軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第347話:化け物

「不死の……傭兵団? ですか」

それはマリファがユウに首の傷痕を治してもらって間もない頃、ニーナにお出かけしようと誘われたのだ。

奴隷の自分が、主人であるユウの許可も得ずに出かけるなど――――普段のマリファであれば間違いなく断っていたのに、このときは拒否もせず気づけばカフェテラスにいたのだ。

席につくなりニーナが慣れた様子で店員へ注文する。少し経つと紅茶とデザートをトレイに載せた店員がテーブルへ並べていく。

「マリちゃん、楽にしてよ」ニーナが紅茶を勧めるも、マリファは紅茶に手をつけない。

「なぜ、私を誘ったのですか?」

マリファから疑り深い目を向けられても、ニーナはさして気にした様子もなく、ニコニコと笑みを浮かべたままである。

少し恐怖を覚えながらもマリファは目をそらさない。やがてニーナはマリファを誘った理由を語り始める。『ルーキー狩り』と呼ばれる三人組に迷宮で襲われたこと、そしてその者たちが 所属(・・) しているのが『不死の傭兵団』であることを。

「そう! すご~い悪い人たちなんだよ」

「そんなことが……」

「大変だったんだよ。ユウなんてね、右腕が千切れかけたんだから」

マリファ自身は平静を装っているつもりなのだろうが、その顔はとてもではないが感情を制御できているとはいえないモノになっている。

「だからね、もし『不死の傭兵団』を見つけたら――――」

“殺しちゃお”

「――――言われなくても、そうします」

豹人の男の折れた右腕を握り締めながら、マリファが呟く。

「なにをわけのわからねえことを言ってんだ!!」

へし折られた腕を握られたままだというのに、豹人の男はマリファの側頭部へ蹴りを放つ。

獣人拳の使い手が放った蹴りである。しかも、マリファは相手の右腕を握ったままなので、使えるのは片腕だけだ。

だが――――

「質問に答えなさい」

――――蹴りはマリファの左手によって受け止められていた。対等の使い手でも、蹴りを片手で受け止めることなど難しいだろう。そんなことをすれば、腕ごと顔へ蹴りを叩き込まれる。

しかもマリファは腕全体ではなく、手のひらだけで受け止めたのだ。

立毛筋(りつもうきん) の筋組織が収縮し、豹人の男の毛が逆立つ――――恐怖によってである。

「へ、へへっ」

それは果たして笑みになっていただろうか。

強がりを見せた豹人の男は、その代償を身を以て払うこととなる。

「があ゛っ!!」

無表情のマリファが豹人の男を石畳へ叩きつける。その衝突音は野次馬の耳を 劈(つんざ) くほどで、人体から発せられたとは目の前で見ていても信じられないほどであった。

だが、石畳に刻まれた亀裂の深さと大きさが、衝撃の威力を物語っている。

咄嗟に左手で後頭部を守ったのは、さすがは歴戦の傭兵と言えるだろう。しかし、それも長くは続かない。無造作にマリファが腕を振るう度に、豹人の男は石畳に叩きつけられる。

すでに意識はないのだろう。頭部を石畳へ叩きつけられても豹人の男からは反応がない。掴まれた右腕からはブチブチと筋繊維が千切れる音が、さらに肩を脱臼、折れた尺骨のせいで、右腕の長さが1.5倍ほどまで伸びている。

無表情で淡々と豹人の男を石畳へ叩きつけるマリファの姿に、野次馬は声すら出せない。

頭蓋骨が割れ後頭部を真っ赤に染めた豹人の男へ、さらなる追撃をしようとしたマリファが掴んでいた手を放し、空へ腕を振るう。その手にはスローイングナイフが握られていた。

「クソがっ」

スローイングナイフを投擲したのは、グラフィーラと戦っていた猫人の男である。気配と殺気を消しての投擲を、顔色一つ変えずに防がれて悪態をつく。

「おいっ。今の見たよな?」

「どうなってやがんだ。化け物がっ」

ティンと戦っていた男たちや、他の者たちも気づく。ただ、ネポラと戦っている男だけは、いまだ決着がついておらず、寧ろ押されていた。

男たちはマリファを優先して倒すべき相手と認めたのだろう。まだ息があるティンたちを放置してマリファを囲み始める。彼らは金で戦争をする傭兵だ。騎士道精神などという高尚なモノは持ち合わせていない。

「嬢ちゃん、卑怯とか言うなよ?」

「生憎と俺らは傭兵なもんでね」

「勝ってなんぼの仕事なんでな」

「こいつは俺のスローイングナイフを躱すでもなく掴み取りやがった。舐めると痛い目を見るぞ」

「女一人相手に5人がかりかよ……勝っても自慢にもなりゃしねえな」

減らず口を叩くも、彼らに油断は微塵もない。現に今もマリファに隙がないかを窺いながら、焦らず間合いを詰めているのだ。

「女一人?」

「なんだ? 不満でもあるのかよ。文句くらいなら聞いてやるぜ」

「いえ、数も数えられないのかと思っただけです」

「はあ? なにを――――なにしやがるっ!」

突如、背後より振るわれた剣を、熊人の男が大剣で受け止める。

「てめえ……どういうつもりだっ!」

襲いかかったのは、ティンたちに倒された『不死の傭兵団』入団希望の獣人の男であった。

「ち、違っ」

顔を横に振りながらも獣人の男は剣を振り回す。

「気でも触れたか?」

「待てっ。様子がおかしい」

「おかしかろうが、攻撃してきたんだ。ぶっ殺してやる!」

「おい。周りを見てみろっ」

次々と倒れ、あるいは蹲っていた者たちが立ち上がり、さらに武器を手に襲いかかる。

「こいつら……なに考えてやがる!」

「やっぱおかしいぞ」

「動きが素人みてえだし。なんで動くこともできなかった奴らが、立って襲いかかってくるんだよ」

「知るかっ! 実際に動いて、襲いかかってきてんだろうが!」

彼らの動きは緩慢で、口々に「痛ええっ」「助けてくれ」「か、身体が勝手に」などと、行動と言動が伴っていない。

当然、この状況は自然に発生したわけではない。全てマリファの仕業である。

エメラルド 蜚蠊蜂(ごきぶりばち) ――――この小さな蜂は変わった毒の使い方をする。生きたゴキブリに毒を注入し、幼虫を産みつけるのだ。この毒によって自身より大きなゴキブリを、生きたまま幼虫の糧となるよう操る。

マリファが使ったのはルビー・ビーと呼ばれる魔蟲である。この蜂はエメラルド蜚蠊蜂と同じような生態をしており、獲物の首にある神経節に毒を注入し、身体を操るのだ。

獣人のため視認することは難しいが、彼らのうなじを注視すればルビー・ビーの姿を確認することができただろう。

「焦ることはねえ。こいつら、雑魚だ」

「どういうスキルか魔法を使ったか知らねえが、意識を残したまま操ってるみてえだな」

「えげつねえことしやがるぜ」

実際に彼らは助けを求めながら斬りかかり、返り討ちに遭っている。良心があれば、わずかな時間とはいえ、共に過ごした者を殺すことに抵抗があるだろう。

「ひっ、殺さないで、俺の意思じゃ――――ぎゃあっ」

「わかっちゃいるが、それじゃこっちが死ぬんで――――くそっ」

襲いかかる者たちを斬り伏せながらも、マリファの動きを警戒していた熊人の男は、マリファが魔法を放つのを視界に捉える。

マリファが放ったのは樹霊魔法第3位階『 螺爆(らばー) 』、スパイラルツリーと呼ばれる螺旋状に絡み合う木が、対象を貫くと同時に解け、ダメージを与える魔法である。

(速えっ! だが、躱せねえ速度じゃ――――)

飛び退き、スパイラルツリーを躱そうとした熊人の男だったが、その跳躍が途中で静止する。

(なにが起こっ!?)

石畳の隙間から、熊人の足首に植物の蔓が絡みついていた。

「ごぶっ!」

躱せないなら大剣で受け止めようとするも間に合わず。熊人の男の腹部をスパイラルツリーが貫き、絡み合った木が解け、直径3センチほどの穴が20センチほどまで無理やり押し拡げられた。

傷口からは大量の血とともに臓物まで零れ落ちる。右手で臓物を腹の中へ押し込みながら、もう一方の手はアイテムポーチへ伸びている。

「ぐ、ぐ……ぞっ、あ、の野郎っ!」

アイテムポーチからポーションを取り出し、飲もうとしたところで――――

「私は女です」

自らの大剣で熊人の男は首を刎ねられる。

「殺りやがった!」

仲間の声に反応したマリファの背後より、猫人の男がスローイングナイフを投擲する。完全な死角からの投擲――――今度は確実に殺れる、いや殺った! 自然と口角が上がる猫人の男の表情が強張る。

マリファの背後に黒い靄が現れ、スローイングナイフを弾いたのだ。

「あれも、虫かっ!?」

驚きながらも次のスローイングナイフを投擲しようとした猫人の男に向かって、マリファが振り返る。その手には弓が握られていた。

「当てれるもんなら当ててみな」

先に投擲した猫人の男は、またも黒い靄にスローイングナイフが火花を散らしながら弾かれ、舌打ちした。

(こいつっ)

ゆっくりとした動作で弓を構えるマリファを見て、それほど弓術のレベルは高くないと判断する。

(なにもないところから矢が現れた。あの弓の能力か魔法か知らないが、どっちにしても問題はねえっ)

マリファは樹霊魔法第1位階『 樹霊矢(ウッディ) 』、魔法によって創られた矢を神霊樹の弓で射つ。

(やっぱり大した腕じゃ――――なっ!?)

予想を大きく超える矢の速度に、猫人の男は驚愕する。

だが、それでも躱せないほどではない。事実、矢を紙一重で躱す。それを見て、マリファが新たに矢を創り出すと。

(黙って射たせるとでも! 一気に距離をつ――――)

突如、雷に打たれたかのような衝撃に身体が震え、自分の胸から生える刃に猫人の男は目を向ける。

「な……げふっ……なん、だ……これ…………?」

刃の正体は腰帯で、さらに雷を纏っていた。

「ダテにする必要はないようなので、殺させていただきました」

「まっ、魔人……族の……女、か?」

ネポラが戦っていた場所へ目を向けると、仲間の男が倒れているのが見えた。

「お、俺がっ……このてい…………おん、なにチク…………ぎゃあ゛あ゛あ゛っ!!」

なにやら猫人の男は最期の抵抗をしようとしていたようだが、ネポラの紫電を纏った腰帯により身体は硬直し、指一本も動かせずに息絶える。黒焦げになった死体を前にしても、ネポラは残心を解かないどころか念入りに首を刎ねる。

「お姉さま、お待たせしました」

「ティンたちは大丈夫そうですね」

傷をポーションで癒やしたティンたちは、残る二人に襲いかかっていた。一対一ならともかく、複数で当たれば倒せない敵ではないようだ。

「あの女っ!!」

ルヴトーが血走った目でマリファを睨みつける。自分の部下が殺されたのもあるが、メリットの前で恥をかかされたことに激怒しているのだ。

その相手であるマリファは、ルヴトーたちのほうを見ながら立っている。両手を前で重ね、綺麗な姿勢で、こちらを無表情で見ているのだ。

「姐さん、この失態は俺が――――」

前へ出ようとしたルヴトーをメリットが手で制する。

「私の獲物だ。邪魔するな」

殺気立つルヴトーたちとは違い、メリットは嬉しそうに目を細める。悠然と歩を進めていくさまは、王者の貫禄すらあるだろう。

「あなたは私の質問に答えていただけますか?」

「なにが聞きたい」

「私の聞き間違いでなければ、あなたの仲間は『不死の傭兵団』と名乗っていました」

「それがどうした」

「それは肯定と受け取っても?」

マリファとメリット、たわいない会話であるにもかかわらず、両者の間では凄まじい 圧力(プレッシャー) がぶつかり合う。

気圧されたネポラの額から汗が流れ落ち、気づかないうちに二人から距離を取っていた。

「もしかして、お前は私のことを知らないのか?」

「知りませんし、興味もありません。ですが――――」

マリファの足元から無数の鈍い銀色の甲虫が地面へ広がっていき、メリットの足首まで覆い尽くす。

一匹で約80キロのオスミウム虫である。これだけの数に群がられれば動きを封じたも同然だと、離れて見ていたネポラはマリファの勝ちを確信する。

「あなたが『 不死の傭兵団(ゴミ) 』に所属するなら処分します」

「くっ……くかかっ! 不死の傭兵団を知ってるのに、この私が誰かも知らずに喧嘩を売ってくるか?」

「塵の名前など知りたくもありません。あなたは一々、塵の名を尋ねるのですか?」

極度の緊張からルヴトーたちは知らずに唾を飲み込む。今は機嫌の良いメリットが、いつ不機嫌になるかわからないからだ。場合によっては、自分たちまで巻き込まれかねない。

「私が――――不死の傭兵団の団長メリットだ」

その言葉は劇的であった。

これまで相手を殺しても無表情だったマリファが、手を合わせ笑みまで浮かべたのだ。

「それは良いことを聞きました」

「へえ~。そら良かったな」

互いに距離を詰めていく。

マリファが一歩、足を進めるごとに、メリットも同様に。但し、メリットは一歩ごとに石畳が小さな悲鳴を上げながら亀裂が走っていく。足首に数千キロもの負荷がかかっているのだ。それなのにメリットは何事もないかのような足取りである。

「なにがそんなにおかしいのです」

ニヤニヤと笑みが抑えきれない様子のメリットに、マリファが尋ねる。

「なにがって――――」

凶悪な笑みを浮かべたメリットが拳打を放つ。メリットの足首まで纏わりついていたオスミウム虫は、拳打の放つ際の踏み込みと同時に吹き飛び、宙を舞う。

一方のマリファは事前に用意していた無数の黒い靄――――黒霧羽蟻を前方へ展開する。

鋼の硬度を持つ、黒い 帳(とばり) が数十に亘ってマリファを護る――――のだが、メリットの拳はその防御をやすやすと突破する。黒霧羽蟻とメリットの拳が接触し、火花が散るどころではない。触れた刹那に消失していくのだ。

音速を超えた拳が空気の壁を突き破り。その際に発生した衝撃波によって、離れて見ていたネポラが吹き飛ばされる。

「今から喧嘩するんだ。楽しいに決まってんだろうが」

メリットの拳がマリファの胸部――――風竜革のジャケットへ深々と突き刺さっていた。

拳を引き抜いたメリットは、マリファを見ながらニンマリと笑みを浮かべる。

常人どころか、歴戦の戦士でも即死の拳打を喰らったにもかかわらず、マリファはその場から一歩も動いていない。

埃を払うかのように胸を手で叩きながら、マリファはメリットを睨みつける。

「おほっ。良いぞ、良いぞ! お前、良いじゃないかっ!!」

(なるほど。化け物ですね)