軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第368話:ぽぅ

闇夜の大空を二羽の怪鳥が飛翔する。

「真っ暗なんだぞ」

月明かりがあるとはいえ、あまりにも危険な行為である。なのにナマリはしきりに眼下を見下ろしては、なにか見えないかと目を凝らす。

「……私の付与魔法で強化する?」

ロック鳥は巨大な怪鳥であるのだが、今は乗せている人員が多い。特にラス側はコロとランが乗っているので、その重量も半端ではないのだ。

そこでレナが気を利かせて、ユウに声をかけたのだが。

「必要ない。俺がすでに付与魔法で強化してる」

レナの『付与魔法』のレベルは3、中堅に成り立てのDランク冒険者パーティーでなら十分に活躍できるレベルであるのだが、ユウのレベル7には遠く及ばない。

さらにユウは風魔法でロック鳥を補助しているのだ。事実、ロック鳥が飛び始めてから、ニーナたちは風圧を一切感じていない。

「ユウの時空魔法って、行ったところにしか繋げれないんじゃなかった?」

「ぐぬぬっ」と唸るレナの肩を後ろからほぐすように揉みながら、ニーナが尋ねる。

「そうだ」

「やっぱり、そうだよね。

じゃあ、ユウはジャーダルクに来たことがあるんだ」

「へー」とか「ふ~ん」と言いながら、ニーナは落ち着かない様子である。

「なんのために来たことがあるのかな?」

赤茶色の瞳で、ユウを問いただすようにニーナが尋ねる。

「なんのためって、欲しい物があって――――」

「欲しい物って?」

食い気味に言葉を被せるニーナの姿に、レナとマリファが目を丸くする。

「本だよ」

「本? 書物……そっか。どんな本なのかな?」

「色々な書物だ。一つは『異邦人異聞録』、もう一つは――――なんだったかな、タイトルは忘れた」

『異邦人異聞録』とユウが口にしたとき、ニーナが時間にして0.2秒ほど――――微表情ではない。だが、確かにマリファはニーナがなにかしらの反応を示したことを見逃さなかった。

(『異邦人異聞録』……聞いたことのない書物ですね)

あとで書物の詳細について、ティンたちに調べさせようとマリファは考える。

主であるユウのことを詮索したいわけではなく、ニーナが反応した理由を知りたいのだ。

「……私も聞きたいことが色々とある」

「え?」

レナの言葉にユウは露骨に嫌そうな顔をする。

「……獣人は種族にもよるが、多くは平均寿命六十年ほどのはず。でもユウは純血種の獣人は三十年と言った。なぜそれほど寿命に違いがあるのかを知りたい」

さらりと言ったことをよく覚えているなと、変な感心をしながらユウは口を開く。

「人族の連合国――――昔の呼び名だとレーム大陸連盟だな。そいつらが獣人に対して行った対外政策が原因だ。正式名称は俺も知らない」

「……どのような政策だった?」

珍しくユウが口籠る。言っていいものかどうか迷っているのだ。ちらりとナマリのほうを見れば、察したかのようにニーナがナマリと眼下を指差して、楽しそうに会話しているではないか。

「獣人を弱体化させる政策だ」

「……意味がわからない。寿命が三十年から六十年、倍に増えてる」

「そっちは誤算だな。元々は獣人の血を薄めて徐々に弱めるのが目的だった。

具体的には人族の女に魔法や秘術で人体改造し、獣人との間に子を儲けることを可能とした」

「……それはおかしい。人族は獣人との間に子を儲けることができる」

人と獣人の血を引く子供など珍しくもない。一般常識であると、レナは発言する。

「 今は(・・) 、だろ。大昔はできなかったんだ。

なにしに来た?」

いつの間にかシルンが立っていた。

音もなく移動してきたのだ。

高度一万メートル、外気温はマイナス五十度ほどであろうか。ロック鳥からロック鳥へと。失敗すればどうなるか。否、失敗するなどとは微塵も思っていないのだろう。

「いえ、誤解のないように言わせていただきますが、今さらあなたが逃げるなどとは思ってはいません。

ただ、私もそれなりに歴史について学んでいるもので、せっかくの機会ですから近くで聞かせていただこうかと思いましてね」

ラスが使役するロック鳥のほうから、ゴールがなにやら喚いている様子が見える。

クロもこちらへ飛び乗ろうとしているようだが、ユウが「来るな」と念話で伝える。

「……続きを」

シルンが来たことによって中断した会話を再開しろと、レナがせがむ。

「まあいいか。

獣人のもとへ送り込まれた女たちにはある仕掛けが施されていた。性行為をすると、獣人同士で子供ができなくなるっていうな」

レナとマリファ、それにシルンが目を見開く。

「……そんな非人道的な行為が許されるはずがない」

「誰が許さないんだ? 言っておくが、送り込まれた女の多くは自ら志願したそうだぞ。

最初は獣人の支配者層――――王侯貴族みたいな連中に送り込まれた。やがて獣人の間で人族の女を侍らかすこと、それが一種のステータスになると、次々に権力者たちが求めてくるようになる。人族国家の思惑通りにな」

「……その過程で獣人の寿命が延びた?」

「よく気づいたな。

対外政策は予想より上手くいったみたいだな。いや、上手くいくように進めたが正しいか。なにしろ千年以上もかけた大掛かりな政策なんだからな。獣人の血は薄くなり弱体化したんだが、ここで予想外のことが起きる。レナが言ったとおり、獣人の寿命が延び始めたんだ。人と交わったからか、女たちに施した魔法や秘術が原因かはわからないけどな」

いまだ納得がいかないのだろう。レナは珍しく眉間に皺を寄せて、考え込む。

「……なんのために?」

やはりレナの考えは最初の疑問に戻る。なぜそのような真似をする必要があったのかに。

「なんのために、か。それほど人族は 弱かった(・・・・) んだよ。聖暦が制定される前の他種族から見れば、人族なんて餌か玩具のような存在だからな」

ユウの言葉はレナにとってショッキングだったのだろう。レーム大陸の支配者として君臨する人族が、それほど弱い存在だったとは認めたくないのだ。

「質問は終わりでいいか?」

「……ま、まだ聞きたいことはいくつかある。これから向かう先はSランク迷宮グリム城、そこにいるのは『覇王ドリム』」

「それがどうした」

「……覇王が獣人なのはおかしい。城壁にはレッサーデーモンやグレーターデーモンが徘徊している、はず」

最後は自信なさげに言葉を紡ぐレナ。知識として知っているだけなのだ。天魔が徘徊する迷宮の主が、獣人なのはおかしいと言いたいのだろう。

「ギルドから聞いてないのか?」

「……冒険者ギルドは『三大魔王』に手を出すべからずと通達している」

「じゃあ、内緒にしてるのか」

興奮してきたのだろう。

レナは無意識に被っている帽子を脱いでいた。頭頂のアホ毛がビンビンに立っているではないか。

「……大丈夫、私は口が堅い」

「いいえ、レナは口が軽いです」

援護するどころか。背中から口撃されてレナが「むうっ」と唸る。

「……ナマリも知りたがっている」

「ナマリは知ってるぞ」

ユウからの無情な返答に、レナはわざとらしくふらつく。

「……あ、姉より優れたい――――」

「うるせえな」

「……ニーナとマリファは知らないはず。二人のためにも話してあげて」

ここでニーナとマリファが知っていると言えば、レナの心に大きな傷を残していただろう。

幸いなことにマリファは沈黙を守り、ニーナはナマリの相手で忙しそうであった。

「説明すると長くなるんだけど」

「……ふぎぎっ」

威嚇するようにレナのアホ毛が旋回する。

こんな場所で暴れられても困るので、ユウは「しょうがない奴だな」と小さなため息をついて話し始める。

「まずギルドが『三大魔王』に手を出すなって言っている理由だけど、もし万が一にも『三大魔王』が斃されるようなことになれば、レーム大陸を覆う 結界(・・) が壊れるからだ」

「……結界?」

「そう、結界だ。北は『無のサデム』、西は『覇王ドリム』、南は『焔のムース』――――そして東には古の巨人族の勇者『壮麗たるガリガルガ』がいるはずだ。その 四柱(・・) を結んで結界を構築してるんだよ」

「……人柱」

思わずレナの口から漏れ出た言葉に、シルンの身体から殺気が迸る。

「おい」

「こ、これは失礼を」

我に返ったシルンが慌てて謝罪する。

何百年と仕えているシルンですら知らなかったのだ。

長年にわたって疑問に思っていたことでもある。なぜ主である覇王は居城から出ないのかと。

「これがどれだけ広範囲で強力な結界かは言わなくてもわかるよな。実際に見れば、想像以上の超規格外な結界で驚くと思うぞ」

ネームレス王国を覆う結界、やウードン王国の王都テンカッシに『大賢者』が張り巡らしている結界にも、レナは心の底から驚いたものである。

だが、今ユウが話したことが真実であれば、規模が文字通り桁違いである。

「……ユウが覇王に会いに行くと言ったのも」

「さっきはこいつらに来いって言ったけどな。来たくても来れないだろう」

後衛として常に魔法を使うため思考をする癖がついているレナは、ここまでの話で様々な推測をしているのだろう。頭から湯気が出そうに――――実際に白い湯気のようなものが頭から立ち昇っていた。

「……ユウの話を聞いて、ますます疑問が湧いてきた。まず覇王が始まりの勇者の一人ということは北と南、それに東も」

「始まりの勇者だな」

肯定されるも、レナはショックが隠せなかった。

幼き頃より両親に読み聞かされてきた本――――『始まりの五勇者』が、五人の人族の勇者が世界を救ったと言われてきたのに、今さらそれは嘘ですよと言われたのだ。

「続けてもいいか?」

「……どうぞ」

あまりのショックに、レナは思わず敬語になる。

「ちなみに城壁――――本当は城壁じゃなくて、領土の境界線みたいなもんなんだけどな。あれは人族が築いた壁だ」

「そうだったんですかっ」

シルンが思わず口を挟んでしまう。

「なんだ、お前も知らなかったのか。人族がドリムに手を出さないようにって、築いた壁だぞ。

当時は今よりも建築や魔法技術も低かっただろうに、それでも数千キロに渡って壁を築くんだから、よっぽどドリムが怖かったんだろうな」

今度はシルンが考え込む。

レナと同じようにうんうん唸り、頭を悩ませる。人族とゴブリンが揃って、唸っている光景はなんとも珍しいだろう。

「城壁に天魔が徘徊しているのは『三大魔王』が互いに信用していないからだ」

「東については知らないけどな」と、ユウはつけ加える。

「ハーメルンにあるチーキン山脈にいる竜は北の魔王サデムを監視してる。俺が北の山脈を越えようとした際には聖獣もいたから、あれは覇王が送り込んだんじゃないのか」

「……西の覇王のもとには北の魔王が天魔を送り込んだ?」

これまでの話の流れから北の魔王は天魔ではないかと、レナは推測する。

「そうだ。実際にグリム城へ行ってみればすぐわかる」

普段から口数が少なく、考えてから言葉を口にするレナであるが、頭は決して悪いわけではない。むしろ、天才と称されてもおかしくないほど理解力が高く、また己の才に慢心せず常日頃から研鑽を欠かさないほど真面目な面もあるのだ。

「レナ、どうしたのですか?」

急に石のように固まったまま動かないレナを不審に思ったのか、マリファが声をかけるのだが反応がない。

「……」

「聞こえているのですか?」

レナの身体を揺するマリファは、怖くなってきたのか心配そうである。

「ご、ご主人様っ」

「放っておいたらいいよ。どうせ俺の話を聞いて、情報量を処理できなくて頭がオーバーヒートでもしてるんだろ」

悲しいことに、ユウの指摘は正しかった。

ここまでの話で、レナの頭の処理能力が許容量を超えてしまったのだ。それだけレナが常人とは比べ物にならぬほど、入ってきた情報から様々なことを推測し、また新たな仮説を数百も立てているとも言えるのだが。

しかし、心配するマリファをよそに、レナの口から出てきた言葉は――――

「……ぽぅ」

「ぽぅ!?」