軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第359話:ご機嫌

「クソッ、どこ行きやがった! そっちはどうだ?」

「ダメだ。見当たらない」

「他の連中にも協力を要請するべきだろう」

都市カマーの治安を守る衛兵たちが、西門で許可も得ずに素通りした竜人の女――――メリットを捜す。

先ほどは威圧されなにもできずに通してしまったのだが、それで終わりとはいかない。彼らにも衛兵としてのプライドがある。相手に舐められたまま済ますわけにはいかないのだ。

「おい、お前たち」

道の向こうから、人をかきわけて声をかけてきたのは同僚の男であった。

「いい所に来てくれた」

「悪いが手を貸してくれないか」

メリットを捜していた衛兵たちが、手伝いを請おうとするのだが。

「俺が来たのも、その件だ」

まだなにも話していないにもかかわらず、すでに内容を把握しているかのような言いように衛兵たちは困惑する。

「お前たちが竜人の女を捜しているのはわかっている。悪いが女を捜すのをやめろ――――いや、手を出すな」

同僚の言葉に困惑する衛兵たちであったが、一人の男が疑問を口にする。

「まさか上からの指示か?」

「隊長か?」

「いいや、もっと上――――ヌングさまだ」

ヌングの名前に衛兵たちに緊張が走る。

ムッスやユウに対する温和な態度で勘違いされがちだが、ヌングは侯爵家であるバフ家の執事を任されているのだ。その権限は都市カマーの衛兵隊長などでは、足元に及ばぬほど強いものを誇る。

「勘違いするなよ? ヌングさまはお前らのためを思って、手を出すなと仰っているんだ」

「あの女はいったい何者なんだ? それとも、それすら言えないほどの案件なのか?」

「メリットだ」

その名に衛兵たちの間に暫し沈黙が訪れる。

だが、すぐにその名と竜人族の女という特徴から、何者であるのかを全員が察した。

「うっ、上はどう対処するつもりなんだ?」

「まさか……このまま放置するわけでないだろう?」

「落ち着け」

男の言葉に素直に落ち着く者など、この場には誰もいなかった。それもそうだろう。

『不死の傭兵団』団長メリットが、自分たちの町にいるのだ。たとえカマーにいる全衛兵をかき集めて襲いかかっても、殺すどころか一矢報いることすらできないだろう。

どこの国にも属さないうえに人族国家と敵対している亜人が――――単独で都市を殲滅することが可能な者が、野放しにされているのだ。それがどれだけ危険で恐ろしいことかを、誰もが理解していたからである。

「メリットの対処は俺らみたいな雑兵じゃなく、適任者を手配してくださっている」

「へえー、でけえ建物じゃないか」

いまだ増改築中の冒険者ギルドを見上げながら、メリットは呟く。

まるで自分の家のように冒険者ギルドの扉を開けて中に入ると、メリットは一階にいる数百人もの冒険者を見渡していく。

「なんだあの女?」

「でけえ女だぜ」

「竜人か」

「なんか寒気するから帰るわ」

「見ねえ顔だな」

「よそから来た冒険者じゃねえの」

竜人族の人口は少ない。

都市カマーが優に二十万を超える大きな都市であろうとも、そうそう見ることのない種族なのだ。そんな竜人族の――――それも身の丈は約二メートルはあろうかという女性である。冒険者ギルド内で否でも応でもその姿は目立った。

物怖じしないメリットの態度に、多くの冒険者が好奇の視線を向け、「あんなの見掛け倒しだろ」「ありゃ新入りだな」「いやいや、ああ見えて依頼者かもしれねえぞ」など、軽口を叩き合う。

(ここは雑魚しかいねえな。上の階にいけば、もっと強え奴がいるのか?)

御眼鏡に適う相手はいなかったのだろう。そのままメリットはカウンターへ向かっていく。

「ご、ご用件はなんでしょうか」

常日頃から強面に慣れている冒険者ギルドの受付嬢が、恐る恐る尋ねる。それほどメリットが放つ圧が凄まじいのだ。

「依頼の、じゅっ、受注でしょうか」

「いーや」

「で、では、依頼のほうでしたか?」

「いーや」

「で……でしたら、冒険者カードの作成でしょうか? そ、そそ、それとも転職の水晶でしたら――――ひっ」

受付嬢の目の前で、メリットは拳を握って見せる。

「用件はこれよ、これ」

「こ……これとは?」

「くかかっ、喧嘩だ喧嘩。喧嘩を売りに来たんだよ」

目の前の受付嬢ではなく、一階にいる冒険者たちに向かって言うような大きな声であった。

「ああっ!? 喧嘩だぁ?」

「舐めやがって!」

「おん? 俺が身の程を思い知らせてやろうかっ!」

「ここは都市カマーだぜ? お上りさんが肩で風を切れるような場所じゃねえんだよっ!」

「おもしれえ!! 俺が相手してやらあっ!!」

冒険者の反応は大まかに三つにわかれた。

生意気なメリットを叩き潰してやると、意気揚々に席を立つ者たち、それを囃し立てる者たち、そして――――危険を察知して冒険者ギルドをあとにする者たちである。

「冒険者ギルド内での暴力行為は禁止だ!」

「違反者は冒険者資格を取り消すぞっ」

「そこの女っ、お前もだぞ!」

冒険者ギルドの職員たちが必死に制止するのだが、よそ者に舐められたまま黙って見過ごしては、この業界では生きていけない。

「残念だったな。私は冒険者じゃねえよ」

「てんめえ! 傭兵かっ!!」

「冒険者を舐めてんじゃねえぞ!!」

「金次第で誰にでも尻尾を振る屑がっ!」

冒険者ギルド職員の制止を振り切った冒険者たちが、メリットに殴りかかろうとして――――消えた。次に襲いかかろうとしていた冒険者も、職員も、野次馬たちも、時が止まったかのように動きが止まる。

次に時が動き出したのは、大きな激突音と同時であった音に反応して皆が振り返ると、そこにはメリットに殴りかかろうとしていた冒険者たちが壁に埋め込まれていたのだ。

「弱えな……」

心底がっかり様子で、メリットが手首をぷらぷらと振る。

「もう少しマシな奴は上にいるのか? 待っててやるから、さっさと連れてこいよ」

「こ、このクソ女っ」

「待て、只者じゃねえぞ」

「誰だろうが、傭兵風情に舐められたまま帰すわけにはいかねえなっ」

早々に素手では敵わないと悟ったのだろう。冒険者たちが鞘から剣を抜き、槍の穂先から槍鞘を取り外す。剣呑な雰囲気に冒険者ギルド職員たちも身の危険を感じると、慌てて距離を取り始める。

「あー、いたわよ」

殺伐とした場には似つかわしくない脳天気な声であった。

声の主はエルフの少女――――クラウディアである。すぐ後ろにはララと白い帽子に白のベールで顔を覆い隠しているテオドーラの姿も見えた。

「傭兵ギルドと思ったけど、こっちだった」

「なんで最強聖――――ふがっ」

素早い動きでララがテオドーラの口元を手で塞ぐ。

現在テオドーラは素性を隠すために浮遊こそしているものの、以前のように楕円形の光り輝く卵型の結界で、全身を覆っていないのだ。それなのに名乗りを上げようとしたので、それを察知したララが気を利かせたのである。

「いきなりなにするの」

「バレてもいいの? ここにいれなくなれば、ジョゼフとも会えなくなる」

「……それくらいわかっていたわ」

「ウソ」

「ウソじゃない」

「あなたは私にお礼を言うべき」

「どうして偉大なる私が、あなたみたいな矮小な存在に感謝しなければいけないの」

「我儘」

「無礼ね。発言には気をつけなさい」

「あんたたち、後ろでぴーちくぱーちくうるさいのよ!」

喧しい二人に、クラウディアが怒る。ララもテオドーラも、うるさいとはなんだと抗議するのだが、クラウディアは無視してメリットを指差す。

「あんたがメリットで間違いないわよね」

「だったらなんだ」

今にも血走った眼でメリットに襲いかからんばかりであった冒険者たちが、クラウディアの口にした名を聞くなり顔を青くし、武器を慌てて身体の後ろに隠して下がっていく。

「ちっ、余計な真似をしやがって」

戦意喪失した冒険者たちを見て、メリットはテンションが一気に下る。

「お前が責任を取りやがれっ」

音速の拳がクラウディアの腹部へ放たれ――――同時に金属音のような甲高い音と共にメリットの拳が 弾かれる(・・・・) 。

「ちょっ、いきなりなにすんのよ! このバカちんがっ!」

音速を超える拳打を、一瞬にして鞘から抜剣した精霊剣フィフスエレメントで見事に防いだクラウディアが、ぷんぷんに怒りながらメリットを罵る。

当のメリットは少し驚いた表情で弾かれた右拳を見つめ、ニタリと笑みを浮かべた。

「今の見た?」

「ええ、しっかりと見たわ」

「クラウディア、凄く焦ってた」

「みっともない」

「はわわっ、て言ってた」

「所詮はエルフなんて、この程度なのね」

「い、いい加減なことを言わないでよ! 誰がはわわっ、ですって!」

「「クラウディア」」

「この――――」

ララとテオドーラを捕まえようと振り返ったクラウディアの横から、メリットが飛び出す。

「お前は、どの程度だっ!」

狙いはララである。

先ほどと同じ音速の拳打を、ララの胸部へ放つのだが――――

「なにっ!?」

驚くべきことに、ララは信じられない速さでテオドーラのローブの襟を掴むと、そのまま盾を構えるように己が身体の前に突き出す。

今度は金属音ではなく、分厚いガラスをハンマーで砕いたかのような音であった。パリパリ、ミシミシとテオドーラが一瞬にして展開した光り輝く結界の一部が、床に落ちる途中で消えていく。

「なんの真似?」

「秘技、聖――――テオガード」

「自分がどれほどの不敬を働いたのか、理解しているのかしら」

「おかげで私は無傷、完璧な対応だった」

「そう、死にたいのね」

「私が死ねば、ジョゼフが悲しむ」

「「それだけはないっ!!」」

「仲良し」

声を揃えて否定するクラウディアとテオドーラを両手の人差し指でさしながら、ララが満足そうに頷く。

(手加減していたとはいえ――――)

「お前ら――――」

クラウディアたちにほったらかしにされたメリットは怒るのかと思いきや、その顔は自然と口角が上がり始めていた。

(――――私の攻撃を捌き、防ぐなんて)

「――――良いじゃないかっ」

今日はユウが相手してくれないので、また以前のようにストレスが溜まるのかと思いきや、突如として目の前に現れたクラウディアたちに、一転ご機嫌になったメリットは目を輝かせる。

「一人ずつじゃどうせ相手にならねえし、三人がかりで来いよ」

「「「はあ?」」」

無神経なメリットの発言は、とんでもなくプライドの高い三人の少女を挑発するには十分なものであった。

「あ~、忙し忙し。忙しくて、やんなっちゃう」

屋敷の庭に設置しているテーブルセットの椅子に座りながら、ティンは紅茶を楽しむ。

目の前ではクロを相手にアガフォンたちが模擬戦を繰り広げている。とはいっても、相手は格上のクロである。おもしろいように地面に転がされては、起き上がっては立ち向かっていた。

「コロとランも、せっかくお姉さまがいないんだから、羽根を伸ばさないともったいなくて、やんなっちゃう」

ティンが用意したヨーグルトの入った深皿に顔を突っ込みながら、コロとランは三時のおやつもあるのかな? と、期待に胸を膨らませている。

「傍から見れば、今のティンは深窓の令嬢ってところかしら? はあ、困ってやんな――――あいたっ」

ずっと後ろでティンの独り言を聞いていたヴァナモが、とうとう我慢できずに頭を叩いたのだ。

「なにが深窓の令嬢ですか! お姉さまがいないからと、だらしない姿を晒すのは許しませんからね!」

「もう~、ヴァナモは真面目なんだから。

そんなんじゃ、いつか壊れちゃうよ? ご主人様に仕えるのは光栄なことと同時に重責でもあるんだから。いい? ミスをしないためにも適度に心と身体をリフレッシュするのは、私たちにとって必要なことなんだからね?」

珍しく長文で話すティンに、ヴァナモは狼狽える。

「そ、それは……一理あるかも……しれない…………のかな?」

「そうそう。はい、どうぞ」

「むぐっ」

素になるヴァナモの口へ、ティンはクッキーを押し込む。

「これでヴァナモも共犯で、やんなっちゃう」

「ええっ!?」

「さ、もう諦めて私と一緒にお茶菓子を楽しもうよ」

酷いと抗議するヴァナモを宥めながらティンは紅茶を引き続き楽しむ。その際に、コロとランに対しても「共犯だからね」と伝えるのを忘れない。

奴隷メイドの躾に厳しいマリファを相手に、ギリギリの綱渡りを楽しむティンのなんと恐ろしいことか。

「クロさん、さすがですね。今の私たちでは相手にならないようです」

模擬戦が終わり一息ついたのだろう。ネポラがメイド服についた土を払いながら声をかける。奴隷メイドのメラニーやグラフィーラなどはまだ息が整っておらず、シャドーウルフのエカチェリーナに背を預けていた。

「某は成長し続けるので、今だけでなく今後もそれは変わらないだろう」

「それはどうでしょうか。クロさんが成長する速度より、私たちが成長する速度が上回れば追いつくことは――――いいえ、追い抜くことは十分に可能ですよ」

会話には加わらないものの、ポコリとアリアネも同意見のようで、澄ました顔の眼は鋭いものであった。

「ところでラスさんの姿が屋敷にも庭でも見当たりませんが、心当たりは?」

「某が知るわけなかろう」

「お二人の仲が悪いのは知っていますが、それでご主人様に迷惑をかけることがないようお願いしますね」

穏やかな口調だが、ネポラの言葉には警告の意味が含まれていた。つまり、もしユウに迷惑をかけるようなことがあれば、許さないと。

「某が主に迷惑をかけるはずがない。その言葉、某ではなくあの不浄なアンデッドに言うのだな」

「あら、クロさんも 同じ(・・) アンデッドではありませんか」

チクリと言葉で刺すネポラに、クロは「むむっ」と言葉に詰まる。もともと多弁ではないのだ。だから、上手く言語化できない。

「クロさんはラスさんを信じてはいないのですね」

「無論、某とあやつでは大きな違いがある」

「それは従魔契約のことでしょうか?」

「うむ。今も離れていても、某は主との繋がりをしかと感じている。だが、あやつにはそれがない。今もどこでなにをしているのやら」

「最後の言葉だけを聞けば、心配しているみたいですね」

「なぬっ!? なにを申すかっ!」

「これは私としたことが、少しからかい過ぎたみたいです」

わずかに謝罪の意味を込めて軽く頭を下げると、ネポラは模擬戦を再開しているアガフォンたちのもとへ向かう。

クロの言葉はある意味で間違ってはいないだろう。

従魔契約を結んでいるクロやナマリは、離れていてもユウとの繋がりがあり、ユウはクロたちの動向を把握できるのだから。

つまり監視をつけていなければ、今のユウがラスの動向を把握する 術(すべ) はないのだ。

「 私(・) との接触は禁止と伝えたはずだが」

「これが 最後(・・) となります。――――様」

どこぞの洞穴の中なのだろうか。

二人を照らすランタンの柔い光は頼りなく、そのわずかな光源で照らされる周囲は上も下も岩で囲まれており、光源の数メートル先は闇で覆われている。

「マンマ大統領に不審な動きがありました。私の権限で調べたところ――――十二魔屠に連絡がないことから――――疑われている可能性も――――狙いは間違いなくユウ・サトウでしょう――――死刑囚、政治犯、重罪人をはじめとする犯罪者――――現在で九万人もの――――秘密裏に移動――――高位の呪詛師を――――」

ローブで頭まで覆った男はラスの前で恭しく跪くと、報告を始めるのであった。