軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第383話:大丈夫だから

「うぎぎっ…………」

まだ体内で燻る黒い炎の痛みに耐えながら、セイテンは己が 眼(まなこ) でユウとアリヨ――――二人の強者が繰り広げる刹那の攻防をつぶさに見届ける。

(あれで殺せるとは思っていなかったけど、まさかぶった斬って無傷でやり過ごすとはな)

煌焔龍(こうえんりゅう) の放った黒い炎に飲み込まれたはずのユウは、天高くより眼下に見下ろしていた。

種明かしすれば単純なもので、事前に時空魔法で自身の周囲を筒状に空間を遮断して覆っていたのだ。ただし、頭上は抜け出せるように穴を開けていた。

黒い炎に包まれて身体が隠されると同時に跳躍し、さらに固有スキル『疾空無尽』で空に向かって駆けていく。

(行くか)

『疾空無尽』を解除したユウの身体が地上に向かって落下していく。

さらに『闘技』すら解除し、自然落下に任せて落ちていくユウの速度が上昇し始める。

「上か――――っ」

アリヨが気づくと同時にユウは『疾空無尽』『闘技』を全開にして、宙を全速力で駆け降りながら剣技LV9『天墜』を発動――――対するアリヨも刀技LV5『無斬』を発動。

黒竜・燭の刃と童子切安綱の刃が交わる。

(叩き折ってやる!!)

いかに等級の高い武器とはいえ、童子切安綱は刀である。黒竜・燭――――大剣と比べれば刃の厚さ・重量は比べるまでもない。そこに高所より全体重を乗せて放つ『天墜』を真正面から打ち合えば――――勝ったとまで思わぬまでも、ユウは勝機を見出す。

しかも、刃と刃が接触した衝撃を利用して、ユウは自身の眼から噴き出した血をアリヨへ飛ばす。

礫と化した血がアリヨの眼球に当たるも、恐るべきことにアリヨは眼を閉じるどころか微動だにせず刀を振り上げる。

わずかな抵抗のあと、童子切安綱の刃が黒竜・燭の刃を侵食していく。刀技『無斬』は時空魔法第1位階『断空』を刀で再現する技――――空間を斬る斬撃は、黒竜の角を素材に鍛え上げた刃を苦も無く叩き折る――――否、斬り裂いたのだ。

「見事だ」

刹那のやり取り。だが、その声を、言葉を、ユウの耳は確かに聞いたのだ。

「私に刀を抜かせたこと、また刀技を使用させたこと、誠に見事だ」

称賛の言葉を口にしたアリヨは宙に舞う黒い刀身を視界に収めると、仕方がなかったとはいえ「勿体ないことをした」と心中で呟く。ユウの放った一撃はそれほどのものであったのだ。手を抜けば、アリヨ自身がタダでは済まぬほどに。

「――――っ」

瞬間、アリヨの全身の毛が怖気立つ。

視線を上から下に向けると、そこには刀を振り上げ無防備となったアリヨの右脇腹に、折られた黒竜・燭の柄から手を放したユウが両掌を構える姿を捉える。両掌の中には小さな火の玉があり、それを優しく包み込むように手が覆っていた。

「不味いっ」と、アリヨの直感が訴えかける。

アリヨは魔法に関して博識というわけではない。基本的な魔法ならともかく、多くの後衛は自分なりの工夫を凝らして魔法を運用しており、術者オリジナルの魔法を含めれば何千何万という種類の魔法が存在するのだ。

小さな火の玉であるが、その見た目にアリヨは騙されない。尋常ではない高密度の魔力が込められているのを見抜く。これほどの魔力を込めた魔法だ、この距離で放てばユウ自身もタダでは済まない。

だが、この少年なら躊躇なく放つという謎の信頼感がアリヨにはある。

(殺った)

すでに両掌打を放っているユウは、完璧にアリヨの油断を、隙を突いたと確信する。

たかが敵の剣を折ったくらいで勝負が決まったなどと、甘すぎると。ここから躱すのは間に合わない。いや、なにをしようと最悪でも相打ちにもっていけると――――一瞬、ユウの視界に刀が目に入る。

苦し紛れの抵抗か、とユウは複数起動させている思考の一つが考える。「無駄だ」と、そもそも落下する刀はユウの進路上ではない。

ユウのオリジナル魔法『 蜀紅蓮(しょっこうれん) 』が炸裂したかとおもったそのとき――――

「なっ」

痛みよりも驚きの声がユウの口から漏れ出る。

ユウの左手首が陥没していた。

両掌打がアリヨの右脇腹で炸裂かと思われた瞬間、刀では間に合わないと判断したアリヨは刀を手放し、回転肘打ちを放ったのだ。

そのため、ユウの両掌の間にあった『 蜀紅蓮(しょっこうれん) 』はあらぬ方向へ飛び去り、ユウの意図せぬタイミングで爆発する。

「うぎっ!?」

「動かないでっ」

遠く離れた場所で爆発したにもかかわらず、爆風がアーゼロッテとセイテンを吹き飛ばそうとする。

『結界』でセイテンを覆うアーゼロッテは爆風をやり過ごしながら回復魔法を施すも、セイテンの炭化した半身は遅々として治らない。

「なんなのこれ」

「あのガキはどうなった!」

「それどころじゃないでしょ」

周囲を確認するセイテンの目には、巨大なクレーターを大地に穿ち、天高くまで届かんばかりの爆炎が映る。

「ちょっと! 動かないでって言――――」

「いやがった!!」

爆風の中でユウとアリヨはやり合っていた。

「無駄だ」

ユウの放つ拳打や蹴りを捌きながら、アリヨは諭すように告げる。

「はあっ!!」

雷を纏わせた蹴りをユウが放つ。その蹴りを受けずにアリヨは流れるように躱す。

「あの子、まだわかんないのかな? 勝てるわけないのにバカみたーい」

「黙ってろ!」

「えー。なんでアーゼが怒られるの」

なぜか苛ついて、セイテンは大きな声を出してしまう。

「あのガキ……諦めてねえ」

あれだけの力量差を見せつけられて、少しも闘志が落ちていないユウの姿にセイテンは自然と胸が熱くなる。

「剣ではなく徒手空拳であれば私に勝てると思っているのなら、それは大きな間違いだぞ」

受けの姿勢から一転、アリヨが攻勢に出る。

一見、速いようにはみえない。なんならユウのほうが激しく動いているのに、アリヨの拳が次々とユウの身体を捉える。

パッシブスキル『高速再生』、固有スキル『再生』、二種類の再生スキルを持つユウでも抗えないほど、見る間に体内外へダメージが蓄積していく。

「ちょ、待――――」

左手を貫手に変えたアリヨを見て、セイテンが慌てる。

(心配するな。この程度で死ぬような者ではない)

セイテンの動揺に気づいたアリヨが心中で呟く。

放たれた貫手――――獣人拳LV2『 捥掴(わんかく) 』は貫手により敵体内に潜らせたのちに拳を握る。そこから対象の臓器や重要器官を引き抜く荒業なのだが。

「なっ」

間抜けな声が――――アリヨの口から出る。

貫手が、ユウの右胸を 貫いて(・・・) いたのだ。

「おおっ」

興奮からセイテンの全身の毛が逆立つ。

アリヨが目測を誤ったわけではない。ユウが 前に(・・) 出たのだ。

「ごほっ……」

右肺を貫かれたユウの口から血が吹き出す。呼吸音も片肺を潰された影響でおかしい。それでもアリヨを逃さないとばかりに左肘を掴む。そして――――全力でへし折りにかかる。

「十分に超越者を名乗るに相応しい力量がある」

信じられないことに全力で腕をへし折りにかかるユウの膂力を、アリヨは悠然と受け止める。

「誇るがいい」

時が止まったかのようなスローモーションの世界で、アリヨはゆっくりと構える。

ユウの顔面にアリヨの掌打が、獣人拳LV7『獣掌血塵』が打ち込まれる。

衝撃でユウの身体が吹き飛ぶのだが、それに抗うユウはアリヨの腕を掴む。だが、その抵抗もやがて終りを迎える。指が離れ、目、鼻、口、耳から血を吹き出しながら、ユウは地面の上を転がっていく。

「っ……こひゅっ…………ひゅっ……」

地面に手をついて、ユウは体勢を立て直す。

視界が、真っ赤に染まっていた。

(余計なことを考えるな、全てを捨てろ)

目の前の敵を殺すことだけにユウは集中する。

「異常だよ、あの子」

勝ち目などないのにと、アーゼロッテは気持ちの悪いモノでも見るかのような視線を向ける。

逆にセイテンは憐れみや 判官贔屓(ほうがんびいき) の感情が生まれ、密かにユウを応援し始めていた。

「さすがは第一死徒の 抑止力(・・・) ってわけだ」

無意識にユウを応援すれど、アリヨの力量を知っているセイテンは残念そうに呟く。

「なぜわからぬ」

「がふっ」

拳打を顔に受けたユウがのけ反り、口内から砕けた歯が飛び散る。

「ひゅっ!!」

血と唾が混じった礫をユウは放つ。

それに対してアリヨは躱しもせずに礫を額で受ける。礫には歯が混じっていたのだが、それでもアリヨはわずかな動揺も見せずに攻撃を繰り出す。

ユウも一方的にやられていたわけではない。武技や魔法を中心に超高等技術を織り交ぜた攻撃を放っているのだ。だが、その悉くをアリヨはいとも容易く防ぐのだ。

(勝てる)

数百に及ぶ拳打や蹴りを受けながら、ユウは思考する。

(昔の俺に戻れ)

どういうわけか敵は自分を殺そうとしない。

このまま喰らいついていけば、いずれは適応できる。

なにもかもを捨て、昔の、ステラに出会う前の――――独りだった頃の自分に戻れば勝つことが。

「ユウ……」

超高速の戦闘を繰り広げるユウの視界に、ニーナが映り込む。全てを捨て去ろうとしたユウの耳が、ニーナの声を拾ってしまう。

ほんの一瞬。

それは常人ならともかく、ユウやアリヨのような超越者にとっては致命的な隙であった。

一閃。アリヨの二振り目の刀――――鬼丸国綱が煌めいた。同時にユウの眼から光が消え、両腕が宙に舞っていた。

棒立ちとなったユウの胸部へ、アリヨの蹴りが叩き込まれる。心の臓を停止しかねないほどの蹴撃を喰らい、両腕のないユウは受け身もできずに大地へ叩きつけられた。

「アリヨさんっ」

なにか納得がいかない様子で、セイテンが呼びかける。

「帰るか。アーゼも文句はないな?」

アリヨの放つ威圧に、アーゼロッテはなにも言えずに頷くことしかできない。

セイテンの筋斗雲に乗って去っていくアリヨたちを、ニーナは姿が見えなくなっても睨み続けた。

「……っ。あ、かふっ…………どこ……行き……がった!」

鬼丸国綱に宿る力なのか、それともアリヨの技量によるものなのか。眼と両腕の再生がなかなか進まないユウは、立ち上がると耳を澄まして周囲を探る。

「ユウっ」

「ニーナ、怪我はないか?」

「うん……」

なんとも申し訳なさそうな表情で、ニーナは返事する。

「あいつらは?」

「大丈夫だから」

「は?」

「私がユウのことを護ってあげるから」

「なにを――――」

そこでユウの意識は消える。

「ここは?」

目覚めたユウはベッドの上で天井を眺める。

横でもぞもぞと動く物体に目を向けると。

「……ぅぅん」

レナが静かにしてよと言わんばかりに喘ぎ声を漏らす。

「こいつっ」

許可なく人のベッドに潜り込んでいたレナの頭をユウは叩く。

次に記憶を思い出す。

「確か……」

ニーナとのやり取りを思い出すと、ユウは意識を失う前に時空魔法でネームレス王国の自室に繋げたところまでは覚えていた。そこからの記憶がないのだ。

だが、記憶がないことよりも――――

「寝てた? 俺が?」

いつ以来の安眠だろうか。

ユウは自分のことながら、信じられないと疑う。それほど『強奪』によってもたらされる頭痛はユウを 苛(さいな) み、満足に寝ることもできない日々を送らせていたのだ。

「痛みが……」

頭痛が消え去ったわけではない。鈍い痛みが頭の奥深くで蠢いている。それでも信じられないほど頭の痛みが和らいでいた。

「これはどういう…………あ?」

ユウは下腹部の不快感にズボンの中を確認する。

「なにこれっ!?」

ユウらしからぬ声を出すと、慌ててベッドから立ち上がる。そしてズボンをはき直すと、そのまま急いで部屋を出ていく。

「……うるさぃ」

寝ている横でバタバタされたレナは機嫌が悪いようで、寝惚け眼を擦りながら上半身を起こす。

「……ん?」

嗅ぎなれぬ臭いに、レナは鼻をクンクンと鳴らす。

「……変な臭い」

訝しげな表情で呟くのであった。