軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第377話:やっちゃった

「なにをしておる! 早く引き出さんかっ!!」

老齢のオークが叱責する。

「ぶひっ!!」

「ふんっ! ぶぎぎっ!!」

「ぜぇはぁっ、ぜぇはぁっ!!」

優に体重200キロを超えるオークたちがユウの腰や腕に組みついて、鼻息を荒く、顔を真っ赤にしてユウを部屋から引き出そうとするのだが、ピクリとも動かない。

「なにか様子がおかしいぞ」

「どうした?」

ドリムの配下たちがどよめく。

「ちっ、なにをやってやがる。あんまりごねるようなら、まとめて――――」

「バカッ。それができないから、こんな面倒な真似をしてるんだろうがっ」

ユウと対面しているコボルトや背後からしがみつくオークたちが、いつまで経ってもユウをあしらうことができないことに、ドリムの配下たちは苛立っていく。

「……ユウ」

「ご主人様」

レナとマリファが呟いたときだった。背筋も凍るような殺気の 余波(・・) が、ドリムの配下たちに浴びせられる。

同時に――――

「は?」

コボルトがマヌケな声を漏らす。

宙に200キロを超える肉塊が舞っていたのだ。

それはユウの右腕に組みついていたオークである。なにが起こったのか理解できない皆が唖然とする中、コボルトの左頬をユウの右拳が打ち抜いた。

拳打を放つ動作でオークは吹き飛ばされたのだ。よく見れば、ユウの左腕や腰などに組みついていたオークも絨毯の上を転がっているではないか。

「ごっぎゃ……っ!?」

凄まじい打撃音とともに、コボルトの砕け散った歯が飛び散る。

「ぎ……ぎざまっ……なん、の真似、だ?」

コボルトとはゴブリンと並ぶほど小さな魔物である。犬のような頭部を持つ人型の魔物で、大きさは70~100センチほどなのだ。その体躯でユウの拳を受けて倒れないのは、異様な耐久力と言えるだろう。

「笑えよ」

「な、にを?」

先ほどまでの愛想笑いが嘘かのように血走った眼で睨みつけるコボルトに向かって、ユウは話しかける。

「戯れだろ? さっきみたいにヘラヘラ笑って愛嬌を振りまけよ」

一瞬にして頭が沸騰したかのように、脳内が真っ赤に染まったコボルトの右掌に魔力が集う。

だが――――

「遅い」

「ぎゃっ」

――――その魔法が発動することはなかった。

それよりも速く、ユウがコボルトの頭部を両手で掴み、左膝を叩き込んだのだ。

一発目、二発目あたりはまだ反撃しようと藻掻いていたのだが、三発目の膝蹴りを喰らうと完全に意識を失ったようで、打撃音だけが室内に響く。

「なにが戯れだ」

ふざけるなと言わんばかりに呟くと、ユウはコボルトを放り捨てる。

「人族がっ! 調子に乗るなよっ!!」

「待てっ!! 人族には手を出すのはまず――――」

制止する仲間を振り払って飛び出してきた赤い肌のオーガが、コボルトの仕返しとばかりにユウの左頬を殴りつける。

だが――――

(う、打ち抜けねえっ!?)

オーガの巨大な拳がユウの頬で受け止められていた。

息を呑む音が野次馬たちから聞こえる。それもそうだろう。両者の体格差は比較するのも馬鹿らしいほどだ。それも不意打ち気味に拳打を喰らって耐えるなど。

「痛えな」

ミシミシと骨と歯が軋む音を鳴らしながら、ユウは左手をオーガの右肘あたりに置く。

(力尽くで俺の腕を折るつもりか? バカが! この俺と力勝負を――――)

不敵な笑みを浮かべるオーガであったが、次の瞬間に驚愕する。

小規模な爆発がオーガの右肘で起こったのだ。爆発系の魔法を使用したのはわかる。わからないのは――――

「があああっ!?」

大した爆発ではなかったはずにもかかわらず、オーガの右肘から先が吹き飛んでいたのだ。筋繊維か、それとも皮膚なのか。細長い紐状のものが辛うじて右肘より先の部位と繋がって垂れ下がっていた。

「……おぉ」

感心したように、レナが声を漏らす。

「なにが起こったのか教えてください」

周囲にいるドリムの配下たちと同様に、なにが起きたのか理解できないマリファが、レナへ説明を求める。

「……あの爆発は体外ではなく体内で起こったもの」

「体内で?」

「……そう。だから小規模な爆発なのに、オーガの強靭な肉体にあれほどのダメージを与えることができた」

「そのようなことが可能なのですか?」

「……私も驚いている」

オーガは強靭な肉体も脅威であるのだが、魔法耐性も有している。それが高位のオーガなら、当然それだけ魔法耐性も高くなるのだ。そのオーガを相手にして外部から干渉して内部で魔法を発動するなど、レナの考えからは常識外れのことであった。

「オドノ様、やっちゃえ!!」

ナマリとモモがユウを応援すると、それを見たドリムの配下たちは一気に興奮する。

「なにをやってやがる!! さっさとぶっ殺せ!!」

「人族の、それもガキを相手に情けねえ姿を晒すんじゃねえっ!!」

「それでもオーガか!」

「殺せ! 殺せえ!!」

「ビビってんなら俺が代わりに殺ってやるぞっ!」

これまでの外面をかなぐり捨てて、罵倒や煽り言葉が室内を飛び交う。

「降参するか?」

「だ、誰が! 腕の一本取ったくれえで勝った気になってんじゃねえぞっ!」

グチャグチャに千切れていたオーガの右腕が、見る間に再生して元通りとなる。

「おう! このとお――――ごばぁっ」

得意げに元通りになった右腕を見せつけるように掲げるオーガの顎に、ユウの飛び回し後ろ蹴りが炸裂する。

涙目になって砕けた顎を押さえるオーガの身体がくの字になる。

「雑魚が」

そこでオーガの意識は途切れる。

ユウの放った拳打がこめかみに打ち込まれたのだ。

「情けねえ!! 次は俺が相手になってやる!!」

黒色のオークが威勢よく、ユウへ突っかかってくる。その突進をユウは真正面から受け止めた。

「次は黒豚か」

「誰が豚だ!!」

250キロの肉塊が、ユウを押し潰そうとするのだが、潰すどころか後退させることもできずに、オークは鼻息荒く「ブヒブヒッ」と声を荒らげる。仲間たちから不甲斐ないと罵られる度に全身に力を込めるのだが、ユウは涼しい顔をしているのだから堪ったものではない。

「歯を食いしばれよ」

「なにを――――ぶひっ!?」

オークの脇腹にユウの指が喰い込み、皮膚を突き破り肉まで抉る。その状態でユウが放ったのは、相撲の上手投げだ。

250キロが宙に舞い、そのまま勢いを殺さずに頭部からユウは落とす。投げ技と自身の体重によって、オークの首にかかった負荷は計り知れないだろう。そのまま脳震盪を起こし、オークは伸びてしまう。

「待て待て! そんな雑魚に勝ったくらいじゃ、俺は認めねえぞ!」

「おうおうおう! お前じゃ力不足だ! 俺が代わりに――――」

「なにを抜かしやがる! お前らが出しゃばる場面じゃねえんだよ!」

「劣等種族が引っ込んでやがれ! オーガの俺が――――」

「そのオーガが最初に負けてるだろうが!!」

「うるせえっ!!」

次々にドリムの配下が名乗りを上げ、ユウへ挑んでくる。

(こいつらが、人族に負けた理由がよくわかる)

おかしなことに、彼らは数の暴力を使わずに単独でユウへ挑んでくるのだ。負ければ次の者がといったふうに、複数でユウを囲んで私刑にするようなことがない。

さらに彼らはユウに合わせるように素手で向かってくるのだ。多少の魔法は使えど、広範囲に被害を及ぼすような魔法を使用することはなかった。

「……私がやりたかった」

ドリムの配下を次々と殴り倒しているユウを見て、レナは羨ましそうに呟く。

「今からでも、ご主人様に加勢するべきでしょうか」

「やめておけ。マスターに任せておけば、上手くいくのだ」

「ラスはビビってたくせに~」

ずっと口数の少なかったラスを、ナマリがからかう。

「ビビってなどいない」

「ホントに?」

「我はずっと、どのように立ち回るかを悩んでいただけだ」

「モモはどう思う?」

問われるモモは困ったように首を傾げるだけである。モモにわかったことは、この場で自身のランクアップする機会はなくなったということであった。

「ご、ごのっ……」

「しつけえよ」

腰にしがみつくオークの頭部へ、ユウの肘が落とされる。

単独で挑んでくる限り、ユウは負けることはないと判断するのだが、ユウ自身も無傷とはいかなかった。腐ってもドリムの配下である。ユウの身体にはダメージが徐々に蓄積されていたのだ。

「次は俺の出番か?」

青いオーガ――――クロを嬲っていたオーガの前まで、ユウは足を進める。

だが、不敵な笑みを浮かべるオーガを無視して、ユウはクロの前まで進む。

「おい」

「はっ」

満身創痍のクロが、ユウの前で跪く。

「俺が帰ってくるまでに、 青いオーガ(こいつ) を殺しとけ」

「誰が誰を殺すって?」

青筋を浮かべたオーガが殺気立つ。

「で、俺の相手をせずに、お前はどこへ行くつもりなんだ? あ゛あ゛? 答えろや!!」

「どこへ? 決まってるだろ。ドリムのところだ」

「なっ!?」

青いオーガのみならず、ドリム配下たちは正気に戻ったかのように血の気が引いていく。

「ドリムの言ったもてなしが、こんな舐めた真似だったんだ。責任は取ってもらわないとな」

狼狽えたのはドリムの配下だけでなく、もう一人。

(やはりこうなるのか)

ラスが骨の手を握り締める。

「退けよ」

ドリムの配下たちが、ユウの行く手を塞いでいた。

傷ついた者も、無傷の者も、ユウに睨まれても道を譲る者は誰一人いない。

(面倒くさいな)

全員を殺してでもユウはドリムのもとへ向かうつもりであった。だが、ふとあることに気づく。

(…………ニーナは?)

まさかと思い。室内を焦った様子でユウは見渡すのだが、やはりニーナの姿はない。

(落ち着け。もしニーナが殺られていれば、レナたちがあんなに平然としているはずがない)

まずいと思いながらも、ユウは確認しないわけにはいかなかった。

「ニーナはどこだ」

全員が虚を衝かれたかのように、顔を呆けさせていた。

レナたちですら、いま思い出したかのように「……いない?」「ニーナさん、いつの間に」と、困惑している。

「ニーナはどこだ!」

近くにいたゴブリンの胸元を掴み、ユウが持ち上げるも。

「し、知らない」

「死にたいのか?」

これまで大規模な魔法を使用しなかったユウの周りに、高密度の魔力がいくつも展開されていく。

このような狭い室内で使用するつもりなのだ。大規模な――――それも戦術級の魔法を。

ドリムの配下たちの誰もが黙って見ているわけにはいかないと、同じく武器や魔法を解禁しようしたそのとき――――

「慌てるでない」

凛とした声が響く。

声の主を前に、ドリムの配下たちが左右へ割れるように下がっていく。その姿を前に――――己の仕える主を前に、ドリムの配下たちは流れるように跪いた。

「お主の捜しておる者なら、ほれ。ここにおるわ」

ドリムの斜め後ろで、ニーナが困ったような顔でこちらを窺っていた。

「ごめんね。おトイレを探してたら迷っちゃった」

ユウはニーナに怪我がないかを探るように凝視する。 傷一つ(・・・) ないことを確認すると。

「そうか。それならいい」

ここで話が終われば、万々歳であるのだが。

「なら、ここからは俺の好きにさせてもらう」

左右に割れたドリムの配下たちの真ん中をユウは進んでいく。まるで無人の野を行く如しである。

「落ち着かぬか」

「落ち着けだ? お前がそれを言うか」

「ふむ。どうやら妾の言葉を理解せぬ愚か者がおったようじゃな」

ドリムが配下を一瞥すると。

「覇王様、お待ちく――――」

最後まで言葉を紡ぐことすらできずに、部屋にいたドリムの配下たちがことごとく挽き肉と化す。その中には争いに加担しなかったゴールとシルンの姿まであった。

「これで許せ。このような者たちでも、妾に仕える可愛い奴らよ」

強い血の匂いに、モモがナマリの帽子の中へ引っ込んでしまう。嗅覚の強いコロやランも、うんざりした様子である。

変わっているのは同時にこれほどの強者を挽き肉にしたドリムの重力魔法に、興味津々なレナくらいのものである。

「このあとは宴と考えておったのじゃが」

「馬鹿じゃねえの」

辛辣なユウの言葉を受けても、ドリムは余裕の表情を崩さない。

「帰るのかえ?」

「当たり前だろうが。用件は終わったんだ」

「次はいつ来るのじゃ?」

こいつ正気かといったように、ユウは驚いた様子でドリムの顔を凝視する。

「二度と来るかっ」

「くくくっ、いいや。お主は来るよ、妾に会いにの」

口元を手で隠しながらドリムは笑う。このような惨状で出すような笑い声ではないのだが、ドリムからすれば大したことではないのかもしれない。

「お主もサクラを気にかけておるようじゃが、心配するでない」

帰ろうとするユウたち――――ユウの背に向けてドリムは語りかける。

「サクラは妾が助けるでな」

サクラ・シノミヤのことを知る者がいれば失笑しそうなものだが、ドリムの顔は大真面目そのものである。だから、ユウは笑うことはなかった。なにかしら言いたげに口を数度パクパクさせたあとに、ユウは言葉を口にする。

「サクラの境遇には同情するが、俺からしてもサクラはやりすぎた」

そういうと、ユウは時空魔法で創り出した門を潜っていく。

「そのようなこと百も承知じゃ」

時空門が閉じた空間に向かって、ドリムは呟くのであった。

アガフォンたちの帰郷に併せて、今日はユウたちもネームレス王国で過ごすことになったのだが。

「本当にいいのか?」

「うん」

都市カマー近郊にある屋敷の前で、ユウは再度ニーナに確認する。

「ちょっとやりたいことがあるんだ」

ニーナは「ごめんね」と謝る。

「今日じゃないとダメなのか?」

元気のないニーナの様子が気にかかるのか。ユウは先ほどから同じやり取りを何度も繰り返している。

困った顔で返答しないニーナに、ユウは根負けしたのか。

「わかった」

「ユウ」

時空門の彼方へ消えようとするユウの背に向かって、ニーナは不意に声をかける。

「頭が痛いの?」

答えがわかっている質問。それでも否定してほしかった。

「ああ、痛いよ」

ユウは素直に認めた。

「いつから?」

ユウの顔を直視できずに、ニーナは俯いたまま問いかける。

「いつからって……そうだな。ゴーリアって覚えてるか?」

「覚えてるよ」

今でも鮮明に覚えている出来事であった。

「あの頃くらいかな」

「そう……そうなんだ」

そんな前から……と、ニーナは心の中で呟いた。

「痛いっていっても大したことのない痛みだ。ちょっとした片頭痛みたいなもんで、今はそんなに痛くないからもう少しすれば治るだろ」

ニーナは俯いたまま顔をくしゃくしゃに歪める。

そんなニーナの心情を知ってか知らずか。仕方がない奴だなと、ユウは時空門の向こう側へ消えていく。

時空門が消えても、しばらくニーナはその場で立ち止まっていた。

やがて、ニーナは歩き出す。目的地などない。ただ、独りで歩きたいだけだ。

(誰よりもユウの苦しみを、痛みを知っていると思っていた)

街道ではなく平原をニーナは漠然と歩く。

(あんな痛み……いつまでも耐えられるはずがない)

時間が……ユウに残された時間は想像よりも少ないと、ニーナは焦る。

(十年……ううん。もっと短い。急がないと…………ユウが)

どうすれば良いのかと、ニーナは選択を迫られる。

(ユウを――――。それとも――――)

「み~っけ!」

脳天気な声が頭上から聞こえてきた。

ニーナが見上げれば、そこには空に浮かぶエルフの少女が――――イモータリッティー教団第四死徒アーゼロッテの姿があった。