軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第404話:開会式

忙しく動き回る冒険者ギルド職員や、相手の心中を探るように談笑する貴族たちを眼下に、ユウは用意された席に腰を下ろす。

修練場全体を見下ろすことのできる場所を、さらにコの字型に囲むことでちょっとした個室のように仕上げた特別仕様の席である。

「いい場所だろう?」

モーフィスが「どうだ?」と言わんばかりに話しかけてくる。

「別に俺が頼んだわけじゃないぞ」

当初は普通に入場券を購入して、一般人と同じように立ち見で観戦しようと思っていたユウに待ったをかけた人物がモーフィスであった。

「今のお前を一般人と同じように扱うわけにはいかんだろう」

「こほん」

自分の立場を考えろと、モーフィスは小言を言う。事実、ユウが姿を現したことで早くも貴人エリアがざわつき始めていた。

「マリファ、お前からも言い聞かせんかっ」

「んんっ」

ユウの傍に控えるマリファは目を閉じたまま、モーフィスの言葉など聞こえていませんとばかりに無視する。そのさらに背後に控えるティンたちなどは、モーフィスへ露骨に冷たい視線を向けていた。

「まったく。お前のところのメイドは、どういう教育をしているんだ」

「よく働く真面目で優秀だぞ」

「あー、ううん」

何気ないユウの言葉に、ティンたちは平静を装ってはいるものの喜びが隠しきれていなかった。

「ぐぬっ。まあ、いい。ところで相談があるんじゃが」

悔しそうな顔から一転、媚びるような笑みを浮かべながらモーフィスはユウの耳元で囁く。

「『大地の息吹』をもちっと融通してほしいんじゃが」

大地の息吹とは、ユウが『錬金術』で創った毛生え薬なのだが、それをユウは毎月一定量をモーフィスへ渡しているのだ。

「毎月十分な量を渡してるだろ。それに原料の花だって――――」

「花はエッダが、その、のう? あと、儂の友人が嗅ぎつけおってな? あやつには少しばかり借りがあるから、あー、なんとかならんか?」

「なんとかって、あの商品は商人たちからもっと売ってくれって頼まれてる ネームレス王国(うち) の人気商品――――」

「ごほん、ごほんっ!」

「ちっ。さっきから、こほんだの、あーだの、うるさいぞ」

「そうだ! うるさいんだぞっ!」

行儀よく椅子に座っていたナマリとモモも、ついに我慢できなくなり文句を言う。

「う、うるさい!? これでも僕はこの都市の領主で侯爵なんだけどね」

不満そうに口の端を引きつらせながら、ムッスはユウとモーフィスを見る。傍に控える本日の護衛担当のジョズは困ったように、モーフィスへ助けを求める視線を頻りに送っていた。

「言いたいことがあるならハッキリ言えよ、鬱陶しいから」

「うっとうしいんだぞ!!」

ユウだけでなく、ナマリとモモからもさらなる追撃を受けて、ムッスの顔はさらに間抜け面になる。

すると、ジョズの後ろに控える護衛たちの顔が険しくなる。中には剣の柄に手を掛ける素振りすら見せる者まで。

「あー。じゃあ、言わせてもらうよ。僕とユウが同じ場所なのは警備の点から理解できる。だが、どうしてユウのほうが明らかに良い席なのかを、ギルド長には説明してほしいものだね」

このような物言いを上位貴族であるムッスからされれば、平民なら震え上がりそうなものである。だが、モーフィスは呆れ顔で「こいつは、なーにを言ってんだ」とばかりにユウと視線を交わす。

「説明がいるか?」

めんどくせえ奴だなぁと、ユウはモーフィスの代わりに説明をし始める。

「モーフィスの立場を考えろよな。一国の王である俺と、一貴族のお前を同列に扱うわけにはいかないだろう。こう言うと、お前は僕は大国の上位貴族だなんだかんだって駄々をこねるかもしれないけどな。ネームレス王国とウードン王国は対等の条件で同盟を結んでるんだぞ」

なにも言い返せないのか。ムッスは悔しそうに下唇を噛み締める。

「それにだ。俺が今まで カマー冒険者ギルド(ここ) にどれだけの金を落としてると思ってるんだよ。その上前をはねてるだけの領主が図々しいにもほどがあるぞ」

「ユウっ、君は!」

思わずジョズと護衛たちが前に出てくるのだが。マリファたちが素早く間に割って入ると、それ以上は前に出ることができない。

「お前も食客とはいえ、家臣なら主の間違いに意見の一つくらいしろよな」

「君はムッス様の世話になっている。その恩を考えれば、少しは譲歩していいのでは?」

「厚かましい。そんなものはとっくの昔に何十倍にもして返してるだろ。大体、こんなことは俺が言わなくてもムッスは理解してるんだ。それをガキみたいに駄々をこねやがって、三十を超えたいい大人がやることか?」

最初は自分の思っていることを言ってくれたユウにスカッ、としていたモーフィスであったのだが、あまりにもボッコボコにユウに言い負かされるムッスたちに憐れみすら感じ始めていた。

「あ、あー。まあ、なんだ。その辺でいいのでは」

モーフィスがそう述べると、ムッス側の護衛たちは呆気に取られ、メイドたちは露骨に安堵した表情を浮かべる。

まさか都市カマーの冒険者ギルドの長が自分たち側ではなく、中立の立場で仲裁するとは思ってもみなかったのだ。

「ギルド長がそこまで言うのなら、僕も構わないさ」

あまりの変わり身の速さに、今度はティンたちが呆気に取られて口が開いたままになる。驚くことに、ジョズもムッス同様に先ほどまでの感情的な表情から落ちついたものへと変わっているではないか。

「さあ、君たちも席を外してくれ」

「し、しかしっ」

「いいから出ていくんだ」

そういうと、ムッスはジョズ以外の護衛たちを退場させる。

「つまらない 芝居(・・) に付き合わせてすまなかったね。最近、遠方の親類が押しつけてきた護衛なんだが、どうも現実を理解していないようでね」

「困ったものだよ」と、ムッスは肩が軽くなったかのように両肩を竦める。

「あまりくだらないことに儂を巻き込まないでほしいものじゃ」

「まあ、そう言わないでくれ。これで彼らも少しは理解する。冒険者ギルドに対しても、勝手に無理難題を言うような真似はしなくなるさ」

実はムッスの知らぬところで、税に関する話を冒険者ギルド――――モーフィスと交渉している者が親類の一部にいたのだ。当然、モーフィスはまともに相手はしていなかったのだが、彼らはそれを侮辱と捉えたのか。馬鹿な真似をする前に、ムッスは釘を刺していたのだ。

「さあ、ここからはゆっくりと観戦を楽しもうじゃな――――」

ユウに向かって笑みを向けたムッスであったのだが。

「あそこでエッダさんが結界を張って試合をする」

「おぉ……。エッダ姉ちゃんがしんぱんもするの?」

「そうだ。他に適任者がいないだろうしな」

ムッスのことを放置して、ユウはナマリたちに試合会場の説明をしていた。

「――――ふ、ふふっ。やれやれ、ユウには困ったものだよ」

なんとか顔を取り繕って、ムッスは余裕の表情を維持するのであった。

「広いな」

「いやいや、広いなんてものじゃねえぞ」

「俺らもカマーへ移籍するか?」

初めてカマー冒険者ギルドの修練場に入ったよその冒険者たちは、その規模に圧倒される。

他領から貴族と同様に、多くの冒険者がカマーへ訪れているのだが、普通ならばそこかしこで諍いがあってもおかしくないと危惧していた冒険者ギルド側の予想とは違い。驚くほどスムーズに観戦者の入場は進んでいた。

これは冒険者ギルドの職員が優秀なのはもちろん、ムッス側の手配した人員が――――指揮を取るヌングの指示が的確であったのは言うまでもないだろう。

「ニーナさん、ここっす!」

「あっ。アガフォンくんだぁ」

すでに立ち見のエリアは多くの人でごった返しているのだが、その中でも試合会場がよく見える場所をアガフォンたちは押さえていた。さらにその周辺はカマーで顔馴染の冒険者たちが陣取っており、ニーナに気付くと次々に挨拶を交わす。

「レナさんはもう控室に?」

「うん。私も付き添いたかったんだけど、出場選手以外は立入禁止なんだって、なんだかピリピリしてて怖かったよ」

「よその冒険者も出るとかで、ギルド側もピリついてるんっすかね」

「多分そうにゃ。さっきも控室に繋がる通路で、貴族っぽいのが職員と揉めてたにゃ」

「貴族なんてどうせろくなことをしやしねえんだから、出場者だけにしたのは良いことだぜ」

貴族に良い感情がないアガフォンは、フラビアの話を聞くなり吐き捨てるように悪口を言う。

「おい。アガフォン、貴人席以外にも貴族の関係者がそこかしこにいるんだから、あんまでけえ声で喋るんじゃねえぞ」

「わかったよ」

周囲にいた冒険者から注意を受けると、アガフォンは渋々だが頷く。

「み、みんな、凄い興奮してるね」

ベイブが周囲を見渡しながら呟く。

実際、万を超える観客に修練場の熱気は高まり続けている。早く始めろという観客の圧力を背に受けながら、冒険者ギルドの職員が忙しく動き回っていた。

「うおっ!? なんだこりゃ?」

「トラブルか?」

「いや、違うな」

突如、修練場内が暗くなる。そして、様々な光球や光の帯が観客を照らす。

「おそらく白魔法第1位階の『ライトボール』を数百単位で展開してるな」

「精霊の力を感じるから精霊魔法だと思う」

知ったげに語った男にエルフの少女が違うと指摘すると、男は周りの仲間たちから冷やかされて頬を赤く染める。

『長らくお待たせしました』

拡声魔法が付与された魔道具を通じて、美しい声が修練場内に響く。

『只今より、都市カマー冒険者ギルド主催の模擬戦の開会式をさせていただきます』

声の出どころを探していた者たちは、声の主が狐人――――冒険者ギルド受付嬢のモフだと気付くと。

「うおっ。良い女だ!!」

「ありゃ狐人だな」

「銀髪かぁ。良いじゃねえか」

「やっぱでけえ町にいる女は顔も身体も良いんだな」

男たちがだらしなく鼻の下を伸ばし、仲間や周囲の女性たちから冷たい視線を向けられる。

「きいぃー! モフ子め、あんなに目立っちゃって! 私も司会進行役に立候補したのにっ!!」

「あーあ。これでまーたモフ指名の冒険者が増えるんだろうなぁ」

「私がなっていれば、カマー受付嬢の一番の座を手に入れてたのに!」

「それはない」

「なんでよ!」

「コレットがいるでしょうが」

「あっ……そっか」

司会進行に選ばれなかった受付嬢たちが、嫉妬と羨望の織り混ざった視線をモフへ向ける。

「どいつもこいつも、情けないくらいに鼻の下を伸ばしちゃってさ。そんなに若くて美人で長身でスタイルの良い女がいいのかしらね?」

「「「そりゃそうでしょ」」」

もっともな指摘に、愚痴を述べていた女性はぐうの音もでなくなる。

『――――続きまして、司会進行は冒険者ギルド職員の私モフが担当させていただきます。次に試合会場の結界及び審判は同じく冒険者ギルド職員のエッダ・アルントが――――』

試合会場に軽やかに飛び上がったエッダの姿を見て、観客たちがどよめく。

「女が審判?」

「あんなひょろいエルフの、それも女が審判で大丈夫なのかよ」

「でもエルフにしては乳がでけえな」

「けっ。エッダさんのことを知らねえのかよ」

「なんだてめえ?」

「ここで喧嘩すんなよ。連座で俺らまで退場くらったらキレるぞ」

「暴れたりしねえよ」

「まあ、黙って見てろって。あの人はここにいる誰よりも強い人なんだからよ」

「言われなくても見るっての」

「情けない姿を少しでも見せたら、罵声だけじゃ済まねえぞ」

カマー所属の冒険者たちとよそから来た冒険者たちが睨み合うのだが、それ以上は事が大きくなることはなかった。

なぜなら――――

「こんなものかしらね」

エッダが軽く両手を振っただけで、試合会場の大きさに合わせた四角の結界が天井にまで伸びていく。

その流れるような結界の展開に、強固でありながら僅かな威圧すら感じさせない清流のような静かさに、エッダを侮っていた観客たちは口を閉じていく。

『ご覧のように試合中の余波が、観客の皆様へ及ぶようなことは一切ございませんのでご安心してください』

「見たか」と言わんばかりにモフは言葉を紡ぐ。同じように修練場に散らばって勤務中の職員は、これでも理解できない馬鹿はいるのか? と、 冒険者ギルド(うち) のエッダさんを舐めるなよと、得意げになる。

「これは凄まじい」

貴人席でエッダの構築する結界を見ていた貴族の老人は、素直に驚いたことを認める。

そして――――

「卿を疑っていたことを謝罪したい」

「疑って当たり前のことです。あなたが私に対して謝罪の言葉を口にする必要はありませんよ」

モフの開会式も終盤となり、修練場に光が戻り始めると、暗闇に乗じて主を害する者がいたときに備えていた護衛たちの身体から緊張が少しだけ抜ける。

「あのエルフは何者だ。魔法に疎い儂でも生半可な使い手でないことがわかるぞ」

卿なら知っているのではと、暗に顔が言っていた。。

「ふふっ。知ったところで私たちではどうにもできぬ者ですよ」

「もしや、ムッス侯爵の――――」

「いえいえ」

扇を開いて顔見知りの貴族は口元を隠す。勿体つけているわけではないことは、長い付き合いからわかってはいるものの、焦らされているようで老貴族は内心では逸る心を抑えつけていた。

「あの者、元は冒険者です」

「ほう……」

「それもSランクの」

「なにっ」

これには老貴族だけでなく、周囲で聞き耳を立てていた貴族たちも驚く。

「それほどの者が――――なぜ冒険者ギルドで一介の職員として働いておる」

「さて、私にも理由はわかりかねます。なんでも五大国のうち、ジャーダルクを除く四ヶ国からの勧誘を断った――――いえ、撥ね除けたそうですよ」

「馬鹿な。そのような話を儂は聞い――――」

そこまでで老貴族は言葉を止める。

「――――否、表沙汰になるわけがないか」

老貴族が、まだ耄碌していないことに、顔見知りの貴族は嬉しそうに微笑む。

「ええ、ええ。そのとおりです。このような話が表沙汰になれば、大国の面子は地に落ちます。だから、この話もここだけということで」

「うむ。心得ておる」

「ふふふっ。それほどの者だからこそ、一人で結界を最初から最後まで担当するのでしょう」

「さては、卿は最初から知っておったな?」

「それはどうでしょうか。私も全てを知っているわけではありませんからね」

老貴族は顔見知りの貴族を見ながら唸る。

広大な領土を誇るわけでもなく、武勇に秀でた家臣を多く抱えるわけでもない。にもかかわらず、多くの貴族から一目置かれる理由がこの情報量とその精度である。諜報員から報告される膨大な量の中から真実を掴み取る能力が数多いる貴族の中でも群を抜いているのだ。

「そう唸らずに、第一試合が始まるようです」

再度、修練場が暗闇に包まれると、護衛たちに緊張が走る。

老貴族が眼下へ視線を向ければ、試合会場に繋がる両側の通路の一つが照らされていた。

「ようやく始まるか」

そう老貴族が呟いたのと、通路の扉が開くのは同時であった。