軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第396話:流言②

『ネームレス』に所属するレナ・フォーマと争うことになれば、盟主であるユウ・サトウが出てくることは想定内であった。

フーゴにとって想定外だったのは――――

「お前が……お前が『ネームレス』の盟主、ユウ・サトウか?」

「そんなに驚くことか?」

「いや……なにも驚いていないが」

スンッ、と表情を整え平静を装うフーゴであったが、野次馬の目から見ても先ほどまでのフーゴが挙動不審だったのは一目瞭然であった。

(間違いない。後ろ姿しか見ていないが、スラム街であった少年だ。まさかあのときの少年がネームレスの盟主だったとは)

――――ユウが、スラム街で出会った少年が『ネームレス』の盟主であったことである。

「盟主がいたのなら話は早い。この卑怯者の娘と戦わせろ」

野次馬はこれから起こるであろう惨劇に、嗜虐的な期待感を抱かずには

いられない。

つい最近『悪食のゼロムット』のイディオ某とやらが、ユウにちょっかいをかけて顔を陥没するほどの大怪我を負ったのは冒険者ギルドの職員だけでなく、その場に居合わせた冒険者たちの記憶にも新しい。

「あいつ、死んだな」

「なにかおかしいぞ」

なぜかユウは口元を手で覆っていた。

「笑ってねえか?」

「そんなわけねえだろ。自分ところのクラン員を馬鹿にされたんだ。あの性格の悪いガキが黙ってるわけがねえ」

「へへっ。今の言葉、あとで言いつけてやろっと」

「やめろ! 馬鹿っ」

勝手に盛り上がる野次馬をよそに、ユウは深呼吸するようにゆっくりと息を吸い、そしてはく。

「だから殺り合えって」

「いいんだな?」

「いいもなにも――――」

「ユウ兄ちゃ~ん!」

そのとき、エッダの背後にいたトロピが突然走り出し、そのままユウの腰にしがみつく。

「た、助けて! このままじゃボク死んじゃうよ!」

珍しく慌てた様子で助けを求めるトロピに、ユウはゆっくりとエッダのほうを見る。

「あら? この娘はなにを失礼なことを言っているのかしら。これじゃまるで私がトロピを殺すみたいじゃない。ねえ? ユウちゃん」

(エッダさんか)

しがみつくトロピの顔を見れば、凄まじい形相で「助けてぇ」を繰り返していた。

(まあ相手がエッダさんだと、トロピでもこうなるか)

よその冒険者であれば、大手クラン『赤き流星』盟主のトロピが、冒険者ギルドの一職員に恐れるなどおかしな話だと思うかもしれないが、ユウはエッダが都市カマーで 一番(・・) レベルが高いことを知っているので、特に驚きもせずに現状を受け入れた。

受け入れたうえで、こちらに手招きするエッダから隠すようにトロピを自分の背後へ移動させる。

「あら、まあ」

大して驚いた様子も見せずに、エッダはユウになのか、それともトロピに対してなのか、頬に手を当てながら困った眼を向けた。

「話が中断したが、好きに殺り合えばいいだろ。別に止めはしないし、レナだって逃げも隠れもしない」

「逃げも隠れもしない、だと? そいつはどうかな。お前も俺の話は聞いてただろう? アールネ・フォーマは俺との模擬戦で負けて、卑怯者の――――」

カンッ、という甲高い音が、ロビーに響く。

「……何度、言えばわかる」

「ふんっ」

突如レナが杖でフーゴに殴りかかり、それをフーゴはいつの間にか手にしていた杖で受け止めたのだ。

「卑怯者の娘らしいな。いきなり襲いかかってくるなんて。不意を突けば俺に勝てるとでも思ったか?」

「……許さない」

父アールネの言葉をレナは思い出す。

パーティーの中でも後衛職は背後より仲間を支援するのが基本的な役割である。役割を全うするためにも、どんなときでも冷静でいなければいけないと、何度も何度もアールネはレナに言い聞かせたものである。

そのときの言葉をレナは思い出していた。

(……相手は私を侮っている)

小柄で非力、そのうえ後衛職である自分が接近戦で、男性であるフーゴに力押しで勝つことはないと。

「……私を舐めるなっ」

力押しで潰そうとしてくるフーゴに対して、レナは杖技LV1『流し突き』を仕掛ける。

突如、レナからの抵抗がなくなり力を込めていたフーゴの体が泳ぎ、そのまま死に体となったフーゴの身体にレナの突きが決まる――――いつもならば。

「くくっ。私を、なんだ?」

結果は『流し突き』を仕掛けたはずのレナが床に這いつくばり、うなじの部分をフーゴの杖で押さえつけられているではないか。

「今時の後衛職は魔法ばかりに重点を置いているから? 相手は自分を侮っているから? 今じゃ杖技を、それも実戦で使いこなす者などほとんどいないから? 傲慢な決めつけだな。杖技の使い手が自分以外には存在しないと決めつけているのも最悪だ」

レナの放った『流し突き』に対して、フーゴは同じく杖技の『流し突き』でカウンターを放ったのだ。

同じ技を発動した両者であるが、あとからレナの『流し突き』に合わせて発動させたフーゴのほうが遥かに技量が高いことは言うまでもない。

「雑魚がっ。今のお前を見ていると、いかにアールネが弱かったのかがよーくわかるぜ」

レナを見下ろしながら、フーゴが罵倒する。

押さえつけられているレナの眼に、禍々しい色が――――殺意が漲っていく。右手と左手、両の手に魔力が一瞬にして集束し、魔法が――――爆発系の高位魔法が発動し――――なかった。

「あら、駄目よ。ここは冒険者ギルド、魔法を使うなんて許されないし、許さないわよ」

自分の身すら顧みず魔法を発動させたはずのレナは、手から魔力が消え去っていることに気づく。

「本来なら罰則を与えるところよ? でも、まあ。 フーゴ(あなた) も過剰に煽っていたのも考慮して――――そうだわ!」

一触即発どころではない。

レナの魔法が発動されていれば、多くの冒険者に犠牲が出ていても不思議ではなかったのにもかかわらず、それを事もなげに防いだエッダは良いことを思いついたとばかりに手を合わせる。

「模擬戦のことは模擬戦で解決すればいいのよ」

「あんた……なにを言ってるんだ」

「あら、あなたが言い出したことなのよ? レナちゃんと戦わせろって、ね。それならギルドの修練場で戦えばいいじゃない。ユウちゃんもやり合いなさいって言ってたでしょ?」

ユウにウインクを送りながら、エッダは名案だとばかりにニコニコと笑みを浮かべる。

「とは言っても、今すぐってわけにはいかないわね」

「なぜ?」とはフーゴは問わなかった。レナと戦えるのであれば、いつまででも待つつもりであったからだ。

問いかけはフーゴの代わりに野次馬の中から出てきた。

「エッダさん、どうして今すぐだとダメなんだ?」

「だって、それだとお客さんが間に合わないじゃないの。近隣の貴族や富裕層へ書状を送って、観戦料を取らなくちゃ。忙しくなるわよ。ちょうどなにか良い催しがないか困っていたところだったから良かったわ。

新鋭のAランク冒険者と『ネームレス』所属の冒険者が模擬戦をする。それも派手な魔法を使う後衛職同士なんて、貴族や暇を持て余している富裕層なら絶対に見たがるわよ」

「か、金稼ぎするのかよ」

「場所を提供するんだから、当然と思うわよ。それも安心安全に高ランク冒険者の戦いを」

「まさか……俺たちからも?」

「カマー所属の冒険者は割引するから安心しなさい」

「げぇっ!?」

「そりゃないぜ」と、エッダに罵倒を飛ばそうとした一部の冒険者は、エッダと目が合うと途端に顔を青褪めさせて俯く。

「ユウちゃんも、それでいいわね?」

「構いませんよ」

心配そうにレナのもとへ駆け寄るニーナたちへ視線を一瞬送りながら、ユウは同意する。

「トロピ」

「ひっ」

ユウの背後に隠れていたトロピはエッダに名を呼ばれると、その場で飛び上がるのではないかというほど驚く。

「庇ってくれたユウちゃんに感謝するのね」

「よ、良かったぁ」

いつもの軽口を叩く余裕もないのか。トロピは床の上にへたり込む。

(概ね予定通りに進んだが、念には念を入れるか)

レナが爆発系魔法を放とうとした瞬間、フーゴはその場から飛び退き周囲の野次馬を護ろうとしていたのだ。

そのフーゴはいまだ興奮冷めやまぬ野次馬を利用することにした。

「こちらも模擬戦をするのは構わない。観客が大勢いれば、流言を流そうったってすぐにバレるだろうしな」

悔しそうにこちらを睨みつけているレナを見ながら、フーゴは言葉を綴る。

「だが、それだけじゃ納得できないことがある」

「なにかしら? あなたの要望には応えていると思うのだけど」

「Aランクの俺が勝つのは当たり前だ。勝って当然、少しでも苦戦すればなにを言われるかわかったものじゃない」

「それで?」

「俺が勝った際に 報酬(・・) がほしい」

「冒険者ギルドから金銭を出せとでも言うのかしら」

エッダのただでさえ細い眼が、さらに細まっていく。その眼は剣呑さを帯びていた。

「ギルドに出してもらう必要はない。今でも十分な金銭は稼いでいるからな」

一般的にCランクからは高給取りと言われている。Aランク、それもソロ専で冒険者をしているフーゴならば、文字通り稼ぎは独占だろう。

「あなた、回りくどいのね。ハッキリと言ったらどうかしら」

「くくくっ。レナ・フォーマっ! 俺が勝ったらお前の杖を貰う! その杖はお前みたいな雑魚が持つには分不相応な品だからなっ!」

「……っ!?」

その瞬間、ロビーは再び大騒ぎとなる。

「聞いたか?」

「レナの杖って、百億マドカ出しても買えないって言われてる逸品だろ?」

「どうすんだよレナちゃんっ!?」

「馬鹿馬鹿しい。だれがそんな勝負をしたがるってんだ」

「冒険者としての誇りがかかってるのがわからねえのか!」

「誇りがなんだ? 百億マドカする杖を賭けてまでするようなもんかっての!」

「だからお前はうだつがあがらねえんだ!」

「はあ? 誰のうだつがあがらねえだっ!!」

「こりゃいつ模擬戦があるかわからねえが、当日は混雑が予想されるな」

「レナの返事がまだだろ」

「あんだけブチ切れてて、今さら逃げねえだろ」

「どうだか。さっきの攻防でもわかったが、あのフーゴって野郎はレナより格上なのは間違いねえ」

「あんな短いやり取りで、なにがわかるってんだ!」

「俺くらいになるとわかるんだよ」

「Dランクのくせに偉そうに」

「お前だってDランクだろうがっ!」

この騒動の中、レナは初めて困惑した表情でユウの様子を窺った。 龍芒星(りゅうぼうせい) の杖・五式――――ユウから貰ったこの杖がいかに規格外な代物であるかを、これまでの冒険でレナは十二分に理解していたからだ。

いまだ杖の秘めたる力の半分も引き出せていない状態で、魔法の補助から威力の上昇、本来であれば自身が使うことのできない高位魔法を、龍芒星の杖・五式があれば行使が可能となる。金銭で手に入るような代物ではないのだ。

そんな伝承でしか登場しないような杖を賭けてフーゴと戦う。

「どうした? 今さら俺と戦うのが、杖を失うのが怖いか」

「……っ!」

煽られても先ほどのようにレナは言い返すことができなかった。代わりに――――

「いいぞ」

――――ユウが返答した。

「お前が決めていいのか?」

「良いも悪いも、その杖をレナに渡したのは俺だからな」

「これだけ大勢の前で言ったんだ。もう言葉を取り消すことはできないぞ。お前は浅はかな判断を後悔することになるだろうな」

「なんで俺が――――いいから、用が済んだのなら帰れよ」

ユウの傍で下から見上げていたナマリとモモは、不思議そうにしていた。なぜなら仲間であるレナがフーゴにやられたのに、ユウの口元を覆う手の隙間からは、まるで笑いを堪えているかのように見えたのだ。

「ああ、そうさせてもらうさ。日時が決まれば――――」

自分の滞在している宿をエッダへ伝えると、フーゴは帰っていく。

「コレット、こちらに来なさい」

「はい」

なにか嫌な予感がしつつも、コレットは素直にエッダのもとへ駆け寄る。

「あなた、今からギルド長へレナちゃんとフー……フー……Aランク冒険者との模擬戦をすることを報告してきなさい」

「えーっ!? わ、私がですか!」

恐ろしいことに、エッダはフーゴの名前を覚えていなかったのだ。いや、最初から覚えるつもりがないのだろう。

「そうよ。私が報告したら叱られるでしょう。勝手に修練場を押さえて、模擬戦をすることを決めたんだから」

「私なら叱られないのでしょうか?」

コレットからの問いかけに対して、エッダは素の顔になる。

「えっ!? エッダさん、答えてくださいっ」

「貴族の書状もギルド長に書いてもらわないと」

「ちょっと待ってくださいっ。私、嫌ですよ!」

「私が行くと書状を書くのを手伝う羽目になるでしょ? だから、コレットが行くべきなのよ。わかるでしょう?」

「ぜ、全然わかりませんよ! 全部エッダさんが勝手に決めたことじゃないですか!」

「ええ、そうよ」

悪びれもせず断言するエッダの姿に、コレットは恐怖する。これでもコレットは冒険者という名の荒くれ者たちを相手に成長してきたつもりである。だが、そのコレットでもエッダを前にすれば、なにもできずにいるのだ。

「それでどうして私がギルド長に叱られないといけないんですか?」

「それがコレットの役目だからよ」

「そ、そんな!?」

助けを求めようと周囲へ視線を向ければ、察しの良い職員は我先にと姿を消し、受付嬢たちは通常業務に励んでいた。先輩たちの見事なまでの処世術にコレットは絶句する。

「コレット、いい? これは冒険者ギルドにとって――――いいえ、カマーにとっても悪い話じゃないの。模擬戦を開催すれば、観戦料を名目に多くの金銭が冒険者ギルドに入ってくる。冒険者ギルドを大幅に改築して、金銭が不足しているのはあなたも理解しているでしょ? それにカマーにも多くの人が訪れて宿泊施設や商店も潤うでしょう」

冒険者ギルドの老朽化や以前ナマリが壊した箇所を修繕するだけでよかったのを、大幅に改築するよう手回ししたのは誰であろうエッダである。それを知るコレットは声を大にして抗議したかったのだが、まだまだ少女であるコレットでは海千山千を手のひらで転がすようなエッダが相手では酷な話であろう。

だから、コレットにできることといえば。

「ぜ、善処します」

「助かるわ」

「ま、待ってください。エッダさん、どこに行くんですか!?」

「根回しよ」

コレットにウインクすると、エッダは颯爽と逃げていくのであった。