、別の骸骨が盾で火を払って突撃した。
(……大丈夫。この程度の攻撃なら、いくらでも耐えられる)
レナに殺到した骸骨たちが骨の剣や盾で攻撃するのだが、レナの結界を破るどころか傷をつけることすら叶わない。
「……いくらやっても――――っ!?」
結界内に何者かの腕が侵入していた。
「なぜ?」「結界に干渉!?」「どうやって」「骸骨たちの能力?」「あり得ない」、様々な思考がレナの脳内で自問自答される。腕が骸骨ではなく人のものと気づくと同時に、レナは黒魔法第2位階『エアハンマー』を発動する。
この状況で咄嗟に魔法で敵との距離を取ろうとしたレナは、大したものであるだろう。
骸骨たちが踏ん張るも、風のハンマーに吹き飛ばされていく。しかし、結界に侵入してきた腕は――――フーゴは吹き飛ばれる前にレナの右手首を掴んでいた。
「油断したな?」
レナの右手首を掴んだフーゴはそう呟くと、さらに手に力を込める。
骸骨たちに紛れてフーゴがいつの間にか距離を詰めていた。そして煙幕のように骸骨たちを使い、レナの結界へ干渉して腕を掴んだのだ。
(……学習しない。さっきと同じように――――)
先ほどと同じように、レナは雷を右腕に流す。紫電が駆け巡り、自身の右手首を握っているフーゴの腕をも感電させる――――はずであった。
「同じ手が二度通じるとでも?」
流れるようにフーゴはレナの右腕を引っ張り、己が背にレナを担ぐ。レナを覆う結界は、フーゴが干渉した際に散っている。膂力に頼った力任せの投げ技であったが、レナに防ぐことはできなかった。
その瞬間、レナは見た。フーゴの右腕が水に覆われていたのを。
「水で雷をっ」「そんなことが可能?」――――レナの視界が、世界が反転する。
そのまま石畳へレナの身体が叩きつけられると、観客から大きなどよめきの声が漏れ出る。
後衛職の、それも小柄なレナが背から石畳へ思い切り叩きつけられたのだ。これで勝負は決まった、と。もし無事であっても戦闘を継続できるのか、と。誰もが思う。
「審判、勝者を宣言しろ!」
フーゴが審判のエッダに判定をくだせと告げるのだが、当のエッダは「なにを言っているのかしら」と、呆れた顔でフーゴを見つめていた。
「まさ――――ぐああああぁぁぁっ!?」
下から殺気を感じたときには爆発が起こっていた。召喚した骸骨諸共、フーゴが試合場の端まで吹き飛ばされる。
「……隙あり」
黒煙を払い除けながら、自身もダメージを受けたレナが立ち上がる。
ユウとの稽古でレナは死ぬほど投げ技を喰らってきたのだ。その対策も考えていた。
フーゴに投げ技を仕掛けられた際に、レナは頭部を守るのと同時に背に風魔法で空気のクッションのようなものを創っていたのだ。前衛職の冒険者ならレナを叩きつけた際の感触に違和感を覚えていたかもしれない。フーゴの弱みというほどの部分ではないが、格闘戦の経験不足が露呈したとも言えるだろう。
※
「うおおおおおーっ!! レナちゃ~んっ!!」
「最強っ!! レナちゃん、最強っ!!」
「フーゴがなんぼのもんじゃい!!」
「よっしゃ! 試合は始まったばかりだよ! あたしはあんたに賭けてんだから、しっかりしなよ!!」
「ちょっとモーラン、恥ずかしいからやめなよ」
「メメット、言っても無駄よ。モーランったら、有り金全部を賭けてんだから」
レナを応援する一団に混じって『金月花』のモーランたちが、同じくレナに声援を送る。
「あいつら『金月花』だ」
「ほ、他にもレナさんを応援してくれる人はいるんだね」
騒ぐ一団を見ながら、アガフォンとベイブが呟く。
「おい。アカネ、今のところどっちが有利なんだ?」
「そんなのわかんないわよ!」
悔しいが、レナもフーゴも自分より格上なので、アカネは判断がつかなかったのだ。同じように、ベイブもレベルが違いすぎて説明などできないと、自分へ目を向けるアガフォンに向かって首を横に振る。
「今のところはね~。レナのほうが有利かな」
「マジっすか!?」
ニーナの言葉にアガフォンは笑顔になる。反対にレナのことを知らない者たちは、ニーナの発言を身贔屓かと失笑した。
「うん。だってフーゴさんって、ふふっ」
思わず吹き出したニーナは口を手で押さえた。訝しげに見るアガフォンたちに、ニーナは慌てて説明を続ける。
「あっ。えっとね。フーゴさんの攻撃はほとんどレナにダメージを与えられてないでしょ? でも、レナの攻撃はフーゴさんにダメージを与えてるからね」
「え? でもレナさんもダメージは喰らってますよ」
「でも今は残ってないよ」
「それはレナさんが自分で回復を――――あっ」
そこまで言いかけてアガフォンだけでなく、フラビアたちも気づく。
「たぶんね。フーゴさんって回復魔法が使えないんじゃないのかな? もし使えたとしても、レナみたいに急速に回復させる魔法はないと思うな~」
これまでの戦いで受けた傷をレナは回復魔法で治しているのだが、一方でフーゴは左腕の傷を治す素振りすら見せていなかったのだ。
「回復魔法が使えないのは、攻撃特化の後衛職にはありがちなんだけどね」
「それじゃあ持久戦に持ち込めば、レナさんが勝つってことか!」
最初はニーナのことをなにも知らない小娘だとバカにしていた観客たちが、話を聞くにつれて動揺し始める。なぜなら多額の金をフーゴに賭けていたからだ。
「そう簡単な話じゃないよ~。レナはシャドーバインドをどんな風に使われたのかを気づいてないみたいだもん」
「それって……急にレナさんが動かなくなったときの話かにゃ?」
「そうそう。石畳にもエッダさんの結界が覆われてるみたいだけど、フーゴさんは結界に干渉して石畳の下からレナにシャドーバインドを仕掛けたんだよね。ほら? 石畳の下は真っ暗だから、距離なんていくらでも伸ばせるから」
アガフォンたちのみならず周囲の観客まで、この距離からなぜそんなことがわかったのだと、驚愕の顔でニーナを見る。
「で、でも、あのときフーゴさんは右腕に魔力を集中させてませんでしたか?」
「あれはブラフだよ。実際は足の裏から結界に干渉して、同じく足の裏から魔法を放ってたんだよね~」
一般的に魔法は手の先や杖の先から放つ。『無詠唱』や『詠唱破棄』のスキルを持つ者たちは、そのような動作もなく発動させることはできるのだが、足の――――それも裏側から発動するなんて発想はここにいる者たちにはなかったのだ。
「それを見破らないと、レナさんは負けるってことっすか?」
「そんなことはないよ。あれって、結構な時間がかかるみたいだしね。レナが怯えず戦えば使える場面は限られてるよ」
「そうなんすね! じゃあ、他にもレナさんが有利な点ってありますか?」
「う~ん。レナは雷系が得意で、フーゴさんは水と氷系が得意ってところかな」
これまでの戦闘でフーゴは水と氷系の魔法を多用していたので、まず予想は外れていないとニーナは睨んでいた。
「相性の差でレナさんが勝つってことかっ」
「そんな単純なものじゃないけど、相性は間違いなくレナにとって有利に働くと思うよ~」
「アガフォンってば、単純なんだから」
「なんだアカネ! 俺をバカにしてんのか!」
「あら、よくわかったわね」
「てめえっ!」
「ちょっと、立ち見でぎゅうぎゅうなんだから、暴れないでよ!」
アガフォンが自分の頭の周りを飛び回るアカネを捕まえようとして、動く度に横にいるベイブやモニクたちが押し出される。
(ただ、あの水で腕を覆ってたのが気になるんだよね)
そんなアガフォンたちをよそに、ニーナはフーゴがレナを捕まえたときの様子を思い返すのであった。