軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第370話:ドンドコドコドコ

高度一万メートル上空より、人族国家が“城壁”と呼ぶ壁の向こう側の大地へ降り立ったユウたちは、物珍しげに周囲を見渡す。

「……驚いた。寒いどころかむしろ暖かい」

羽織っていた毛皮のコートを脱ぎながら、レナは緑豊かな美しい樹海に目を奪われる。

そう。覇王の領内は暖かく、ジャーダルクのように寒冷や雪で覆われていなかったのだ。

「ここをどこか理解していないようですね。覇王様の――――」

物を知らない者を諭すように口を開こうとしたシルンであったのだが。

「北の魔王はジャーダルクを嫌ってるみたいだからな」

「……ジャーダルクが寒冷地なのは、魔王の仕業?」

「北の自由国家ハーメルンより、西のジャーダルクのほうが厳しい気候なんだから、特に嫌って――――いや、憎んでいるんだろう」

言葉を遮られたシルンは。

(そ、そうだったのですかっ!?)

覇王ドリムの威光により、温暖な気候を維持していると思っていたシルンは自分が逆に諭されることになり、頬を赤く染める。

「ここから歩いていくわけじゃないんだろ?」

「――――え、ええ。そろそろ来るはずです」

ユウに声をかけられ、思考の海へ沈み込んでいた意識が戻されたシルンは、慌てて答えた。

どのように連絡を取っていたのか。10分ほど待つと、大きな蹄の音とともに現れたのは巨大な二頭の馬――――八本脚の馬の魔獣スレイプニルである。

「ここからは馬車に乗って移動していただきます」

スレイプニルは豪奢な馬車を引いていた。

「でっかーい!」

体高2メートルを超え、体重は1300キロは誇るだろう。見事なスレイプニルの姿に、ナマリとモモは興奮した様子で見上げる。

「ヒヒーンッ」

スレイプニルの鼻息で、モモがナマリの頭の上から転がり落ちると、マリファが慌てて手のひらで受け止める。

「申し訳ございませんが、そちらの二頭には走っていただくことになりますが、問題はありませんね?」

シルンがコロとランを一瞥して、マリファへ視線を向ける。

「問題ありません」

一瞥もせずに答えるマリファの後ろで、コロとランは地面に座り込んで早く移動しないかと待ちわびている。空の移動でずっと動けなかったので、退屈で仕方がなかったのだ。

(ジャーダルク製、それもかなり古いタイプの馬車だな)

大型の馬車を見ていたユウは、車体や細かな彫刻のデザインからジャーダルク製と判断する。

(ジャーダルクから 鹵獲(ろかく) し改修したモノなのか? それに――――)

しゃがみ込んで車体の下をユウが覗く。なにしろ、この馬車には 車輪(・・) がないのだ。宙に浮いている馬車など、なかなかお目にはかかれない。

レナも浮遊する馬車が気になるのか。先ほどから、グルグルと馬車の周りを歩き回っている。

( ネームレス王国(俺の国) みたいに浮遊石を使っていない)

浮島で手に入る浮遊石を利用して、ユウも浮遊する馬車を作っているのだ。だが、こちらの馬車はネームレス王国とは違う製作法で、造られたモノであった。

「おい、お前との決着はまだついてねえんだ。このまま済むと思ってねえだろうなっ」

「やめなさい」

クロに突っかかるゴールを、シルンが諌める。

「うるせえ! これは俺とこいつの問題だ。シルンは口出しするんじゃねえよっ!」

「ここを覇王様の領内ということを忘れているのなら、私が思い出させてあげましょうか?」

「チッ」

舌打ちしながら、ゴールは御者席へ飛び乗る。

シルンは相棒の非礼をクロへ詫び、ユウたちへ馬車へ乗るよう促す。

「ニーナ、行くぞ」

「う、うん」

ユウたちから少し離れて、ぼうっと突っ立っていたニーナは、ユウに呼ばれると小走りで馬車へ乗り込む。

(わ、私としたことがっ)

「シルン、全員乗り込んだみたいだぞ」

御者席で手綱を握るシルンへ、ゴールが声をかけるのだが反応がない。

(ここからは覇王様の下僕として、私は使命を全うしなければいけません。

こんなことならあの少年に、 存在する者(モノ) は誰が召喚したのか。または偶発的なものだったのかを。結界の外は――――国家が存在するのか。『黒の聖女』を利用した国家や中心人物は誰なのかを聞いておけばっ)

歴史に興味があるゴブリンなど、シルンくらいのものであろう。それだけ異端の存在なのだが、知りたいものは仕方がないのだ。

「シルン、聞こえてねえのかっ。シルン!」

「聞こえてますよ!!」

「うわっ。な、なんだよ大きな声を出して」

普段、声を荒らげることのないシルンが大きな声を出したことで、ゴールは驚いて目を丸くする。

「出発しますよ」

馬車が走り始めると、ろくに舗装されていない道を進んでいくのだが、浮遊している馬車のおかげで振動などで尻が痛くなることはなかった。

またスレイプニルの速度が凄まじい。馬の最高速度は60~70キロほどだろうか。だが、スレイプニルの走る速度は優に100キロを超えているのだ。しかも、その速度は増しはすれど、落ちていく様子は微塵もない。

「……こんな一直線で大丈夫?」

舗装されてないとはいえ、覇王の居城まで一直線の道で繋がっているのは防衛上どうなのだと、レナは言いたいのだろう。

「その心配は必要ないみたいです」

後部座席で窓から後ろを覗いたマリファは、自分たちが通り過ぎた道が木々で覆い隠されていくのを確認していた。

「なんだか、凄い視線を感じるね」

斥候職のニーナは、木々の間から無数の視線を感じ取っていた。

視線の正体はゴブリンやオークなどの亜人種に魔獣で、こちらを警戒こそしているのだが、信じられないことに怯えている様子はない。

馬車を追従しているのは、ランク7を誇るコロとランなのにだ。

その理由をユウたちは間もなく知ることとなる。

「戦ってる!」

馬車の窓にへばりついて、外の様子を窺っていたナマリとモモが戦闘音に気づくと視線を向ける。

「……ゴブリンがレッサーデーモンと戦っている」

数十匹のゴブリンが――――ゴブリンジェネラルやゴブリンリーダーにアーマーゴブリンなど、ゴブリン種の中でもランクの高い種とはいえ、数体のレッサーデーモンを相手に押しているのだ。

「ユウ、あっちではオークとグレーターデーモンが戦ってるよ」

ユウも窓から戦闘を見るのだが。

(どいつもレベルが高いな)

迷宮内で出会うゴブリンやオークのレベルは、高くても20台半ばといったところなのだが。ここにいる種は低くてもレベルは30を超えており、中にはレベル40超えも混じっているのだ。

(少しくらいランクが高い魔物だろうと慣れているんだな)

「……覇王の領土は天魔に好き勝手されてる?」

少し残念そうにレナが呟く。

同じ三大魔王なのに、侵略を受けているように見えたのだろう。その声は御者席のゴールたちにも聞こえていたのだが、特に大きな反応を示すことはなかった。

「けっ。な~んもわかってねえくせに」

「放っておきなさい」

そのとき、一際大きな音が馬車内まで届く。その轟音は馬車全体を揺らすほどで、何事かとレナが窓から外を窺うと。

木々を押し退けながら、巨大な身体を誇る魔獣が暴れているではないか。

「……なにあれ?」

「 鮫獣牙(こうじゅうが) 、ランク8の魔獣だな」

「……おおっ」

ランク以上に、その雄大な姿にレナは感心する。

鮫獣牙の全長は28メートルほど、体高は6メートルは超えているだろう。

その姿は巨大な鮫に手足が生え、全身に深緑色の鱗を纏い、ヒレのような尾には無数のトゲが生えている。

一見、鈍重そうな巨獣が、見た目とは裏腹に素早い動きでアークデーモンやグレーターデーモンを蹴散らしているのだ。

大きな口内には身体を引き千切られたグレーターデーモンが、身体を再生しながら藻掻いている。しかし、そんなグレーターデーモンの抵抗も鮫獣牙が数回ほど咀嚼すると、動かなくなり飲み込まれていく。

周囲のグレーターデーモンが、アークデーモンの号令とともに一斉に鮫獣牙へ魔法を放つのだが。無数の魔法を防ぐどころか躱すことすらせずに、その巨体で受け止める。

「ご理解していただけましたか?」

御者席のシルンが、馬車内のレナに問いかける。

「あれは我々にとって、ちょうど良い相手なのですよ」

愉快そうに口角を上げながら、ゴールが「ゲギャギャッ」と嗤う。

「人族がビビって来ねえからよ。あんなのでも俺らにとっては貴重な遊び相手なのさ」

馬車内が静まり返ると思っていたシルンとゴールであったのだが。

「……私も戦いたい」

「コロとランの相手に良さそうですね」

「某も主の許しがあれば、戦いたいのだが」

「……私が先」

その言葉にシルンが慌てる。

「あなたたちは覇王様のもとへお連れせねばならないので、ご遠慮ください」

「……残念」

「レナ、杖を振り回すのをやめなさい」

「そうだよ~」

馬車内で杖を取り出したレナが興奮した様子で杖を振り回すと、マリファとニーナに注意を受ける。

「オドノ様、この森ってどれくらい広いの?」

「正確な広さはわからないけど、ジャーダルクより広いのは間違いないな」

「ジャ、ジャーダルクよりですかっ」

ユウの言葉にレナとマリファは驚きを隠せない。

一国――――それも五大国の一つ、ジャーダルクよりも広い樹海など、想像だにしなかったのだ。

「結界の外にある樹海を合わした広さだけどな」

「……外の話、興味がある」

(ぬぅっ……。また外の話ですか。私も聞きたい。話したい。質問を――――)

馬車内から聞こえてくる会話に耳をピクピクと反応させながら、シルンは馬車を操る。

「オドノ様、おやつ食べていい?」

変わらぬ外の景色に飽きたのだろう。ナマリとモモが期待を込めた目でユウに問いかける。

「朝飯も食べてないしな。いいぞ」

「やった!」

許可が出るなりナマリはアイテムポーチから適当なお菓子を取り出し、モモと一緒に食べ始める。

「……朝からそんなにお菓子を食べるのは身体に悪い。私が手伝ってあげる」

「え~」

ちゃっかりナマリの横へ移動したレナは、ナマリたちと一緒にお菓子を食べ始める。

「ご主人様、なにか食事をご用意しましょうか?」

「俺はいいから、お前らもなにか食べとけ」

「マリちゃんはなに食べる?」

馬車内でニーナたちが食事を始めると、御者台のゴールは不機嫌な様子を隠さない。

「呑気なもんだぜ。自分たちがどこへ向かっているのか理解してんのかねえ」

「それは仕方がないことかも知れません」

「なんでだ?」

「彼らは覇王様にお会いしたことがない。その強大さも恐ろしさも知らないのですから」

「ふんっ。言い訳になるかよ」

「あと数時間の辛抱です」

高速で移動する馬車は、その後も速度を落とさず走り続ける。やがて――――ついに覇王の居城がその姿を現す。

「うわ! オ、オドノ様っ、お城から木が生えてる」

森が開け、城が見えてくると、ナマリが興奮しながら指を差す。

「あれが……魔王の城」

緊張した様子でマリファが呟く。

いつもは軽口を叩くレナですら、口を噤む。

そして――――この中で誰よりも緊張していたのはラスであった。

「このまま城の前へつけますので、その後は徒歩にて入城していただきます」

ゴールが城に向かって合図を送ると、巨大な城門がゆっくりと内側へ開いていく。

そのまま馬車は速度を徐々に落としながら進んでいき、城の扉前で停車する。

「コロ、ラン、疲れてないか?」

ずっと走りっぱなしであったコロとランに、ナマリが抱きついて労う。

だが、コロとランにとっては適度な運動だったようで、疲れた様子も見せずにナマリの顔を舐める。

「今から魔王に会うんだぞ!」

「ナマリ、他所様の城です。お行儀よくするんですよ」

「うん!」

馬車をオークに任せると、ゴールとシルンもユウたちのもとへ合流する。心なしか二匹には余裕がないようにも見えた。

「では、城内へ入りましょう」

「お前、緊張してるのか」

「私が? まさか」

「おい、余計なことを喋ってるんじゃねえぞ」

「偉そう!」

「……ナマリの言うとおり」

ナマリの指摘にゴールが歯を軋ませる。

「こんなとこで揉めるな」

「ゴール、あなたもですよ」

「チッ」

武装したオークが扉を開くと、レッドカーペットが敷かれていた。そのまま長い通路を進むと、エントランスホールに出る。

「ご主人様、私の後ろに!」

マリファが素早い動きでユウの前に出る。

なにしろ、エントランスホールには武装した亜人種や魔獣が勢揃いしていたのだ。

「ゴールっ」

「わ、わかってる!」

なぜか慌てた様子で、ゴールとシルンが整列に加わる。

一体のオーガが思いっきり空気を吸い込み、角笛を吹く。

「せいっ!」

続いて整列する者の中で、特に綺麗な衣装を纏ったオークが手を挙げると、その合図を皮切りに太鼓を叩き始める。

ドンドコドコドコと、リズミカルな音と共に魔獣たちが咆哮を、亜人種は手や足を一糸乱れぬ動きで機敏に動かす。その中には当然ゴールやシルンの姿もある。

「最強っ!」

「「「覇王っ!!」」」

「無敗っ!!」

「「「覇王っ!!」」」

「無敵っ!!」

「「「覇王っ!!」」」

戸惑うユウたちをよそに、来賓を歓待するレセプションのような演奏や演舞は続く。

「あーいっ!!」

一際大きな太鼓が鳴ると、エントランスホールの階段の上から降りてくる者が見える。

「この世でっ!」

鬼気迫る表情で叫ぶオーク、その顔は汗だくである。

「もっとも美しいのはっ!!」

「「「覇王っ!!」」」

階段を降りてくる者は、その大声量に満足そうに頷きながら足を進める。

「比類なき至高の宝石」

「「「覇王っ!!」」」

ドンドコドコドコとまた同じリズムで太鼓が叩かれる。そして徐々にそのリズムが速くなっていき――――最後にドンッ! と締め括られると。

「妾が覇王ドリムじゃ! 苦しゅうない!」

マントを翻し、ポーズを極めながら覇王――――ドリムが自己紹介をする。

「……あ、あれが」

「覇王っ!?」

「かっこいい!」

理解が追いつかないのだろう。

混乱した様子でレナとマリファがドリムを見つめる。ナマリはドリムのポーズや演出が琴線に触れたのだろう。興奮しながら似たようなポーズを取っている。

「……覇王は」

「覇王がっ」

そして――――レナとマリファの驚きはまだ続く。

それもそうだろう。なにしろ姿を現したドリムは――――

「「女っ!?」」

――――女性だったのだ。

そしてユウは。

(こいつ、馬鹿だ)

呆れ果てていた。