軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第309話:金と銀

闇が支配する夜の時間――それを拒絶するかのように、光が暗闇を照らす。月明かりではない。月の放つ柔らかな、どこか儚い光などではなく。強く、赤々と揺れ動く光源――炎であった。聖国ジャーダルクの南東部にある砦の一つが炎上しているのだ。いたるところから黒煙が夜空に向かって立ち昇っており、ただならぬことが起こったのだと容易に想像することができるだろう。

「かっ……下等な、ゴブ…………リンごと……き、われ……ら、第九大隊が…………負け……だと?」

ファロ砦を預かる大隊長の男が、一匹のゴブリンに胸を貫かれていた。恐るべきことに、男の胸を貫いているのは剣でも槍でもなく、ゴブリンの腕――つまり素手であった。大隊長の男も、見す見す攻撃を受けたわけではない。ダマスカス鋼の盾で拳打を受け止めたのだ。だが、ゴブリンの拳は盾を貫通し、そのまま鎧ごと胸部を貫いたのだ。

「ゲギャッ。悔しいのか? たかがゴブリンなんかに負けてよ」

人語を解するゴブリンが嘲笑う。

「お……おのれっ」

「ゲギャギャッ。ほれ、もっとがんばれよ」

ゴブリンが右肩を捻じる。すると、ダマスカス鋼で作られた盾と鎧を貫く右腕が連動して、より深く男の胸へ喰い込んでいく。

「かはっ…………」

右腕がめり込むごとに、男は口から血を吐き出す。すでに男には抵抗する力も、気力も残っていないのだ。

「いつまで遊んでいるのですか。さっさと終わらせなさい」

もう一匹のゴブリンが冷めた視線を向けながら言い放つ。執事服で着飾った、なんともゴブリンらしからぬ容姿である。

「ちっ。わかった、わかったよ」

毛皮を纏った山賊風のゴブリンは、つまらなそうに舌打ちを鳴らす。そして右腕に力を込めた瞬間、大隊長の男の身体が四散した。大量の飛び散った血を浴びながら、ゴブリンは嬉しそうに夜空に浮かぶ月を見上げる。

しばし火の弾ける音だけが響く。

二匹のゴブリンの周囲には無数の死体が転がっていた。信じられないことに、ファロ砦を護る約五百もの兵が、わずか二匹のゴブリンによって攻め落とされたのだ。

「ここにも知ってる奴はいなかったな」

燃え盛る炎に顔を照らされながら、血で真っ赤に染まったゴブリンがめんどくさそうに呟く。

「これは少々、困ったことになりましたね」

「こっから先は別の国なんだろ? いいことを思いついた。いっそのこと戻って、もっと大きなところを襲うってのはどうだ」

「あまり調子に乗らないほうがいいですよ。今までは順調でしたが、これだけ暴れ回ったのです。今後はジャーダルクも黙ってはいないでしょう」

「そりゃいい。俺らを倒せるような人族がいるなら、会ってみたいもんだ」

「私もあなたも増長した結果、どうなったのかを忘れたのですか。もしそうなら、私が思い出させてあげましょう」

「わ、わかってる。別に調子に乗ったわけじゃない」

執事風のゴブリンが鋭い視線を向けると、山賊風のゴブリンは焦ったように弁解をし始める。

「わかっているのなら、いいのです。ところで――私たちになにかご用でも?」

暗がりに向かって執事風ゴブリンが語りかける。すると、闇から滲み出るように、ローブを纏った者が姿を現した。頭部まで覆われた黒色のローブのせいで、顔や性別の判別はできない。

「迷いし者――――ごふっ」

黒いローブの者は最後まで言葉を言い切ることができなかった。なぜなら山賊風のゴブリンの左拳によって、腹部を貫かれていたからである。

「誰だてめえは? って、これじゃ喋れねえかっ。ゲギャギャッ!!」

口元から血を流しながら黒いローブの者は仰向けに倒れると、再び起き上がることはなかった。

「殺さないほうがよかったか?」

「ゴール、どうやらその心配は杞憂のようです」

「あ? シルン、そりゃどういう……」

訝しがる山賊風の――ゴールと呼ばれたゴブリンが、シルンの視線を追うと、砦の外壁に立っている者がいた。先ほどと同じ黒色のローブを纏っている。

「さっき俺が殺したのとは別人だよな?」

「私は 導く者(・・・) ――――」

カコンッ、という音と同時に、夜空に頭部が舞った。シルンと呼ばれたゴブリンが外壁に向かって跳躍すると、そのまま黒いローブの者の頭部を蹴り上げたのだ。その蹴りの威力たるや、頚椎が折れるどころか頭部が首より引き千切れたのだ。

「お、おおっ!?」

普段は自分を諫めることも多いシルンが、相手が正体不明とはいえ自ら積極的に攻撃を仕掛けたことにゴールは驚く。

「なんだよ。殺していいなら俺に殺らせろよ」

ゴールが外壁の上にいるシルンを見上げると、そこには無数の黒ローブを身に纏う者がいた。

「僕は求道者、試練を与える者」

「儂は探究者、真実を求める者」

「私は救世主、迷える者を導く者」

「俺は観察者、人類の行く末を見届ける者」

次々に黒いローブを纏った者たちが好き勝手に喋りだす。

「なんだこいつら、気持ち悪い。殺していいんだよな?」

「ええ、存分に殺りなさい」

ゴールとシルンが攻撃を繰り出す。黒いローブの者たちは、さして抵抗もせずに攻撃を受け、そのたびに身体のどこかが吹き飛び死んでいく。わずか数分で新たに数十の死体がファロ砦に積み重なる。

「弱い、弱すぎる。おい、シルン。こいつら、手応えがなさすぎるぞ」

シルンはゴールの呼びかけには答えず、死体の顔を覆う黒いローブを捲って確認する。人族の少年であった。また次の死体を確認すると、今度はエルフの女性――シルンは続けて確認していく。死体は男性に女性、子供から老人まで、性別だけでなく幅広い年齢層にわかれていた。いや、年齢や性別だけではない。人族、獣人、エルフ、ドワーフ、鬼人など、種族も多種多様である。

「 やはり(・・・) 操られているだけでしたか」

「おい、そりゃ――なんだっ!」

突如として現れた異様な気配に、ゴールとシルンが振り返る。

「 徒(いたず) らな殺生は感心しない」

いつから見ていたのか。燃え盛るフェロ砦の建物の中に立っている者がいた。つい先ほど皆殺しにした者たちと同じ出で立ちの、黒いローブ姿の男であった。声から男だと断言できる。しかし、男の年齢がわかり難い。成人した男性のようにも、年老いた老人のようにも聞こえる。奇妙な印象を覚える声色であった。

「これはこれは、今までどこに隠れていたのやら。初めまして、私たちは王の中の王、覇王様にお仕えするシルンティーガ、こちらは私の相方でゴールディンと申します。よろしければ、あなたのお名前をお聞きしても?」

正体不明の相手に対して、いささか丁寧すぎる態度でシルンが一礼する。

「我は試練を与える者。人類を導き、啓発を促す者。だが、同時に傍観者でもある」

「ちっ、またこれかよ。雑魚が黙っていれば見逃してやったのによ」

ゴールが唾をはき、黒ローブの男へ向かって歩いていく。その背に向かって――

「ゴール、 本気(・・) でやりなさい」

――シルンが声をかけた。珍しいことであった。好き勝手に暴れるゴールをシルンが諫めることはあっても、積極的に戦えと――それも本気でやるように言うなど。

「おっしゃ!!」

元来、難しいことを考えるのが得意なゴールではない。シルンの言葉の真意を考えるよりも、戦うことへ集中する。気合の掛け声と共に、ゴールの全身から膨大な量の闘気が溢れ出る。

「俺がゴブリンだからって舐めてると――」

次の瞬間、闘気がゴールの体内へ吸収されたかのように集束していく。すると、ゴールの全身が金色へ変化する。

「――火傷するぜっ!!」

金色のゴブリン――ゴールが放つ拳打は、大地を抉りながら黒ローブの男の胸部を正確に打ち抜く。しかし、金の右腕から解き放たれた衝撃波がもたらす破壊は留まることを知らず。後方でいまだ燃え盛る建物を一撃で消し飛ばし、さらにフェロ砦を囲う外壁を、そのさらに奥の平野のはるか先にまで痕跡を刻みつけた。

「シルンっ!!」

ゴールがシルンの名を呼んだとき――すでにシルンの姿は闇夜に浮遊するように跳躍していた。その全身は銀色の身体へと変貌し、銀の左脚がなにもない空間に向かって振るわれる。

巨大な獣が爪を振り抜いたかのような。空間に銀色の斬撃が刻まれる。

「どうなってんだ」

空を見上げながらゴールが呟く。そこには、いつの間にか黒ローブの男が、何事もなかったかのように浮遊していた。

「肉体、霊体、いずれへの攻撃も効果なしですか。厄介な相手ですね」

音もなく地面へ着地したシルンが、ゴールの横へ並ぶ。

「覇王に仕えし哀れなゴブリンよ。捜し人は――黒き禍事は南にあり」

そう言い残し、黒ローブの男の姿は闇に溶け込むように消えていく。

「逃げやがった。なんだったんだありゃ?」

「亡国の残滓ですよ」

「人族の国か?」

「ええ。ゴール、あなたはカンムリダ王国という名を知っていますか?」

「知らねえな。大体、人族の国なんか興味がねえ」

「まあ、私たちが生まれるよりも前に滅んだ国です。知らなくても当然でしょう」

「そのカンムリダ王国ってのと、あの黒ローブの男となんの関係があるんだよ?」

「カンムリダ王国は資源も技術もなにもない国でした。今よりももっと人族が弱い時代です。カンムリダ王国で生きる者たちはそれはもう悲惨な日々を送っていました。他の国も魔物や他種族の脅威に晒されているなか、そんな弱小国に構う余裕などありませんでした。ですが、そんな悲惨な国に手を差し伸べた国が一つだけありました」

「そりゃずいぶんとお人好しな国があったもんだな」

思っていたよりシルンの話が長くなりそうなので、ゴールは飽きてきていた。

「ゴート王国という名の『死霊魔法』と『錬金術』に秀でた小国です。カンムリダ王国の生活基盤の改善だけでなく、自国の秘伝とされていたポーションの製法から魔法の技術まで伝え、さらに諸国への働きかけによって、カンムリダ王国は著しい発展を遂げます」

「そりゃカンムリダ王国は感謝しただろうな」

「ふっ……ふふふっ」

シルンが堪えきれないように笑い出す。

「なにがおかしいんだよ」

「いえ、あなたを笑ったわけではありません。

話を戻しますが、カンムリダ王国は感謝などしていません。むしろ逆に恨んでいました」

「はあああっ? 今の話のどこに恨むようなところがあるんだよ」

わけがわからないと、ゴールは頭を掻く。

「カンムリダ人に多寡はあれど、自分たちより恵まれた者たちを妬む、憎む性質を抱えていました。今まではその性質は自国民へ向けられていたのですが、不幸にもゴート王国の手助けによって、他国へと向くことになったのです」

「そんなバカな」

「私たちゴブリンの性質など、人族に比べればどれほど可愛いものでしょうか。

豊かになり始めたカンムリダ人はこう考えるようになりました。もっと早く助けることができたのに、ゴート王国を始めとする他の国々はそれをせず、自分たちを嘲笑っていたのだと。自分たちが本来得るはずであった富を、幸福を、他国が奪ってきたのだと。信じられないでしょうが、カンムリダ人は本当にそう思い、行動に移していきます。他国の権力者たちへ賄賂や女を配り、国の中枢に自分たちの息がかかった者たちを送り込んでいきました」

シルンはまた笑いそうになり、手で口元をそっと押さえた。

「重要な会議では可能な限り話を長引かせ、意思決定を遅らせました。たとえ意思決定が決まったとしても、次の会議で決まったはずの話を蒸し返し、または関係のない話題を持ち出し円滑な進行を許しませんでした」

「聞いているだけでイライラしてくるんだが」

「その通りですよ。カンムリダ人は足を引っ張るのが――悪意を振りまくのが得意でした。有能な者にはどうでもいい仕事を、無能な者には重要な仕事を割り振り、他国の内政や外交を徐々に蝕んでいきました。そういうことに長けていたのです」

「わかった。それが他の国にバレて滅ぼされたんだろう?」

「いいえ。狡猾なカンムリダ王国は、悪事が露見してもいいように、用意周到に手配していました。滅びたのは…………始まりの勇者の仕業だったはずです」

「なんだよ、だったはずってよ。肝心なところを知らねえんじゃねえか」

「人族の国の話を、それもはるか昔に滅びた国のことを、これだけ知っているだけでどれほど凄いのかを理解できないようですね」

心外ですとばかりに、シルンがゴールを睨みつける。

「ともかく、滅びたカンムリダ王国でしたが、すべてのカンムリダ人が死んだわけではありません。その残滓はあるときは宗教団体に、またあるときは魔導に秀でた国に潜り込み暗躍してきました」

「結局、さっきの奴はそのカンムリダ王国の残党ってわけか」

「率直すぎる言い方ですが、おおむね合っています。あの者は自分のことを『放浪の救世主』『導く者』『傍観者』などと名乗り、試練と称して悪意を振りまく屑ですよ。覇王様から見つけた際は、その場で殺せと命じられています」

「なっ!? それじゃなんで見逃したんだ!!」

「落ち着きなさい。覇王様は続けてこう言いました。『少しでも敵わないと感じた際は逃げよ』とね」

「俺はあんな奴に負けねえぞ。それとあの野郎は俺たちが捜している奴に心当たりがあるような言い方だったが、まさか南に行くんじゃないだろうな?」

「馬鹿なことを。私があのような胡散臭い者の言うことを信じるとでも?」

シルンの言い方が気に食わないのか、納得がいかないゴールが詰め寄ろうとしたそのとき――夜空より轟音と共に、一羽の巨大な怪鳥が地上へ降り立つ。

シルンは怪鳥の足首につけられている木の筒より紙の束を引き抜くと、怪鳥は役目は終えたとばかりに、けたたましくひと鳴きして闇夜の空へ向かって羽ばたいていく。

「こ、これはっ」

「誰からだ?」

「覇王様からです」

ゴールもシルンも、覇王から直々の手紙に驚きを隠せない。その証拠に、紙を持つシルンの手は小刻みに震えていた。それをゴールがバカにする様子もない。畏れ多いのだ。それほど覇王という存在は、二匹の間で絶対的なモノであった。

「は、覇王様はなんて?」

「ウードン王国の都市カマーに住む。ユウ・サトウなる人族の少年を連れてくるよう書かれています」

「ウードンて国はどこにあるんだ?」

「ここから 南(・) です」

「南? そりゃさっきの――」

「私たちは従うのみです」

「わかってる」

「それだけではありません。人族の国から手を出されるまでは、こちらから攻撃を仕掛けるなと……」

「はあっ? なんでだよ。ジャーダルクでは好きにしていいって――」

「覇王様のお決めになったことに不満でも?」

「――そんなことあるわけないだろ」

「よろしい。では向かいましょう」

そう言って、二匹のゴブリンはウードン王国に向かって進むのであった。

同日同時刻。

マンドーゴァ王国領土のオール平原では不死の傭兵団と連合軍との数か月にもおよぶ戦争もついに終わりを迎えようとしていた。

「おじいちゃん、あそこみたいだよ~」

「ふむ」

夜空に二つの影があった。

風の精霊の力を借りて空を飛ぶ、アーゼロッテとドルムである。

「メリちゃん、まだ生きてるかな?」

「あやつがそう簡単にくたばるタマとは思えんな」

二人は軽口を叩きながら、戦火の拡がる戦場へ飛び去っていく。