軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第400話:あっ……そういうこと

「うわぁ~」

エッダのデコピンにより脳震盪を起こし、意識を失いソファーに横たわるランポゥを見下ろしながらプリリは少し引いた声を漏らす。

「治せるか?」

相棒のゴンロヤがプリリに確認する。喧嘩っ早いゆえに痛い目に遭うことも多いランポゥであるが、防衛・殲滅力は食客の中でもトップクラスなのだ。もし、この怪我が原因で療養することになれば、その穴を埋めるのにどれほどの兵が必要か。そのことをゴンロヤが考えて、うんざりした表情を浮かべるのも無理はないだろう。

「治せるか? この私に向かって、それって挑発と受け取ってしまいますよ」

「バ、バカッ! そんなつもりあるわけないだろっ」

「あははっ、冗談ですよ。それにしても、デコピン一発で意識を失うなんて、仮にもAランク冒険者として恥ずかしくないんですかね?」

「言ってやるな。これでまたしばらくは、俺が愚痴に付き合う羽目になるんだぞ」

「ムッス様も見てやってくださいよ。ここ。ほら、ここっ! デコピン一発で額が陥没してるんですよ! あははっ。おっか、しーんだぁ」

信じられないことに、エッダのデコピンによってランポゥの額の一部が陥没していた。

そして、その陥没したランポゥの額を指差し、プリリは笑いが堪えられずに声を漏らしてしまう。

「でも――――」

大笑いしていたプリリが突然、無表情になる。

「―――― エッダ(あのひと) 、あのまま帰してよかったんですか?」

大国の侯爵を前にしての礼儀知らずな言葉遣いや態度、それに同僚のランポゥがやられたことに対して思うところがあるのだろう。なぜ、なにもせず帰したのかと、暗に主であるムッスに問いかけているのだ。

「まあ、ランポゥさんは相手を侮るところがありましたからね。今回も油断してたのでしょう」

「 エッダ(彼女) には手を出さないように」

「それほどの相手でしょうか?」

「それほどの相手なんだ」

ワガママを言う小さな子供を諭すように、ムッスは喋り始める。

「エッダはあの『イモータリッティー教団』から死徒として勧誘を受けたという噂があるくらいなんだ」

「元冒険者とは聞いていましたが、それほどの実力者でしたか。ですが、エッダという名の冒険者に心当たりがありませんね。ランポゥさんも知らない様子でした」

納得がいかない様子のプリリは喰い下がる。そんなプリリに対して、ムッスは困ったような笑みを浮かべた。

「エッダは当時、フルアーマー――――確か精魔四式魔導鎧とかいうフルアーマを着込んで顔まで覆われていたそうだ。それで性別を隠し、さらには偽名で冒険者として活動していたらしい」

「偽名……ですか? そんなことで冒険者ギルドを欺けるとは思えませんが」

「申し訳ないが、エッダがどのような手を使っていたかまでは僕も把握はしていない。ただ『赤き流星』の三代目盟主として活動していたのは間違いないよ」

ムッスの言葉に、ゴンロヤなどが「あの『氷血断空』かっ」と驚いた表情を浮かべる。

「エッダはジャーダルクを除く五大国から勧誘されたこともあるんだよ」

「武官としてですか?」

高位の冒険者を国が勧誘するのは珍しいことではない。実際、プリリたちもムッスから直接勧誘されて『食客』として仕えているのだ。

ただ、人族至上主義のジャーダルクを除く五大国から勧誘があったことに驚いたのだ。

「ウードン王国が誇る『五騎士』――――今はその一つをボールズ宰相が兼任しているが、そのポジションは本来であればエッダに任せたかったそうだよ」

『五騎士』――――ウードン王国の武官の中でも最高峰の官位である。それを高位とはいえ、一冒険者に打診したことにプリリは思わず口が開いてしまう。

しかし、プリリたちが本当に驚くのはこれからであった。

「デリム帝国は『セブンソード』を、ハーメルンは『八闘士』を、セット共和国は『十二魔屠』の地位を約束して勧誘をした。死徒の件は噂だが、こちらは事実だよ」

「そ、それほどの者が、なぜ冒険者ギルドで一介の受付嬢に甘んじているのですかっ!?」

思わずゴンロヤは、ムッスとプリリの会話に割って入ってしまう。

「君たちは知らないようだけど『赤き流星』は、元々はレーム大陸中を流浪のように渡り歩いて活動するクランだった。それがどういうわけか三代目になって、都市カマーの冒険者ギルドを拠点として活動し始めたんだ。

もしかしたら父上と密談があった可能性は否定できないが、今となっては確認のしようもないね」

「ムッス様の父君……ワイアット様と」

神妙な顔でヤークムが呟く。

「それか意外とくだらない理由かもしれないね」

重くなった空気を晴らそうとムッスはおどけて言葉を連ねる。

「エッダは五大国からの勧誘をまともに相手しなかったそうだ。それが良くなかったんだろうね。大国の面子を潰されたと、一部の者が腹を立てて刺客を差し向けたそうだが――――結果は言わなくてもわかるよね?」

侯爵を前にしても態度を改めないエッダの性根から、送り込まれた刺客だけでなく、それを指示した者も生きてはいまいと、ゴンロヤたちは想像する。

「ムッス様は私たちが負けると思っているのでしょうか?」

「勝っても負けても、ただでは済まないと思っているよ。 今(・) 、君たちに欠員が出るのは非常に困るんだ。君たちの中にも日々の任務で気づいているんじゃないかな?」

「戦争ですかいのぅ?」

ヤークムが呟く。

元傭兵で争いに敏感なヤークムだからこそ、いち早くムッスの考えに気づけたのだ。

「さすがは傭兵団『グリム・バーヴォ』で隊長を務めていたヤークムだね。君の言うとおり、近隣諸国――――いいや、レーム大陸中の国が慌ただしく動き出している。最初はイモータリッティー教団の死徒が活発に活動しているから、それに対処するためかと思っていたんだけどね」

「違う理由があると?」

「大きな流れが――――レーム大陸を巻き込むように、誰かが画策しているようだ」

ムッスでも、その誰かがわからないほどの相手なのかと、ヤークムたちは顔を険しくする。

「五大国が主導となって『レーム連合国』がある限り、大戦など起こりようがないはずなんだけど、どうもおかしいんだよね。本来であれば、戦争に否定的なはずの小国などでも協力的な様子すら窺える」

「ムッス様でも気付かぬように根回しをしている相手がいると? 何者でしょうか」

「小国が積極的に戦争に参戦する理由を提示しているのでしょう」

「プリリはその理由がわかるのか?」

ゴンロヤが嫌味っぽく問いかけるも。

「ムッス様がわからない相手を、私がわかるわけないじゃないですか。ゴンロヤさん、しっかりしてくださいよ」

「ぐっ……こ、こいつっ」

上手く話題をエッダから戦争を画策している何者かへと誘導できたムッスは、あれこれと話す食客たちを 後目(しりめ) に再度、思考の海へ沈んでいく。

(大戦を画策している者も気になるけど)

ムッスの固有スキル『天眼』は無数の枝分かれした未来の一つを視ることができる。

『天眼』をムッスは自在に操ることはできないのだが、これまでに視てきた未来の光景から場所や日時をある程度は特定して役立ててきた。

その中には――――

(僕の視てきた未来の中では、ユウは 何度(・・) も死んでる)

ムッスがジョゼフに明かした未来視など、ごく一部でしかないのだ。情報を取捨選択し、または一部を明らかにすることでムッスは魑魅魍魎が跋扈する貴族社会を生きてきた。

(誰かが干渉して未来を変えている?)

あり得ないことを思考して、ムッスは自嘲気味に苦笑する。

ユウのことは良い友人と思っているのだが、ゴッファ領という広大な領地に百万を超える領民の命を預かる為政者としてのムッスでは立場も考え方も大きく違う。

(このままだと……)

――――間違いなく大戦が起こると、ムッスは考える――――否、 すで(・・) に視ていたのだ。

どこかの平野で大軍を前に、ユウが戦う姿を。

(大軍――――数十万規模の軍勢じゃない。あれではまるで)

かつて視た光景をムッスは思い出す。

大軍の軍旗は一つではなかったのだ。様々な国の軍旗を掲げながら、ユウを囲む軍勢。

そもそも百万を超える軍勢を単独で戦場へ送り込むことができる国など、レーム大陸にはない。

(そのとき――――私は……僕はどうすればいいんだろう)

抱える重責や苦悩を顔には微塵も出さずに、ムッスは食客たちの会話に加わり、今後の方針を話し始めるのであった。

「うおおおおーっ。腹減った!」

「朝からアガフォンがうるさくて、やんなっちゃう」

屋敷の居間で朝食の準備で慌ただしく動き回るティンたちは「腹が減った」と喚くアガフォンに冷たい視線を向けて無視する。

「手伝わなきゃいけないんだぞ!」

食卓に食器を並べているナマリが注意する。

「わーてるって」

「結構です。手を洗っていないのに、食器に触られると汚れてしまいますから」

「ヴァナモ、俺が手もろくに洗ってないって言うのかよ!」

「では、最後に手を洗ったのはいつですか?」

「いつって……そりゃ……そうだ! 昨日の寝る前には洗ったぞ! ちゃんと歯だって磨いたしな」

どうだと言わんばかりのアガフォンに、ヴァナモは呆れて物が言えない。話すだけ無駄だと、朝食の準備に戻ってしまう。

「おい」

ヴァナモに相手されなくなったアガフォンは、次の標的をナマリに定めたようだ。大きな体からは想像できないくらい静かで素早い動きで、ナマリの傍に近寄ると。

「ん?」

「レナさんの様子はどうよ?」

「わかんない。だって、昨日はあれから部屋から出てきてないもん」

「バ、バカ! 声がでけえって!」

「あんたのほうがでかいわよ!」

うとうとと、アガフォンの頭の上で横たわっていたアカネが、ブチ切れてアガフォンの頭の毛を引っ張る。

「いででっ。アカネ、この野郎!」

「私は野郎じゃないわ!」

「わかった、わかった! わかったから、俺の毛を引っ張るんじゃねえよ」

朝から騒々しいと、ユウの横で調理をしていたマリファはアガフォンたちを睨みつける。

「お姉さま」

その横からネポラが話しかける。

「どうしました?」

「昨夜、怪しい者たちが屋敷の様子を窺っていたようです」

ネポラからの報告に、マリファの眉間にわずかだが皺が寄る。ユウに声を掛けてからその場を離れると、マリファは詳細を聞く。

「では、貴族の――――それも他領の貴族から命じられて、ご主人様を監視していたと?」

「ヴァナモが聞き出したので間違いないかと」

マリファに次ぐ虫の使い手であるヴァナモに尋問されれば、大抵の者は口を開く。

昨夜、屋敷の周囲をうろちょろしていた者たちなど、ティンたちが本気を出せば相手になどならないのだ。

「やはり 例の件(・・・) が原因ではないでしょうか?」

「早合点するのはやめなさい」

「はい」

最近は諜報員の暗躍は減っていたとはいえ、いまだにユウを探ろうとする愚か者たちはいるのだ。

そういう愚か者たちを、マリファたちは日夜排除していた。

「わあ~。今日も美味しそうだね」

食卓に並べられた料理を前に、ニーナの頬が緩む。

「レナは?」

ユウの言葉に、ニーナの顔が一転して曇る。

「まだ起きてないみたい。昨日も晩ごはんを食べてなかったし、大丈夫かな?」

「随分と贅沢な悩みですね」

「ティン」

チクリと刺すようなティンの言葉に、マリファが窘める。

しかし、それも無理はないだろう。この場にいる者たちの多くは迫害され続け、同じ土地に居続けることができず、また満足な食事を摂ることもできずにいたのだから。

ティンたちからすれば、食事を食べないという選択があり得ないのだ。そのような贅沢は餓えて死んでいった家族、友人、知人たちが許してくれないだろう。

(……私は贅沢じゃない)

目を真っ赤に腫らしたレナは、出るタイミングを逃してしまっていたのだ。居間に繋がる扉の前で、ティンたちの会話を盗み聞きして憤慨していた。

「しょうがない奴だな」

困った奴だと、ユウは小さなため息をつく。

ユウとて、ティンの言葉に同意してしまう部分はあるのだ。親から満足な食事を与えられなかったユウがどのように生きてきたかといえば、義父や母親が食べ残した残飯を漁って飢えを凌いでいたのだ。それすらも見つかれば、お仕置きという名の理不尽な暴力を振るわれていた。

そんな環境で生きてきたユウからすれば、その日の気分で食べ物を無駄にするという考え方が理解できないのだ。

「ユウ、そんな言い方はないんじゃないかな~」

「お前が甘やかすからだぞ」

「だって、あのフーゴとかいう人に負けて落ち込んでたから」

「情けない奴だ」

フーゴに負けて意気消沈していたレナの心に、怒りがふつふつと沸き起こってくる。

(……私は負けてないし、落ち込んでもいない)

いっそのこと、このまま居間へ乗り込んでやろうかと思うレナであったのだが、やはりフーゴを相手に無様に負けたことを聞かれるのが嫌なのか二の足を踏んでしまう。

「相手はAランクなんだよっ」

もっと優しくしてあげてよと、ニーナはユウに語りかけるのだが。

「Aランク? それがどうした」

「えっ!? ど、どうしたって……Aランク冒険者は、あの、その、レナはCランクで……だから、負けても」

意外な返答だったのだろう。

ニーナはしどろもどろになってしまう。

「あいつは前にこう言ったんだぞ。“私はいずれ大賢者を超える者”」

レナの目が見開く。

そんな言葉を聞けば、誰もが鼻で笑うようなことだからだ。

だが、それを笑うどころか否定すらせずに信じている者が――――ユウがいたからである。

「それってレーム大陸で一番になるって宣言だろ?」

「それは……そうかもしれないけど」

「たかがAランクを相手に負けて、俺が情けないって言うのも無理ないだろ」

「うう……レナは傷ついてるんだよ?」

ますます居間に入りづらくなったレナはどうしたものかと悩む。なんなら、このまま自室に帰ったほうがいいかもしれないと思い始めたとき。

「俺、嘘つきは嫌いだな」

その言葉にナマリとモモが反応する。

「お、俺は嘘つきじゃないんだぞ!」

「わ、私もです」

ナマリやモモが慌てて身振り手振りで、自分は嘘つきじゃないと主張する。なぜかマリファまで焦った様子で否定する姿に、アガフォンたちは白い目を向ける。

(……嘘つきは嫌い? 私は嘘つきじゃない。つまり――――ユウは)

レナは自分の胸に手を当てると、心臓が激しく鼓動していることに気付く。

(……そう。そういうこと)

なぜかレナの頬が熱くなり、身体もぽかぽかしていた。

さらにレナは自然と笑みを浮かべていた。

「だから~。そういう意味じゃなくて――――」

「……ご飯」

「――――わっ。レナ!?」

居間に姿を現したレナに、ニーナが慌てる。

「遅れてきたのになんですか、その態度は」

ブツクサと文句を言いながらも、マリファは率先してレナの前に料理を並べ始める。

「あ? なんだよ」

「……ふふん」

意味ありげに、レナはユウに視線を送る。

「フーゴに負けて、頭がおかしくなったのか? 目も真っ赤だぞ」

「……照れてる」

「はあ? 誰が――――」

「あっ!!」

「なんだよ、ニーナ。急に大きな声を出すなよ」

なにかを察したニーナが、急に立ち上がる。

「レナ、もしかして勘違いしてるかもしれないけど」

「……大丈夫」

「さっきの会話は――――」

「……ふふっ。私は無敵、最強。問題ない」

「絶対に勘違いしてるよ~」

レナは昨日の分も補うように料理をかき込む。

ただ、悲しいことに本人は大食いしているつもりなのだが、レナの小さな口では頑張っても普通の人と同じくらいの速度にしかならなかった。