軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第380話:十一

周囲を一瞥した猫人の女性は、筋斗雲より地上へ軽やかに飛び降りる。

身長は170センチ後半、アンバー色の瞳に髪の毛と体毛は銀色で、ノルウェージャンフォレストキャットのように毛髪や体毛が豊富なために、境目がわからない。

服はこの世界ではあまり見かけない着物姿で、肩口をバッサリ斬り落としたかのようなデザインである。また獣人の血が濃いために靴は履いていないようで、足元は素足であった。

そして不思議なことに、獣人としての血がこれだけ濃いにもかかわらず、尻尾が見当たらない。腰や臀部のあたりが膨らんでいないことからも、着物内に収めているようでもないのだ。

「せっかくオレっちが助けてやったんだ。さっさとその無様な傷を治せや」

猫人の女性がアーゼロッテを見ていることに気づいたセイテンが、いつまでも両耳を治さないアーゼロッテへ声をかける。

「黙ってて!」

アーゼロッテは意図的に耳を治さないわけではなかった。白魔法第5位階『グレイトネスヒール』では埒が明かないと、先ほどから得意の精霊魔法――――それも水と風の精霊を複合させた超高位の回復魔法を発動させているのだが、遅々として再生が進まないのだ。

「お前が手こずるような相手には見えねえけどな」

感情的なアーゼロッテに肩を竦めるセイテンは、ジロリとニーナへ視線を向ける。と言っても、セイテンが把握しているのは、ニーナがユウの仲間であることくらいだ。

「なにをしている――――」

再び同じ言葉を猫人の女性は繰り返す。

「―――― 身内同士(・・・・) で争うなど、教主が許さない」

続く言葉に、アーゼロッテとセイテンの眼が見開く。

「身内……? この女がっ!? アリヨさん、そりゃ本当の話なのか?」

「なぜ私がセイテンに嘘をつかねばならない」

「うっ……そりゃそうだけどよ」

気まずそうにセイテンが頭をかく。

猫人の女性は、 東の獣王(・・・・) を父に持つセイテンが気を使うほどの相手であった。

「じゃあ、このお嬢ちゃんはイモータリッティー教団の信徒だってことなのか?」

「いや、この者は影徒だ」

「初めて聞く言葉だな」

イモータリッティー教団で死徒として活動するセイテンですら、初めて聞く名称であった。

それに影徒なる者が死徒――――それも第四死徒アーゼロッテと渡り合うほどの存在が、そこら辺にいるなど 俄(にわか) には信じ難いのだ。

「死徒が表舞台で戦う者なら、影徒は裏で影働きをする者だ。その中でもこの者は最古参の影徒二十七番――――名は確かニナであったか」

死徒三名を前にしてもニーナは死を恐れていない――――否、自分が死ぬなどと微塵も思っていないのだ。

それどころか。

(アリヨが現れるなんて……)

この場で仕掛けるべきか、ニーナは悩むのだが。

(二人ならともかく、三人同時は……一人は逃げられる可能性がある)

恐るべきことに、この状況でニーナは負けることではなく。死徒三人を相手にすれば、一人は逃げられる可能性を危惧していたのだ。

「私は降りかかる火の粉を払っただけ」

「火の粉? 危険を火の粉に例えるとは言い得て妙だな」

「それに私の名前はニナじゃなくニーナ」

「ん? そうだったか。それは失礼した」

ニーナの言葉に感心しながら、アリヨはアーゼロッテの前へ移動する。

「アーゼ、身勝手な振る舞いで教団に迷惑をかけるな」

静かな威圧であった。

「私の言っている言葉は理解できるな」

重厚でとても戦いに身を置く者が放っているとは思えない静謐さすらある。

「…………わかった。ごめんなさい」

だが、決して抗えない。そんな威圧であった。

メリットを相手にしてすら立ち向かったアーゼロッテが、目を合わすことすらできずに折れる。

それが第二死徒アリヨであった。

「用が済んだのなら、早く消えてくれないかな」

ニーナの辛辣な言葉に、アーゼロッテは顔を上げて睨みつける。隣にいるセイテンもおもしろくないのか、眉間にわずかだが皺を寄せた。

「ここであなたたちと会話しているのを、誰かに聞かれるどころか見られるだけで、これまで費やしてきた時間も、お金も、なにもかもが無駄になるの。それとも全てを説明しないと理解できない?」

「このっ」

セイテンが威嚇するように全身の毛を逆立てる。

「そもそもなんでイモータリッティー教団に人族がいるんだっ」

「教団の教義も知らないなんて、それでよく死徒が務まるね」

「あ゛っ? お嬢ちゃん、言葉には気をつけろよ。オレっちがいくら寛大とはいえ、我慢にも限界があるんだぜ」

膨大な殺気がセイテンを中心に発生し、そのままニーナに叩きつけられる。だが、ニーナは何事もなかったかのように佇む。

目は口ほどに物を言う。

ニーナの目が語っていたのだ。お前ら亜人は馬鹿ばかりだと。

「殺すっ!!」

全身の筋肉が膨張し、セイテンは如意棒へ手を伸ばす。馬鹿がまんまと挑発に乗ってきたと、ニーナはこれを機に死徒を一人削ろうとする。

だが――――

「よせ」

ニーナとセイテン、二人の喉元に刀の切っ先が突きつけられる。

「私は身内同士で争うなと言ったはずだ」

いつの間に――――と、セイテンが焦ることはなかった。第二死徒アリヨであれば、この程度のことは造作もないことだからだ。

問題は――――

(この女っ)

セイテンですらアリヨに声をかけられるまで気づくことができなかったのに、ニーナは 白竜光牙(はくりゅうこうが) で防いでいたのだ。

(オレっちでも気づけなかった攻撃をっ)

得体の知れない存在を前にしたかのように、セイテンの身体が緊張で強張っていく。

「お前――――」

声をかけたそのとき、ニーナは大きく後ろへ飛び退く。

アーゼロッテとセイテンが訝しげな顔をする。

「来るぞ」

アリヨの言葉に「なにが?」とは二人共、尋ねることはなかった。なぜなら、すぐにガラスのヒビが入るような音が響き、空間に亀裂が走るのが見えたからである。

「『時空魔法』……あのガキかっ」

面倒なことになると、ため息をつくセイテンとは裏腹に、ニーナは複雑な心境であった。

「ニーナ、無事か?」

背後から聞こえてくるユウの声は、自身を心配するものだ。どこまで見られていたのか。どこまで聞かれていたのか。そんな不安も吹き飛ぶような、嬉しくもあり、悲しくもあり、急いでニーナという名の仮面を被り振り返る。

「ユウ……」

よほど慌てて来たのだろう。

ユウは剣こそ手にしているものの、飛行帽もウッズが常につけるようにと言っていたゴーグルもつけずに、鎧も纏っていない。

自分のために急いで来たのだ、と。ニーナの口角が自然と上がっていく――――ことはなかった。

ユウに見られまいとしていた左耳の傷すら隠さずに、ニーナは呆然と立ち尽くす。

ユウの眼が――――ユウの眼が真っ赤に染まっていたからだ。

最悪のタイミングで『強奪』の副作用が、それも過去最高の症状の重さであった。

「その……耳」

震える指先で、ユウはニーナの左耳があった場所を指す。

「こいつらにやられたのか?」

ユウの顔には余裕がない。

普段の痩せ我慢すらできない状態なのだろう。顔には玉のような汗が浮かび上がる端から流れ落ちている。

「この少年は?」

警戒を顕にするアーゼロッテとセイテンをよそに、アリヨは突如現れたユウを物珍しそうに眺める。

「例の――――ジャーダルクのクソ共が――――贄の――――――――予定は――――」

「この少年が、異世界召喚された者か」

セイテンからの説明を聞きながら、アリヨは納得がいったのか頷く。

「少年、あまり女性の顔を凝視するものではない」

アリヨの頬に、わずかに朱が差す。

「ありゃアリヨさんのステータスを見てるんだろ。『異界の魔眼』を持っているのは説明したよな? しっかりしてくれよ。オレっち、心配になってきたぜ」

呆れ果てるセイテンを前に、アリヨはスンッ、と表情を引き締める。

「セイテンを試したのだ」

「なんであんたより詳しい俺を試す必要があるんだよ」

気遣いの欠片もないセイテンの言葉に、アリヨは無表情になる。

「猫人流の冗談だ」

「ぜんっぜん、笑えねえ冗談だな」

さらに辛辣な言葉に、アリヨは少しだけ悲しそうな顔になる。

「それよりあれをなんとかしてもらえないか? オレっちじゃ殺し合いになっちまう。あんたなら、殺さずにあしらうことができるよな?」

セイテンの視線の先では、隠す気もない殺気を立ち上らせながら、ユウがこちらを睨んでいた。

「さながら手負いの龍と言ったところか。手を抜けば、私とてタダでは済まん相手だな」

淡々と戦力分析をするアリヨの言葉に、セイテンは驚きを隠せない。

「うききっ。冗談、だよな? 天地がひっくり返ってもあんたが負けるとは思えないが、まさか本気にならないと勝てないような相手じゃないだろ」

どれほどアリヨが強いのかを知っているセイテンが、アリヨの言葉を軽く笑いながら否定するのだが。

「それほどの相手だな」

「あんたに『解析』のスキルはないだろっ」

「『解析』だと。常日頃、戦場に身を置くお前がそんなモノを当てにするのか? 戦いとは数値の多寡で計り知れるような甘いものではない。

先ほどから、私の直感が訴えかけているのだ。あの少年を前に気を抜くな、とな」

アリヨがユウを只者ではないと警戒するように、ユウのほうでもアリヨを前に仕掛けることができずにいた。

「ユウっ」

「俺の後ろにいろ」

ニーナを見もせず、手で後ろに行くよう指示を出す。振り向く余裕が――――そんなわずかな隙すら見せていい相手ではなかったのだ。

(この女っ…………レベル102)

覇王ドリムに続いて、三人目のレベル100超えであった。

(くそっ、この女)

ユウは頭痛に耐えながら困惑する。

レベル100超えはいい。アーゼロッテやセイテンの反応から、猫人の女は格上――――おそらくは第二死徒『禍々しきアリヨ』なのだろう。それならばレベル100超えもあり得る話だからだ、と。

しかし、それらを踏まえても納得できないのが。

(ジョブが…………十一っ。そんなことがあり得るのかっ!?)

人種はレベル1で最初のジョブに就くことができ、それ以降はレベル20毎に二つ目、三つ目と就くことのできるジョブ数が増えていくのが、ユウの知っているこの世界のルールであった。

レベル102ならば、就くことができるジョブの数は六つでなくてはいけない。ドリムのように意図的にジョブ数を絞っているのなら、まだユウも納得できただろう。だが、目の前のアリヨは多いのだ。

(『獣戦士』『獣拳士』『獸戰士』『獸搼士』『剣豪』『 剣舞士(ソードダンサー) 』『ドミネーション』『剣鬼』『魔導剣士』『 剣剴士(けんがいし) 』『孤獣星天』――――何回、数えても間違いなく十一ある)

しかもアリヨが就いているジョブの中には、ユウですら把握していないジョブまである。それゆえに、ユウは今すぐにでも仕掛けたい衝動を抑えつけなければいけなかった。

(冷静になれっ。相手は……っ……ぃ)

しかし、冷静になろうとすればするほど、脈打つように激しい頭痛がユウを襲う。

(落ち着け……たぃっ…………相手の武器は……剣……違う! 刀だ。刀の等級は1級……いたいっ…………童子切安綱に鬼丸国綱っ……なんで刀がこの世界に……痛いっ………………くそっ……クソッ!!)

普段のユウからは考えられないほど思考が乱れる。

焼け火箸で眼球を抉られ、そのまま脳内をかき混ぜるような痛みが絶え間なく続くのだ。この状態で冷静になれというほうが無理というものだろう。

「お前たちは下がっていろ。私が相手する」

戦う前から消耗しているユウをよそに、アリヨはアーゼロッテとセイテンを下がらせ自らは前に出る。

「私はイモータリッティー教団第二死徒アリヨだ」

その名乗りは死刑宣告のようにも聞こえるのだった。