作品タイトル不明
第374話:隔離組
ユウとドリムが密談している一方、レナたちは隔離するように別室へと案内されていた。
「おぉ……広いんだぞ」
「……王族の部屋みたい」
レナたちが通された部屋は百人でも窮屈さを感じさせないほど広く、天井も高かった。またシャンデリアにテーブルや椅子などの家具も、説明されるまでもなくアンティーク家具として歴史的価値や希少性があるのを嫌でもわからされる品々であった。
「……あのソファーとか、特に高そう」
気を利かせて、家具好きのマリファに話しかけるのだが、残念ながら反応がない。
小さなため息をつきながら、それも仕方がないことかとレナは周囲を一瞥しながら思案する。
さり気なく室内の壁に触った際に、材質はわからないものの非常に硬く重厚な印象を受けていた。
また壁には魔法処理が施されており、物理と魔法に対して耐性があることも理解する。
さらにこの部屋には窓が一つもなく、周囲に控える使用人たちは客人をもてなすためというよりも、レナたちを逃さないための看守のようにも見受けられた。
「……少し冷静になったほうがいい」
「言われなくてもわかっています」
ユウが――――正確にはドリムが消えてから、ドリムの配下からコロやランに対する挑発が露骨に増したのだ。
また明らかにレナたちを蔑む視線を隠しきれて――――いや、隠そうともしていないのだ。それゆえに、マリファは先ほどからピリピリしている。
「不快な視線には思うところがありますが、せっかくですからこの時間を有効活用しましょう」
「……短慮を起こさず、姉として誇らしい」
普段なら腹立たしいレナの言葉も、今は逆にありがたく思うほど、今のマリファは感情が乱れていた。
「レナは異世界人という名称について、なにか知っていますか?」
ドリムがユウのことを異世界人と呼び、ユウ自身もそのことを否定しなかった。
ユウに仕える自分が知らないことを、なぜ遠く離れた地にいるドリムが知っているのか。異世界人とはどのような者を指す言葉なのかを、マリファは知りたかったのだ。
「……イセカイジン? わからない」
思わず舌打ちをしたくなるマリファであったのだが、それを堪えて次の質問に移る。
「サクラという名に心当たりはありますか?」
「……おそらく『黒の聖女』のこと。子供の頃に絵本を読み聞かされたことがある。ユウが子供たちに話していたから、マリファもその名は知っているはず」
ネームレス王国でユウが子供たちを相手に、昔話をしていたのはマリファも知っている。その話の中でサクラと呼ばれる黒の聖女が登場したことも。
同じ物語であるにもかかわらず、人族側が語る内容とユウが話す内容に大きな違いがあることも。
「……『黒の聖女』の物語は人族側とユウとで大きな違いがある。多分――――」
余程、酷い顔をしていたのだろう。
レナが気遣うようにマリファへ話しかける。
「わかりました」
しかし、その気遣いは今のマリファにとって無用なものであった。ユウのことをなにも知らない。なんなら潜在的な敵であるドリムのほうが、ユウのことを知っているようである。
その事実がマリファの心を容赦なく傷つける。
だが、二人はもっと大事なことに気づいて――――
(……なにかおかしい。他に話すことが……あった?)
(ご主人様のこともそうですが、他にも聞くべきことがあったような)
――――否、忘れていた。
ナマリの頭の上で周囲を見渡していたモモは、ドリムの配下たちが自分のことを侮っているのをよく理解していた。
蔑まれるのも、侮られるのも、モモにとっては珍しいことではない。ユウと出会う前のモモはピクシーという脆弱な種族で、物珍しさから人や魔物に捕まえられそうになったことも、一度や二度ではない。
それにユウがよく言っていたことを思い出す。
なにもせず敵が侮ってくれるのなら、こんなに助かることはない、と。
だからモモは首を傾げたり、不思議そうに眼をパチパチと頻りに繰り返す。微笑ましそうにしているドリムの配下が、その実では眼が笑っていないことも自分を見下していることも十二分に理解しているのだ。
道化を演じながらも、モモは 敵(・) を観察し続ける。
一対一ならともかく、この数で襲いかかられてはあっという間に斃されるだろう。
だが、同時に確信に近い感覚もある。
ここにいる者たちと戦い、そして魔玉を食べることができれば確実にランクアップすると、先ほどから身体が――――魂が訴えているのだ。
この場にいる魔物を残らず 殺せ(・・) と。
そして今回ランクアップすることができれば、これまでとは比にならぬ力を手に入れられる予感をモモは感じ取っていた。
それにモモはこの状況を死地とは思っていない。
自分が座るナマリを見ればいつもより大袈裟に騒いでいるのだが、その視線は自分と同じように周囲を見ている。
(う~ん、あいつは少し手こずりそう。あっちのは早めに倒したほうがいいかな)
ナマリが今なにを考えているのかを、モモは手に取るように理解していた。
いざとなれば、ナマリが本気を出せば、この程度の連中は相手にならないだろう。
それにナマリが本気を出せなくても、ユウがあの魔法を使えば――――でも注意しないといけないこともある。あのお――――
そこでモモの思考は唐突に途切れる。
これまでの演技ではなく、心の底から不思議そうに首を傾げるモモであったが、それ以上はどれだけ思い出そうとしても考えることができなかったのだ。
「なにかご要望はございませんか。なんなりとお申しつけください」
コボルト――――それもただのコボルトではなく、上位種なのだろう。身に纏う強大な魔力がそれを証明していた。
執事服を着たコボルトは愛想笑いを浮かべながら喋るも、マリファは無愛想に「お構いなく」と口にする。
「そう仰らずに、私共は皆様をもてなすよう覇王様より命じられております。
食べ物に手が伸びていないようですが、なにか気になるようことでもございましょうか」
テーブルには色とりどりのフルーツが盛られた皿がいくつも置かれているのだが、レナたちは誰一人として手にしていない。
(馬鹿が。敵の用意した食べ物に手をつける者がいるとでも思っているのか)
グリム城に来てからは、より一層に気配を押し殺していたラスが、心の中でコボルトを罵倒する。
「どうも我々は下賤の出ゆえ、人族の皆様を満足させることが難しいようです」
振り返っておどけるようにコボルトが話すと、一斉に笑い声が室内を包み込む。
オーガやオーク、コボルトにゴブリンなどの亜人種たちが、好意的な笑みをレナたちに向けるのだが、恐ろしいことに誰一人として眼は笑っていないのだ。
(ここにいる大半は人族との勢力争いに敗れた者、人族に良い感情を持っているわけがない、か)
ラスは事前にナマリの制御権をユウに申請すればよかったと後悔するのだが、今さら足掻いたところでどうこうなるわけでなしと、逆に落ち着く。
グリム城(ここ) まで来てしまったのだ。
やれることは限られている。
問題は――――
(ナマリが暴れ出した際に、私が止めることができるだろうか)
冷静にどう対処すべきか思案するラスであったが、同時になにか違和感を覚える。
(なにか……おかしい)
重大な、なにかを見落としているような。ラスはそんな気がしてならなかった。
(いやそんなはずはない。身体に不調は感じられない。精神面でも問題はない、はずだ。各種結界や耐性系の装備に異常もない)
なにも異常がないことが、逆に不信感をラスに抱かせる。
(まさか―――― すでに(・・・) 攻撃を受けているのかっ!? この私が?)
皮膚のないラスの身体から、どっと汗が噴き出るような感覚に襲われる。
(仮にそうだとしても、ナマリが気がつかないわけが――――ナマリまでもが、すでに攻撃を受けていたとするなら?)
眼窩に青でも赤でもない、色が混じり合ったかのような不安定なオレンジ色の光を宿しながら、ラスはナマリやモモを見る。
(攻撃を受けているのは私たちだけなのか? もし――――)
その可能性を想像し、痛覚のないはずのラスは背筋が凍りついたかのように錯覚する。
もし――――ラスたちだけでなく、ドリムの配下たちまでもが攻撃を受けているとするならば、その力量は想像を絶する。
その可能性を否定するようにラスは首を左右に振った。
もしそうだとしても、ユウやドリムまでいるのだ。そんなことができる者がいるだろうか。万が一、存在するのならなにが目的で――――
「それは良い考えですなっ!!」
大きな歓声にラスの思考が中断される。
どうやら、先ほどのコボルトがなにか提案をし、それに賛同するようにドリムの配下たちが声を上げたようだ。
「我々と力比べ、考えていただけましたか?」
もう隠しようのない邪悪な笑みを浮かべながら、コボルトは饒舌に話す。
“大人しくしとけよ”
標的にされているのはクロのようだが、クロはユウの言いつけを守り、黙したまま反応しない。
それを怯えと捉えたのか。より一層にコボルトはクロに迫る。
「そのように怯えなくとも、覇王様のお話が終わるまでの――――そう。戯れですよ」
「待てっ!! そいつは俺の――――ぐっ」
様子がおかしいと、部屋の外から入ってきたゴールは人垣を割って入ろうとするのだが、それを周囲の者が許さない。複数人で無理やり押さえつけ拘束しているのが、隙間から見える。傍にいたシルンにまで、耳元でなにやら囁き余計な動きをしないように牽制しているではないか。
「……力比べなら、私がしたい」
「あ゛あ゛っ? そ、それはさすがに……客人になにかあっては私共が覇王様に叱られてしまいます」
思わず素の声が出たコボルトは、声の主がレナだと気づくと使用人という名の仮面を被り直して愛想笑いを浮かべる。
「誤解しないでいただきたいのですが、これはあくまでも亜人種同士のよくある交流――――戯れなのです。
そう。人種と比べ学もない、教養もない。あるのは原始の頃から変わらぬ力比べ。良い暇潰しになるかと思われませんか?」
薄汚い人族が出しゃばるなと、眼に力を込めて睨みつけるコボルトを、レナは真正面から向き合う。
「……あなたたちは、 ちょうど(・・・・) 良い」
「なにを言っ――――仰るのですか」
気圧されるどころか。望むところだと前に出るレナに、コボルトが怯む。亜人のクロやアンデッドのラス、それに魔獣のコロやランならばともかく、人族のレナを傷つけるのはドリムの不興を買ってまずいのだろう。彼らは不服そうにしながらも、レナに手を出すことはなかった。
一方で、レナはこれを好機と捉えていた。
なぜなら、ここ最近の成長速度に鈍りが見えてきたからである。
レナのレベルは現在47――――人種の才ある者が数十年、卓越した才ある者でも十年以上という年月をかけて辿り着くのがレベル40超えである。
それを齢十六で達成していることを考えれば、人類の中でも類まれなる逸材であり、異常な存在と称されるほどだ。これは中小国家どころか、大国でも高待遇で迎え入れたいほどの人材であるのは間違いないだろう。
だが、レナは現状に満足していなかった。
このままではユウとの差は縮まるどころか広がる一方であると、そこで自身と同程度か格上の敵を求めていたのだ。
ドリムの配下たちは、レナからすれば素晴らしい相手である。どの者も只者ではない力量を感じさせ、中には魔法に長けている者たちもいるではないか。
なぜクロが力比べを断るのか理解できないレナであったのだが、ならば遠慮なく自分の糧とさせてもらおうと立候補したのだ。
「……なにが不満? 私はあなたたちの 戯れ(・・) と称する力比べに興味がある」
「し、しかし……それは」
目の前の小さな少女が、なぜこうも好戦的なのだとコボルトが困惑していると。
「いつまでグダグダやってやがる! てめえがさっさと戦えばいいんだよっ!!」
痺れを切らした一体のオーガが、こともあろうにクロの顔を殴りつけたのだ。
青色の肌を持つオーガ、身長は三メートルに迫るほどで、その巨躯に見合う筋肉を誇る。そのオーガが膂力を振るえばどうなるか。
凄まじい打撃音が室内に響き渡る。
その無法にドリムの配下たちは歓声を上げた。
「……」
いきなり殴りつけられたにも関わらず、クロはその場から一歩も動いていない。何事もなかったかのように立ったまま、自分を殴りつけたオーガを一瞥もしない。
「こりゃ驚いた。ちったあ、できるじゃねえか」
最早、言葉遣いすら取り繕おうともせずに「面白い!」とオーガは闘志を漲らせる。
「どうした? かかってこいよ! それとも場所を移すか? あ? なんとか言えよっ!」
「……」
無言のまま自分を無視するクロの態度は、オーガだけでなくその他の者たちまで苛立たせた。
「そうか。そうかよ。俺らなんて眼中にないってか? 面白えっ!! どこまで我慢できるか試してやらあ!!」
顔だけではなく、身体中に青筋を浮かべ怒り狂ったオーガが、無抵抗のクロへ暴威を振るい始めた。